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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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頼りになる尾花

 ふと目が覚めると、まだ真っ暗で少し肌寒い。

 昨夜はいつもより早めに寝たせいか、だいぶ早く目が覚めてしまったようだ。

 まだ早朝と言うには早すぎる深夜。二度寝は時間を無駄にする気がしてあまり好きじゃないし、意外と眠気は残ってない。


「……起きるか」


 張り切って長めの早朝訓練をやってしまえば、昼頃には眠くなってしまいそう気もする。でも、うだうだしてベッドの上で時間を浪費するよりはいい。今日は休日だから、眠くなったら寝ればいいし。


 勢い良く身を起こしてカーテンと窓を開けてみれば、音のしない霧雨が降りしきる空模様だ。悪天候に気分が少しばかり沈みかける。

 天気が悪いくらいでルーティーンを崩すことはしないけど、どうしたってやる気は削がれる。それが人情ってもんだろう。とにかく顔を洗おうと思ってベッドから出ることにした。


 雨の深夜は不気味なほど静かで、ほんのわずかな物音や気配にも敏感になってしまう。

 視覚に聴覚、そして魔力感知も妙に鋭敏だ。これも雨の深夜だからだろう。明かりも点けずに身だしなみを整え、よしと気合を入れてからそっと外に出た。


 それにしても鬱陶しい。霧雨が瞬く間に髪や服にまとわりつき、水気を吸ってしっとりする。

 夏にしてはかなり肌寒い気温で、濡れてしまえば余計に寒くなる。ちょっと動けば暑くなるだろうから、今日は最初から飛ばして行こう。


 ストレッチしながら走り出した直後、鋭敏な感覚が妙な気配を捉えた気がして立ち止まる。

 気のせい、と無視できるほどの違和感でしかない。普段だったら気づかないか、放置してもいいくらいのちょっとした気配。小動物かなんかだろうと捨て置くような気配だ。


 でもここは学院の敷地内。どんなに小さな違和感だろうが、捨て置けばそれは致命的な何かを引き起こす可能性がある。

 護衛として学院にやってきた身で放置などできるはずがない。もしこれがアナスタシア・ユニオンの御曹司が仕掛けた何事だとすれば、見逃せば後悔する事になる。


 改めて魔力感知の網を広げ、雨の闇の中で入念に気配を探る。

 うん、気のせいじゃない。やっぱりなんかおかしい。

 感じるのはかなり薄い気配だ。この私の魔力感知は大陸屈指と自負できる高みにあるはずなのに、それでも薄っすらとしか感じ取れない何か。


「夏だってのに、やけに冷えるわね」


 拳を手のひらに打ち付けて、ぶるっと震えた身体に気合を入れた。

 真夜中の時間帯に加えてこの天気だ。夜の学院は一際不気味な雰囲気を感じさせる。


 微かでもたしかに感じ取れる気配の元に向かってみれば、そこは学院の本校舎だった。

 聖エメラルダ女学院の歴史は五百年以上におよぶ伝統校だけど、校舎自体はどれくらいの歴史があるんだろうか。築五百年はないにしても、百年単位で時が経ってそうではある。


 霧雨を伴う闇の中で見る校舎は雰囲気満点。目の前にしたロマネスク建築っぽい本校舎は、いつもりより数段上の重厚な威圧感で見る者を圧倒するかのようだ。

 こんな時間と天気、それに妙な気配のせいだろう。ホラーという言葉が、どうしても脳裏に浮かび上がってしまう。まったく冗談じゃない。


 それにしても感じるこの気配はいったい何なのか。人にしては薄すぎるし捉えどころがない。

 かと言って、人じゃなければ何だと言うのか。

 ええい、ちょっと嫌だけど中に入って確かめてやろうじゃないか。


 ことわざで幽霊の正体見たり枯れ尾花とは言うけど、私の魔力感知は確実に何かを捉えてるんだ。夜の学院を怖がって、ありもしない何かに敏感になってるわけじゃない。

 学院内でまさかアンデッドが湧いたわけじゃあるまいし、なんだってのよまったく!


 感じる薄い気配に対抗し、こっちはもっと入念に気配を絶って校舎に入る。気配の薄さなら私の勝ちだ。

 しかしやっぱり妙だ。気配が薄く広がったような、一点に絞らせない掴みどころのない感じ。

 真っ暗闇の校舎内をそろそろと進む。そこかしこに気配があるような、ないような、歩みを進めるほど一層不気味な感じが強くなる。


 瞬間、背後で気配が強まった気がした。

 冷や汗をかきながら振り返ってみれば…………特に何もない。


 正体不明な何かや、未知の現象ほど怖いものはない。自然と高まる緊張。

 目指すべき具体的な場所もなく、薄く広がる妙な気配の中でどうするべきか思い悩む。

 ボケっと突っ立っててもしょうがない。ひとまずは私の仕事部屋に行くとしよう。


 階段を上がって仕事部屋を目指すも、時折強まる妙な気配が気になって気になって、都度立ち止まって周囲を見回す羽目になった。

 これは私をからかうような意図的な感じじゃなく、法則性もないように思う。そこかしこに薄い気配が漂い、ほんの少しだけどこかが瞬間強くなる。そんな気配だ。これがどういうことなのか見当も付かない。


