呪いとタリスマン
応援が到着したお陰で、情報集めや整理は飛躍的に進みはかどり始めた。
慣れない土地でもレイラや私のガイドがあれば馴染むのも早い。まったく手付かずの状況から始めるんじゃなければ、ウチのメンバーなら楽勝だ。
ハイディたちには闇に潜んだまま活動させる。彼女たちは元よりそのつもりだったみたいだし得意分野だ。
青コートのトンプソンや情報将校のムーアに会って探りを入れてみたけど、こっちの新たな戦力に気付いた様子はない。本当だったらトンプソンたちとのやり取りは情報局に任せたいところなんだけど、気付かれてないってのは大きな武器になるから当面は仲間以外に明かさない。
さて、今日も学院での仕事を終えたらムーアと面会だ。そこそこの地位にいるはずの奴のくせに意外と腰の軽い情報将校様だ。
毎度の地下のバーで落ち合い、酒を飲みながら話を聞いた。
「表には出ていない情報だが、呪いを使ったと思しき事件がいくつか発生している」
「……呪い?」
不穏なワードだ。ファンタジー世界においても『呪い』ってのは、あまり聞かない。それをさも当然のように言われても困惑してしまう。
「詳細は不明だが何らかの魔法だ。残された結果から我々は呪いと称しているが、これはバドゥー・ロットの手口と考えられている」
バドゥー・ロットと言えばスラム街にアジトを構えてた裏の組織で、愚連隊ジエンコ・ニギの後ろにいたなんて話もあった。
しかもアナスタシア・ユニオンの御曹司と繋がってるとの噂まであったけど、ちょっと前に何者かの襲撃に遭い、組織は皆殺しか壊滅状態になったはず。その組織が事件を起こしてる?
ムーアだってバドゥー・ロットのアジトがやられた事件は承知してる。となると同じ手口を使う新たな組織が出現したってよりは、バドゥー・ロットの生き残りが暗躍してるって考えるほうが合理的なんだろう。
やられた組織が実はやられてなかったってのは、ありがちな話ではあるわね。
「……へえ、呪いっぽい魔法ねえ。具体的にはどんなのよ?」
「そうだな。例えるなら不幸な事故を意図的に引き起こすような魔法だろう。遺体に独特な魔法の残滓が残っているケースが稀にあってな。魔力感知に優れていなければ気付けないほどの薄い残滓だが。そうした事件について情報を集めて行くと、いずれもバドゥー・ロットの影がチラつている事に気付く」
事故に見せかける魔法? 直接的な攻撃じゃなく、不幸を引き寄せる魔法ってことみたいだけど、それならたしかに呪いっぽい。
しかし事故だと確実性に欠ける気がする上に、殺しを引き受ける組織にしては回りくどい。証拠を掴ませないことを優先してるんだろうか。もしくは想像するよりずっと強力な魔法なのかもしれない。
「ふーん、でも奴らは壊滅したはずだけどね。間違いないの?」
「あれから調査を続けているが、お前が見たという死体はバドゥー・ロットの偽装かもしれん。今のところ確たる証拠はないが、呪いを利用したと思しき事件がいくつか起こっている状況を鑑みれば、残党というよりも、あの事件が偽装ではないかと考えたほうが辻褄が合う。元より簡単にやられる組織ではないことも、偽装の線を濃く思わせるな。無論、確実とは言えないが」
「なるほどね。んでもって、あんたが気に掛けるってことは、大陸外の勢力とも絡んでるわけか」
「おそらくな」
この男は大陸外の勢力がベルトリーアに入ることを警戒し、その調査に当たってる。つまりはバドゥー・ロットがその勢力に加担してると思ってるわけだ。
元からアナスタシア・ユニオンの御曹司が大陸外の勢力と組んでるとも言ってたし、バドゥー・ロットが実は健在ならそういう事もあるだろう。
大陸外の勢力がどうとかは私の知ったこっちゃないけど、アホの御曹司は敵だ。嫌がらせや力を削ぐことに繋がるなら、協力はやぶさかじゃない。ベルリーザの情報部に恩を売るにもちょうどいいと言いたいけど、情報部なんて奴らが恩に着るとも思ってないからそこは微妙かもしれない。
「その大陸外の勢力って奴らの狙いがベルリーザの力を削ぐことだったら、すでにある程度の目標は達成されてるわね」
