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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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侯爵令嬢の理解不能な事情

「わたしの成績が特別に良いのは知っているでしょう? 座学も魔法の実技もトップなの。しかも父は侯爵で、母の実家も侯爵家よ。わたしは次女でも将来有望な伯爵家の嫡男との婚姻が決まっているし、何においても困った事など一度もないわ」


 ほうほう、大層な身分じゃないか。しかし何を言い出すかと思えば自慢話とはね。

 まあいい。とにかく巻き毛本人の能力は本人が自覚するくらいには優秀、実家にも嫁ぎ先にも不満はなく、これまでも、そしてこれからも順風満帆な人生が待ってるわけだ。


「望んだものは何でも手に入るし、何でも思い通りになるの。それこそ多少の無理だって押し通せるほどにはね」

「それの何が不満だってのよ?」

「分からない? 退屈なの、ひどくね。だって思ったことはその通りにできてしまうのよ? 障害と言えるものが何もないことが、こんなにも退屈だなんて、きっと凡人には理解できないでしょうね」


 うーむ。普通に考えてムカつく奴だ。能力も家柄も秀でるからこその不満なんて、嫌味にもほどがある。

 でもこいつは狭い世界で、自覚なく誰かに守られながら生きてるからそう思うだけだ。私ほどの戦闘力や財力や組織力、さらには美貌まで持ってても、なんでも思い通りになんかできないんだ。世の中、そんなに甘くない。


 むしろ大国の貴族令嬢ともなれば、本人とは無関係なしがらみなどで面倒事は山のようにあるはず。これから先の近い将来、退屈なんて言ってられくなるに違いない。


「……あっそ、それがなんで不良になんのよ?」

「いい子になんてしていたら、それこそ退屈な毎日の繰り返しでしょう? 簡単に思い通りにならない何かを求めるなら、自分から障害を作り出して行くしかない。もしくは、わたしの身分や能力を理解しない世界に足を踏み入れるか」


 だから敵を作るべく不良を演じ、愚連隊なんかと付き合ってたと?

 満たされた環境にあるはずの娘が、それにこそ不満を覚えてしまうとはね。世の中、上手くいかないもんだ。

 しかしこいつの性格は歪みまくってる。なかなかのロクデナシだ。


「生徒会とは? お前たち学院じゃ距離を置いてたけど、実際にはつるんでるわよね。あいつらもお前と同類ってわけ?」

「ルースとは家の事情があっての付き合いよ。ほかの奴らのことなんて知らないわ」


 生徒会長のルース・クレアドスとは何かしらの事情で繋がってるらしい。今回のドラッグ強奪事件はそれに関係してるのかもね。

 それにしても生徒会書記がさらわれた事は伝えたはずなのに、巻き毛は完全に無関心だ。ほかの奴らなんて知らないって言い草は、冷たいけど本心なんだろう。自責の念でも揺さぶってやろうとか思ってたのに、そこは不発に終わりそうだ。


「家の事情ってのはなんなのよ? どうせロクな話じゃないんだろうけどね、一応聞いてやるわ」

「ロクでもない話なのはその通りよ。目的は学院生の弱みを握り、無ければ作ること。最悪な家よね、リボンストラットもクレアドスも」


 あっさり白状したわね。きっと私がどこで何をしゃべろうが問題ないってことだろう。

 それよりドラッグを筆頭に学生に悪事を重ねさせて、それを弱みとして握るだって?

 しかもそれを娘にやらせるなんて、随分と外道なやり口じゃないか。さすがと言うかなんと言うか、まあ古い歴史を持つ強国の貴族ってのはこういうもんか。足の引っ張り合いは、いかにもそれっぽいし。


「ふーん、ガキどもの悪事を握って親を脅す材料にするわけね。つまんないけど安上がりな手法ではあるのかな。でも、そのせいでお前は死にかけた。詰めが甘いわね。さすがに死んでもいいとまでは思ってないわよね」

「そこが問題よ。誰がジエンコ・ニギの後ろに付いているの? 最初はあなたがそうなのではないかと思ったのだけど」


 あ、そういやジエンコ・ニギの誰かが、バックについてる何者かの存在をほのめかしてたっけ。


「まさか。こいつらの仲間だったくせにお前が知らないなんて、それこそ意外よ」

「仲間? 笑わせないで」

「はん、お前の仲間意識なんかどうでもいいわ。でも背後の奴らは気になるっちゃ気になるわね」


 締め上げて吐かせるのは簡単だけど、どうせジエンコ・ニギは終わりだ。

 私としてはこれ以上関わっても得るものがないんだけど、刺激を求める巻き毛は追求しそうに思う。そうなれば、またピンチに陥ったこいつを助けに行かないといけなくなるかもしれない。

