ヒーローは助けに来ない
ふと己の姿を振り返ってみれば、上は黒Tシャツ、下は紫のジャージにサンダルの超ラフスタイルだ。
我ながらとても名門女学校の講師とは思えない格好の上に加わるのが、これまた怪しすぎる武装。頭部を覆うスカルマスクに、手には特製グローブと鉄の棒ときた。
こんな怪しい格好の奴を見かけたなら、即座に通報もんだろう。とても通りすがった救いの女神やらヒーローやらには見えっこない。
まあ見た目のインパクトだけはあるから、注意を引くって意味じゃちょうどいいはずだ。
ボスっぽい大柄な男が倒されたジエンコ・ニギの本拠地は異様な雰囲気に包まれてる。
巻き毛の正体不明の攻撃に苦しみもがくボスを見てしまったせいで、愚連隊の若者たちからは完全に余裕が失われた。謎の攻撃への恐れと少女への怒りの感情がこの場を支配してる。
「び、びびってんじゃねえ、ぶっ殺せ!」
「クソが、イーディス如きに誰がびびるかよ!」
阿呆どもはちっぽけなプライドを刺激されたのか、瞬間的に抱いてしまった恐れを恥じたのか、やっぱり怒りに身を任せて倒れた少女に襲い掛かった。
しかし、血まみれで大怪我を負った少女に、男どもが怒声もあらわに詰め寄るとは何事か。客観的に見て、あまりに情けない光景じゃないか。
「まったく、どいつもこいつも……見下げ果てた奴らね」
怪しい格好の私はそんな場面に、ちょっと寄ってみましたくらいの軽い足取りで乱入することにした。
ところが派手な登場とは違うからか、巻き毛に集中してるからか、フロアに入ったくらいじゃ全然気づかれなかった。せっかく姿を現したってのに。
倒れた巻き毛は軽い追撃を食らっただけでも危険な状態だ。こうなったら派手に注意を引いてやるしかない。
手にした鉄の棒で遊技台を一台、ドカンとぶっ壊せば最初の目的は達成だ。誰も彼もが私に注目せずにはいられない。
続けて奴らの退路を断つ。石材を使った床から何本もの天井まで届くトゲを生やし、格子のように出入り口を塞いだ。こっちに注目する奴らは全然気づいてないけど。
「な、なんだてめえは!」
「ここをどこだと思ってやがる。ジエンコ・ニギなめてんのかっ!?」
返事の代わりにまた遊技台を叩き壊した。常識的にはちょっと叩いたくらいで、簡単に壊れるほど脆い物じゃない。
目の当たりにしたその威力と私が発する威圧感に、有象無象は口をつぐんで立ちすくむ。生物の本能は正直だ、それでいい。
静かになったところで要求を告げる。
「金を出せ」
「…………あ? なんだって?」
修羅場に乱入した場違いな強盗。こんなに空気の読めない話もないだろう。奴らはマヌケ面をさらし、あっけにとられてる。
私としてはこんな雑魚どもを皆殺しにしたせいで、万が一にも凶悪犯罪の捜査対象になってしまうわけにはいかない。治安部隊の抱き込みはトンプソン小隊長だけじゃとてもじゃないけど不十分で、ここは正体不明の強盗と愚連隊がちょっとした争いを起こしたくらいの事態で収めときたい。
「え、えあ? い、痛ええええええっ!」
「ああああああああああああっ、お、俺の足、足があああっ」
「ぐぎゃっ!?」
「な、なんだよ、なんなんだよ、ふざけんな!」
悪徳がまかり通るこの区域を管轄する青コートなら、社会の底辺同士の争いなんかに時間と労力を割いてまで真面目に仕事はしないだろう。被害者が善良な市民ってわけじゃないし、死亡者が多数に及ぶ事件ならともかく、悪党に怪我人が出るくらいなら問題ない。
それにトンプソンたちはジエンコ・ニギを切るとも決めたようだ。事態の収拾にはあいつらが出張って、万が一にも自分たちと癒着した証拠が表に出ないようにもするはずだ。
