やりすぎない自制が大事……だったはず
「イーブルバンシー……先生でしたか? 聞き捨てなりませんね。実績のない指導者が骨董品で勝てるなどと、大言壮語というものでしょう」
やったらやり返される。馬鹿にしたなら、されることだって考えとくのが当たり前。
でも世の中は理不尽だらけだ。そんな当然のことを理解しない傲慢な奴だっている。
私たちを先にバカにしときながら、心外そうに文句を垂れるとは何事だ。アホがツカツカと音を立てながら、苛立った歩調でこっちに近づいてきた。
「おっと、聞こえてしまいましたか?」
「なにを白々しい! 根拠のない自信を持つのは結構ですが、無名のあなたが骨董品をどう使ったところで、二十五体どころか一対一でも勝てるわけがないでしょう!」
「んなこと言われてもね。私からすりゃ、二十五体どころか百体でも二百体でも大差ないですよ。大言壮語かどうか試してみます? ああ、恥をかきたくないとか自信を失いたくないとか、色々ありますよね。無理することはないですよ、もう帰りますんで」
格下だと思ってる相手にこんな事を言われて引き下がるようじゃ話にならない。プライドの高いこいつなら必ず勝負を付けたがる。
こっちは喧嘩を買う側なんだ。多少の問題が起こったところで、売られた喧嘩をしょうがなく買った形にだけはしときたい。なにが起ころうとも、すべての責任はこいつにある! そう言い訳できる状況だけは確保したい。
ところがだ。怒りで顔を真っ赤にしたパーカーは予想外の返しに驚いたのか屈辱のあまりか、とっさに言葉が出てこないらしい。そこに部長が追い打ちをかけるべく私の横に進み出た。
「ナタリエル・パーカー様。イーブルバンシー先生が相手では、生徒の皆様が精神的なショックを受けてしまうかもしれません。明日も大事な練習試合が控えているようですから、無謀な試みはおやめになったほうがよろしいかと存じます」
「そうね、部長。私も学生相手に本気出して、潰すような真似はしたくないわ」
倶楽部活動を真面目にやってるガキを叩き潰してしまうのは、いくらなんでも大人げないってもんだ。生意気な態度くらい、ガキの特権と思って少しくらいなら見逃してやる。
ここでやっとパーカーは気を取り直したらしい。これ見よがしに溜息を吐きながら私を睨みつけた。
「……そこまで言ったからには、その粗末な骨董品でどう戦うのか見せてもらいましょうか。いえ、是が非でも白黒つけましょう」
よしよし、お前が売った喧嘩を私が買う。これで成立だ。
込み上げる笑いをこらえ、表面上だけ仕方なさそうに振舞う。
「どうしてもってんなら構いませんがね。でもおたくの生徒相手にやっても勝負にならないし、やっぱやめといたほうがいいんじゃないですか?」
「逃げるつもり? いくら聖エメラルダ女学院でも、魔道人形戦は身分を問わない実力勝負の世界です。戦わずに逃げるのでしたら、この無礼は他校や魔道人形協会にも共有するしかありませんね」
「はあ、無礼はどっちが先かって思うけど……いや、待てよ。部長、どうしたらいい具合に収まると思う?」
頭も察しもいいハーマイラ部長なら、いい落としどころを提案してくれるに違いない。私はそれに乗るとしよう。
売られた喧嘩を買うのはいいし、勝つのは余裕なんだ。むしろ負ける要素がない。ただ、どこまでやるかは問題だ。やりすぎて今後の練習相手に事欠くようになってしまったら、それはきっと後悔することになる。
今の私は聖エメラルダ女学院魔道人形倶楽部の顧問として振舞わなければならない。今日の出来事が他校にも伝わると思えば、短絡的に暴れたら損をするのはこっちになってしまう。
いい感じに意趣返しができれば、それで満足すべき。やりすぎは厳禁だ。