 うーむ、臨時講師がそこまで面倒見る必要あるんだろうか。一応、釘だけ刺しとこう。


「言っとくけど次に同じような目に遭っても、私はもう助けないわよ。これ以上の貸しを作ったって、お前が返せるとは思えないしね」

「余計な――」


 お世話、と続けるつもりだったのは間違いない。瞬時に迫ってぶっ飛ばしてやった。


「まったく、懲りない奴」


 ここを見張ってる青コートが動き出したっぽいし、そろそろ潮時でもある。意識を失った巻き毛の怪我の回復と、ついでに血で汚れてるから浄化後に小脇に抱えて脱出だ。

 ジエンコ・ニギの後ろについてる存在が気になりはするけど、単なる強盗の私が尋問をするわけにはいかない。背後関係が本当にあるなら、トンプソンが後で言ってくるとも思う。


 あれ、待てよ。場合によっちゃ、背後にいる奴のせいでジエンコ・ニギを潰せないなんて可能性はあるんだろうか。

 そうなればまた話が変わってくるけど……まあいい。厄介事が残ってるとすれば、どうせ嫌でも押しかけてくるんだ。その時にはまとめてぶっ潰す。



 装甲車に乗って学院への帰り道、まだ夕方にもなってない時間なのに疲れを覚えた。

 今日は朝から魔道人形倶楽部の試合があり、生徒会書記と巻き毛の誘拐騒動だ。体力的には全然問題ないけど、一日が長く感じる。


「お姉さま、これを買っておきました」

「おー、何も食べてなかったから助かるわ」


 待機中にケバブっぽい食べ物を確保してくれたらしい。良くできた妹分だ。

 食べながらジエンコ・ニギの拠点であったことを、通信をオンにしつつレイラたちにも聞かせてしまう。

 レイラには生徒会がどうしてるか訊いてみると、あいつらもさすがに大人しくしてるようだ。余計な事をして問題を拗らせたくないってところだろう。


 学院に到着し、門番からは特に不審な点を指摘されるでもなく中に戻れた。そうして車両を停めると巻き毛をどうするかで少し困る。

 殴って気絶させたまでは良かったけど、生徒会の書記と同様に深く眠ったまま起きやしない。


「どうします?」

「……そこら辺に捨てとこう」


 学院の中なら危険はない。ほっとけばその内に目を覚ますだろうし。

 ヴァレリアとヴィオランテが巻き毛を車外に出し、私は生徒会書記の生徒を抱えて生徒会棟に向かった。


 生徒会棟前に陣取る二人の門番も、さすがに突っかかってくることなく中へと通された。小脇に抱えられたままぐっすりと眠りこける生徒を心配そうに見てる。もの問いたげな視線は無視だ。


 そして戻ってきた豪華な生徒会会議室。書記の生徒は絨毯の上に横たえる。

 アホ面下げた生徒会一同が、戻った仲間の姿に安堵と不安を感じてるらしい。

 意識はなくても死んでるようには見えないだろう。でも生きてるだけじゃ無事とは言い難い。どんなひどい目に遭わされたか、そこが問題になってくる。女子生徒がならず者にさらわれた後の、空白の数時間。普通に考えて、嫌な想像だけしか思い浮かばない。


 そういや日暮れまでには何とかしてやると言った気がする。まだ日暮れには余裕があるから、随分と早い決着だ。感謝するがいい。


「黙ってないで、なんとか言え」


 いつまでもボケっとしてる奴らについ言ってしまった。

 普通なら色々と聞くことがあるだろうに、腑抜けた奴らだ。


「無事、だったのですか?」

「元気に眠ってるわよ。何があったのかは、こいつが起きたら聞いてみなさい」


 大して心配そうにしてない生徒会長は、巻き毛とつるんで生徒一同に悪事を行わせる誘導役とは聞いたばかりの事だ。開き直った巻き毛はペラペラとしゃべってたけど、生徒会長は簡単に言わないだろうし、指摘しても知らぬ存ぜぬと白を切るだろう。

