どいつもこいつも怪しい奴ら!
怪しい倉庫の情報を青コートに流してやった後日、トンプソン小隊長から会って情報交換がしたいと提案があった。
トンプソンは私を恐れてる。気軽に顔を合わせたいとは思ってないはずだ。わざわざ待ち合わせてなんて、通信だと話しにくい内容ってことなんだろうけど……。
微妙に怪しいものを感じはしたけど、今後も持ちつ持たれつの関係を続けるためにもあまり無下にはできない。
そうして訪れた繁華街の裏通りにある薄暗いバーは、内緒話をするのにちょうどいい雰囲気だ。
店内は適度に広く、適度にざわついてる。若者が集まる界隈にしては様々な年代の奴らが多い店で誰がいても目立ちにくい。先に待ってたトンプソンと向かう会うポジションで椅子に座った。
互いに繁華街に溶け込むようなラフな格好をし、私は薄暗い店内でもサングラスは付けたまま。つい昨日、ベルトリーアで買った新品のサングラスは外側は目を隠すダークブラウンな色合いなのに、私からは昼間のようにクリアに見える魔道具だ。地味に便利でこういうのが欲しかった。
軽い世間話をしながら酒を一杯飲み干したところで、そろそろ本題に入ることにした。
「それで、今日はなに? 世間話がしたくて呼び出したわけじゃないわよね」
「やはり分かるか……実は会ってもらいたい方がいる」
どうりで。妙にそわそわしてるから変だと思ったんだ。それにトンプソンの後ろに座ってる奴が、ずっと聞き耳を立ててたのは分かってる。あいつだろう。トンプソンの言い方から、上司や目上の人物じゃないかと思われる。
ふう、しょうがない。会うだけ会ってやろうじゃないか。サングラスの位置を直すようにしながら目を一瞬だけ出し、睨んでからうなずいてやった。
「ムーア様」
トンプソンが呼びかけると、後ろの奴が立ち上がってこっちのテーブル席にやってきた。
中折れ帽を被ってサングラスを掛けたおっさんが、威嚇でもするように私を見下ろしてからトンプソンの横に座った。誰なんだろうね。
「こちらは上級騎士のムーア様だ。情報部の高官を務めておられる」
情報将校ってこと? それがいったい何の用よ。
それなりの地位にある奴だからって、私は気後れなんかしない。こっちはエクセンブラじゃ、行政区のお偉いさんと常日頃から仲良くやってるし、闘技場の開催期間中には余所のVIPと何度も接待してるんだ。偉い奴には慣れてる。特に非公式な場なら、誰が相手だってへりくだる気はまったくない。むしろ下手に出れば舐められるだけだ。
「……お前がユカリード・イーブルバンシーか。只者ではないな」
「情報部なら私の素性も分かってんじゃないの?」
「残念ながらお前の情報は高度に制限されている。だからそれについて無理には訊かんが、話をするくらいなら構わないだろう?」
そこまでの秘密になってるとは思わなかった。けど、こいつは情報将校としての立場から、わきまえてはいるってことみたいだ。権力を使ってどうこうって感じじゃないなら、会話くらいは成り立つか。
「内容によるわね。トンプソンから聞いてるだろうけど、今の私は聖エメラルダ女学院の臨時講師よ。それ以上でも以下でもないわ」
「困らせる気はない。単刀直入に訊くが、先日の倉庫街の件はどこから得た情報だ?」
トンプソンめ。情報元を漏らすなんて反則もいいところだ。立場上、このムーアとか言う奴には従わざるを得なかったんだろうけど……まあいい。
「怪しい連中を見かけたから通報しただけよ」
「お前自身が見たのか? そう簡単に尻尾を出す連中ではないはずだが」
「偶然としか言いようがないわね」
本当の話なんだけど、信じてないっぽい。こんな事で疑われるのは邪魔臭いったらないんだけど。
「はあ……しょうがない。トンプソン、あんた私がアナスタシア・ユニオンの関係で学院にいるのは分かってるわよね?」
「それはまあな。あの総帥の妹君が留学にきたタイミングだ、関連を想像するのは当然だろう」