 またもや背後に感じた気配に振り返ってしまい、何もない結果に未知への恐怖よりも苛立ちが勝り始める。


「……あー、腹立つ」


 そもそもなんで講師の私が学院内でコソコソしなけりゃならんのか。

 これはもうあれだ。誰の仕業か、もしかしたら私の知らない自然現象、最悪はあり得ないけど心霊的な現象かもしれないけど、ここは一発ドカンと気合を入れてみよう。


 妙な気配をぶっ飛ばしてやる。

 力技なら得意中の得意だ。雨雲を晴らすような気合で、この不気味な気配をかき消してやろうじゃないか。

 苛立ちを力に変えて、即座に発動。


真殻撃砕レベルレイズ……紅蓮の武威(エクステリア)!!】


 絶った気配から一転。妙な薄い気配なんか、綺麗さっぱり塗り潰してくれるわ!

 マグマの如き魔力を己の内から引きずり出し、闘身転化魔法が生み出すおぞましい気配を撒き散らした。


 この直後、間違いなく捉えた。これは人の気配だ。やっぱり誰かがいやがったんだ!

 階段を瞬時に駆け上がり、廊下を雷光のように突っ走って一番近くにいた気配の主をとっ捕まえる。フラストレーションを叩きつける乱暴な動作で壁に押しつけてやれば、もう逃げられない。


 いたずら小僧め、懲らしめてやる。

 暗闇を照らす紅蓮の輝きが映し出したのは、不気味なドクロ……いや、このドクロには見覚えがありすぎる。

 スカルマスクをはぎ取って、そこにあったのは。


「…………なにやってんのよ」


 怯えた顔で私を見るのは知った顔だ。うん、間違いない。


「ユカリさん!? ひ、ひどいじゃないですか!」

「不審者をとっちめるのは学院関係者の責務ってもんよ。それよりハイディ、なんでここに?」


 港町リガハイムや海賊攻略で一緒だった、情報局のハイディだ。それに彼女一人だけじゃない。

 異常を察知して駆け付けた連中にスカルマスクを取るように言えば、見覚えのある顔と、そうじゃないのもいる。


「あー、やっぱりこの魔力は会長でしたか」

「いきなりぶっ飛んだ魔力を感じたんで、びっくりしました」

「かなり気を付けていたはずなんですが、ユカリさんにはバレましたね」

「その前に、会長が近くにいたことに気付けなかったのがショックですよ……」

「この方がユカリノーウェ会長ですか? お初にお目にかかります」


 みんな情報局のメンバーだ。どうやら新入りもいるみたいだけど、覚えのないさっきの妙な気配はこいつの能力らしい。目の前にすると魔力の感じで分かる。


「びっくりしたのはこっちのほうよ。まさか不審な気配があんたたちだったとはね」

「あ、とりあえず場所を変えませんか。誰か向かってきますよ」

「ヴァレリアたちだから問題ない……いや、ほかの奴らもいるわね。付いてきなさい」


 今さらながら、やってしまった。

 派手に魔力を撒き散らしたから、警備に就いてるアナスタシア・ユニオンにも気づかれたようだ。説明や誤魔化すのは面倒だから、ずらかるとしよう。間違いなく私が疑われるだろうけどね。あとで妹ちゃんに取り成してもらっとけば何とかなる。


「――こちらヴァレリアです。お姉さま、何かありましたか?」


 急激な力の発露に緊急事態を想像したに違いない。眠ってただろうに、悪いことしてしまった。


「大丈夫よ、急がなくていいから寮の私の部屋に集合して。ほかのみんなも起きてるなら一緒にね」


 真夜中の時間帯でも闘身転化魔法ほど強力な力を感じて、のんきに眠ってるような腑抜けはいない。驚いて起きた報告を続々と受け、短い通信を聞きながら急いで本校舎から離脱した。



 私の部屋にはキキョウ会メンバーに加えて妹ちゃんまで勢揃いした。本校舎のほうに集まってる気配は無視だ。

 警備の連中もたまには緊迫感のある仕事をしたらいい。いい訓練になるだろうとも。


「妹ちゃんは初めて会うわね? こっちはウチの情報局のメンバーよ」

「ええ、初めてお会いしますね。シグルドノート・グランゾです」

「良く存じていますよ。わたしはハイディと言いますが、我々のことは気にしないでください。裏工作や情報集めが主な役割で、あまり表には顔を出さない仕事柄ですから。今回もそのはずだったんですが、あっさりと会長にバレてしまいまして」


 恨みがましい視線を向けられる意味が不明だけど、たぶん妹ちゃんの前に姿を現すつもりはなかったってことだろう。でも騒ぎになってしまった以上はしょうがない。護衛対象に間抜けな嘘を吐いて、無駄な不信感を持たれても困る。


