悪党の通常営業
空がほんのりと明るくなりつつある、夏の夜明け前。
雲はなく晴れ渡り、群青色の空には星々がはっきりと見える。今日はいい天気になりそうだ。
暑さの感じにくいこの時間帯は、寝不足さえなければ気持ちよくに思えたに違いない。普段から早朝トレーニングを欠かさない私にとっても、少しだけ早い時間だ。
そんな明け方にコソコソと動く怪しい奴がいる。
生徒会棟に立ち寄った怪しい人物は誰も出歩かない学院の敷地内で、それでもなお人目を避けるよう足早に移動した。その動きを魔力感知で見ながら、距離を置きつつ後を付ける。
夜明け前から追う者も追われる者もスニーキングだなんて、とても名門女学院内での出来事とは思えない。当事者の片割れが言うこっちゃないけどもね……。
はて、この先には何があったかなんて考えながら移動を続けると、どうやら園芸用品を入れる倉庫が目的地のようだった。
怪しい奴が倉庫に入ったのを確認し、距離を詰め隠れて様子を見る。
ここで取り押さえるよりは何をやってるのか探りたいところだ。それに誰なのか顔も確かめたい。
短い時間を経て出てきた人物は倉庫入り口からそっと顔を出して周囲を伺い、誰もいない事を確かめると扉と鍵を閉めてから逃げるように走り出した。
あの様子からして、後ろ暗いことをやってたのは確実だ。しかし残念ながら、暗くて顔の判別はできなかった。
まあいいか。とにかく倉庫で何をやってたかだ。周囲を警戒しながら南京錠タイプの鍵を魔法でちょろっと破壊、罠がないかも確認しながら中に入った。
一見してこれといっておかしなところはない普通の倉庫だ。園芸用品がそこかしこに置かれ、肥料の類が山のように積まれてる。パッと見ただけじゃ、さっきの奴が何をしたのか分からない。面倒だけど家捜しだ。
魔法の明かりを灯してから、雑多に物が置かれた棚や床を注意深く観察し、用具入れも開け放って中を検める。
そうして捜索を続け、積み重なった箱を開けてみればブロック状に包装された物体を発見した。ドラッグだ。これは生徒会棟の地下金庫室にあった物に違いない。
「やっぱり運び込んでやがった。でもこのままじゃ、売り物にならないわね」
レンガみたいなブロック状のままじゃ、一つ当たりは一キログラムにも及ぶ。それが五個もある。計五キロのドラッグなんて、もうとんでもない量だ。
とても学院内で末端に小売りする形じゃないことから、さらに別の場所に運ばれて小分けにする作業が入るはずだ。
「ちょい嫌がらせしてやるか」
ブロック状に包装されたドラッグの塊を奪うことにした。全部じゃなく二つの塊を持ち出し、倉庫から出て壊した鍵もちゃんと直して閉める。ドラッグは持ってても邪魔だから燃やし尽くした。
中途半端に消えたドラッグを巡って、面白い事態になるに違いない。これがマフィアだったら死人が出るような展開だけど、まさか生徒間でそこまでには発展しないだろう。
……いや、まさかしないわよね? まあさすがに大丈夫だろう。たぶん、きっと。
これからどうしたもんかと思ってしばらくすると、誰かがやってきたらしい。
タイミングからして、置かれたドラッグを受け取って運ぶ奴に違いない。上手く連携してるみたいね。姿を隠してまた観察だ。
現れた人物の顔は今度も見えない。暗い中でも帽子を目深にかぶった奴が園芸用の倉庫に入り、さっき見たばかりのドラッグの入った箱を持ち出した。その他の用具などもまとめて台車に乗せ、さも日常の作業ですと言わんばかりに運んで行く。
また後を付け、たどり着いた先は園芸部が管理する畑だ。その近くにも小さな倉庫があって、奴は台車を中に置いて出てきた。そうして畑に構うことなく足早に去って行く。
ふーむ。減ったドラッグに疑問を持たない様子から、元の個数を知らないか、箱を開けてないのかもしれない。
念のため本当にドラッグが運び込まれたか確認するため、倉庫に入って例の箱を見てみれば、私が抜き取って減ったドラッグの塊があった。慌てふためいて動くのを見たかったんだけどね、拍子抜けだ。
倉庫から出れば、もう日が昇り始めてる。また受け取る奴が現れるかもしれないし、どうせだからもうちょっと観察を続けよう。
畑から離れた木の陰で、眠気と戦うこと三十分程度の時間。またもや人がやってきた。今度は生徒じゃない。
