平穏な学院の日常
平穏とは程遠い生き方をしてる私は、いつだって厄ネタを多数抱えてる。
似たような生き方をしてる奴なら、トラブルが尽きないのはきっと同じだろう。当然ながら我がキキョウ会メンバーは、ほぼ例外なく私の側にいる。
今日も厄介事に面倒を強いられてるのは、情報局幹部補佐のレイラだ。
「トンプソンから情報が入ったんだけど、クダンシールがレイラを捜してるみたいよ」
クダンシールは以前にレイラが襲撃した愚連隊で、大量の現金とドラッグを奪ったことがある。
「しつこいですね。面は割れていないので問題ないはずですが……まだ探していましたか」
放課後の仕事部屋にレイラを呼び出し、一応の情報共有だ。レイラが言うように正体はバレてないんだから、ほっといても問題は特にない。
ただクダンシールとしては突然に押し入られてカネとドラッグを奪われたわけだから、なんとしても奪還と仕返しがしたいってことみたいだ。クダンシールと悪事でつるむ青コートは、奴らから何としても事件を調べ上げて情報を寄こせと言われてるらしい。
「やられっ放しじゃ、怒りが収まらないって感じじゃない? 看板出してない愚連隊でも、一応のメンツってもんがあるだろうし」
無論、愚連隊なんぞの言いなりになる青コートじゃない。
適当にはぐらかしてるらしいけど、いつまでも言われてるのは鬱陶しいし、このままだと上納金に影響が出そうとなっては放置もできない。
今や中隊長に昇進したトンプソンとしては、こっちで適当に話を付けてくれたら楽ってことみたいで連絡を入れてきた。
「メンツですか。しかし、潰してはいけないのが面倒なところですね」
「ジエンコ・ニギが消えた今となっちゃ、クダンシールはトンプソンの大事な金づるよ」
「潰さずに話を付けろとは、また厄介な事を言うものです。とても話が通じる相手とは思えないのですが……」
なんの土産もなく話だけで穏便に解決できるなんて、そんな虫のいい話など存在しない。なんせ相手は愚連隊なんかやってる連中で、しかもこっちは殴り込んで痛打を与えた側だ。普通なら話し合いなんか無理に決まってる。
「トンプソンが言うには、バドゥー・ロットのシマが空白地帯なってるから、それを利用しろってことみたいよ。まあスラムを中心にした一帯だけど、そこをクダンシールに仕切らせる方向で、こっちで話を付けさせたいみたいね。クダンシールは新たなシマを得て商売し、青コートはそこのアガリからもカスリを得るって思惑じゃない?」
「新たなシマを紹介することによって和解させるつもりですか? 別にウチのシマを明け渡すわけではないですし、それで納得する連中でしょうか……少なくとも奪ったカネとブツは取り返さないと気が済まないと思うのですが」
あのカネとブツはすでに情報の対価として怪盗ギルドに渡してしまった。今更どうにもならないし、身銭を切って補填してやる気だってあるわけない。
「要はトラブルが収まればいいんであって、和解なんか必要ないわ。力の違いも立場の違いも分からせてやればいいのよ。どうせなら、レイラの駒にしてやるのもいいわね」
「とても言うことを聞く素直な連中では……いえ、そう躾けてしまえばよかったですね」
そういうことだ。別に仲間にしようってわけじゃない。力の論理で上下関係を思い知らせてやるだけでいい。
本来なら手土産だって必要ないんだ。圧倒的な暴力で脅せばいいんだからね。そこに仕切っていいシマのプレゼント付きなら、これ以上に良い話などない。
相手が納得するかどうかじゃない、納得させればいい。
「レイラの顔も正体も明かしてやらなくていいわよ。スカルマスクのまま、奴らに己の立場ってもんを叩き込んでやりなさい」
「了解しました。では今夜さっそく、厄ネタを一つ取り去ってしまいます」
「頼むわね。もし使える連中だったら、少しだけなら道具を与えてやるのもいいわ。その辺の判断もレイラに任せる」
トンプソンの懸念の一つは、今夜で解消するだろう。
中隊長への昇進祝いにはちょうどよかったかもね。
レイラとの話を終えたら倶楽部活動の前に放課後の巡回に出た。
現在の学院の雰囲気は、だいぶ平和になってるけど妙な落ち着きのなさもある。
生徒会の書記が誘拐された事件は、その他大勢の生徒に知れ渡ってるわけじゃない。でも生徒会の雰囲気が変わった影響はあるだろう。あいつらも反省してるみたいだし。
巡回しててもドラッグの使用や所持を見かけることはなくなり、たぶん夜遊びに興じる生徒もいないように思う。
