綱紀粛正と捲土重来
生徒会の弱みを握った上に貸しまで作ってから少し経ち、学院の状況は完全に変化した。
単に雰囲気が変わったなんてもんじゃなく、生徒会は学院に変革をもたらした。
つい先日には臨時の生徒総会が開かれ、最初の制度的な変化として風紀委員が任命されることになった。
風紀委員は生徒会によって選出され、学院内の規律を正す権利と義務を有する。また役目を果たすため強い権限を与えられる代わりに、不正を行った場合には重い罰を課せられる。
誰がそんなリスクを背負ってまで、友達でもない生徒のために働くのかと思いきや、これがそうでもないらしい。
通常、生徒会には上級貴族の令嬢しか所属できず、しかも人数制限だってあるから少数しか生徒会には入れない。しかし新しい役職の風紀委員は生徒会所属になるらしい。あえて風紀委員会を立ち上げず、生徒会所属にしたことには大きな意味がある。
聖エメラルダ女学院とは、ベルリーザにおいて名門中の名門だ。その生徒会所属ともなれば、これは結構な名誉に当たり嫁ぎ先など将来に影響するんだとか。
風紀委員もたぶん上級貴族を中心とした選出になるだろうけど、ある程度の人数を確保しないといけないから、中級貴族まで選出の範囲は広がるとも言われてる。さらには問題解決能力が優れてると見込まれれば、下級貴族からだって選ばれるんじゃないかと噂され盛り上がってるらしい。
実際のところ上級貴族でも引っ込み思案な性格じゃ、風紀委員としての勤めは果たせない。まともに新たな制度を機能させる気があるなら、身分よりも資質で選ぶ必要がある。これは風紀委員の選任規定を生徒会がきっちり決めたことからも、そこに当てはまる人物が委員に任命されるはずだ。
決めたことをないがしろにするようじゃ、生徒会のメンツに関わるからね。そこはきっちりやるだろう。
学院の裏で行われたドラッグの売買が駆逐され、わざと生徒に悪事を働かせようとするリボンストラット家などの動きもなりを潜めたいま、学院は変わりつつある。
これが上手く行けば生活指導の教職員は不要になり、生徒たち自身が規律を正していくだろう。
すべてはルース・クレアドス生徒会長を主導に生徒会が自ら考え、生徒総会によって決まったことだ。表向きにもこれは素晴らしい改革と評価されるはずで、学長もそれなりに期待してる。
私は改革の内容について、ああしろこうしろとは一切口を出してないけど、生徒会は私との約束を守ったらしい。運用はこれからだし、反発する不良はきっといる。だけど、自ら考えた上での改革を実行したんだ。上出来だと思って、ひとまずは満足してやる。
これで学長から課せられたミッションその一、綱紀粛正はほぼ達成できたと考えていいかもしれない。
不良講師の出番が減るなら、誰にとってもそれに越したことはないだろう。私は色々と忙しいし負担が減るのは歓迎できる。これで役立たずな委員になろうもんなら、もうがっかりだ。
とにかく始まる前からケチをつけてもしょうがない。ガキどもよ、せいぜい頑張ってみせるがいい。
さて、次はミッションその二だ。捲土重来への道筋がたしかなものとなるよう、こっちも頑張ってみようじゃないか。
新型の魔道人形が無事に購入でき、それを使った練習で今日も魔道人形倶楽部は活気がある。
これまで二世代前の非常に使いにくい魔道人形を無理くり使ってた影響で、魔力感知や魔力操作技術は否が応でも磨かれた。今や部員たちが操る魔道人形に鈍重さはなく、新型の性能の高さをこれでもかと見せてくれてる。
「イーブルバンシー先生、基礎錬が終わりました。続けて模擬戦に入ります!」
無言でうなずいて練習を見守る。
客観的に見て、学生レベルなら悪くない感じには成長した。日々の練習では妹ちゃんとハリエットのアドバイスが結構効いてる。それに新入部員の巻き毛が意外なほど良い効果を部にもたらしてくれた。
新入りの留学生だけじゃなく、不良が持ち前の魔法技能の高さで頭角を現せば、元からの部員たちもそのまま黙っちゃいられない。競争意識が刺激され、練習にもより熱が入ってる。
良い面のお陰で、これまでのサボりのツケはだいぶ取り戻せたように思う。ここまでの努力の成果として認めてやれる。
以前に練習試合をやった強豪校……えー、グラームス学園だったかな。少なくとも魔道人形の操作においては、あそこの生徒たちに引けを取らない感じにはなった気がする。