「あれは……学生寮の寮母?」
朝日に照らされた姿は間違えようもない。まだ普通に畑の面倒を見にきた可能性もある。様子を見よう。
寮母は倉庫に入り少しの時を置いてから、野菜の入った箱を乗せた台車を押しつつ外に出てきた。
倉庫に保管した野菜を取りにきただけなら良かったんだけど、ドラッグ入りの箱も一緒だ。行き先は当然ながら学生寮だろう。
なるほど。状況から考えるに、寮母を抱き込んで学生寮の中で後ろ暗い作業が行われるわけか。もしかしたらドラッグの取引も学生寮の中だけで行われるのかもしれない。だとすれば私の巡回や監視にも引っ掛からないわけだ。
尾行しただけですぐに分かるような小細工にしろ、休日の夜明け前から早朝に複数人を経由して行われるドラッグの運搬は、最初から睨んどかないと突き止めるのは無理だろう。そもそも突き止めようとする奴がいなかったことまで考えれば、学生の割には慎重な連中だと評価できる。
何はともあれ、完全に尻尾を捕まえた。
あとはレイラに言えば、私が踏み込むまでもなく証拠は簡単に固められる。奪ったドラッグがどういったトラブルを生徒たちにもたらすかも楽しみにしとこう。
不気味な生徒会も、これで揺さぶってやれるんじゃないかと期待できる。
あと気になるのはドラッグの量が多すぎることだ。あれほどの量を学院内で捌くのは無理がある。寮母を経由して、また別のところに流してるってのが妥当なところかな。ひとまずは、これで良しとしよう。
一つだけでも状況に進展があったことで、気分は晴れやかだ。積み重なるばかりだった問題をここから少しずつでも崩していけそうな気がする。
寮に戻ってシャワーを浴び、朝食を食べたらまた動く。今日もきっと忙しくなる。
よし、次の目標は治安部隊、通称『青コート』だ。ベルトリーアの治安を担う青コートは、当然ながら大都市の規模に比例した非常に大きな組織になってる。
『青コート』は治安部隊の象徴になってる青いコートが由来になったそのまんまの通称だけど、治安部隊を内包した警察組織全体を指して青コートとも呼ばれる。
これはとても大きな組織がゆえに地区ごとに細かく管轄が分かれる。だから私が対象にするのはでっかい組織そのものじゃなく、学院やその近くの繁華街を縄張りにする分署だけでいい。
青コートは体制側であり、権力者と結託すればどんな無茶だってやろうと思えば可能な組織だ。
一つの見方だけど、法は誰かにとって都合よく使われる側面があり、決して正義のためだけに機能することはない。少なくとも私にとって有利に働くことなど期待するだけ無駄だ。
現状では権力者の子供たちで構成される学院の生徒会と青コートが連携して、私に対して無茶苦茶なことができないよう対策を打たないといけない。
ガキどもの火遊びをたしなめる行為をしようってのに、治安部隊の妨害が入るなんて馬鹿馬鹿しいにもほどがある。先々を考えても早めにやらないと。
今のところはまだ大事にはなってないけど、もし私が捕まるような展開になってしまったら、たぶん困るのは青コートや生徒会のほうなんだ。なんせ学長やアナスタシア・ユニオン総帥、そしてその背後に控える王室などベルリーザのトップ層がこっちの後ろ盾になってるはずだからね。
ただ私としては、そんなつまんないことで権力者に借りを作るつもりはない。こっちは面倒な仕事を引き受けてやってんだから、大きな貸しを作るだけでいい。だから自分たちでなんとかする。
青コートの弱みはすでにいくつも握ってる。怪盗ギルドから得たネタを使って、もう直に脅しをかけに行けばいい。あまり時間をかけたくないこともあるし、回りくどいことはなしだ。まだ朝のうちから、歓迎できない客として訪問してやろう。
向かった先は青コート所轄の拠点。堂々と正面から乗り込んでやる。
無駄に税金をかけてそうな立派なビルは、一階の部分が公共のスペースで基本的に誰でも入ることができた。
建物の中には青コートの隊員やその他一般職員のほか、相談に訪れたらしき住民、連行された悪党などでごった返し、朝っぱらから結構な賑わいを見せてる。どんなに忙しそうでも訪問客である私が遠慮してやることはない。
タイミングよく空いた窓口のおじさんの所にいって、さっそく用向きを告げる。
