健全な倶楽部活動!
今日はちょっとだけ、わくわくする日だ。
ここ数日あった厄介事への考えを頭から追い出し、魔道人形俱楽部の顧問として集中しよう。
「おはようございます、イーブルバンシー先生。参加可能な部員はすでに揃っています」
「おはよう。だったら出発するわよ」
集合場所の本校舎前には中型バスが待機し、部長だけはバスに乗らずに私の到着を待ってたらしい。
時間きっかりに到着したはずだけど、みんなとっくに集合してたみたいだ。
今日は部長が組んだ練習試合の日。申し込んだ側の礼儀として、こっちから相手側の学校まで出向くらしい。普段と環境を変えることも練習になるから、こういうのも偶にはいい。
ただ貴族が通う名門校のごり押しで組んだ試合だから、相手からしたら厄介で面倒な話でしかないだろうね。向こうの立場を考えれば可哀そうだけど、こっちにはこっちの事情がある。せっかくの機会なんだから、せいぜい役に立ってもらおうじゃないか。
「ところで先生……あの、今日もその格好なのですね」
「なんか文句あんの?」
「いえその、先方が驚いてしまうのではないかと思いまして……」
紫色のジャージにサンダル、金縁サングラスのスタイルがお気に召さないらしい。一応は武器の持ち込みは不味いかと思って、鉄の棒やバットは持ってないってのに。
「上辺を取り繕ってどうすんのよ。練習試合だからって、これから戦いに行くことに違いはないわ。戦いってのは矛を交える前から始まってんのよ? お前たちも舐められないようにしなさい」
「そういうものですか?」
「この私を見て相手校の連中がどういう反応を示すか、まあ見てなさい」
見た目や仕草、声で威嚇し相手を委縮させ、精神的に有利に立つことも立派な戦法の一つだ。こういうのが勝敗を分けることだってある。
それに正々堂々なんてのは強者が余裕をかまして言うか、何となくカッコつけて言うセリフだ。弱い奴が言ってなんになる。聖エメラルダ女学院の魔道人形俱楽部は、道具のせいもあって紛れもなく弱い。立派な事をほざく前に、勝つためならなんだってやる気概が必要だ。
負けが前提、勝てないことは百も承知、それでも勝つための努力を怠るべきじゃない。今日の試合を糧にするつもりなら、できることはなんだってやって勝つ気で挑む。それでこそ意味のある練習試合にできるってもんだ。
どんなに些細でも私の格好はそうした心意気を体現したものだ。ほんの少しを積み重ねることが、やがて大きな違いを生むからね。そうした姿勢も含めて学ばせてやる。
「それにしてもシグルドノートさんとハリエットさんが参加できていれば、と思わずにはいられません。今日は残念です」
「秘密兵器だと思っとけばいいのよ。ほら、行くわよ」
心底残念そうにする部長の尻を叩いてバスに乗せた。
妹ちゃんと護衛のハリエットは、他校まで遠征する練習試合には同行しない。重要な試合ならともかく、練習試合如きで狙われる身の妹ちゃんにリスクは取らせない。
俱楽部の活動だからヴァレリアたちを表立って一緒に行かせられないし、特別待遇で装甲車に乗せるのも不自然に思われる。巻き添えで俱楽部のみんなを危険にさらすわけにもいかないことから、用事があることにさせて今日は留守番だ。
バスに乗り込み、みんなの元気な挨拶に一言返してから、運転手の爺さんに出発させた。
そうして一時間ちょっとで目的地に到着した。
先方の学校は近隣の道から複数人の誘導員が待ち構え、駐車してから降車後も案内を付けられて移動することになった。こうした扱いは聖エメラルダ女学院が相手だからこその特別待遇なんだろう。貴族様相手になにか失礼があったら大変ってわけだ。
大きくて重い魔道人形の運搬も申し出てくれたけど、そこは丁重に断る。いくら貴族でも学生の身分で、使用人とは違う他校の職員に荷物運びをさせるなんて外聞が悪いってもんだ。
それに戦いの道具を対戦相手側に委ねるなんて、平和な俱楽部活動だとしてもあり得ない。心構えとして最悪だ。そうしたことは、これまでの練習を通じて部員は理解できてる。
たぶん想像以上に礼儀正しい聖エメラルダ女学院の生徒たちに対して、案内役をやってる年配の教員はちっともリラックスできてない。努めて笑顔で会話しながらも緊張感がありありと伝わってくる。単なる倶楽部の練習試合にきただけだってのに、必要以上に気を使ってるらしい。
