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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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伝統的な手法、飴と鞭

 しばしの沈黙が支配したトンプソン隊長の部屋で、悠々と背中をさらしながら窓の外を見渡した。

 朝から活気のある街だ。通りには人や車両がひっきりなしに行き来し、海のほうでは船が何隻も続々と港を出入りする。発展した街並みと合わせて、とんでもない経済規模をなんとなくでも想像できる。さすがは大陸一番と呼び声の高いベルリーザ、その首都だ。


 そんな国の有力な組織に、今まさに喧嘩を売るようなことをやってる。これが楽しくないわけがない。

 状況を有利に進めるため、そして今後にも繋がる重要な場面にだって相当するだろう。胸が高鳴るってもんだ。


「言っておくが俺は一分署の小隊長にすぎない。難しい要求には中隊長や警備部長、さらにはその上の許可まで必要になってくるぞ」


 トンプソンは私に不意打ちで勝てるかどうか、手元の魔道具をいじりながら迷ったみたいだけど、結局はやめて話を再開した。賢明な奴じゃないか。

 窓の外を見るのをやめ、振り返った時にまた薄く笑ってやる。お見通しだってのが通じただろう。奴の緊張をよそに、何事もなかったように話を続ける。


「だから警備部長に会いたかったんだけどね。まあこっちの要求はさっきも言ったけど大したもんじゃないわ。そうね、この際だからあんたが窓口になりなさい。次期中隊長みたいだし、それなりの発言力はあるわよね?」

「それなりにはな。中隊長になると決まったわけではないが」

「ライバルは第三小隊だっけ? そっちの隊長とどっちが昇進するかって話よね」

「そんなことまで知っているのか」

「問題ないわ。これを見なさい」


 また別の資料を抜き取って見せてやる。


「…………あの野郎、こんな事してやがったのか」


 第三小隊の隊長は小遣い稼ぎに窃盗団のサポートをやってる。パトロールの情報を事前に流し、通報後の青コートの動きも泥棒に教えてしまえば簡単に逃げられる。

 こいつはもう窃盗団の一味みたいなもんだ。悪徳隊員仲間にも教えず一人でやってることから、かなり慎重な奴には違いない。ただ窃盗ってのが悪かった。怪盗ギルドには完全に把握されてる。


「小遣い稼ぎにしちゃ、頻度が高すぎるわね。それに独り占めは上司の心証も最悪じゃない? あんただって副業の稼ぎを丸ごと懐には入れてないってのに。欲の張りすぎには要注意ね」


 結局は金の話でもある。ちゃんと上納金を支払ってれば、悪徳仲間から脅されることはない。

 トンプソンは資料の内容が本当のことなのかまだ疑ってるみたいだけど、具体的な内容に加えてたぶん何か心当たりがあるんだろう。嘘と決めつけはしないようだ。


「そいつをどう使うかはあんたに任せるわ。上司にチクるもよし、本人に話を持って行って分け前をせびるもよし、これをネタに追い出してシノギを奪うもよしってね。見なかったことにするのも自由よ。これがあんたへの土産みやげと思ってくれていいわ」


 悪党の小隊長は数秒ほどの逡巡の後で、あくどい笑みを浮かべた。薄っぺらいナンパ野郎みたいな笑顔より、こっちのほうがよっぽどマシに思う。


「……見返りはこれだけか? 青コートも安く見られたものだ」

「ふふ、これっぽっちでエリートの青コートを使い倒せるなんて思ってないわ。安心しなさい」


 権力と悪徳が支配する組織において、何が有能とされるかは明白だ。いかにして金を集められるか、これに尽きる。

 上納金をせっせと運んで、上を肥え太らせることのできる奴こそが出世する。そして金集めの上手い奴は金の使い方も上手い場合が多い。

 金を使い情報を集め、それを元に本業のほうでも成果を出せば、もう文句なしに表向きにも出世して問題ないわけだ。そういったことまで含めてお偉いさんは査定するはずで、そうじゃないと万事上手くは回らない。