「……そうですね。イーブルバンシー先生が生徒の皆様を相手にするのは、実力が違いすぎてあまりにも気の毒に思います。それにナタリエル・パーカー様を倒してしまうのも、やはりグラームス学園の皆様にとってはショックでしょう。そうとなれば、ここは演武を行ってはいかがですか? 先生の技術をご覧になっていただければ、それだけで十分かと思います」
ほう、そうきたか。なるほど、演武ね。考えてみれば妥当な落としどころかな。
生徒を相手にしてもただの弱い者いじめにしかならないし、元最優秀選手とかいうパーカーの奴でも私ほどの強者からしたら大差ない。こいつの魔力量や魔力操作のレベルは、立ち居振る舞いを見ただけである程度は推し量れる。それなりに優れた能力があることは認めてやる。ただし、この私と比べてしまえば有象無象のレベルだ。
それに今日の目的は私の力を誇示することなんかじゃなく、練習試合を通して頑張った部員たちがどこまで成長できたかを確認することだった。そしてそれはすでに果たされた。
元最優秀選手様の態度が気に食わなかったからといって、やりすぎれば無用な悪評を立てるだけ。私にとって悪評は誉め言葉でしかないけど、生徒たちにとってはそうじゃない。
演武を見せてやるだけで、元選手なら力の差くらい理解する。向こうの生徒たちだってボンクラじゃないんだ、どっちが格上かくらい分かるだろう。
婉曲な喧嘩のやり方にはなってしまうけど、奴らにひと泡吹かせられるならそれでいい。
うん、叩きのめす必要まではないんだ。これは健全な俱楽部活動なんだからね。学生倶楽部の顧問らしく、少しは自制ってやつをしようじゃないか。
「……分かったわ、演武でいこう。パーカーさんもそれでいいですね。なに、時間は取らせませんよ。ほんの短い時間です。もし演武を見て納得できなかったら、私とあんたで一戦やりましょう」
ここでの無駄なやり取りは本当に時間の無駄だ。文句を言いかけたパーカーを無視して舞台に近づく。
まだ魔道人形は舞台の上で整列したままだ。腰くらいの高さのある舞台に手を置くと、付いてきた部長が差し出す制御装置を受け取った。
自然と注目を一身に集める。こんなつもりじゃなかったんだけどね。さて、とりあえずはその他の人形が邪魔だ。
「他の人形は舞台から下ろすわよ」
演武の前の肩慣らしだ。力の違いを見るがいい。
石材で作られた舞台に、瞬時に魔力を浸透して支配下に置く。その上に置かれた魔道人形も接地面から同様に支配した。
膨大な魔力と支配力をもって、制御装置を介さずにすべての魔道人形を掌握、敵味方含めて四十体以上もの魔道人形を同時に動かし、これから使う一体のみを残して舞台から下ろしてしまう。細かい操作まではさすがにできないし、私にしては雑な制御だけどインパクトは抜群だろう。
「なっ、え!? ど、どういうこと……」
この時点で格の違いどころか次元の違いを感じるに違いない。私は一段や二段上の手の届くところにいる存在じゃなことを知るがいい。
演武をやる前からすでに見せつけしまったけど、本番はここからだ。驚愕が支配する空間で、隔絶した力と超絶技巧を見せてやる。一度は満たした魔力をすべてカットしリセットした。
「始めるわよ」
改めてくすんだ白色の魔道人形に対し、開始の言葉と同時に一瞬でぎっちぎちに魔力を詰め込んだ。凄まじい魔力の瞬発力に加えて、隙間もムラもなく外に一切漏らさない完璧な魔力操作だ。
もうウチの部員ならあの状態を理解できるし、いかに高度な技術かも分かってる。そして元最優秀選手ほどの人間なら、当然そのくらいは理解する。私の魔力量や大量の人形を動かすパフォーマンスに固まってたパーカーは、驚愕に目を見開きみっともなく口まで開いたままだ。
これはデモンストレーションと考えればいい。相手側のカンの悪い生徒にも理解できるよう、ちょっとだけサービスしてやれ。
魔道人形を一分の隙も無く満たした魔力を、あえてほんの少しだけ均等に漏らす。人形を薄い魔力のオーラに包まれたように見せてやるんだ。こんなのは魔力の浪費でしかないんだけど、見た目のインパクトだけはかなりある。
