表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

356/464

ほとばしる青春の一ページ!

 トンプソンに続いてレイラとの通信を済ませたら、誘拐事件のことはもう頭から追い出してしまう。何か続報があるまでは別のことに集中しよう。

 よし、切り替えて次は魔道人形倶楽部だ。今は練習中のはずだし、生徒会が予算を認めたことを伝えてやらないと。


 倶楽部棟のほうに足を向けたところで、ふと気づいてしまって方向転換した。


「巻き毛の奴、まだ寝てんのか……」


 放置してからそれなりの時間は経ってるのに、誰にも発見されてないってことはないだろう。

 休日とはいえ、学院には寮生がいるし倶楽部などの用事で生徒も教職員も通りかかることはあるはずだ。少なくとも生徒の誰かは見かけただろうにね。身分が高いくせに不良なんかやってる巻き毛に関わろうとする生徒は少ないってことなんだろうけど、それでも悲しい状況だ。


 向かった先では、やっぱり巻き毛が寝たままだ。はしたなくもボロい格好で倒れた姿は、如何にもな厄介事の気配がするから敬遠するのは理解はできる。なんにしても巻き毛自身の身から出た錆だけど。

 しょうがない奴だ。一応は学院の講師として面倒見てやるか。このまま寝かしといてもいい気はしたけど、目を覚ました時にそこらの生徒に八つ当たりでもされたら、それはそれでまた面倒事になるかもしれない。


「ちっ、世話の焼ける奴め」


 巻き毛を担ぎ上げて倶楽部棟に行き、部室に入れば挨拶を受けると同時に訝しげな視線も受けてしまう。

 構わず練習を続けろと言えば、素直に従う部員たちは可愛いものだ。それでもしっかり者の部長はほっとけないらしい。代表して近寄ってきた彼女から事情を問われても、適当にごまかすしかないんだけど。


「こいつのことは気にしなくていいわ。そんなことより朗報があるわよ」

「朗報ですか?」

「生徒会が予算を通した。満額の予算よ? これで道具を買い換えられるわね」


 巻き毛を床に転がしながら教えてやる。


「本当ですか! しかも満額……でも、どうして今頃になって」

「ま、なんとかなるもんよ。とにかく早急に買い換えを手配しなさい。入手までにはどれくらい掛かんの?」

「既製品を買うだけですから、在庫さえあればすぐにでも調達可能です。最悪でもいくつかの販売店を当たれば、必要分は入手できるかと。まだ部員の数は定数に届きませんが、この際余分に買ってしまおうかとも思います。先生がよろしければ、今から行ってきても構いませんか? 交渉次第では明日には学院まで届けてもらえるかもしれません」

「気が早いわね。予算は通ったけど、まだ書類上で承認されただけよ?」

「承認されていれば問題ありません。費用は後払いで話を付けます」


 前のめりな姿勢は非常に好ましい。清々しいほどのやる気だ。

 満面の笑みを浮かべた部長は、さっそく部員一同に魔道人形の買い換えを宣言し、追加の練習メニューを指示してからバタバタと出掛けて行った。

 湧き上がる部室の熱量は高い。顧問の私が見守るなか、いつも以上の気合で基礎錬を繰り返すのだった。



 魔道人形倶楽部の練習を見始めてから、一時間くらいは経過しただろうか。

 やっぱり妹ちゃんとハリエットの実力は図抜けて高い。二世代前の人形を操っても、その動きは非常に滑らかで他の部員たちとは明らかに違う。

 それでもハリエットは妹ちゃんのレベルに合わせて、本来の実力を抑えてるらしい。私は別に構わないと思ってるけど、突出しすぎる実力は見せないことにしてるようだ。


 全体的に見てて、ハリエットの判断はあれでよかったのかもしれない。

 アナスタシア・ユニオンの関係者が、一般人よりも数段上の魔力運用を実践して見せても何ら不思議な事じゃない。二人が顧問の私ほどじゃない同レベルくらいで、一般の生徒よりもずっと上手い。これがちょうどいい塩梅ってことなんだろうね。