 最優先が金集めで、青コートの場合には仕事柄からして次に検挙数などの手柄って感じかな。どっちもそれなりにできる奴が有能の証で出世に繋がる。


 私と列を組めば金が稼げるだけじゃなく、手柄だって上げられる。

 悪党を捕まえるには、悪党を良く知る存在と組むのが効率的ってもんだ。キキョウ会の邪魔になる馬鹿やどうでもいい雑魚は、どんどこ差し出してやるとも。そうすりゃ悪党どもから金をせびって見逃すもよし、普通に捕まえて実績にするもよしだ。好きにすればいい。

 ただし、こっちの要求には従ってもらう。最優先でね。


「まだ目的を聞いてないぞ。それに内容によっては俺だけでは決められない。そもそもお嬢さん、あんた何者だ? どうしてこんな事を知っている」

「そうね、自己紹介くらいしとこうか。私は聖エメラルダ女学院の講師よ」

「山の上の学院の? 講師がなぜ……そういえば」


 自分の考えに没頭し始めたトンプソンは、アナスタシア・ユニオンのお家騒動のことはもちろん、総帥の妹が学院に入ったことも知ってるんだろう。聖エメラルダ女学院を管轄する分署の小隊長なんだから、そのくらいの情報は持ってるはずだ。

 そして学院関係者で破格の戦闘力を持つ常識外の存在となれば、自然とアナスタシア・ユニオンの名前に行きつく。汚職に関する情報力も加味すれば、私を単なる講師じゃなく、どこぞの組織に関係する人物だと考えるのは当然だろうね。


「こんな交渉に私がやってきた理由は、権力闘争の一環と考えとけばいいわ。深い事情まで詳しく知りたい?」


 意味ありげに言ってやれば勝手に察する。普通の感覚の持ち主なら、誰だって深入りなんかしたくない。

 皆殺しにすると言ってはばからない戦闘力に、青コートの汚職を把握する謎の情報力は冗談なんかじゃない。客観的には超武闘派組織アナスタシア・ユニオンだけじゃなく、他の大物貴族がバックに控える可能性だって考えるのが妥当だ。実際にそうだしね。


「……やめておこう。俺はまだ命が惜しい」


 なかなか謙虚じゃないか。秘密ってのは知れば知るほど、己の身を危うくするもんだ。その辺を分かってる奴は長生きできる。


「賢明ね。こっちの要求は難しくないわよ」

「なんだ?」

「あんたたち青コートだけどさ、学院の生徒にいいように使われてるわよね。さぞかし迷惑してるんじゃない?」

「使われているとは心外だが」

「喜んでやってるならそれでいいわ。でも、もしこの私に関する要求がきたら適当な理由を付けてはぐらかしなさい。特に生徒会の連中よ。要求は今のところこれだけ」


 我ながら簡単すぎるオーダーだ。


「今のところは、か…………しかし、あの学院の生徒会と言えば、無下にはしにくい名門貴族のお嬢様だ。どういった事態を想定している?」

「私はあいつらの教育係みたいなもんでね。これからガンガン締め付けるつもりなんだけど、ちょっとばかし過激になるかもしれないわ。その時にあいつらが浅はかにも『権力』を使うのは目に見えてるからね。そいつを阻止しようってだけよ」


 適当な理由を付けてガキどもの要求をかわすくらい簡単だろう。むしろその程度もできないようじゃ、まったく使いものにならない。


「そこまでやるか? 気に食わない教育係に濡れ衣を着せるため、俺たち青コートを動かすだと?」

「つい先日、私をゴロツキに襲わせて、そこをあんたたち青コートが捕らえようとしたことがあったわ。依頼がなかったとは言わせないわよ」

「まさか……いや、あの時か。半殺しにされた馬鹿どもが大勢いたが……」


 なるほど。具体的な内容までは知らされずに動かされたみたいね。


「都合の悪い奴をでっち上げで引っ張るなんて、これまでにだってやってることよね? ガキどもがやろうとしてるのはそれと変わらないわ。ちなみに私を引っ張ると、とんでもなく面倒なことになるわよ。展開によって色んな意味でね。あんたたちのためにも、手出しはやめときなさい。これは警告よ」