アナスタシア・ユニオンは国家機関じゃないけど、国に深く食い込んでる超武闘派組織だ。そいつに楔が打ち込まれ敵の勢力に加担してるとなれば、すでにこれは大問題だろう。お偉い奴らは頭を抱えてるに違いない。
「腹立たしいことだがお前の言うとおりだ。御曹司の問題はアナスタシア・ユニオン内部の問題だけでは済まない」
「厄介者を一人排除するくらい、国家権力使ってどうにかできないの? 証拠がどうだなんて言ってる間に、取り返しのつかないことになるわよ」
「それができたら苦労はしない。御曹司個人の戦力も侮れないが、アナスタシア・ユニオンの強者が一定数も反逆者となってしまえば、小さな被害では収まらない。国が荒れれば敵の思う壺だ。ああ、お前がやってくれると言うのなら止はしないし、多少の事なら目をつぶるが?」
お国としては、はっきりと敵対関係になってしまうことは避けたいらしい。あっちの組織のメンツを無視して強行に出れば、アナスタシア・ユニオンのすべてが敵に回る危険性があるんだろう。
「冗談じゃないわ。ウチとアナスタシア・ユニオンは友好関係よ? アホの御曹司が邪魔で迷惑だからって、何もされてないのに手は出せないわ。まして命なんか取ったら、エクセンブラでも戦争が起きるわよ」
どんなにバカな奴でも御曹司は総帥にとって先代の息子で、いずれは後を継がせたいと思ってる野郎だ。アナスタシア・ユニオンで御曹司の派閥なんてもんができてる状況も合わせれば、例え総帥が取りなしたって戦争は避けられない。
せっかく安定してる三大ファミリー体制をアホの御曹司のせいで崩すなんて冗談じゃない。それこそウチの誰かが死んだり、重大な損害を与えられでもしない限り、喧嘩はともかく殺しなんか無理だ。
もし秘密裏に消したとしたって、それが可能なのは誰かとなれば私は容疑者の筆頭候補に挙がるだろう。そんな最悪の面倒事を避けるためには、むしろ暗殺から奴を守ってやらないといけないのかもしれない。
いやいや、そこまではさすがに面倒見切れないし、単純に嫌だけど。
「分かっている。しかし大陸の防波堤でもあるベルリーザの弱体化は、その他の国家にとっても他人事ではないのだがな」
「まさか大陸を跨いだ戦争でも起こるっての?」
「確率で言えば無視できないほどには高まっているぞ。昨今の魔道具規制の緩みは大陸間戦争を意識してのものだ」
「そういうこと? 通信やら攻撃的魔道具やらの規制がだいぶ緩まってるから、どんな思惑かと思ったわよ」
「ギルドの掟は大陸が変われば別物になると考えていい。魔道具の規制については、向こうに合わせなければいざという時にやられるだけとの判断だ」
さすがは大国の情報将校だ。機密情報からは外れてるのか、知らないネタをサラッと話してくれる。
「ま、大陸間戦争なんてスケールのでかい話は、私には関係ないわね。とにかく好き勝手やってる御曹司に嫌がらせするとなれば、やっぱバドゥー・ロットをどうにかするのが近道ってわけね」
「奴らを片付ける事が現状でき得る堅実な手になるだろうな。大陸外の勢力を利しているのは、いくつか起こった事件から考えてバドゥー・ロットだ。御曹司とも近いバドゥー・ロットを排除できれば、我々とお前にとって共通の利益になる」
異存はない。御曹司の力を削ぐことは妹ちゃんの護衛として大歓迎だ。呪いなんてわけのわからない魔法を私たちに対して使われるのもヤバそうだし。どうせなら、やられる前にやってしまいたい。
「だったら、まずは奴らの居所を突き止めることね。ベルトリーアはそっちの庭なんだから、そこは任せるわよ」
「時間は掛かるだろうが問題ない。メデク・レギサーモ帝国を打倒したその力、当てにしているぞ」
きっと帝国に対して痛打を与えた実績が、私に対する高評価の要因なんだろう。
「いいけどね、丸投げは許さないわよ」
バドゥー・ロットが起こしたと思われる事件については、詳細な資料を後で受け取ることになった。
「ああ、そうだ。対バドゥー・ロット戦では、持っていなければ教会でタリスマンを買っておくといい。効果があるかは不明だが、気休めにはなるだろう」
なんだそりゃ。呪いに対抗するお守り? 意外と信心深い奴らしい。私まで信心深いと誤解されても困るから、興味なさげにうなずいてスルーした。