闘身転化魔法を使った時と同じ紅蓮のオーラを輝かせれば、二世代前の骨董品がなんかやたらとカッコいい感じになった。
周囲のざわつきに呼応するように私のテンションも上がってきた。やばっ、なんか楽しくなってきたかも。
おもむろに人形を操作し、まずは床に置かれた槍を拾って適当に振り回す。
もちろん拾い上げた槍もオーラに包まれ赤くなる。未知の能力を得た武器のようにも見えるだろう。そんな槍の感触を確かめながら、ぐるんぐるんと振り回しながら飛んだり跳ねたりした。
適当に動かしてても、動きの良さは生徒が操るそれとは違う。単純に速度とキレが最新型を明らかに上回る。同時に動かして比較しなくたって、それが分かるくらいには圧倒的だ。
「まだまだ、もうちょい行こうか!」
振り回す槍は時と共に速度を止めどなく上げ、生徒が視認できない領域に入った。風を切る音はうなりを上げ、魔道人形の武器が発したとは思えない不気味な怖ろしさを醸し出す。
練武場の中で猛威を振るう風切り音は、もう死を連想させる恐怖を帯びたに違いない。あれに当たればタダじゃ済まないってね。
人形が持つ武器に刃はなく、人形本体よりも柔らかい材質で作られてる。しかも魔道人形は非常に頑丈だ。だから競技の中で人形を破壊してしまうような事態はほぼないと聞く。
でもあれを見てしまえば、壊れないなどとは誰も思わない。それこそただ薙ぎ払うだけで、一網打尽になる絵が脳裏に浮かぶだろう。実際に私の魔力によって超絶強化状態にある人形は、通常の状態からはかけ離れてる。
紅蓮のオーラをまとった人形に、二世代前も最新型も関係ない。
ほんの少しの隙間もなく濃密な魔力で満たされた魔道人形は、もはや人形を核にしただけの私の魔力の塊だ。人形を操作するというよりも、単純に自分の魔力を動かしてるのと大差ない。常軌を逸した膨大な魔力量と、精緻の極みに至るような魔力感知と操作をもって初めて可能な反則技みたいなもんだ。
ちょこちょこ動かしながら槍を振り回しただけでも十分にビビらせることには成功したと思うけど、どうせだから締めは派手に行こう。
舞台の中央で、これまでで最高潮に槍の回転速度を上げて恐怖を感じさせてからビタッと停止させる。
注目が集まったところで、大きくゆっくりと片足を上げ踏み出した。
紅蓮のオーラをまとった人形の踏み込みは、破壊的なエネルギーをもって繰り出される。
あ、設備を壊すのは不味い気がする。私のせいで他校が練習試合を受けてくれなくなっても困るんだ。そもそも学生の倶楽部活動で顧問が意気揚々としゃしゃるのは……。
瞬間的に頭をよぎった常識なんか、ニヤリと笑って踏み潰す。やっちまえ。
こっちは売られた喧嘩を買っただけ。悪いのは全部、あいつらだ。聖エメラルダ女学院の権威と権力があれば、ちょっとした悪評くらいなんとでもなるだろうとも!
勢いに任せて懸念を吹っ切り、破壊的なエネルギーをもって踏み込んだ。踏みしめた舞台をぶっ壊しながら跳び上がる。
人形は高い天井ギリギリにまで迫り、上昇の勢いの止まった頂点で槍を構える。そこから紅蓮の輝きを強めた槍を壊れた舞台に向かって投擲だ。
同時に不可視の網状物理装甲を展開する。我ながらフォローまで完璧!
紅蓮の槍は流星のように突き刺さり、踏み込んで破壊した舞台中央を粉々に吹っ飛ばす。
不可視の網状装甲は、細かい網目で砂粒ほどの破片までをも受け止める代わりに爆風は勢いを殺しつつも流してしまう。見物人に怪我させることはないけど臨場感は抜群だ。
舞台どころか、その下の床まで抉った場所に、紅蓮の輝きを帯びる人形を華麗に着地させる。そうしてから魔力をカットした。
「ふう、こんなもんね」
うんうん、フォローまで含めて我ながらいい演武だった!