「簡単に分かったとは言えん。最早、あんたに手を出す気も詮索する気も俺にはないが、上はそうもいかんだろう。俺たちは命令されれば動くしかない。そこはどうするつもりだ?」

「そのために土産を持ってきたんじゃない。さっきのとは別にね。ガキどもに気を使って、その親のご機嫌をうかがっても大した意味はないわ。どうせなら気の利いた贈り物でも直接してやったほうが、よっぽど効果が見込めるわよ。この話をあんたが上手いこと使えば、さらなる出世に繋がるかもしれないわね」


 こっちとしても色んな奴と交渉するより、一人に絞ったほうが効率的だ。野心のありそうなこいつなら、こっちの示す利益を上手く活用だってできそうに思う。


「……土産か。とにかくだ、あんたの実力や後ろについている存在が恐ろしいことは分かったが、口先だけなら何とでも言える。具体的な話を聞かせてくれないか。欲しいのは実績だ。そいつをあげられれば、俺としても上に話が通しやすい」

「安心しなさい。景気よく稼がせてやるわ」


 ニヤリと笑ってから特ダネを話してやった。


 それは怪盗ギルドから得た情報じゃなく、ジエンコ・ニギの金庫に入ってた帳簿によって得たものだ。愚連隊ジエンコ・ニギは大量の金貨を隠し持ってる。

 愚連隊クダンシールが青コートと輸送面で組んでたように、ジエンコ・ニギも商売の邪魔をされないよう上納金を支払ってる。そこに誤魔化しがあったんだ。


 青コートはジエンコ・ニギの上げた利益から、決まった割合のカスリを受け取る代わりに、裏で目立たないようにやってる商売には文句をつけない契約だ。ところが全体の利益に誤魔化しがあったら、これは契約違反になる。その証拠が金庫に収められた裏帳簿に載ってたわけだ。愚連隊のくせに、きっちり金の管理をしてるのが裏目に出た格好ね。


 隠し金貨は青コートに見つからないよう、息のかかった運送業者や古物商を中継して、現金からレコードカードに姿を変えて収められる。これは立派な資金洗浄でもある。

 しかも一気に大量の現金を変えるんじゃなく、少額ずつやるから目立ちにくい。代わりに大量の金貨を保管する場所が必要なこともあり、この隠し場所が特ダネになるってわけだ。


 帳簿によればあの時点でおよそ二億ジスト近い現金が保管され、現金が少ない時でも数千万ジスト相当は隠し場所にあると思われる。

 当然ながら私に金庫を奪われた時点で隠し資産の場所は移されたみたいだけど、レイラが前もって発信器を仕込んだお陰でどこに移されようがリアルタイムに把握可能だ。


「――あいつら、コケにしやがって!」

「正面から問い詰めたって、どうせしらばっくれるだけよ。おすすめは強奪ね」

「待て。青コートに強盗の真似事をやらせようって言うのか?」

「悪徳隊員が今さら何言ってんのよ。ちまちま小遣いせびるより、丸ごと奪って大金せしめたほうが、あんたの得点になるってもんでしょうが。裏金なんだからあいつらだって訴え出られないし、青コートがやったってバレなきゃ上納金にだって影響しないわ。こんな美味い話ないわよ」

「簡単に言うが、こっちに被害が出たらどうする。失敗しましたでは済まされない」


 慎重な姿勢は悪徳隊員なら当然ね。

 怪我の心配はもちろん、もしバレて愚連隊と関係が悪くなってしまえば今後の上納金に関わる。そうなれば上司からも責められるだろう。

 でもリスクとリターンをはかりにかけて、ここはやるべき場面だ。野心があるならね。


「大丈夫よ、あいつらも目立つことを恐れて警備は仰々しくないわ。こっちの調べじゃ、隠れ家にはたかだか四人が詰めてるだけよ」

「四人か……大金を守るにしては少ないな。武装は?」

「魔道具で固めてるけど所詮は素人よ。それに警報装置の場所と仕組みは分かってるから、あらかじめそれを切っとけば奇襲が可能ね。青コートなら担当区域にある建物の図面くらい手に入るわよね?」