「うおぼっ、おげえええっ……」
「や、やめてくれえええええええええ」
「やめろっ、やめろっ、やめっ」
愚連隊のガキどもには余計な情報を与えず、ただの強盗が意味不明に殴り込んできたくらいの認識でいさせとけばいい。
もしかしたら私が手を下すまでもなく、悪徳青コートがこいつらの口を物理的に塞ぐのかもね。公権力を使える奴らなんだから、都合が悪ければこいつら如きどうとでも始末できる。
「――あれ、もう終わりか」
考え事しながら鉄の棒を適当に振ってたら、いつの間にか立ってる奴がいなくなった。汚れた鉄の棒は適当に投げ捨てる。
しかし、それにしても泣き言やうめき声を上げる奴らは鬱陶しい。半殺しにされても気合だけで立ち向かってくるような性根の据わった野郎は、残念ながら一人もいないらしい。思ったとおりに詰まらん奴らだ。もう黙らせよう。
倒れた巻き毛の傍に立ち、私の周辺だけを除いた範囲に霧の魔法を展開する。少し吸っただけなら、気を失うだけの毒の霧だ。痛みに苦しむ奴らにとっては、むしろありがたいってもんだろう。少しのダメージはあっても死にはしない。
数秒ほど待って静かになったところで霧を消し、強盗らしく金目の物をパパっと漁る。
予想通り大したものはない。カウンターの中にあった小さな金庫をぶっ壊して銀貨を奪い、下級の回復薬もあったからそれもポケットに突っ込んだ。ついでに酒瓶を一本手に取る。
はした金やしょぼいアイテムには興味ないんだけど私は強盗だからね、しょうがない。
そうしたテキトーな仕事を終え、巻き毛を見下ろす。
結構な怪我だってのに、驚いたことにまだ意識があるようだ。腫れあがった顔でスカルマスクの私を見上げ、命乞いをするでもなく睨むような目をしながら黙ってる。泣き言をほざくジエンコ・ニギの奴らと比べて、こいつのほうがよっぽど気合入ってるじゃないか。
とにかく、状況が理解できてるんだろうか。
愚連隊に殺されるかもしれない状況から、今度はスカルマスクの怪しい奴に命を握られたも同然の状況に変わった。
都合よくヒーローなど現れやしない。巻き毛にとっては窮地を脱したとは、とても言えない状況が続くだけだ。
「……どうして、ここに」
まさかこいつ、私の正体が分かってる?
ああ、いくらスカルマスクを被ってたからって、紫色のジャージに鉄の棒とくれば簡単にバレるか。
そういやこいつは私が清楚モードから鬼講師モードにスタイルチェンジした時にも、驚くでもなく一発で私だって分かってた。特徴を見抜く目と冷静さには少しばかり感心する。
「よく私だって分かったわね」
スカルマスクを取りながら言い、応急処置として奪ったばかりの下級回復薬をぶっかけてやった。
せっかく馬鹿が痛い目に遭ったんだ。すぐに完全回復してやったんじゃ教育に良くない。とりあえずは応急処置だけだ。
「ふん、まさかお前を助けにやってきたとでも思った? 残念、チンピラどもから金を巻き上げにきただけよ。ついでに助けてやろうか?」
「余計な……お世話よ……」
恩知らずな発言にはおしおきだ。スコンと軽くわき腹を蹴ってやったら、めちゃくちゃ痛そうにしてる。
「今にも死にそうな顔しといて、生意気言ってんじゃないわよ」
痛みに顔をしかめる巻き毛には、ここらで観念させてやる。洗いざらい知ってることを吐くがいい。
こっちでもなんとなくの予想は立ってるけど、訊いてみるのが一番だ。
「息が整ったら、全部しゃべらせるわよ。覚悟しときなさい」
とは言え、素直な生徒じゃないからね。どこまで聞けたもんだか。
壊れた遊技台に腰かけ、酒瓶に口をつけながら考える。