 休憩も取らずに夢中になって練習を続ける一同に目を配り、時折アドバイスや注意を飛ばしてると、傍で眠ってた巻き毛が目を覚ましたらしい。

 のそのそと起き上がって不思議そうにしてる。


「やっと起きたか。ほら巻き毛、こっちに座って休んでなさい」

「……誰が巻き毛よ」


 文句を言いつつも、まだ本調子じゃないのか素直に私の横に座った。


「喉が渇いた」

「私はお前の使用人じゃないわよ。まあいいわ。ほれ、飲め」


 差し出した飲みかけの水に眉をひそめる気配があったけど、渇きがひどいのか受け取って喉を鳴らすように飲んだ。

 渇きが癒えて少し余裕が出たのか、ようやくボロボロになった己の格好を自覚したらしく、少しばかり恥ずかしそうにしてる。こういうところは年相応の少女っぽい。


 見かねて鞄からジャージの上衣を取り出し、付いたままだった盗聴器を外してから渡してやる。


「これでも羽織っとけ」

「……ほかにないの?」

「贅沢言うな。こう見えても高級品なんだから、あとで返しなさいよ」


 ふざけた格好に思えるジャージでも、性能は非常識なレベルに高いんだ。特別に貸してやる。

 紫色のジャージを羽織った巻き毛には、なんだかギャップを感じてしまって面白い。


「……魔道人形倶楽部、噂とは違うみたいだけど」


 私の横に座ったまましばらく練習を見てた巻き毛は、活気のある練習風景に驚いてるらしい。


「やる気のない腑抜けた倶楽部の事を言ってるなら、それは過去の事よ」

「あなたのお陰だとでも?」

「当然、私のお陰に決まってる」


 皮肉っぽい言い草には、なに言ってんだこいつと馬鹿にした態度で返してやる。事実を謙遜する必要なんかない。

 不満そうに押し黙った巻き毛は、何が面白いのかじっと練習を眺めてる。淀んだ雰囲気に濁った目をした巻き毛は、いつもと違う状況のせいかなんか妙に素直な雰囲気だ。


「……でも、悪くない」


 やっぱり妙だ。漏らした小さな呟きは独り言なんだろう。地獄耳の私には聞こえてしまったけどね。

 一生懸命頑張る奴らを皮肉りそうな巻き毛が感心するとは意外や意外、ナチュラルに他人を見下して小馬鹿にするような奴だと思ってたのに。

 ま、誰だって少しの切っ掛けさえあれば変わることができる。魔道人形倶楽部の生徒たちは良い見本だ。あいつらが頑張る姿を見れば、ひねくれ者の巻き毛だって感心するだろうとも。


「へえ、青春の汗を流すあいつら見てたら、殊勝にも改心した? 案外チョロいわね」

「誰が!」


 おちょくってやったら反射的に怒鳴られた。生意気だけど、この勢いだけは嫌いじゃない。


「この際、お前も変わればいいわ。家柄が立派? 能力が優れてる? それがどうした。いいか、そのままのお前なら、どこまで行ってもロクでなしよ。お前自身が自覚してるようにね」

「お節介はやめてもらえる? 迷惑でしかないから。ありのままの自分でいてどこが悪いの」


 たしかに、余計なお節介だ。もし私が言われたとしたら、たぶん巻き毛と同じように返すだろうし、ついでにぶん殴って黙らせるだろうね。いや、こんな偉そうに言われたら絶対ボコボコの半殺しにして、二度と生意気な口が利けないようにしてやるはずだ。