逆にこっちの部長はさすがお嬢様って感じでそつがない。庶民の教員相手にも偉そうなふるまいはせず、笑顔で丁寧に接してる。
この場面は普通だったら顧問の私が相手方の教員とコミュニケーションを取るんだろうけど、金縁サングラスにジャージの私には向こうが会話を求めなかった。最初に引きつった笑顔での握手をされたきりで、気を利かせて話しかけた部長とずっとどうでもいい話を続けてる。
無言は失礼とでも思ったんだろうか。まあ私としては世間話なんかしたくないからちょうど良かった。部長に任せる。
「……ふーん、ここはここで良さそうな学校じゃない」
部員たちがぞろぞろ歩く最後尾に陣取りながら、サングラス越しにあちこちを眺めやる。
他校に入るというのは一種独特な緊張を感じながら、それでも普段との違いが楽しいと思える瞬間だろう。
見慣れない校舎に見慣れない制服と人々、それに空気感まで違うように感じる。
ここは庶民が通う学校の中でも優秀な部類の学校らしい。共学だから女子だけじゃなく男子もいる。そういう意味でも新鮮だ。
しっかし、すっごい注目度だ。
聖エメラルダ女学院の生徒たちは、グレーの清楚な制服と何となく漂うお嬢様っぽい雰囲気で大変な注目を集めてる。
普通に他校の生徒が校内を歩いてれば注目を集めるもんだけど、やっぱり特に男子は注目してしまうようだ。こっちは上流階級らしく美に気を払う生徒ばかりだから、芋っぽい奴は全然いないし相応に綺麗に見える。見慣れないお嬢の集団ってこともあって、そりゃあ視線を集めるだろうね。
まあ、生徒に熱い視線が集まるのと同時に、私には驚きと不審の視線が集まるんだけどね。
視線くらい今さら気にしないけど、高いテンションのままにちょっとばかしおちょくってやる。ポケットに手を突っ込みながら、サングラス越しに見てんじゃねーよといった顔を向けてやれば、ガキどもは面白いように明後日の方向へ顔を逸らす。
鬼講師の存在は虫除けって意味でも、ちょうど良かったかもしれない。
「こちらが魔道人形倶楽部の練武場でございます。お帰りの際には、またご案内いたしますので」
「ありがとうございます。では皆さん、先方がお待ちです。さっそく入りましょう」
案内されたのは魔道人形倶楽部専用の練習場らしく、勝手に入っていいみたいだ。
部長が先陣切ってドアを開けて入り、みんなもそれに続いた。
中に入ってみれば練習場は非常に広く、聖エメラルダ女学院魔道人形倶楽部の部室よりもだいぶ広い。
練習場の大半を占める大きな舞台が二つあり、その上に魔道人形がずらっと並べられてる。部員の数がかなり多いみたいで、たくさん並ぶ人形はそれだけで壮観だ。ウチの部室は魔道具の操作で舞台の大きさや数を変えられるから、設備としては据え置き型のここよりも上だと思える。その点だけはさすが超お金持ち学校ってところだろう。
「あれが新型の魔道人形か」
最も目を引くのは綺麗に並べられた魔道人形だ。最新の物らしきそれは艶のある真珠色っぽい感じ。それらが番号の書かれた橙色の陣羽織? まあビブスとしよう。そんな服を着用してる。大量の同じ人形が入り乱れて戦うから、差別化のために色と番号付きのビブスは必須となる。ウチが持ってるのは赤と緑のビブスで、相手によって使い分けるらしい。今日はたぶん、ホーム側が橙色ってことで緑色を着用することになる。
それにしても最新の魔道人形は、二世代前のくすんだ白色の人形とは単に色が違うだけじゃなく素材から全然違う。あれがどのレベルで動くのか楽しみだ。
しかし、あれを見てしまえば我が方の人形のしょぼさも良く分かってしまう。骨董品で戦わねばならない部員たちがやっぱり可哀そうに思えてしょうがない。そこは私の頑張りに掛かってる。なんとかしなければ。
「ごきげんよう。聖エメラルダ女学院魔道人形俱楽部です」
練習場に入ると同時に注目を受けた一同を代表し、部長が良く通る声で挨拶を送った。
背筋の伸びた立ち姿で上品かつ堂々とした振る舞いは、誰がどう見ても立派なお嬢様だ。どこに出しても恥ずかしくない。