「そもそも何でいるのよ。レイラが応援呼んだの?」

「報告書は送っていましたが、応援の要請はしていないはずです」

「あー、それなんですけど副長とジョセフィン局長に手伝ってこいと言われたんですよ。レイラさんの報告書からそう判断されたみたいですね」


 当初の予定以上にややこしい状況を考慮して、ジークルーネたちが応援を寄こすことにしてくれたようだ。

 向こうから込み入った内容の手紙を届けてもらうのは難しいから、いきなりハイディたちがやってきたってところだろう。


 こっちから手紙を送る分には差出人を偽装できるし、宛先も知られてないフロント企業にすれば手紙を奪われるリスクは軽減できる。だから送る分にはいいんだけど、送ってもらうにはそれなりの準備が整ってないといけない。


「なるほどね、助かるわ。でもこんな夜中に校舎で何やってたのよ」

「ベルトリーアには人目に付きにくい時間を狙って秘密裏に入りました。それでちょっと前に学院に到着したんですが時間も時間ですからね、朝になるまで暇だったんで、どうせなら校舎内の調査でもしておこうかと……そこをユカリさんに襲撃されまして。いや、驚きました」


 驚いたのはお互い様だ。しかし、アナスタシア・ユニオンだけじゃなく外国勢力の不透明な動きまである現状での応援はかなり助かる。

 ありがたい応援や久しぶりの再会に、しばしみんなの雑談が弾んだ。


 それにしても六人もの情報局メンバーを応援に寄越してくれるとは、結構な大盤振る舞いだ。余剰人員なんていないほど忙しいのが情報局のはずなんだけどね。

 応援が戦闘団じゃなく情報局のメンバーなのは、表立って活動するのは待てと言った総帥に配慮してなんだろうけど。


「エクセンブラの状況は? あんたたちを送り出せるくらいには、落ち着いてるってことよね」

「戦後の混乱はありますが、まあ想定内に収まってると思います。ユカリさんが懸念していたロスメルタ様からの頼まれごとはいくつかありましたが、それも少しの戦力を提供するだけの内容でしたね。また新人も増えましたし、問題という問題はなかったですよ」


 レトナークの統治は順調に進んでるらしい。何事もなく上手く行くはずはないと思ってるけど、今のところは大丈夫そうだ。

 旧レトナーク領のリガハイムやボイグルについても、元から安定してただけに特に目立った混乱はないらしい。

 統治者がブレナーク王国になったからと言って、急に重税が圧し掛かるような事態になったり、馴染みのない文化を強制させられたりでもしない限りは、それほどの問題は起こらないってことだろう。


 まあ少々の問題があったからと言って、遠征中の私に心配かけるようなことは言わないかな。

 それにジークルーネや残ったメンバーたちで対処できない事態なんて考えたくもない。


「……問題ないならいいわ。ちょっと、アナスタシア・ユニオンの連中が騒がしいわね。妹ちゃん、悪いけど適当に話してきてくれない?」


 本校舎にたくさんの奴らが集まってる。このままだと応援を呼ばれて調査がどうの大変な事になりそうだ。


「構いませんが、あの強烈な魔力はどのように説明しますか?」

「そうね、訓練中だったとか適当かますしかないと思うけど……しょうがない、私が行くしかないか」

「お姉さま、わたしが行きましょうか? この機会に見せつけてやります」

「あーうん、いいかもね。敵対勢力が警備に紛れてた場合、脅しになるわ」


 しかも会長の私じゃなく、ヴァレリアが強さを見せつけるのはより効果的に思える。この場で闘身転化魔法を発動できるのは私とヴァレリアだけだけど、そういう飛び抜けた戦力がいるのを知らしめる機会としてちょうどいい。

 あれがまだ使えないロベルタたちだってそこに近い領域にはあるけど、闘身転化魔法はまた一つ別の次元にある。


 きっと妹ちゃんの味方には安心材料を提供することにもなるだろう。護衛にとんでもない戦力が付いてるぞってね。

 奴らの総帥がいるエクセンブラにおいて、同格の三大ファミリーとして君臨する我がキキョウ会の強さの一端を教えてやろう。


「では行きましょう。大事になっても困ります」


 妹ちゃんとヴァレリアが部屋を出て行き、残ったみんなで情報交換を再開した。これまでに起こった事、これから起こりそうな事、関わった組織や人物と関係性、色々な事を話す。


 情報局のメンバーがレイラだけだった状況から、一気に六人も増えたんだ。大幅な戦力増強に、だいぶ気が楽になった。

 けどね、気は楽になっても仕事が楽になるなんてことはきっとない。どうせその分だけ忙しくなる。世の中、そんなもんだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >人にしては薄すぎるし捉えどころがない。 人にあらざるって事はヤッパリ幽霊!? ユカリの鋭敏な魔力感知が潜水艦のソナー手の如く 静謐な闇の中で滓かな幽玄の気配を辿る!? ……と思いきや一…
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