 でも私は自分の我儘だけは許す女だ。己の事は棚に上げて、自分勝手に言い放つ。


「ありのままだって? 眠たいことを抜かすわね。なにが今の自分のままでいい、よ。そんな怠惰、私は許さない」


 人によっては優しく、そのままでいいんだよなんて言うのかもしれないけど、それは優しい代わりにひどい言い草とも思う。


「許さないって……あなたにそんなことを言われる筋合いはないわ」

「そりゃそうね。私は講師と言えども所詮は赤の他人よ。お前の人生に関わることはほとんどない。だから気楽に言ってやってんのよ」

「な、なにそれ」

「もう一度言ってやるわ。ありのままでいいだって? その言葉に甘んじるなら、お前は死んでもロクでなしよ。いいか、変わる努力をしろ。少しでもマシになる努力をしろ。ダメな自分をありのままなんて言葉で誤魔化して妥協するな。怠惰以外の何ものでもないわ」


 サングラスを掛け練習のほうに目を向けたまま、巻き毛の事など視界にも入れずに言ってやる。

 実際のところ、巻き毛がどう生きようがどうでもいいんだけど、生活指導の講師として楽をするためにはこいつが変わってくれるのは歓迎だ。ほっとけばまた面倒事を起こしそうだし。


 痛烈なダメだしには不良の巻き毛も思うところがあったのか、言い返すでもなく黙りこくった。

 素直に聞いたとは思えないけど、ひょっとしたら若者らしく少しは思い悩んでるのかもしれない。と思いきや、私に目を向けたのが分かった。なんか言いたいことでもありそうね。


「なによ?」

「一つ聞きたいのだけど」

「私はこれでも学院の講師よ。一つと言わず、二つでも三つでも、答えられることなら答えてやるわ。それで?」


 悩める少女にアドバイスくらいしてやる。私の助言が役に立つとはまったく思わないけどね。

 言いにくい事なのか、巻き毛は聞きたいと言った割にはかなり逡巡したのちに口を開いた。


「…………本当の自分って、なんだと思う?」

「は?」


 ヤバい。青春ど真ん中ストライクって感じの質問が、まさか不良の巻き毛から聞く事になるとは思わなかった。予想外すぎて、ついアホみたいな声が出てしまった。


「んんっ! えーっと、本当の自分か。まさかの質問だったけど」

「もういい」


 とっさの取り繕いは通用せず、不貞腐れてしまった巻き毛だ。そんな態度も今この時に限っては可愛らしく思えてしまう。


「はあ~……お前さ、確固たる自分なんてもんがあると思ってんの? 本当の自分? どういう意味で聞きたいのか知らないけど、そんなもんないわよ。あえて言うなら、全部がお前としか言いようがないわ」

「全部って……今のわたしと昨日のわたしとでは絶対に違う」

「そりゃそうよ、物理的な意味でも精神的な意味でもそのとおり。違うことは違うわね。まあ物理的な意味はどうでもいいか」


 こいつが言ってるのは精神面のことだろう。今の素直なこいつと、昨日までのこいつは全然違う。でもそんなのは当然のこと。


「今のお前も、ジエンコ・ニギに意地張ってたお前も、学院で不良を気取ってるお前も、一人でいる時のお前だって、全部がホントのお前で間違いないわ。場面によって違う考え方をするのも態度を取るのだって当たり前でしかない。そんな事にいちいち疑問を持ってどうすんのよ。なによりね、本当の自分ってのが仮にあったとして、だからどうだってのよ?」


 何を考えてるのか、黙る巻き毛に続けて言う。


「本当の自分なんか、どうだっていいわ。逆にお前はどうなりたい?」

「……どうって言われても」

「あるかどうかも分かんない『本当』なんてもんを気にしてる暇があったら、なりたい自分になればいいわ。それが『本当』って思えるようにね」


 簡単な話じゃないか。ぐだぐだ考えるだけ馬鹿らしい。

 ただまあ、よくある自分探しってのが悪いとは思わないし、そうすることによって見えてくるものだってあるとは思う。

 ありのままでいいんだよ、本当の自分をゆっくり見つけて行こうよ、なんて天邪鬼な私は言ってやらないだけだ。不満があるなら、この私に訊いたのが間違いってだけのことで、別の奴に改めて訊き直せ。