「ちょっといい? オニール警備部長に届け物よ」
警備部長は治安部隊『青コート』のトップ。一つの分署の中には様々な部署があっても、警備部の地位は比較的に高い。
「なんだお前」
人のことは言えないけど愛想のない奴だ。こっちの服装は黒の上下にサングラスだから、謎の届け物と合わせて怪しまれてるっぽい。
「頼まれ物を持ってきたのよ。大事な物だから直接手渡すわ」
平然と嘘を吐きながら見せてやったのは大きな封筒だ。おじさんは封筒の中身を確認しようとし、それにはストップをかける。
「やめときなさい。勝手に見たら、あんたクビじゃすまないわよ」
「なんだと?」
「機密情報ってことよ。察しが悪いわね。いいから取り次ぎなさい」
「約束は?」
「ないけど急ぎだって言ってんのよ」
「お前のような奴は毎日やってくるが、俺が言うことはいつも同じだ。約束を取り付けてから出直せ」
意外とちゃんとしててガードが堅い。やっぱそれなりの立場の奴には、いきなり訪ねても会えないか。この街じゃ三大ファミリーの立場も使えないし、常識的にはこんなもんだと考えるべきかな。
最悪、会えなくても封筒だけでも渡してくれれば、どんなに向こうが忙しくても面会できると思ってたのに。強引に会おうと思えばいくらでも手はあるけど、待ち伏せはタイミングを計るのが面倒なのよね。
「……あっそ。あんたの判断で、これは要らないと言ってるわけね?」
「いや、そうは言っていない。そもそもお前は何者だ?」
「めんどくさいわね。会えないならもういいわ」
余計な問答をしたところで、どうせ取り次ぐ気はないに決まってる。しょうがない、別のアプローチを考えるか。
「警備部長にご用かな、お嬢さん」
唐突に聞こえたのは背後からだ。お嬢さんなんて呼び方をしてても、私に話しかけてるのは間違いなさそうだ。
振り向いてみれば、今度は気取った感じのおじさんがいた。人のよさそうな、それでいて胡散臭い笑顔を浮かべてる。
「怪しい女ですから構わないでください、トンプソン隊長」
「いいじゃないか。用件なら俺のほうで聞いておくさ」
「隊長?」
「小隊長だがね。部長に用があるなら、代わりに俺が聞くがどうする?」
どうやらアタリを引いたようだ。トンプソン小隊長って名前には心当たりがある。
各分署の警備部には中隊規模の部隊があり、五つの小隊で構成される。トンプソンてのは第一小隊の隊長で、次期中隊長に最も近いとされる男だ。今日は警備部長を目当てにしてたけど、この小隊長が相手でも悪くない。こいつも青コートの悪事を担う存在だ。
「そんじゃ、内緒話ができる部屋に案内して」
サングラスを外して笑顔を向けてやれば、トンプソンは分かり易く鼻の下を伸ばした。
うーむ、こんな単純な奴が次期中隊長で大丈夫なんだろうか……。
軽い足取りで案内を始めた小隊長には、窓口のおじさんも呆れ顔だった。
そうして付いて行った先は小隊長の仕事部屋らしき場所。すりガラスで囲まれた部屋は外からはっきりとは視認できず、魔道具による防音も効いてそうだ。
「食事のお誘いなら、警備部長ではなく俺にしておかないか?」
「無駄話に付き合うつもりはないわ。とりあえず、これを見なさい」
椅子にも座らず封筒から資料の束を取り出し、その中から数枚を抜き取って机に乗せた。
トンプソンはノリが悪いなあなんて軽口をたたきながら何気なく資料を摘まみ上げ、そして食い入るように読み始めた。
「…………お嬢さん、これは冗談では済まないぞ」
小隊長の雰囲気がガラッと変わった。ついさっきまではお調子者のエロオヤジ風だったのに、今は身体強化魔法の圧力を高めながら真面目な顔をしてる。武闘派っぽいこっちが本性みたいね。よっぽど警戒してるらしい。
「冗談でこんなもんを持ち込んだとでも?」
「目的は何だ。言っておくが無事に帰れる保証はないぞ」
見せてやったのは青コートと愚連隊クダンシールが癒着してる証拠だ。
青コートは愚連隊のドラッグや盗品の運搬をエスコートしてる。治安部隊が味方に付けば、検問や取り締まりなどを気にせず楽に荷が運べるし、同業他者の妨害だって抑止できる。代わりに青コートは運ぶ物品の価値に応じた手数料を受け取ることができ、双方にとって利益のある関係性なわけだ。