ちょっと前に私への当てつけで生徒会が流布した取り締まり強化の噂がまだ効いてるようで、まだ自粛ムードがありつつも、若いエネルギーは発散を求めてそわそわしてるような、そんな雰囲気だ。
いつもと変わらずジャージにサングラス姿で学院内を闊歩し、気の向くままに巡回を続ける。
放課後は巡回しても注意するようなことは少ない。倶楽部活動をしてない生徒はさっさと帰るから、どこかで喧嘩でも起こってなければ平和なもんだ。
適当に校内を歩き、ふと人けのない礼拝堂前で足を止めた。
聖エメラルダの名を冠した名門女学校とはいえ、時の流れは徐々に教会から人を遠のかせてるらしい。建物は立派なはずなのに、なんとも寂れた雰囲気が、まだまだ巨大な勢力とはいえ衰えつつある教会を象徴するかのようだ。
ま、私には関係ない。悪党の集まるエクセンブラじゃ、そもそも宗教なんて詐欺の手口の一つとしか認識されてないし、ウチのメンバーの多くは神に見放された人生を送ってきた奴ばっかりだ。神様がもしいるとして、文句をいう奴はいても崇めたい奴なんかきっといない。
そしてエクセンブラ以外の場所でもこの有り様だ。学院の中って特殊性はあるにしろ、立派な教会があって、立派な司祭がいて、多くの人が熱心に祈りを捧げる環境なんてのは、少しずつ時代遅れになってるんだろう。
アンデッド退治で名を上げた教会が、アンデッド無き世の中でいつまでも権勢を維持できるはずもない。むしろ良く長引かせてるって感じだ。うん、上手いことやってる。
「ふう、どうでもいいわね」
益体もない考えを打ち切り、そろそろ見回りはいいかなと思ったところで切り上げる。そんなタイミングで次に通りかかった講堂は演劇部の活動場所だ。ここにはヴァレリアたちがいるはず。
「ちょっと寄ってみるか」
せっかくだから妹分たちが青春する姿を拝んでおこうじゃないか。邪魔するのもなんだから、少しだけ覗いたら退散しよう。
演劇部は見られることが上等な倶楽部だからか、講堂には誰でも出入りできるらしい。
初めて入った講堂は特殊な造りをしてて、入り口から見て正面にメインステージがあり、それに加えて左右にも小さめの舞台があった。
人気の高い演劇部の活動には私以外にも見学者がいるらしく、結構な人数が端っこに固まって見物してる。その後方に気配を絶ちながら陣取った。
メインステージ上ではちょうど芝居のリハーサルをやってる最中で、基礎錬のような感じじゃなく本格的だ。
舞台映えするように身振り手振りを含めたオーバーアクションで、張り上げた通る声が講堂の隅々まで響いてる。
本番を想定した練習をやってるみたいで、学生にしてはなかなかの迫力だ。さすがは数々の名女優を生み出した倶楽部だけのことはあるらしい。
どれどれ、妹分たちは舞台に上がるのか上がらないのか。舞台袖や裏に引っ込んでるなら見ることはできないだろうけど……どっかに紛れてないかな。
「お、ロベルタ」
右側の舞台から姿を現したのは木剣を持ったロベルタだった。
どうやら殺陣のシーンの練習なのか、ロベルタが立ち回りの指南をするらしい。芝居の殺陣と本物の闘争とじゃ結構な違いがありそうな気がするけど、きっと演劇部は本格志向なんだろう。
木剣を持った生徒たちが、ロベルタの指導で斬り合いの練習を始めた。
キキョウ会第一戦闘団伍長の実力を少しでも見てしまったなら、その迫力と華麗な動きに惚れ込むのは分かる。期待に応えようとするためか、楽しそうにそれでも一生懸命に指導してやってるみたいだ。
そんなロベルタがチラッと一瞬だけ目をやった上の方を見れば、そこにはヴィオランテがいた。彼女は二階通路のような場所で照明の練習をやってるらしく、左側の舞台に光魔法の灯りを次々と作り出しては舞台を映えさせてる。その腕前はそんじょそこらの学生がやれるレベルじゃない。
まるでコンピューターでプログラムしたような正確無比で複雑な照明演出は、単純に明かりを照らすなんてもんじゃなく、数十条の光線を動かして模様を作る演出やグラデーションを描きながら色を変える光の帯、ピクトグラムのように絵まで描くし、光だけじゃなく影まで強調して意識させる。
そうした魔法を繰り出す速度や制御力は尋常じゃなく、本来なら複数人でやる照明の演出をたった一人で完璧以上にこなす勢いだ。
ヴィオランテの魔法適性は風だから、汎用魔法であそこまで複雑な光の演出は無理なはず。ということは魔道具を使ってるわけで、それはそれで凄い技術だ。ヴィオランテは見本としてそれらの技術を披露し、ほかの照明係たちに伝授してるらしい。