「……きっと、どう転んでもわたしには敵の多い人生が待っている気がする」

「敵が多くて何が悪いのよ。別にいい奴になれなんて言ってないわ。むしろ敵を作ることくらい恐れんな。私からしてみれば、敵のいない女なんて逆に信用ならないわ。そんな奴は嘘と誤魔化しで生きてるか、無難に当たり障りなく生きてるつまんない奴よ」


 ほら、自分で言ってて参考にならない。

 なんてったって、私なんか敵だらけだ。その分、仲間だって多いけどね。そういう生き方だってあるけど、決して他人に勧められたもんじゃないのは間違いない。

 だって常に監視され、賞金稼ぎや殺し屋に狙われるなんて異常だ。でもその異常な状況を楽しめるのがこの私なんだ。そんな女に相談するなんて、こいつもチョイスが悪すぎる。


 ちょっとばかし調子に乗って、アホな事を言いすぎたかもしれない。巻き毛は遠くを見るような目で、今度こそ黙ったまま口を開かなくなった。



「ただいま戻りました。イーブルバンシー先生、首尾よく手配できました!」


 部長は戻るなり、輝く笑顔で報告した。

 大きな声での報告は練習中の部員たちにも伝わって、またもや熱気に湧いた。


「よくやったわ、ハーマイラ。届き次第、さっそく新型を使って練習よ」

「はい! あとは部員を定数まで増やせればよいのですが、こればかりは難航しそうです」


 魔道人形戦の定数は二十五名だ。これが足りない状況だと、その時点で不利になってしまう。増やせるものなら増やしたいところだけどね。


「あ、そうだ巻き毛。お前、どうせ暇よね? この倶楽部に入んなさい」

「はあっ!? なんでわたしが」

「ぐだぐだ言わずに、いいから入れ。人間、暇だとロクなこと仕出かさないからね。お前なんか、まさにそれよ」

「か、勝手な事を……」

「ハーマイラ、こいつの面倒を見てやりなさい。文句ばっかり垂れるロクでなしだけど、根性だけはある奴よ。それに一応は魔法の実技でトップみたいだからね、少しは戦力になるんじゃない?」


 物怖じしない部長なら、不良の巻き毛にも臆することはないだろう。しっかり者だし任せられる。


「たしかに、真面目に取り組んでもらえれば期待は持てそうです。それに頭数が必要な状況ですし……いいでしょう、明日からは時間に遅れず毎日くるように」

「偉そうに、誰に向かって言ってるの! それにわたしはまだ入るなんて」

「うるさい。遅刻したりサボったりしたら、ぶっ飛ばすからそのつもりでいなさい。それにお前は困難が欲しいとか言ってたじゃないの。魔道人形倶楽部は上を目指してるからね、そういう意味でも最適よ。とにかく部長のハーマイラの言う事にはきっちり従うこと、いいわね?」

「だ、だからそんな勝手な――」


 この際だから監視下に置いて倶楽部で忙しくさせれば、巻き毛も悪さなんかしてる暇は無くなる。戦力補強としてもちょうどいいし、まさに一石二鳥だ。

 よしよし、新型の魔道人形も手に入るし、これで捲土重来への道のりは勢いよく進めるに違いない。

学院編と言えば青春ですよね。今回は劇中でめっちゃ恥ずかしくて臭いことを言っていますが、これはあくまでも紫乃上の考え方であり、しかもだいぶテキトーな感じに言っています。そんな方はいらっしゃらないと思いますが、真面目に受け取らないでくださいね。自分を大切にしてください。

さて、次話「大都市に潜む悪意」に続きます。少しだけダークな雰囲気でお送りしたい気持ちです。


あ、それと気づいたら本作は200万字を突破してしまったようです。まったくもって長さだけは一丁前になってしまいました。

この機にぜひ感想や評価などもらえますとありがたいです。なんとかお願いします! 頼む頼む!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] うほぉ青い!青いねぇ! 一時は結構オトナな感じだった巻き毛や生徒会でしたが 今回の話ではまだまだ若いというか子供らしいですなぁ! そして鬱屈と迷い悩む巻き毛にたいして 明確な目標と達成手段…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