ピンチに見た意外なド根性
再び学院を出て、ヴァレリアたちには私と合流するよう手配した。
とりあえずはバイクを元あった場所に返して装甲車の到着を待つ。見知らぬ奴の物でも同好の士かもしれないと思えば乗り捨てにはできない。急いでたから無断で借りてしまったけど、もし私がやられたとしたら返されても許しはしないだろう。
でも悪びれることなどない。自分にだけ都合のいい我儘は、悪党にこそ許された特権だ!
短時間のことだし、ひょっとしたら盗られた事に気付いてないかもしれない、なんて思ってると装甲車が横に付けた。
運転はヴィオランテ、後部座席にヴァレリアと眠ったままの生徒が一人いる。さっそく助手席に乗り込むと、学院には戻らず繁華街のほうに向かわせた。
「怪我は擦り傷くらいでしたが、目を覚ます様子がないです。お姉さま、こいつ大丈夫ですか?」
「手持ちの第三級回復薬を使ったので、問題ないとは思うのですが」
二人の報告に後ろを振り返り、眠った少女に手を触れて様子を探る。
「うーん、もし頭を打ってても回復薬使ってるなら問題ないはずよ。たぶん極度の緊張と疲労、それと眠り薬かなんかのせいね。起きてもうるさいだけだから、このまま寝かしときなさい」
「それにしてもよく無事でいられましたね。ヴァレリアが駆け付けるのが早かったのはありますが、愚連隊も傷つけるつもりはなかったということでしょうか」
「たぶんね」
高貴な身分のお嬢様がならず者にさらわれたなんて、外聞が悪いにもほどがある。もし何にも被害なく助かったとしても、そんなことを額面通りに信じるほど世間は甘くない。さらわれたことが知られた時点で、お嬢様の将来は暗いものになってしまう。
それに貴族のお嬢様を傷物になんかしたら、普通に考えて確実に処刑コースだ。それを避けるためにさらうだけにしたっぽいけど、そんな遠慮に意味はない。さらった時点でアウトだ。
今のところ誘拐の事実を知るのは、生徒会所属の生徒たちと個人的に通報を受けた青コートのトンプソン小隊長、そして愚連隊ジエンコ・ニギと私たちだけになるのかな。
もしその他大勢にまで知られてるとすれば、あまりにも迂闊だ。生徒会所属の生徒たちはアホで愚かだけど、仲間のこととなればさすがに最低限の配慮はするはず。限られた関係者は誰もがこの事態を秘密にしようするはずとも期待できる。
ただ改めて今後を考えてみれば、この秘密を危険にさらす危険度が高いのは、むしろ生徒会の連中じゃないかと思ってしまう。
トンプソンは厄介事に巻き込まれないためにも、口を滑らせることはしないはずだ。情報の取り扱いには敏感じゃないと、悪徳青コートとしてやってけないだろうし。
愚連隊は生き残れたとして、プライドの問題から失敗した報復劇をベラベラしゃべることはないように思う。いや、それをやってしまう愚か者と考えないといけないかな。だったとしても、ならず者の話なんかまもとに信じる奴はいない。
もし調子に乗って話しても与太話の類として扱われるのが関の山で、貴族がらみの不穏な噂を広げるほど世の中の人間はアホばかりじゃない。それに最下層で流れる真偽不明の与太話が、上層まで流れ着くなんてこともたぶんない。総合的にほっといても問題ないように思う。
やっぱり一番危ういのは仲間である生徒会の連中だ。友達でいられるうちはいいだろうけど、なにかしらの理由で敵意を抱けばすぐに噂を流すんじゃないかと想像できてしまう。噂好きの女たちが社交の場などで悪意をもって広めれば、それなりのダメージを負わせられるはずだ。
結局は身分の違う他人よりも、近い場所にいる身内がもっとも厄ネタになりうる悲しい現実ってわけだ。
けどまあ、この秘密を利用できるのは私たちだけでいいとも思う。ガキどもは悪事で繋がってるんだから、秘密をバラせば一蓮托生だとあとで念を押しとこう。
秘密は秘密であるからこそ価値を持つ。
「ん、タイミングいいわね」
「お姉さま?」
「青コートから通信が入ったわ」
ポケットに入れといた板状の通信機が、ノックするような魔力波を放出した。着信の合図だ。
スイッチを入れて耳にあてる。
「こちらムクドリ、ムクドリだ。聞こえるか?」
ムクドリ? コードネームは万が一のための傍受対策かな。声の調子も少し変えてるっぽいけどトンプソンの奴だろう。微妙な不信感を覚えながらも、こういうもんかと最低限の言葉を意識して会話を続ける。
「聞こえてるわ。それで?」
「あんたのネタは役に立った。礼を言う」
ジエンコ・ニギの隠し資産の件だろう。奪取に成功したらしい。たぶん貴族の娘を誘拐した件もあって、ジエンコ・ニギはもう切る算段になってるんだろうね。悪徳青コートだって、上納金や小銭稼ぎより自分の身の安全が大事だ。
「そう、ほかには?」
「頼まれていた件だ。少し前に情報が入ったところだが、奴らの本拠地に行ってみろ。急いだほうがいい」
「分かったわ。潰してもいいのよね?」
「構わないが、派手にはやってくれるなよ」
短いやり取りで通信をカットした。
予想通り、青コートはジエンコ・ニギを切ったらしい。これで少しはやりやすくなったってもんだ。
「ヴィオランテ、目的地はジエンコ・ニギの本拠地よ。なるべき急ぎで向かって」
「入り組んだ道なので少し時間はかかりますが、できるだけ急ぎます」
「お姉さま、どんな通信内容だったのですか?」
「巻き毛のお嬢がジエンコ・ニギに捕まったみたいよ。あいつも回収するわ」
「世話の焼ける奴らです」
まったくだ。いや、ホントに。
元より繁華街のほうに向かってたけど、目的地に到着するまでにはもう少しかかる。
トンプソンは急げと言った。つまりは巻き毛の身に危険が迫ってるってことなんだろうね。どうなってることやらだ。
後部座席でまだ眠ったままの生徒については、一応は丁重に扱おうとしたっぽいけど、巻き毛のほうは別なんだろうか。あれか、仲間だと思ってたのに情報を横流しされたと思ったから?