 私としても別に二人の役割や家の事情なんか知ったこっちゃないし、うるさく言うつもりもない。生活指導の私に面倒をかけない学生生活を送ってれば、それでいいんだ。もし何らかの悪事を働くにしてもバレないようにやれ。


「ゆ、誘拐犯はどうなったのですか?」

「そうです、あのならず者たちは?」


 争いには報復が付き物だ。このボンクラどもはその警戒をしてるんだろうけど無駄な心配でしかない。


「お前たちが知る必要はないわ。いいか、今日あったことだけじゃなく、これまでのことも全部忘れろ」


 あえてサングラスを掛けて雰囲気を重くし、威圧しながら告げる。なかった事にしとくのが一番なんだ。

 誘拐だけじゃなく、ジエンコ・ニギからドラッグを奪った事件も、学院内で売り捌いたことも、何もかも誰にとってもこれは都合が悪い。こいつらだけじゃなく学院にとっても、その他の関係してしまった連中にとってもだ。


 特別にこの私に売った喧嘩もなかったことにしてやる。キキョウ紋を背負った私に対する喧嘩だったら許さなかったけど、今の私はバッジを外した生活指導の講師でこいつらはとんでもないバカでも一応は生徒だ。


「クレアドス生徒会長。地下に隠したブツも含めて、お前が責任もって全部処分しろ。できないなら、あとで私のところに持ってこい。そうすりゃ、綺麗さっぱり片付けてやる。売人や運び屋、それに寮母にも全部忘れろと言っとけ。脅し込みでね」


 言い逃れやくだらない言い訳を聞くつもりはない。地下のブツまで含めた話を持ち出した時点で、私が全部知ってるんだとこいつらも分かっただろう。


「な、なにを勝手な……」

「生徒会長以外は黙っとけ。いいわね? これ以上の面倒をかけさせるな」


 これ見よがしの強力な身体強化魔法の発露は鈍い奴にも恐怖を与え、純然たる暴力の脅しは誰であろうが本能で理解する。逆らったらマズいって。

 おいたってレベルじゃない悪事に対し、この程度の脅しで勘弁してやるんだから破格の条件だ。

 貴族の娘なら、今後のことまで含めて考えろ。ここが調子に乗った悪事からの絶好の引き際だ。むしろここしかない。生徒会長はその辺を理解してるのか観念したのか、この期に及んで逆らう気は無さそうだ。


 心を入れ替えてまともな学生生活を送るなら、少なくとも私は全部水に流して忘れてやる。

 もしほかに騒ぎ立てる奴が現れたとしたって、現在進行形の悪事よりは過去のことにしとけば傷は浅くなるかもしれない。もういい加減にしとけってことだ。


「理解できたわね? さて、あとは私への報酬の話よ。生徒会長、お前は成果には必ず報いる、そう言ったわね?」

「ええ、違えるつもりはありませんわ」

「だったら魔道人形俱楽部への予算は満額回答で通せ。申請は行ってるはずよ」

「ルース様! それは歴代の生徒会の皆さまが……」

「もうそのような事を言っている場合ではないでしょう。そもそも、わたくしたちには関係のないことでもあります」

「たしかにそうなのですが……」


 不都合な事実の諸々を握りつぶしてやろうってのが、この私だ。逆らうことなど、まともな判断力があればできない。反発心はあっても、こいつらには分別がある。その程度の期待はできる奴らだからこそ、こうして言葉だけで進めてやってる。