ジエンコ・ニギのドラッグを奪わせたのは巻き毛のお嬢じゃないかと思ってる。この不良が生徒会に情報を流し、その生徒会が金で雇った奴らにドラッグを強奪させたに違いない。学院一の不良と生徒会は繋がってるんじゃないか、といった考えはただの想像でしかないけどレイラはそう考えてた。
具体的な理由は不明でも、巻き毛の今の状況と生徒会役員がさらわれた事実を考えれば妥当な線に思える。そこまではいい。
問題はなんでバレたかだ。
奪われたドラッグを必死に捜すジエンコ・ニギが、自力で答えにたどり着いたと考えるのはやっぱりちょとばかり都合がいい。死ぬ気でやればなんとかなるかもと、一度は思ったけどやっぱりそう都合よく運ぶもんじゃない。
いくら必死にやったとしてもジエンコ・ニギにそこまでの調査能力があるとは思えないし、なにより私やレイラになかなか尻尾を掴ませなかった生徒会だ。こんな奴らに掴めてたまるかってもんだ。
巻き毛にしても愚連隊を上手く手玉に取ってたんじゃないかと思う。こいつは易々と隙を見せない奴だと評価もしてる。まさか奇跡のような偶然で発覚したなんてことだってないだろう。
それがどうしてバレた?
もしかしたら怪盗ギルドのような特殊な情報筋の奴が絡んできたか、関係者の誰かが裏切ったか。
なんにしても、ここでうだうだ考えたって、どうせ分かりっこない。それにもし特殊な情報筋が絡んでるとすれば、そいつらは生徒会なんぞよりよっぽど尻尾を捕まえるのが難しい存在のはずだ。考えるだけ無駄とも言えるし、無駄なことは無視するに限る。
まあいいや。その前に巻き毛たちの行動の理由を知りたい。
そろそろ痛みもマシになってきた頃だろう。
「イーディス・リボンストラット、お前と生徒会の連中がやらかした後始末はどう付けるつもり?」
普通に考えればこいつらの実家がなんとかするんだろう。こんな問題児だ、きっと悪事の隠蔽は何度もやってるに違いない。
言外に、悪ぶってるくせに失敗すれば親に頼る情けない奴めってニュアンスを含ませる。隠そうとして隠し切れない悪事には、結局は大人が出張ってケツを拭いてやるしかない。子供の尻拭いをするのは親の責任でもある。
でもね、私としてはそれをやられるのは迷惑だ。
今回の悪事には愚連隊と青コートの癒着が絡み、そこに生徒たちがドラッグの強奪などという馬鹿を仕出かした。おまけに学院の中でドラッグを捌くなんて、名門女学校としてあり得ない状況にも至ってる。
悪事のすべてを闇に葬ろうとすれば、とんでもなく根回しが大変だろうし、葬れないと判断されればそれはそれで重大事件だ。誰も得をしない。
「……お前は知らないかもしれないけど、生徒会の書記がさらわれたわよ。今頃どうなってるだろうね」
ジエンコ・ニギはどうでもいいけど、私としては悪徳青コートにまで累が及ぶのは困るんだ。
怪盗ギルドから得た特ダネが使えなくなったら大損だし、取り込んだトンプソンが処分されたらせっかくの伝手を失ってしまう。
それに学院にも影響はあるはずだ。妹ちゃんと私たちの事情を理解する学長が責任取らされるような事態になっても困る。
こんな面倒なことは、無かったことにするのが一番だ。私たちだけじゃなく、ジエンコ・ニギ以外の関係者一同にとってそれがベスト。
悪ガキの親は面倒な事をしなくて済むし、学院は何も知らなかったことにして現状を維持、青コートはジエンコ・ニギを切るだけで事が済む。学院の悪ガキどもは私が反省させるけど、それで済めば御の字ってもんだろう。
余計なイレギュラーさえなければ、被害を被るのはジエンコ・ニギだけでほかはすべて丸く収まる。なんていい話なんだ。