強豪校と肩を並べるレベルともなれば、もうそれなりだ。あの練習試合以降は、他校との試合は禁じてたけどそろそろ腕試しにはいい頃合いかもしれない。
前の時は負けが前提の試合だったけど、そろそろ勝利の味を知るのもいいだろう。
倶楽部内での切磋琢磨のお陰で練習にマンネリ感がないのは素晴らしいけど、集団として他者に勝利するのは格別の喜びと経験になる。
新たな問題点を洗い出す意味でも、他校との試合にはちょうどいい頃合いだ。秋の初めに控える本番を見据えて実戦経験を積むことも必要だ。
模擬戦がひと段落するのを待ってから、部長を呼び寄せた。
「ハーマイラ、なるべく早い日取りで練習試合を組みなさい。そろそろ腕試しがしたい頃よね?」
「はい! 最近は練習後にどこと試合をしたいかで盛り上がっていたところです」
「やる気なのは結構よ。相手の選定は任せるけど、今回は中堅どころにしときなさい」
「優勝候補ではいけませんか?」
充実した練習が自信を生んでるみたいだ。より強い相手を求める姿勢は、さすがは私の教え子と言える。上等だ。
ただし、いま経験させたいのは勝利の味を知ること。ギリギリの勝利なら効果はより高くなるけど、敗北でこいつらのやる気や自信に水を差されたくない。負けの悔しさから上を目指すのは前回にやってるから、今回の練習試合は勝ちに行きたいと思う。
「それも悪くはないけど、段階を踏みなさい。お前たちに足りないのは実戦経験だからね、中堅とやっても十分に経験が得られるわ。物足りないとは思わないはずよ」
「先生がそうおっしゃるのでしたら、中堅から候補を探します」
「よし、そんじゃ試合に向けて練習強度を上げようか」
「強度ですか?」
「要求する魔力感知と操作の段階を引き上げるわよ。今よりもっと強くなりたいなら、それが必要になるわ」
物事には順序がある。部員たちは私が最初に設定したレベルにはもう至ったと考えていい。だから次に進む。
部長はいい感じに実力が付いたことから自信を深めてるみたいだけど、捲土重来を豪語するレベルにはまだ足りない。
強豪に肩を並べられたのは結構な事でも、肩を並べた程度で満足されちゃたまらないんだ。私はぶっちぎって欲しいと思ってるからね。
それにこいつらは私が顧問になった時、勝利を望んだはずだ。
簡単には手に入らないものを望み、相応の努力を誓いもした。
今こそ、そのやる気に応えてやろうじゃないか。これまでの努力の成果として次を与えてやる。そうだ、ここからが本番だ。
差し当たっては振り出しに戻してやる。そこそこ上手くなって調子に乗ってる感じもあるし、更なる目標を設定してやろう。これは対外試合での勝利や敗北とは別枠だ。己に打ち勝って見せるがいい。
「全員に言っときなさい。お前たちはやっと出発地点に立ったばかりよ。目指す所はまだまだ遥か先と心得えなさい。明日からは厳しく行くから、そのつもりで」
「……の、望むところです!」
私が部にやってきて最初に見せた、二世代前の人形を使ったパフォーマンスは記憶に刻まれてるようだ。
あの超絶技巧から比べたら、そこそこの自信を得た程度の技術なんぞ児戯に等しい。より上手くなれるなら、努力のし甲斐もあるだろう。
翌日の練習からは初期の頃のように基礎錬に重点を置き、魔力感知と魔力操作の訓練に時間を割くようになった。鍛え直しだ。
実戦形式の練習と比べれば、遠回りに見えても先に進むために必要な事。基礎こそが重要であり、先に進むための鍵だ。未熟な部員たちだって理解してるだろう。
「今のお前たちにはギリギリ感知できないくらいに調整した魔力の微小点よ。人形にはそれを複数付けたけど、集中すれば必ず一つは分かるようになるから、まずは最初の一つを見付けなさい。それができたら同じ微小点を作ってみること。感知と操作は細かいほど難しいわ。これをクリアする毎に、お前たちは確実にレベルアップする。どんなに地味でもこいつを乗り越えればもっと強くなれる。その一個目を遂げる目標は明日の日暮れまで。気合入れてやりなさい」
「はいっ」
部員それぞれの魔道人形には、それぞれのレベルに合わせた微小点を作ってやった。
集団で座禅を組むような静かな空間で集中させる。魔道人形戦は戦技や戦術も大事になるけど、鍛え直しは基礎の基礎からやり直させる。実力のある妹ちゃんやハリエットも退屈しないよう、それに相応しいものを用意した。
こうした集中する静かな時間は、私の訓練にもちょうどいい。