「詳しく話す気はないけど、そこを否定する気もないわ。そんでもって、アナスタシア・ユニオンの派閥間抗争が絡めば色々と話が波及する。私だって、関わりたくないことに関わることになるわけよ」
「それが倉庫街の件とどう関係する?」
「バドゥー・ロット、御曹司と繋がってるとかいう組織よ。私はあの時、奴らの様子を探りに行ってたのよ」
御曹司とバドゥー・ロットに繋がりがあることは、トンプソンが教えてくれたことでもある。アナスタシア・ユニオンに関する情報なら、情報部のムーアだって知らないはずがない。
「あの日の夜、港湾区域に隣接したスラムで騒動が起こったのは知ってるわね?」
二人の反応を見るに、耳には入ってても詳細までは分かってなさそうだ。所詮はスラムで起こったことだし、聞き込みをしようと思ってもスラムの連中が協力的じゃないんだろう。担当者から詳しい情報が上がるには、もう少し時間が必要って感じかな。
「建物が派手に倒壊したとか言う話だったが……まさか、あんたが?」
「違うわよ。誰の仕業か知らないけど、倒壊したのがバドゥー・ロットのアジトよ。私は遠くから奴らのアジトを覗き見てたんだけど、その時に偶然、倉庫街に怪しい連中がいるのにも気づいたってわけよ」
「待て。スラムの事件はなぜ起こった? バドゥー・ロットはどうなった?」
「さあ? ただ私が覗いた時には、すでにアジトの中には腐った死体がいくつも転がってたわ。そこにスラムの誰かが足を踏み入れたら、一気に建物が崩れ去った。私が知ってるのはこれだけ。あとはそっちで調べなさいよ、専門でしょ」
なにやら考え込む野郎どもだ。
手の込んだ罠と死体だらけだったバドゥー・ロット、アナスタシア・ユニオンと私、どう関連するのか想像を働かせればいい。丁寧な説明までは必要はないし、私だってわからないことだらけだ。
「こっちが話せることは話したわ。そっちからもなんか情報は?」
言い切ってしまい、こっちからも情報を求める。
まだ聞きたそうにしてたけど、これ以上は知らんと突っぱねれば引き下がった。
「……倉庫街の件だが、あれは大陸外の勢力の浸透を意味している」
ムーアが深刻な声音で話し出した。なにやら大変なことが起こってそうな雰囲気じゃないか。
「余所者が勢力を伸ばしてきてるってこと? ブツは私も見たけど、戦争でもおっぱじめようかって武具の量だったわね。それでも小規模な騒乱を起こす程度のもんよ。精々、どこぞの組織がシマを奪い取りにきたってくらいじゃないの? 情報部が出張ってどうのこうのってよりは、アナスタシア・ユニオンみたいな組織が始末を付けると思うけどね」
「この一件に限ればそうかもしれないが、似たような事件はベルリーザでここ数年にわたって何件も起きている。発覚していない事件のほうが多いとも考えられるしな。今回は押収した物が過去に見ない点数だったこともあって、トンプソンには注目が集まっている」
ああ、それで情報部がトンプソンを問い詰めたわけか。情報元はどこの誰だって。
悪事を知るには、悪党と繋がるのが手っ取り早い。ひょっとしたら、トンプソンは敵に繋がってると思われたのかもね。そして私も敵の一味なんじゃないかって、それを確かめるために情報将校が自らお出まししたってところか。
「疑われてもどうしょうもないけど、私の身元はベルリーザのお偉いさんが保証してるんじゃないの?」
「さてな。しかし、お前がすべてを語っているとは思わないが、嘘を吐いている様子もない」
「んじゃ、特に文句ないわけね。言っとくけど、私はいま聞いた面倒事に関わる気はないわ。大陸外の勢力だかなんだか知らないけど、学院の事だけで割と忙しいのよ。なにかしらの情報を得たら提供くらいしてもいいけど、そっちの面倒事に巻き込まないで欲しいわね」
微妙に嫌な予感を覚えて釘を刺した。こいつらに便利使いされてやる謂れなんかない。
「それは分からんぞ。アナスタシア・ユニオンが絡めば、そうも言ってもいられないだろう? とにかく何かあれば連絡する。通信機は預けておくぞ」