それが本当のことかどうか分かんないし、いま考えても無駄だろう。とにかく行ってみれば分かる。
もしピンチの状況なら駆け付けるのが五分遅れるだけでも手遅れになりそうだってのに、たぶんあと三十分くらいはかかると思う。普通にヤバそうだ。
でもこれは自業自得だ。どんなひどい目に遭おうが、そんなリスクは承知の上で遊んでたんだろうと言ってやりたい。あいつは不良でも頭は悪くないはずの生徒なんだ。いや違うか。頭は悪くないどころか、とんでもないバカでアホだ。学校の成績は関係ない。
うーん、でもなんだ。バカな子ほど可愛いとは言ったもんだけど、たしかにそういうものかもしれない。
問題児でも奴が気になるのはたしかだ。魔道人形倶楽部に所属の生徒たちの次に気にかけてると言ってもいい。色々と手遅れになってそうな気はするけど、せめて命だけは助けてやりたいところだ。
ごちゃごちゃと入り組んだ狭い道をヴィオランテは慎重に進み続ける。
そうして繁華街近くの見覚えのある場所に出た。昼間だからか、人通りのほぼない路地に停めさせ準備を済ませる。
鞄に入れっぱなしで忘れたスカルマスクをヴァレリアから借りて装着し、私だけが車両から降りた。特に人数は必要ないから二人は待機でいい。
「さーて、無事でいてくれればいいけどね」
魔力感知で周辺を観察しながら、目的地の様子も探る。
「んん? なーんか妙な事になってそうね」
巻き毛の奴、面白い事になってるかもしれない。
なるべく誰にも姿を見せないよう隠れながら接近し、奴らのアジトには前もそうだったように裏口から入る。
前回は二階にしか押し入らなかったけど、今回は一階の店舗スペースのほうだ。なにがどうなってんのやら。
こそっと覗き見た現場は、最初に想像したものとは全然違う。
身体の至る所から血を流して座り込むのは、乱れた巻き毛の少女だ。以前にも見たようなクラブ風ファッションの服も所々が破けてしまって、随分とみすぼらしい。うん、これに限れば予想したパターンの一つとそう違わない。
問題は累々と倒れ伏す野郎どものほうだ。十人足らずの野郎どもが、激しい苦痛の呻き声を上げながら床の上をのたうち回ってる。
とりあえずの状況としては、巻き毛が一人でこいつらを倒したってことなんだろうけど……。
おかしいと思うのは、奴らが少なくとも巻き毛よりは軽傷に見えることだ。
座り込んだ巻き毛は血だらけで息をするのも辛そうなのに、のたうち回る奴らは元気いっぱいに苦しんでる。それなりの怪我や火傷みたいのはしてるから、たぶん巻き毛の魔法でやられたんだろうとは思う。
あいつは魔法の成績がそこそこ良かったにしても、一人で多勢を相手にできるほどじゃないはずだ。そこも含めて妙な状況になってる。
野郎どもの暴れるように床を転げて苦しむ姿は、力なく座る巻き毛よりも元気よく見えてしまう。しかも全員が揃いも揃って同じように床を転げてるのが意味不明だ。
意識を失うわけでもなく大声上げて苦しみもがくさまは、なんだか地獄に落とされた亡者の群れのように見えた。
なんらかの魔法能力か、魔道具か、もしくは毒を使ったらああなるのかな。
いや、しかし大したもんだ。どんな手を使ったにしろ、満身創痍になりながらもたった一人で多数を相手取った根性は素晴らしい。全員を倒した結果は上等も上等、やるじゃないか。
密かに感心してると巻き毛は休憩をやめたのか、よろつきながらも立ち上がった。
脇腹を押さえ、足を引きずりながら出入り口のほうに向かって歩く。でも運命は意地悪だ。まだ終わったわけじゃない。
新たな客の登場に対し、どうするのかもうちょい見物といこう。
「おいおいおいおい、なんだこりゃ?」
「まさかイーディス、てめえがやりやがったのか?」
