秘密を暴く裏街道
藪をつついたら蛇が出たどころの話じゃない。
秘密の地下金庫室に隠された大量のドラッグ。ここから連想されることは、学院内に蔓延するドラッグは生徒会経由で広がったものじゃないかってことだ。
繁華街で遊びまわる生徒が思いのほか少ない状況も考えれば、ドラッグの入手先は最も入手しやすい近場、すなわち学院内だと考えるのが自然だろう。
個々で全然別のところから入手した可能性がないわけじゃないけど、近くにドラッグディーラーがいるならそこから買ったと考えるべきだ。
それにしても最初に思いつく疑問として、なんでこんなリスキーな事をやってるのか。
ドラッグを売るなんてのは、色んな意味でハイリスクな金の稼ぎ方だ。主には裏社会やまともに働く気のない奴らのシノギってのが相場だろう。でも元締めは名門貴族しか所属できない生徒会のお嬢様。しかも強引な手段で入手したと思われるドラッグだ。何もかもが、とんでもない。
親に隠れて稼ぎたい?
資金が必要な事情がある?
好奇心からの単なる火遊び?
ただ、生徒会所属の生徒がドラッグ握り締めて自分で売り捌くなんてことはやるはずない。きっと何人か経由して、誰が元締めかなんて知らない下っ端が捌いてるんだと考えられる。おそらく経済的に厳しい環境の家の娘とかを使って。
私の見回りでも取引現場は見てないから、その点は慎重にやってるみたいだ。金庫室を暴かれたのは、奴らにとって完全に想定外だろう。
「生徒会の弱みを握ることには成功したけどね……」
掴んだ秘密が大きすぎる。
ただでさえゴロツキの襲撃や青コートをけしかけられてる状況なんだ。すでに決定的な対立と言えなくもないにしろ、圧倒的強者の私にとっちゃ襲撃くらいはまだ悪ふざけの範疇で済ませてやれる。
問題はこっちにとっては余裕でも、生徒会の悪ガキどもに私ほどの精神的余裕が望めないってことかな。
追い込みすぎて妙な事になってしまうのは、生活指導の講師として避けたい事態でもある。悪ガキこそが指導を受けるべき対象でもあるんだ。潰せばいいってもんじゃない。
この秘密をどう使うか、あるいは闇に葬り去るかは、もうちょい情報を集めてから考えよう。
今日のところはあえて物証を持ち帰らずに引き上げた。
「ただいま。ロベルタ、幻影魔法解除して」
「はい、お疲れ様です。ちょちょいとやりますね」
通信で警戒態勢解除を伝えてから学生寮に戻り、ここで私もようやく気を抜いた。
痕跡を残さない脱出にも時間がかかったから、その分余計に疲れてしまった。もう真夜中だ。
「お姉さま、なにか面白い物はありましたか?」
「あったけど秘密。これについては詮索無用よ。生徒会には関わらないほうがいいわ」
「そこまで厄介でしたか?」
「かなりね。下手に関われば面倒な事に巻き込まれるわよ。当初の予定通り、妹ちゃんの護衛に集中してくれればいいから。あとはアナスタシア・ユニオンの動きに気を配るくらいで、手が欲しい時には私からまた頼むわね」
本来の目的とは別件で忙しそうにする私には妹ちゃんも呆れ顔だ。
「いくつ厄介事を抱えているのですか? 魔道人形倶楽部の皆さんは、あなたにかなりの期待を寄せています。十分な指導の時間が確保できなくなってしまえば、倶楽部活動に支障が出てしまいますわよ?」
「大丈夫よ、あいつらのやる気には報いるわ」
「それでしたら良いのですが」
倶楽部の指導もおろそかにはしない。ミッションその二、捲土重来は果たすべきオーダーの一つだ。
ただし、そのためには生徒会に話を付けて、二世代前の魔道人形から脱却を図る必要がある。だからついさっきのような面倒なことだってやったわけだ。弱みは握ったけど、使い方に困る感じになってしまったのは誤算だったけどね。まったく、どうしたもんかな。
うーん、差し当たっては生徒会関係者がドラッグを売人に渡す場面を押さえようかな。とは言え、そいつを脅せば攻略の糸口は見つかるにしろ、プライドの高い貴族の子供が簡単に負けを認めるとも思えない。