このムーアって奴、ユカリード・イーブルバンシーの情報にアクセスできないとか言ってたけど、たぶん私の素性に気付いてるわね。実力もなんとなくのレベルで察知されただろう。直に会いにきたのは、それを確かめる意味もあったに違いない。
うん、そもそも私はメデク・レギサーモ帝国に痛打を与えた賞金首だ。サングラスを掛けてても面は割れてるし、こいつが事前に調べてないわけがない。ベルリーザの情報将校なら噂レベルの与太話じゃなく、実際に起こった出来事や事件からも力を推測できるだろう。
「……ちっ、なんか確信がありそうね。いいわ、あんたの思惑は? 私は腹の探り合いとか面倒なのよ。せっかくの機会なんだから、腹割って話したら?」
「いいだろう。トンプソン、お前は外せ」
すげなく言われたトンプソンは知りたくもないって顔で、いそいそと出て行った。
追加で酒を注文し、改めて二人で向き直る。
「これは俺の想像にすぎないことをあらかじめ言っておく。現時点では証拠もなければ、それらしい噂すらない。他言無用だ、いいな?」
「前置きは要らないわ」
そんな心配をするくらいなら黙っとけばいい。
私の稼業は信用第一だ。非合法な取引には形に残る契約書のようなものは使えない。信用と実績こそが物を言う世界だ。暴力を前提に裏切らせない代わりに、こっちだって裏切らない。ある意味、お国の機関なんぞよりも信用度はよっぽど高いと言っていいだろう。
ただしだ。なにしろ、こちとら悪党だからね。騙すこともあるし嘘を吐かないわけじゃない。特にこんな個人的なやり取りなんて、私の気分次第としか言いようがない。まあ信用ってのは継続してこそ得られるものだから、基本的には裏切ったりしないけど。
要は何にしても、場合によるし相手にもよる。つまりは口約束になんて何の意味もない。裏切りを気にするなら、私のような悪党に関わるべきじゃないんだ。情報将校ならその程度は分かってるだろう。いちいち他言無用だなんだと、そんなことを確認するだけ無駄でしかない。
「威勢がいいな。さすがは飛ぶ鳥を落とす勢いのキキョウ会、ユカリノーウェ・ニジョーオーファシィ会長といったところか」
「やっぱ知ってんじゃないの」
「当然だ。お前の動きはベルトリーアに入った時点で捕捉している」
うーむ、私は危険人物なんだから、たしかに当然っちゃ当然だ。
だいぶ補足されるのが早かったっぽいし、さすがと言うならベルリーザ情報部のほうだろう。おっかない奴らだ。
「今の私はユカリード・イーブルバンシーとして行動してるわ。バッジも外してるし、余計な事に関与する気はないわよ」
「お前の目的はシグルドノート・グランゾの護衛だろう? 倉庫街の件は例の御曹司に繋がるかもしれん。そうとなれば、余計な事とは言っていられまい」
なに? まさか大陸外の勢力と御曹司が手を組んでるってこと?
アナスタシア・ユニオンはベルリーザの要人警護を請け負う、国とまで癒着してる大手組織だ。そこの御曹司が大陸外の勢力と何事かを企ててるとなれば、これは穏やかな話じゃない。
ただ組織としては、外国だろうが大陸外だろうが、利益があるなら手を結ぶことくらい普通にある。問題は手を結んで何をしようとしてるのか。ベルリーザ情報部としては、そこに不審なものを感じてるようだ。
「御曹司に反逆の意志ありって思ってるわけ?」
「可能性があるだけだが、アナスタシア・ユニオンは最重要監視対象だ。荊棘の魔女が無軌道に関与されては困るが、御曹司のほうからシグルドノート・グランゾへ何らかの接触はあるだろうと見込んでいる。その時に騒ぎが大きくなることは避けたい」
荊棘の魔女とは、数ある私の二つ名の中の一つだ。
いや、それよりそんな重要な情報を余所者の私に聞かせる理由だ。絶対になんか企んでやがる。バカ息子の御曹司が企てる何かより、情報部のほうが私にとってよっぽど危険だ。
状況をコントロールしようとしてる情報部の邪魔をするなって意味なら、こっちから手を出すつもりはない。相手次第だからね、奴らが何もしなけりゃこっちだって何もしやしない。
「……つまり?」