「こんなことができるなんて聞いてねえぞ、どんな手品を使ったんだよ」
「さあな。でもこの様子じゃ、もうネタ切れだろ」
「おい、イーディスよ、お前大丈夫か?」
「うへえ、血だらけじゃねえか。そういうの趣味じゃないんだよ、俺」
「そうか? へへっ、燃えてきたぜ」
「最悪だな、お前」
「おい、なんかヤバくねえか?」
「馬鹿野郎、良く見ろ。もうあいつは虫の息じゃねえか。ビビってんじゃねえ」
「誰がビビッてんだよ!」
ジエンコ・ニギの本拠地に、わらわらと追加が現れた。二十人以上はいる。どいつもこいつもマヌケ面したうるさい奴らだ。
「イーディス、てめえよくも裏切りやがったな」
後ろからやってきた大柄な男が、仲間を突き飛ばすようにしながら前に出てきた。あれは以前にダンスホールで巻き毛の横に座ってた奴だろう。
一身に視線を受ける巻き毛はくだらないおしゃべりに付き合う余裕がなく、立ってるだけでも辛そうだ。
「てめえの学校のクソ女どもは、俺らの言いなりになるしかねえ。かすめ取りやがったヤクは取り返し、金も巻き上げてやる。てめえらは一生、俺らの奴隷だ。逃げられると思うなよ」
「ははっ! 貴族だろうがなんだろうが、俺らの後ろにはあの人がついてる。心強いよなあ、おい!」
は? まさかの後ろ盾? 侯爵家や生徒会所属の生徒たちの家を敵に回しても怖くないってこと?
単純に馬鹿どもが暴走してるだけじゃなく、後ろ盾がいるから無茶ができるってことみたいだけど……こんな奴らのケツを上級貴族が持つなんて、あり得るだろうか。騙されてるだけじゃ?
「なんとか言え、イーディス!」
うおっと、大声に考え事から引き戻された。
大柄な男が巻き毛に迫り、いきなり頬をぶん殴った。怒りに身を任せた雑な一撃。立ってるのがやっとの巻き毛は防御姿勢を取ろうと腕を上げたものの、もろに食らって吹っ飛ばされた。
「ぎっ!? ぎやああああああああああああっ!」
やられたのは巻き毛なのに、盛大な悲鳴を上げて転げまわるのは大柄な男のほうだった。
巻き毛は殴られる時に腕を上げて防御姿勢を取った。あれは防御しようとしたんじゃなく、たぶん男の腕に触れるためだったんだろう。どんな効果があるのか、巻き毛の魔法は相手の身体に触れた時に発動するようだ。
なるほど、肉を切らせて骨を断つ戦法か。やられながらも敵を倒したってことなのかな。
たぶん接触時にしか発動できない魔法なんだろう。肝心の効果が良く分かんないけどね。絶叫を上げる大柄な男に外傷は見当たらない。かと言って内部を破壊されたようにも見えないから、特殊な攻撃方法なんだと思う。
私が到着した時に倒れてた野郎どもも、きっと同じように倒したに違いない。巻き毛は魔法の実技で優秀な成績を収めてるけど、多勢を圧倒して勝利できる強者じゃない。ほとんど相打ち狙いのような戦法を続けて今に至ってるとすれば凄い根性だ。
そんでもって、ジエンコ・ニギのボスっぽい奴まで倒した。でも、ここまでだ。
有象無象がまだまだいる。雑魚は雑魚らしく、数だけは一丁前に揃ってる。
仰向けに倒れた巻き毛はどす黒く顔面を腫らし、血を吐きだしながら咳なのか痙攣なのかを繰り返す。
すでに全身に負ってた怪我も合わさって、いよいよヤバい。いくら根性があっても、ここからの逆転は不可能。怒り狂った愚連隊によって、巻き毛の命運は尽きたも同然だ。
「あそこまでやられりゃ、さすがに懲りたわよね」
巻き毛もいい勉強になっただろう。
あんな連中とつるんでれば何がどう転んだところで、結局はロクな目に遭わないに決まってる。どうせつるむなら、もっと気合入った奴らじゃないとね。ジエンコ・ニギなんてのは、いかにも中途半端な連中だ。
しょうがない、そろそろ助けてやるか。
命の恩人として、死ぬほど感謝していいぞ。