「と、遠いところをようこそお出でくださいました。えっと、わたしがグラームス学園の――」
顧問の私じゃなくこっちは部長があいさつを送ったことから、相手もまず部長が対応するようだ。簡単に互いの自己紹介が始まった。
この学校の魔道人形俱楽部には女子だけじゃなく男子もいるはずなんだけど、今日いるのは女子だけだ。たぶん気を利かせて男子は休みか外に出てるんだろうね。
部長同士が他人行儀な薄い挨拶を交わす間、私は後方で腕を組んだままサングラスも外さずに相手校の設備や生徒たちを観察する。
特別にそのつもりがなくたって、私がここに立ってるだけでも相手にとっちゃプレッシャーと本能的な暴力への恐怖だって感じるだろう。まさしく青春を謳歌する倶楽部活動の場所に、どうしたってそぐわない異物みたいなもんだと我ながら思う。
グラームス学園の顧問は私をかなり警戒してるらしく、放っといたら通報されそうなくらい挙動不審だ。もしかしたら紛れ込んだ不審者とでも思われてるのかもしれない。
しょうがない。常識的にも無視するのはおかしいから、顧問同士ちょっくら挨拶でもするとしよう。外見年齢は私とそう変わらない若い顧問に向かって歩き出せば、部長同士の話を差し置いてこっちに注目が集まってしまった。
あれ、待てよ。ここでふと思った。
相手側に対する威圧は、もうすでにだいぶ良い感じになってしまってる。精神的に有利に立つ作戦はあまりにも早く達成された。でもよくよく考えたらこれは不味い気がする。
勝つために努力することは当然だとしても、このままだと接待になってしまいそうだ。
名門女学校の身分の高い者たちが相手で、しかも顧問が危険そうな人物となれば、空気を読んで手を抜いたりわざと負けたりなんて展開も考えられる。所詮は本番とは違う練習試合なんだし、機嫌を損ねちゃ大変だってね。
接待じゃ意味がない。むしろ叩き潰すくらいの本気でやってもらわないと、せっかくの練習試合が台無しだ。
だったらどうする……うーん、まずは話してみるか。もうこれでもかってくらいフレンドリーに接して、本当に遠慮は無用なんだと理解できるように。
素直に受け取ってくれればそれでよし。場合によっちゃその気になるよう逆に喧嘩売るのもいい。反応を見ながら考えよう。
よし、まずはフレンドリーにだ。
「どうも、こんにちは。顧問のユカリード・イーブルバンシーです。今日はよろしく」
サングラスを外しながら、右手を差し出してやった。
我ながら硬くならないとってもフレンドリーな挨拶じゃないか。サービスで笑顔まで見せてやる。相手は始め引きつった顔をしてたけど、サービスのお陰か気を取り直したようだ。この調子でいってみよう。
「イーブルバンシー……先生ですか。不勉強ですみません。先生のお名前を存じ上げないのですが、非常に優れた技能をお持ちだと聞きました。今日の試合は非常に楽しみです」
握手を交わし、楽しみとは言いつつも表情が硬い。しかも私が名乗ったってのに、名乗り返さないのは無礼ってもんだろう。こっちがお嬢の集団だから緊張してるのかもしれない。まあ、こいつの名前なんかどうせ明日には忘れてるだろうし、どうでもいいや。
微妙に観察するような視線を受けてるけど、たぶん指導者としての私の事を気にしてるんだろう。イーブルバンシーと聞いて、心当たりがないから疑問に思ったみたいね。
倶楽部を指導するような人間は、普通に考えれば経験者がやるのが相場だ。過去の栄光にはなるけど、聖エメラルダ女学院は魔道人形倶楽部の実績も飛び抜けてる。超名門にして超金持ち学校の顧問をやるくらいなら、それなりの人間がやると思うのは当然だ。
ところがイーブルバンシーなど無名も無名、そりゃ疑問にも思うだろう。こいつは強豪俱楽部の顧問なだけに、私の素性を気にしてるらしい。
しょうがない、リラックスできるよう軽い調子で答えてやろうじゃないか。可能な限りフレンドリーに、そしてぶっちゃけて正直に。
さあ、気を楽にするがいい! 全然知らない過去の魔道人形戦の話をぶった切り、話を進めてしまうことにした。
「いやー、私など魔道人形をつい最近になって初めて見たばかりの素人ですよ。今日はあいつらに稽古つけてやってください。遠慮なくビシバシと」