「その程度は問題ない。現金の出し入れは?」

「頻度はほぼ毎日みたいだけど、いつも堂々と昼間にやってるから日中帯を外せばそいつらに鉢合わせることもないわ。明け方に襲えば、奴ら普通に眠ってるから楽勝よ」


 情報は惜しみなく提供しよう。ここまでお膳立てしてやって動かない奴なら今後も期待できない。

 慎重さは大事だけど、そればかりで実行力のない奴は全然使えないと評価するしかない。組むには値しない相手だ。ま、最初は互いを疑いながら進めるしかない。こんなもんだろう。


「……なるほどな。そこまで情報が揃っているなら、少人数でも行けそうだ。だが、まだ全面的な信用はできない。悪いが裏を取る時間はもらうぞ」

「納得してから実行すればいいわ。でも生徒会からの要望は無視しなさい。もし私に青コートの手が伸びるようなら、真っ先にあんたの首を狙うわよ」


 貫くような魔力を浴びせ、最後の脅しとした。

 こっちは脅すだけじゃなく利益を提示した。敵対するも仲良くするも、あとはこいつら次第だ。

 トンプソンは唾を飲み込むような仕草でうなづいた。


「密に連絡を取り合う必要はないと思ってるけど、もしなんかあったら学院のユカリード・イーブルバンシーまで連絡寄こしなさい」

「分かった。進展があり次第、一度は連絡する」


 用事は済んだ。サングラスを掛けなおし、青コートの分署から退散だ。

 やっぱり私も後ろ暗いところがありまくる身だから、どうにもこういった場所は居心地が悪い。


 ふう、兎にも角にもどうなることやら。トンプソンの奴と組めるのは少し時間がかかると思う。あいつは野心がありつつも慎重な奴だ。

 学院の状況やユカリード・イーブルバンシーのことを洗い、提供したジエンコ・ニギや第三小隊の情報についても間違いないか調べるだろう。その速度と決断力がポイントかな。



 そして私が青コートの分署を訪ねた事は、発信器の位置情報から生徒会の連中に伝わったはずだ。

 何の用事でここにきたのか、奴らも気にするはず。脅しと利益供与の影響で、問われてもトンプソンは素直に答えないか、少なくとも誤魔化すんじゃないかと期待はできる。そうなれば生徒会は青コートに対して不信感を持つかもしれない。


 権力者のガキどもには、親の威光を振りかざしたくらいで世の中なにもかも好きにはできないと思い知らせるいい機会だ。前に私を襲撃したアホどもを返り討ちにした件も合わせて、徐々にあいつらが使えるカードを削ってやる。

 駒を潰し、弱みを握り、生徒会の力を削いでやれば、少しは人の話に耳を貸すようにもなるだろう。なるべく早く追い詰めてやる。そうすれば魔道人形倶楽部の顧問として、交渉がやりやすくなるってもんだ。


 いや、それにしてもだ。

 冷静に考えて、学院の生活指導や倶楽部の顧問で、なんでこんな苦労をしなきゃならないのか意味不明よね……。

多大に自発的、自業自得な面はありますが、非常に忙しい主人公です。若いうちの苦労を積極的に買っている働き者ですね。

次回からは雰囲気を変えて、裏仕事からは少し離れます。倶楽部活動パートに移って魔道人形戦が始まる予感です!

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― 新着の感想 ―
[良い点] >徐々にあいつらが使えるカードを削ってやる あー……そーいう関連だったかぁ……! キキョウ会の新しい街への進出の根回しかと思ってましたが まさかの生徒会対策だったとは…… いやまぁ学園内…
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