「二人とも新入部員の癖に、先輩どころかプロの指導員みたいな感じね」
だいぶおかしい気はしたけど、実力主義で本格志向の倶楽部ならではって感じなのかな。
そうするとヴァレリアはなにをやってるんだろう。美少女だし堂々としてるから、やっぱり役者だろうか。
ひょっとしたら舞台に上がる役かもと思って見てても登場する気配がない。とすると、裏方かな。
妹分の姿を捜してると本格的な演技練習がストップした。どうやら監督をやってる生徒から演技指導が入ったらしい。
熱の入った指導で声を張り上げる生徒の熱心さに感心してると、監督の横に座る生徒の後ろ姿が気になった。大きめのハンチング帽を頭に乗っけたスタイルで、妙に偉そうな感じが後ろ姿からも伝わる。
「……あれって、まさか」
少しばかり場所移動して気になる生徒の横顔をたしかめに行くと、やっぱりヴァレリアだった。
監督の横の椅子にふんぞり返って、一番偉そうな感じに足まで組んで座ってる。
ヴァレリアは指導を飛ばす監督に向かって何かをボソッと呟き、それを受けて監督が追加の指導で声を張り上げる。
いや、まさかヴァレリアが監督ってわけじゃないだろうに、どういう立場なんだろうか……。
みんな楽しそうにやってるし、まあいいや。どこか腑に落ちない妙な気分になりながらも、邪魔しないよう講堂を出ることにした。
生徒数の多い聖エメラルダ女学院は、その大多数がまともな生徒で不良はほんの一部しかいない。でもその一部が厄介だし目立つ。
しかし不良の筆頭だった巻き毛のお嬢は強引に倶楽部に引っ張り込み、厄介者の代表だった生徒会は身から出た錆で大人しくなった。
あとはパラパラと存在するその他の不良どもを指導するだけの楽な仕事になった気がする。
良い方向に変わりつつある学院の放課後の空気を満喫しながら、遠回りで倶楽部棟に足を向ける。すると厄介代表だったお嬢を見かけた。
生活指導の講師として釘を刺す意味でも声をかけとこう。
「ルース・クレアドス生徒会長。つまんない悪だくみは私がいなくなってからにしなさいよ?」
「イーブルバンシー先生、また人聞きの悪いことを……わたくしは何もしていませんわ」
戯言は無視して雑談を続ける。問題児ほどコミュニケーションが大事だ。
「一人で何やってんのよ。生徒会長ってのは取り巻き引き連れて歩いてそうなイメージだけど」
「はあ…………そう言えば、イーディスを手懐たらしいではないですか。いったいどのように懐柔したのですか?」
「私はお前たちの実家なんか怖くないからね。文句あるなら誰だろうがぶっ飛ばす気合があれば、あんな不良でも話は通じるわ。お前も一緒よ、ルース・クレアドス」
「先生は何者なのですか? イーブルバンシー家について調べさせましたが、その様な家は存在していないとしか思えませんでした」
そりゃそうだ。イーブルバンシーなんて家は存在しないんだから、調べたって何にも見つかるはずがない。もし同じ家名があったとしても、私とは無関係だし。
めちゃくちゃ疑わしい感じで見てくる生徒会長だったけど、そんな私でも正式に学院に雇われてる講師だ。
こいつなら私がアナスタシア・ユニオンの関係者だってくらいには推測してるだろうけど、その立場でもベルリーザ貴族に喧嘩売るような真似は普通ならしない。諸々含めて不思議に思ってるんだろう。
「そう? きっと調べ方が悪いのよ。ま、今後は実家からのつまんない命令なんか無視して、普通に学生生活楽しみなさい。なんか問題があるなら、特別に相談に乗ってやってもいいわよ。なんせ私は生活指導の講師だからね。お前たち生徒の悩みくらい、さくっと解決してやるわ」
そうそう厄介事なんか起こってたまるかと思いながらも、これまでに生徒会が撒き散らした悪事のすべてが綺麗さっぱり過去の事になったとは思えない。
本当に困ったことがあるなら何とかしてやる。面倒事をよりややこしくされるよりは、最初から相談させたほうがきっと楽に丸く収められる。そういう意味でも距離を縮めとくのはいいはずだ。
「……そうですか。では会議の時間がありますので、わたしくはこれで失礼いたしますわ」
人の事を胡散臭そうに見てから、生徒会長は去って行った。
あれはなかなかの難物だ。ま、これ以上は下手を打ったりしないだろう。そこまでのボンクラじゃないはずだ。
学院の日常っぽい感じをお届けした回になります。一応妹分たちも倶楽部活動をやっていました。
そして次話「貴族令嬢の喧嘩」に続きます。先生として喧嘩の手ほどきをし、経過を見守る予定です。