「だんまりか。せっかく助けにきてやったんだから、質問くらい答えなさいよ」
ぐびっと酒をのどに流し込む。あー、たまには行儀悪く飲むのもいいもんだ。
「……さっきは、金を巻き上げにきただけだって」
下級回復薬と短い休憩時間が効いたのか、普通に口が利けるくらいにはなったらしい。
「そんなこと言ったっけ?」
「言った!」
「おー、元気出てきたじゃない。そうよ、しょうがないから助けにきてやった。感謝しなさいよ?」
「余――」
「余計なお世話、とか言ったらぶっ飛ばす。とりあえず、いつまでも寝てないで起きろ」
寝てられちゃ話しにくいと思ったんだけど、下級回復薬じゃ骨折などの重傷は癒せない。それらの痛みで起き上がれないようだ。
まったく、しょうがない奴だ。
「ふーん、思ったより怪我がひどいわね。さっきので少しは回復したけどこのままだと危ないか……しょうがない、こいつは貸しにしといてやる。死にたくなかったら、これ飲んどけ」
雑に脅かしながら、錠剤の回復薬を寝転がるお嬢に放り投げてやった。
もう死ぬほどの状態からは遠ざかってるけど、痛みに脂汗を浮かべた巻き毛にそんなことは分からない。
「なんなの、これ」
「コラッ、捨てようとすんな。そいつは貴重な回復薬よ」
「まさか。固形の回復薬はローザベル師とコレット師の二人にのみに作成可能な特別なもの。あなたが持っているはずは――」
不良でも成績優秀者なだけはある。レアな固形回復薬についての知識があるらしい。
「能書き垂れてないで、さっさと飲め」
イラついて迫り、口を強引に開けて放り込んだ。
錠剤の回復薬は唾液に触れれば即座に溶けて体に吸収される。巻き毛も効果を実感できたようだ。
「これ……少なくとも中級回復薬の効果が……? ど、どうしてこんな貴重なもの」
「私にでっかい借りができたわね? イーディス・リボンストラット」
巻き毛は呆れたように溜息を吐いた。いや、呆れてるのはこっちのほうだっての。
「前から気になってたんだけどさ、お前なんで不良やってんのよ?」
純粋な疑問だ。こいつは侯爵令嬢で身分が高いし、実家は普通に権力も財力もある。貴族だけど借金まみれみたいなパターンは結構あるらしいけど、こいつの実家は身分相応に金持ちのはずだ。
ついでに巻き毛本人の能力だって、学生としてみれば申し分ない。普通に友達作って、普通に学生生活やるだけじゃダメなんだろうか。満ち足りた環境にあるはずだろうに。
私のような人間が言えた義理じゃないんだけど、疑問には思う。
巻き毛は質問に対し、身を起こして壊れた遊技台に腰かける。周囲で倒れ伏す愚連隊を眺めやってから、どこか楽しそうな笑みを浮かべた。
「なんで不良と言われても……環境のせい?」
「あのね、普通は恵まれない環境にあるから悪事に走るのよ」
高貴な家柄ゆえの特殊な事情だろうか。そういやこいつは以前、リボンストラット家が恐ろしい家とか言ってたっけ。その辺が関係してるとか?
おしゃべりする気になってる巻き毛に続きを話せとうながした。
随分と打ち解けた感じになってるのは、助けられた恩義ってよりも私のここでの振る舞いが原因だろうね。たぶん。
さてと、講師として少女の悩みの一つや二つ、ババンと解決してやるのもいい。後々、何かに利用できるかもしれないし。
世の中には見えにくいだけで悪意が満ち溢れてる。己を助けた者が味方とは限らないんだ。
表面上は良いことのように思えても、実際にはおぞましい悪意が裏に潜んでることなんて、それこそごまんとある。そういったことを若いうちに学ぶのも勉強ってもんだろう。
何人ものならず者が倒れるなかで、生徒と講師の二者面談が始まろうとしています。