「はい? あの、素人……ですか? そう言えば見たところ持参された人形も、以前と変わらず二世代前の物のようですね」
「そうなんですよ、なかなか買い換えられなくて。そちらさんの相手にはならないでしょうが、あいつらにも考えあってのことです。さっきも言いましたが、どうぞ遠慮なく打ちのめしてやってください」
なんだろうね。私がめちゃくちゃ砕けた感じかつ優しく接してるのに、それと逆をいくように相手の顧問はひどく不快そうで眉間にしわが寄ってる。
うーむ、なんか地雷を踏んだのかもしれない。理由が全然分かんないけどね。
「……よろしいですか? 当校は秋季大会の優勝候補の一つに数え上げられる強豪です。本日はそちらのハーマイラ・カーリントン部長から、非常に優れた指導者の方から教えを受けているということで、密なスケジュールを無理に空けてまで試合の要望をお受けしました。それが素人とおっしゃいましたね、お話と違うようですがこれはどういうことでしょう」
いきなり何だこいつ、随分と恩着せがましい言い方するじゃないか。弱小が嘘を吐いて強豪に時間を割かせたのかと言いたいらしい。
これはあれだ、嫌味を通り越してもう喧嘩売られてるような言い草だ。場合によっちゃ喧嘩売るつもりだったけど、まさか売られるとは思わなった。
気持ちはわからなくもない。私だって分をわきまえない雑魚が挑んできたら、邪魔くさいとしか思わないし。とは言え、まさか超名門女学校に喧嘩売るような言い方をするとはね。私みたいな傍若無人を商売にしてるような奴ならともかく、怖いもの知らずを通り越してアホだ。
「ふう、気に障りましたか? だったら、その優勝候補とやらの実力を見せてもらいましょう。どうせなら、二度と挑む気にならないくらいの差を見せて欲しいもんです。そんじゃ、無駄話はこのくらいにしときましょうか」
「後悔しても知りませんよ。手加減は一切させませんので」
強気な奴だ。でもそれでいい。本気でやってくれるなら、こっちとしては願ったり叶ったりだ。
部長同士の挨拶もいつの間にか終わったらしく、こっちに注目が集まってる。サングラスをかけ直して入り口のほうに戻り、部長に話しかけた。
「あっちの顧問のこと知ってる? なんか感じの悪い奴だったわよ」
「あの方は五年前の大会で最優秀選手に輝いた、ナタリエル・パーカー様です。指導者としても非常に優れていて、グラームス学園でも大変に優秀な成績を残されている有名な方ですが……先生はご存じなかったのですね。特に悪い噂を聞く方ではなかったと思いますが、先生と個人的なご縁があるのでは?」
有名な奴だったのか。そう言われてみれば、自分のことを知ってて当然みたいな態度だった。門外漢だった私が知るはずもないんだけど、普通は名乗られたら名乗り返すくらいするだろうに。優秀で悪い噂がなかったとしても、ちょっとばかしイケ好かない奴だ。
「因縁なんかないわよ、今日初めて会ったからね」
「あの、先生が忘れているだけでは……それより前から疑問に思っていたのですが、先生ほどの実力者がなぜ無名なのですか?」
「当然よ。私は魔道人形の大会なんか出たことないからね。そんなことより、さっさと準備始めなさい。向こうは気合十分みたいよ」
あっちの顧問が生徒たちにハッパをかけてる。本気で叩きのめせみたいなことを言ってるようだ。
「出たことがないって……」
そんなに不思議なことだろうか。何にショックを受けたのか、ウチの部員たちが雁首揃えて私を見てる。
たしかに実績があれば箔は付くかもしれないけど、この場にいる誰よりも私が一番魔道人形を上手く操れる。その事実さえあれば十分なはずだ。
「ほら、なにぼさっとしてんの。あいつら、こっちを叩きのめすつもりで掛かってくるわよ。勝負に負けても、気合で負けたら承知しないわよ!」
「は、はい! 皆さん、準備を始めましょう」
舞台は整った。勝ち目のない戦いにしても、ド根性さえ見せてくれたら今日は満足してやる。
相手は優勝候補の実力に加えて最新型の魔道人形だ。
道具は比較にならないほど劣り、基礎の操作技術だってまだ劣るはず。そんな状況でどこまで食いつけるのか、これまでの成果を私に見せてみろ。