「降りかかる火の粉を払うなとは言えないが、やり過ぎるなと言っている。警告とまではいかないが、忠告と捉えてくれ」
繁華街で何度か暴れた件を念頭に釘を刺してるんだろうね。私がアナスタシア・ユニオンの猛者と本気でやり合えば、都市に重大な被害が出ることまで想定できる。それを懸念してるってことか。
まあ問答無用でお咎めを受けるよりは随分とマシ、いや親切な扱いだ。これもお国の上層部の意向やら事情やら、様々な要素を含んだ上での忠告なんだろうね。私は善意の……とは言えなくても通報者なんだし、そのくらいは当然か。
共通の敵であるメデク・レギサーモ帝国に痛打を与えた賞金首であることも、こいつらの好意を受ける理由にはなってそうかな。
「仕掛けられたら迎え撃つまでよ、こっちとしてはどうしょうもないけど一応は承知したわ。でも場合によっちゃ、そっちにも火の粉被ってもらうわよ。高みの見物を決め込まれて、責任だけおっ被せようって腹なら許さないわ」
「悪く受け取ってくれるな。マクシミリアン殿下からも無下な扱いはしないようにと言われている」
「……殿下って、まさか王族? なんでそこまで配慮してくれんのよ。逆に不気味でしょうがないわ」
「覚えていないのか? ブレナーク王国のパーティーで知り合ったと聞いているが」
はて、まったく心当たりがない。殿下とやらの妙な妄想じゃなければいいんだけどね。
「とにかく、御曹司に動きがあったらこっちにも情報回しなさい」
「互いにな。とりあえずと言ってはなんだが、こちらの様子をうかがっている二人組には気づいているか?」
「とっくにね。あんたの護衛連中まで含めて私が気付いてないとでも? まあその二人組の目当てが私なのか、そっちなのかは分かんないわね。どこの奴らか知ってんの?」
「それも含めて俺のほうで訊いておこう。騙し討ちのように面会した今日の詫びだ」
「あっそ。そんじゃ、私はもう帰るわ」
使える奴を利用しようと思うのは誰もが考えることだ。特に余所者なら使い捨てにだってできるし、当て馬にはちょうどいい。
しかもアナスタシア・ユニオンのような超武闘派組織にぶつけて戦果を期待できるとなれば、それは私を使いたくもなるだろう。たぶんムーアとかいう情報将校が単独の考えで私に接触したわけじゃなく、組織としての思惑だろうね。あるいは話に出てきた殿下とやらも関わってるのかも。いずれにしても、厄介事へ巻き込みたい思惑が透けて見える。
アナスタシア・ユニオンの不穏な動きと妹ちゃんの護衛を絡めれば、動かざるを得ない場面はあるかもしれない。たぶん優秀な奴らが揃う国の情報部なら、利用できる状況を作り出すことさえ可能かもしれない。むしろすでにそうした動きはあると考えるべきだろう。
避けられないなら、面倒でも受けて立つ。どこにいても厄介事からは逃れられない運命の女神に愛された身としては、権力者に恩を売るチャンスとでも思っとけばいい。
というか、すでに一定の恩恵は受けてるのかもしれない。これまでにも羽目を外した動きをやっちまってるし、それらも監視されてるはずだ。学院関係、アナスタシア・ユニオン関係、そしてさらなる厄介事にも関わらせるつもりなら、それらを代償に多少のお目こぼしに預かれるってわけだ。
なるほどね。一方的な押しつけだけじゃなく、持ちつ持たれつなら今後とも付き合っていけるだろう。
よし、治安部隊だけじゃなく、情報部からもバックアップを得られるなら調査にかかる労力はだいぶ減らせる。
情報が集まるまでは、学院のほうに集中するとしよう。
今後に向けた状況の整理回といった感じになったでしょうか。ややこしくなってきましたが、今後はもっとややこしくなるかもしれません。
次話では不穏な動きが密かに進行するなか、ユカリたちは平和?に学院生活を送る予定です。
捕捉として、会話の中で登場したマクシミリアン殿下は第163話「社交パーリー!」にてユカリをナンパした人物です。ブレナーク王国の再興を祝うパーティーで、ほんの少しだけ会った事がありました。