これは青コートの一部隊員が小遣い稼ぎにやってるってよりは、組織として金を稼ぎ、上級貴族への上納金として使うためにやってるんだと思われる。青コートの全員が関与してるんじゃなく、あくまでも一部みたいだけどね。
どこの国でも楽に大金を手に入れようと思ったら、悪事に手を染めるのが手っ取り早い。法を守るべき側がそれをやっちゃ、おしまいだってのにね。まあバレなきゃいいって考えるのはみんな同じだ。
大体にして、どこの業界でも金を集められる奴が一番の権力を握るもんだ。そういうのは地道に働いて稼ぐんじゃなく、いかにして『集められるか』って意味でもある。方々から金を集め、そいつをバラまいてでかい顔をする。使いっ走りたちがかき集めた金は、そうやって使われるのが相場だ。
「ふふっ、私の心配はいらないわ。いざとなったら、この分署の人間くらい皆殺しにして帰るから。というか、正面から乗り込んでんのよ? 帰れる自信がないなら初めからこないわ」
マル秘資料にある青コートの悪事はまだまだこんなもんじゃない。
厄介事の後始末役として、青コートの汚職部隊員が使われてる資料ならいくらでもある。
お偉いさんがやった犯罪に関する証拠の隠滅、証人の抹殺、あるいは無実の人間に対する犯罪のでっち上げ等々、派手な悪事が盛りだくさんだ。あくどい貴族や商会と青コートにはこうした関わりがある。国家権力を悪用すれば、なんだって可能になってしまう悪しき見本のような連中だ。
今のところトンプソンには、それらを握ってることは教えてやらないけどね。
「……仲間がいるのか? それとも何か魔道具でも仕掛けたか?」
「さあ? イチかバチかで私を拘束してみるのも面白いかもね。そんなことより、まだまだ資料は残ってるわよ?」
何か言おうとしたトンプソンの顔が強張り、みるみるうちに脂汗を浮かべた。やっと気づいたか。
治安部隊の小隊長ともなれば、多少なりとも腕が立つ。少しだけ感じられるようにしてやった私の身体強化魔法のレベルは、比べるのもアホらしいくらいにこいつを遥かに上回る。それをようやく理解したらしい。
いざとなれば皆殺し。
実際にそんな事をするつもりはないけど、実力的には可能かもしれないとトンプソンが思えばそれでいい。
遠回りはしない。悪事の証拠と暴力でもって堂々と脅す。
「クソ……もう一度訊くが目的はなんだ。言っておくがこれを公表したところで、お前の目論見通りにはいかないぞ」
「かもね。でも揉み消しにはそれなりの対価が必要になるわよ。決して安くない対価がね。あんたの上司やその上が責任取ってくれるならいいかもしれないけど、首を飛ばされるのはいつだって下の人間よ。あんたは切られない自信ある?」
問題が起これば誰かが責任を取らされる。問題が大きければ下っ端の首だけじゃ済まなくなるし、場合によっちゃ関係者が丸ごと切られることだって十分にあり得る。職を失うだけならまだマシで、最悪は口封じに殺されることだって普通にある。汚職ってのはそれだけのリスクをはらむ悪事だ。
見せてやった愚連隊との癒着くらいならまだ影響は少ないかもしれないけど、私が持つ資料の束をどう考えるかだ。これだけの悪事の証拠があるとすれば、自分も含めた分署は相当な危機だってことくらい理解するはず。
よっぽど楽観的な奴じゃないと、自分に事が及ばないとは思わないだろう。特に中間管理職的なポジションにいる奴は、自分たちが一番危ないって自覚もあるはずだ。
「なに、私の要求は大したことじゃないわ。それにあんた個人にとって、いい話もあるわよ」
これが重要なポイント。要求を飲ませるなら、代わりに利益を与えてやる。それがあってこそ、スムーズな話し合いができるってもんだ。
私は青コートを脅し、要求を飲ませる。だけど同時に利益も与える。一方的に悪い話をしようってわけじゃない。
恐怖と不審に顔を歪めるトンプソンに対し、にんまりと笑顔を送ってやった。
ドラッグディーラーとしての生徒会の尻尾を捕まえ、青コートには悪事の証拠をネタに脅しで迫りました。
悪いことはしないほうがいいですね。誰が見ているか分かったものではありません。怖いですね!
次話「伝統的な手法、飴と鞭」に続きます。ムチを振るいながらも、アメちゃんをあげましょう。