そうして話がまとまればムーアはさっさと席を立つ。きっと情報将校は想像以上に忙しい。
時間をずらして私も店を出ると、目立たないよう暗がりを移動した。
ベルリーザの情報部は大陸外の勢力への警戒を強め、それと同時にバドゥー・ロットの捜索や御曹司への警戒により力を注ぐはずだ。
ただあいつらが真っ当でフェアに私たちと協力する気があるのかと言えば、そこはやっぱり微妙に思う。都合よく利用したいと考えるのは間違いない。
相手は国家権力だから、ある程度は乗せられてやるのはしょうがないにしても、それには限度がある。どこまでがあいつらの敷いたレールかってのをあらかじめ知っとくため、ハイディたちを動かす。
我がキキョウ会が誇る情報局がベルリーザの情報部とどこまで渡り合えるか計るにも、これ以上ない機会だろう。むしろウチにとっては、これが一番重要なところかもしれない。近い将来にはこの街に看板出すんだしね。
なんにしても共通の利益を目的に、表向きだけでもフェアな取引をやれる間はいい。こっちの労力や代償が大きくなった場合には、それ相応の見返りを要求してやらないといけない。甘く見られてるとは思わないけど、損はしたくない。
ムーアと別れてからも監視や尾行を警戒し、人のいない道を適当に歩く。見知らぬ道でも方角さえあってれば適当でも問題ない。
私を見てる奴らがどこの勢力なのか知らないけど、情報部と繋がってる事はなるべく知られないほうがいいに決まってる。なるべくね。
周囲を見ながら初めて歩く道をしばらく進む。こうした散歩はまだまだ地理に明るいとは言えない私たちにとって必要なことでもある。
高い場所からここらを見渡したことはあるし、地図を見て大体のところは把握できてても、実際に歩いてみて初めて気づくことはたくさんある。たとえば――。
「へえ、こんな場所に教会があったとはね」
地図に載ってたら気づかないはずはない。しかし教会なんて目立つ存在が地図に載ってないなんてことがあるだろうか。
街灯の数に乏しいここら辺は商店や住宅から離れたちょっとした自然が多い公園のような場所だろう。昼間なら気持ちの良さそうな場所だけど夜は暗くて少しばかり薄気味悪い。
そんな場所に建つ教会は、古びた石造りで結構な年月を想像させる。暗闇でも目立つ水と炎の意匠は教会を表すシンボルマークで間違いない。あれは聖エメラルダ女学院の礼拝堂にもあった。
しかし教会か。遥か昔に起こった対アンデッド戦線で多大な功績を残したこの組織は、時が過ぎた現在でも一大勢力だ。信徒の数は大陸全土で数百万以上は間違いなくいるけど、さすがに大昔の功績だけじゃ増やすどころか維持も難しく、年々減少傾向にあり特にここ数十年で大きく数を減らしたらしい。新興宗教だってあるんだし、そんなもんだと思うけどね。
悪の巣窟エクセンブラだと信心深い奴も少ないのか、勢力は非常に小さかったから私も関わる機会は少なかった。特別関わりたい気持ちがなかったうえに、真の冥界の森にいた大量のアンデッドのこともあって、より避けるようにもなった。一応の調べによれば、意外な事に善良な組織らしいってのがまた気に入らない。
往々にして外面のいい連中ってなるほど、裏じゃとんでもない悪事をやってるパターンが相場だってのにね。
勝手な決め付けや思い込みによって、可能な限りは避けてきたのが教会だ。でもムーアの奴にタリスマンの話を聞いたばかりでもある。未知の魔法への対抗手段になるかはまだ分からないけど、どんな物か見てみる分にはいい機会だ。有用な魔道具には興味があるし。
この際だ、せっかくだから立ち寄ってみよう。
古びた建物の門はあえてなのか少しだけ開かれていて、気軽に入れる雰囲気だった。
まずは外から中を覗いてみれば、扉の向こう側は想像の域を出ない内装だ。だだっ広い空間に並ぶベンチみたいな長椅子、天井からは赤い垂れ幕が下がり、奥には講壇と大きな女神の彫像が鎮座する。ゴテゴテした飾りなどはほとんどなく、スッキリとした空間だ。そんな暖色の灯りに満ちた教会には一人の女がいた。
「どうぞ、お入りになってください」