誰にも気づかれない程度の超極小の盾を作り出し、そこにこれまた超微細な幾何学模様やなんちゃって魔法陣やらを刻み込む。多岐に渡る魔法技能とイメージ力の強化が同時に果たせるオリジナル上級者用の訓練方法だ。私はこれを三つ同時並行して行うことによって、マルチタスクの技能のさらなる向上も図る。
しかも部員たちの様子を魔力の動きで監督しながら。自分のことだけに集中するようじゃ顧問とは言えない。
本当は身体まで動かしながらやるのがベストだけど、倶楽部活動中と考えれば贅沢すぎる訓練は慎むべきだろう。
おっと、微かな魔力の動きを部長から感じ取った。
人形に仕込んだ魔力の微小点は複数あって濃淡も付けてある。見つけやすいものと見つけにくいものがあり、部長はいち早く最初の一つを見つけ出したようだ。もう魔力操作で同じものを作ろうとしてるらしい。
難易度は誰でも変わらないくらいに設定したはずなのに、やたらと早いのは理解の深さと人並外れた集中力のお陰だろう。ただ、私が作った微小点と同等のものを作り出すのは簡単じゃない。
たかが小さな魔力の点を付けるくらい、魔力運用の訓練をした経験があるなら誰にだって可能な技。でも肉眼でギリギリ見えるくらいの『微小点』になるとそうはいかない。ほんのちょっと出力をオーバーしただけで、微小点は大きすぎるサイズになってしまう。これは繊細さと正確さを要求する難易度の高い魔力操作だ。
細やかで正確。これができないと、魔道人形を一分の隙もむらもなく魔力で満たすことはできない。
完璧な状態で魔力を満たした人形は、まさしく思った通りに動かすことが可能になる。操作がおぼつかなくなったり、もどかしい思いなどしなくなる。とっさの判断を即座に魔道人形に反映させることだって可能になるし、余分な魔力を使わず正確に必要なだけを使うことができれば継戦能力だって高くなる。
他校の連中だって似たような練習はやってるはずだけど、聖エメラルダ女学院の指導者はこの私だ。闘身転化魔法を編み出し、それを応用した技法を他者に伝授する領域にある指導者などほかにはいないだろう。
一歩先を行くこの魔法技能の練習方法を、聖エメラルダ女学院魔道人形俱楽部が会得する。そして伝統的に受け継ぐことが可能になれば、きっと捲土重来が成し遂げられるはずだ。私が顧問でいる間だけ勝利できたんじゃ、それは捲土重来とは言えないからね。こいつらには頑張ってもらわないと。
おっかない顧問がどっしりと腰を据えて見張り続けること、二時間程度。
集中力の限界を迎えてもなお無言の圧力で集中を強要した練習後。少しの休憩を取れば、若さとやる気に満ちた連中は回復も早く非常に元気だ。
「シグルドノートさんとハリエットさんは、申し訳ないのですが少し残ってみんなに助言をいただけますか?」
「ええ、ハーマイラ部長。もちろん構いませんわ。ね、ハリエットさん」
「当然です。部員として可能な限り手伝いますよ」
「ありがとうございます。イーディスさんも残れますか? 少しでも他校の戦術を研究したいのですが」
「ふん、うるさく言うから調べてきてやったわよ」
「おーっ、イーディスやるじゃん」
「その立派な巻き毛は伊達ではありませんね」
「馴れ馴れしいのよ、あんたたち! わたしを誰だと思って――」
練習後には部員たちが自主的に色々と取り組んでる。学業が心配になるくらいに熱心で、そっちを注意しないといけないくらいだ。
不良の巻き毛もだいぶ馴染んでるみたいで、生意気なことは言いつつも充実してるに違いない。
放課後は魔力感知と魔力操作、夜間練習は戦技と戦術を中心に練習。人によっては朝から自主練もやってる。
毎日、全員が倶楽部に出られるわけじゃないから、そこはチームワークと連帯を養う意味でも部員同士でフォローさせる。
本番までまだ時間があることを考えれば、こいつらはきっと思った以上に強くなる。楽しみな奴らだ。
今回は閑話のような内容となっていますが、これにて目標の一つであった学院の綱紀粛正について、達成できる道筋が付けられたような気がします。
ぬるめの学院内トラブルについては、とりあえず終わったと考えて良いと思います。たぶんですが。たぶん!
ひとまずの進展があったところで、次話からはまた雰囲気を変えて進むことになる予定です。裏仕事と暗闘を中心に、時折り倶楽部活動が入ってくる感じになります。普通にこれまでの続きですが、気分としては新章です!