それにしてもせっかく華麗にして力強い演武を見せてやったってのに、拍手の一つもないとはね。
ま、驚きの表情と沈黙を賞賛だと思うことにしよう。
すぐ傍で目を輝かせる部長に制御装置を手渡し、これにて終わりとした。この程度でも十分以上のインパクトは与えたはずだ。あまりにもかけ離れた実力には、きっと現実感が伴わないだろう。何らかの小細工を使ったイカサマだと思う奴だっているかもね。ま、ボンクラどもは無駄に疑えばいいし、夢か幻とでも思っとけばいい。
ただ、魔道人形倶楽部を率いる指導者の本音として、敵だろうが強くなれと思ってしまう。もっともっと強くなれ。レベルの低い戦いなんか見せられても、私が退屈なんだ。
ウチのガキどもは、これから確実にもっと強くなる。だから、どいつもこいつも強くなれ。じゃないとつまんないからね。
サングラス越しに元最優秀選手様を見やり、最後に挨拶をくれてやる。もう謙虚な態度は不要だ。
「安心するといいわ。いくら私が教えたからって、このレベルに至れる生徒はいないしね。もう練習で会うことはないだろうけど、もし本番の試合で当たったらその時はよろしく。少なくとも、今日よりは楽しめるようになってるはずよ。部長、そうよね?」
「ええ、もちろんです。パーカー様、グラームス学園の皆様、本日はありがとうございました」
部長の挨拶で締めたら撤収だ。
呆然とする奴らを気にせず魔道人形を回収して練武場を出れば、眩しい陽光に目を細める。まだまだ夏だ。生徒にとっちゃ青春の夏ね。
部員たちを顔を見れば、今日の試合を経てもっとやる気になったみたいだ。練習にはさらに熱が入るだろう。
今日の負けを取り返すのは、生徒たち自身がやることだ。次にグラームス学園と戦える機会があるかは分かんないけど、それが筋ってもんよ。こいつらの努力に報いるため、捲土重来の目的を果たすため、魔道人形を買い換えられるように私も頑張るとしよう。
あー、しかし舞台、思いっきりぶっ壊しちゃったな。まあいいや、どうとでもなるなる。きっとなるはず。たぶん。
帰りのバスの中は負けた後だってのに大盛り上がりだった。
女三人寄れば姦しいとは言ったもんだけど、かしましいどころじゃなくやかましい。
「イーブルバンシー先生、先ほどのあれはなんだったのですか?」
「そうそう、どうしたら人形が光るのです?」
「他にも色々と気になります!」
魔力に光を帯びさせるくらい、魔法適性関係なしに誰だってできる。化け物じみた魔力に驚くならともかく、あの程度の小細工に驚くようなら学院の魔法教育はよっぽど型にはまった内容に違いない。
「あんなもん、ただのコケ脅しよ。お前たちは真っ当に練習して地力をつけなさい」
一番前の座席に座ったまま、振り返りもせずに言ってやる。
コケ脅しが通じるのは一回だけだ。今日の噂は他校にも伝わるだろうから、単に魔力のオーラを帯びさせただけじゃ大して驚きはしないだろう。あれは強力な魔力と合わせて使うから効果がある。しょぼい魔力で見た目だけ派手にしたって、魔力の無駄でしかない。
はしゃぐ部員どもは放っておき、別のことを考える。
魔道人形の買い換えは早々にやりたい。生徒会に対する仕込みはそろそろ芽を出してもいい頃合いだ。できれば奴らが消えた麻薬を巡って揉めに揉めたタイミングで脅しに入りたい思惑がある。仲間割れを起こした状況なら、より容易く付け入ることができるはずだ。
保身を餌にすれば、生徒会関係者の中から裏切り者を生み出すことだってきっと可能だろう。そうすれば魔道人形の買い換えくらい、別になんら難しい要求じゃない。たぶん簡単に承認させられる。
これから学院に戻ってもう一度状況を確認後、動きが何もなければこっちから揺さぶりをかけてみるか。いつまでも待ってられない。
「ああ、せっかくやる気になってるのに今日は休日だったわね」
生徒会の連中も学院にはいないだろう。しょうがない、明日からやってみるか。
バスに揺られながら、やかましい声を背中に目を閉じる。そういやそろそろ昼だ。お腹空いてきた。
「――こちらレイラです。会長、聞こえていますか?」
不意に聞こえた通信に目を開けた。すぐに応えず、ジャージに付いたままの盗聴の魔道具を嫌って脱いで鞄に詰める。こうすれば問題ない。
「こちら紫乃上。もう少しで帰れるけど、込み入った話?」
囁くようにしゃべって応える。現在地は学院からの通信圏内にギリギリ入ったところかな。急ぎじゃなければ戻ってから聞きたい。
「至急、お報せしたほうが良い内容かと思います。それというのも、生徒会役員が一人さらわれたみたいです」
「さらわれた? そいつはまた、急な展開ね」
一応は自制したつもりになっている主人公です。相手をボコボコにしなければOKの精神です。
相手側のパーカー先生は魔道人形界の実力者ではありますが、刃のない槍を投げても舞台に突き刺すことはできません。突き刺すどころかクレーターを作ったユカリが異常であり、他者がその事を噂で聞いてもつまらない冗談としか思わないでしょう。
多大な精神的ショックを受けたグラームス学園の顧問と生徒が立ち上がる青春の一ページはまた別の話です。ユカリはそんな他者の物語にはまったく興味を向けないでしょうが。
さて、今回の引きで予告しているようなものですが、ここから生徒会に畳みかけるフェーズに入ります。
次話「自業自得の小悪党」に続きます。