 それに魔道人形俱楽部が欲する予算は高額ではあるものの、超金持ち学校なら余裕で出せる範囲に収まってるはずだ。


「予算はすぐにでも承認します。イーブルバンシー先生ご自身の報酬はいかがなさいますか?」

「お前たちみたいなガキにねだるもんが、この私にあるとでも? 最後に一つだけ言っとく。くだらん遊びに付き合ってやるのは、今回限りと覚えとけ」


 発信器付きの指輪は外して返却だ。これも微妙にストレスだったから、やっと楽になった気がする。

 指輪を生徒会長に向かって放り投げ、背中を向けてさっさと退室した。

 色々と手はかかったけど、これで綱紀粛正と捲土重来のミッションは確実に一歩前進だ。これまでの苦労が少しは報われたと思っていいだろう。



 生徒会棟から出て少し歩いたところで、今度はトンプソン小隊長から連絡が入った。

 板状の通信機を介して会話を始める。


「――ジエンコ・ニギの裏には『バドゥー・ロット』がいるらしい。襲撃したのがあんたとまでは誰も分からないだろうが、念のため気をつけろ」

「やっぱ後ろに誰かいたか。それで、バドゥー・ロットってのは?」

「アナスタシア・ユニオンの関連団体で御曹司のお気に入りだ。比較的に新しい組織で詳細はあまり分かっていない」

「御曹司? まさかアナスタシア・ユニオン前総帥のバカ息子のことじゃないわよね?」

「そのまさかだ。本人に向かって御曹司などど言えば殺されるだろうがな」


 ついに出てきやがったか!

 こんなところでアナスタシア・ユニオンに繋がるとは思ってなかった。

 バカ息子の指示がジエンコ・ニギにまで下りてきてたかは不明にしても、奴の手足となり得る末端を排除できただけでも悪くない結果だ。


「アナスタシア・ユニオンほどの組織がジエンコ・ニギに直接的な関わりはないだろうが、バドゥー・ロットは青コートでも正体が掴み切れん組織だ。誘拐の件に片が付いたなら、深追いはするなよ。俺たちもこれ以上の面倒事は御免だ」

「向こうがちょっかい掛けてこなけりゃ、こっちだって関わる気はないわ。もしなんか怪しい動きを掴んだら連絡入れなさい。しばらく通信機は預かっとくから」

「そっちこそ何かネタを掴んだら回してくれよ。じゃあな」


 よしよし、なかなかいい情報源になってくれてるじゃないか。トンプソンには今後も期待しよう。


「こちら紫乃上。レイラ、生徒会の様子はどう?」

「こちらレイラです。少し揉めていましたが、会長の要求に従う流れですね。あとは放っておいて問題ないと思います」

「だったら、ガキども相手の退屈な仕事はこれで終わっていいわね。その他の細かい調査からも、とりあえず手を引いていいわよ」

「ということは、別の件が出てきましたか」

「そういうことよ。バドゥー・ロットって組織に聞き覚えは?」

「……たしか、アナスタシア・ユニオンの枝という噂ですが、実際にはそこまでの関係ではなかった組織と記憶しています。何か関わりが?」


 さすが情報局幹部補佐だ。青コートでもよく分かってない組織だってのに、怪盗ギルドなどを通じてか知ってるらしい。


「ジエンコ・ニギの後ろに付いてたのがそいつらよ。今回の誘拐事件に関与があったのか無かったのか、あるいはアナスタシア・ユニオンが一枚噛んでるのか、探り入れといて。こっちの動きは悟られないようにできるわね?」

「骨のありそうな相手ですが、ようやく本領発揮できそうですね。やってみます」


 声にやる気がみなぎってる。それだけやりがいのありそうな相手ってことだろう。


「それとバドゥー・ロットってのは、どうやら例のバカ息子の紐付きみたいなのよ。もし可能なら手ぇ突っ込んで、引っ搔き回してやるのもいいわね」

「そういうことでしたら会長、この件はわたしに預けていただけませんか?」

「いいわよ。私がケツ持つから、好きにしなさい。資金も道具も必要なだけ使っていいわ」

「ありがとうございます」


 学院の生徒や愚連隊が相手なんかじゃ、レイラもイマイチ乗り気になれなかっただろう。鬱憤を晴らすみたいなやる気を感じる。

 手強いと感じた生徒会棟だって、あれは魔道具の性能と設置に関して専門の業者が凄いだけだ。

 本格的に裏社会の組織が相手となれば、不足もなければ遠慮もいらない。あの調子ならレイラだけで期待以上の戦果を叩き出してくれそうだ。私は任せて報告を待ってればいい。

だいぶ遠回りしましたが、敵の尻尾が見えてきたところです。

生徒会に関するエピソードはまだ少し残っていますので、近いうちにもっとスッキリした形でひとまずの決着を付けたいと思っています。

魔道人形倶楽部もようやく骨董品から脱却できそうですね。

次話、青臭さ100%でお送りする「ほとばしる青春の一ページ!」に続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 生徒のやらかしにしてはヤケに大規模だと思っていたら まさかの家のお仕事(弱み握り)で侯爵家の 全面的バックアップがあったとは…… それにしても巻き毛は気合いだけは凄いですねぇ ズタボロに…
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