目が合って声を掛けられてしまった。
女はシスターっぽい地味な服装で、頭からつま先までほとんど黒の衣装で覆ってる。ロング丈のスカートからは足首も見えず、手袋をはめて首元までぴっちりとした服装のせいで、肌が見えるのは顔だけだ。特徴らしい特徴と言えば、教会のシンボルになってる水と炎の意匠を模した木製のブローチくらいだろう。あの意匠のアクセサリーは、信徒なら必ず持ち歩くらしい。きっとロザリオ的なあれなんだろうね。
それにしてもシスターっぽい女が放つ神聖な雰囲気は、如何にもこの場に相応しい。そして私はその対極にある。どうにも苦手な感じだ。
「……邪魔するわよ」
苦手な感じでもここで引き返せば、なんだか逃げ出したような気になってしまう。行くとしよう。
誘われるままに入り、最初に感じたのは一種結界魔法のような魔道具の気配だ。これは聞くところによれば、教会内での犯罪を防ぐなんらかの効果があるはずだ。チャレンジャー魂を押さえつけ、奥に立つ女の近くまで進む。
邪気をまったく感じさせない女は、私からしてみれば透明で純粋すぎる。浮世離れしたこの善性が苦手なんだ。
悪党に対してもにこやかな笑みで歓迎の意を表す女には、苦手意識がぐんぐんと湧き上がる。
精神に作用する魔法を使われたわけじゃないのに、どうにも罪悪感を刺激されてしまう。
うん、さっさと用事を済ませて帰ろう。
「タリスマンを売ってもらえるって聞いたんだけど」
我ながら不躾な態度になってしまった。宗教施設に乗り込んで祈りをささげるでもなく、いきなり物を売ってくれとはね。
でも私は信じてもいない神に祈ったりなんかしない。もし本当にいるとしても、私のような悪党を助けるほど神様だって暇じゃないだろう。むしろ目を付けられたら天罰を下されそうだ。やっぱりさっさと用事を済ませて帰るに限る。
「ええ、女神の守護石でしたらお譲りできます」
買いたいと言えば、嫌な顔一つ見せずに女は動いた。余計な問答をしないところは好感が持てる。
女は奥の棚から大きなトランクケースを引っ張り出し、作業台の上に乗せて私を招き寄せた。
ケースの中には加工した宝石の付いたペンダント型魔道具がいくつも収まり、丁寧なことに値札まで付いてる。これがタリスマンか。
宝石の種類や質によって値段は様々らしい。安いほうでも原材料が高価なことからそれなりに値が張った。でもぼったくる感じじゃなく、呪いを無効化する効果が本当だとすれば、むしろ格安だと思える。魔道具としての効力が本物ならだけど。一応、訊いてみるか。
「呪いに対抗できるって話は本当なの?」
「邪悪な力への対抗手段となるのが女神様の守護石です」
うーむ、邪悪な力とかどうでもいいんだ。特定の魔法に対して有効かどうかが知りたいんだけど……とにかく、これらが魔道具であることは間違いない。
考えてみれば呪いに対抗できるかなんて訊かれても、呪われた経験でもなければ答えようがないか。魔道具をシスターが作ってるわけじゃないだろうし。
よし、もし期待外れだったとしても元より眉唾な話だったんだ。この魔道具はお土産としてもいい感じだと思うことにして、試しに買ってみよう。
あくまでもお試しってことで、中でも安いほうだったタリスマンを購入だ。安いと言っても八十万ジストもする。水色の石が収まったそれをさっそく首にかけてみると、装飾品として悪くないと思えた。アクセサリーを買ったせいか、なんとなく上機嫌になって教会を後にする。
ま、一応の装備だ。保証のない魔道具なんて気休め程度に考えるしかない。
それにバドゥー・ロットが呪いなんてふざけた魔法を使うとしても、やられる前にやればいい。
やっぱり先手必勝の心構えが大事。先に見つけ出してぶっ潰す!
「……あれ?」
不意に覚えた違和感。服の上からざらっとした感触を残しながら零れ落ちるのは、砕けた宝石の破片。さっき買ったばっかりのタリスマンだった。
自然に壊れるような物じゃない。不良品を掴まされるほどマヌケじゃないし、教会だってそんな商売をするはずない。
でも不審な魔法の気配などは感じなかった。未知の攻撃はどんな強者だって警戒しなければならない脅威。これは、まさにそれだ。