手強い生徒たちを如何にして屈服させるか、そして目的を暴き出すか。これも面倒だけど生活指導と思ってやってみよう。
よし。まあ、なんとかしようじゃないか。私なりのそう、悪党のやり方でね。
「ところで演劇部のほうはどう? まさかそんなところに入るとは思わなかったわよ」
「クラス委員の娘が誘ってきたんですよね。世話焼きで面倒見のいい感じだったんで、どうせならと思って」
「ロベルタが最初に誘われて、わたしとヴァレリアも一緒にといった流れでした。情報収集の意味でも、生徒たちと距離を縮めるにはちょうど良かったです」
「お姉さまが魔道人形倶楽部の顧問になると分かっていれば……」
学院の中で人気上位の倶楽部だから、面倒な要素が多いのかと思ってたけどそうでもないっぽい。役者じゃなく裏方の手伝いみたいな感じで、それなりに楽しくやれてるらしい。暇ができたら様子を見に行ってみよう。
真夜中にもかかわらず、大仕事の後で目が冴えてしまい倶楽部や授業がどうだといった雑談で時間を使ってしまった。気づけばヴァレリアが私に寄りかかって舟を漕いでる。
「もうこんな時間か。寝不足にさせて悪いわね」
「明日、いえ今日は休みですから。倶楽部も早朝からではないですし、全然大丈夫ですよ」
そういやそうだったか。学院は休みでも倶楽部活動があるってのは、ちょっとばかり意外に思ったものだ。
休日は家の用事やなんかで倶楽部には参加しない生徒も多いから、主には暇を持て余したか熱心な連中がやってる感じだろう。
「あれ、魔道人形倶楽部の予定はどうなってんだっけ?」
「午前は自主練で、午後から全体練習です。顧問がどうして把握していないのですか……」
「部長がしっかりしてるからいいのよ。私は午後から、最悪でも夕方から顔を出すわ。妹ちゃんとハリエットは、魔力運用のコツをみんなにアドバイスしてやりなさい」
「練習試合が近づいていますから、皆さん気合が入っています。出来る限りの協力は惜しみませんわ」
「あの人形は難易度高いですからね、個人的にもいい魔法の練習になっています」
「頼むわね。そんじゃ、そろそろ行くわ」
お休みなさいと見送られて、また窓から外に出た。
みんなには言わなかったけど、私はまだ寝てる場合じゃない。怪盗ギルドへ交渉に向かったレイラからの連絡がまだない。
我がキキョウ会が誇る情報局の幹部補佐が下手を打つとは思ってないけど、何か面倒な事にはなってるかもしれない。念のため、広域魔力感知でレイラの居所を捜すことにした。
「…………見つけた。移動中?」
一人じゃない。レイラ以外に三人が一緒で、どうやら車両に乗ってるみたいだ。
行き先は不明っていうか、無駄に曲がったり戻ったりしながら進んでる。めちゃくちゃな道筋だ。おおむねの方向としては、若者向け繁華街の方に向かってるような気はする。
これはあれだ。同乗者のレイラに正しい道筋や距離感を掴ませないためのやり方だろう。たぶんレイラは目隠しをされてるに違いなく、それを条件として受けて入れてるんだろうね。怪盗ギルドの本拠地は秘密らしい。
どうせだから迎えに行こう。
治安部隊、通称『青コート』の弱みは早く知りたいところだ。どの勢力と繋がり、どのくらいの規模の金のやり取りがあるか、汚職部隊員の具体的な名前や犯罪行為まで分かるなら完璧だ。貴族と組んで私をハメようとしても、逆に脅せるネタがあるなら安心できる。場合によっちゃ、このまま寝ずに何か仕掛けてやるのもいい。物事は先手必勝、早さが重要だ。
また学院から外に出て、レイラが乗った車両を繁華街から見守った。
同乗者の怪盗ギルド員と思わしき連中が、どんな魔法能力や魔道具を持ってるか分からないから、念のために通信も控えて見守るだけに留める。
やがて繁華街近くの路地で車両が停まるとレイラだけが降ろされ、三人を乗せた車両は去っていった。
「――こちら紫乃上。レイラ、お疲れ」
「会長、待っていてくれたんですか? そちらに行きます」
周辺に人のいない路地裏で待つ事、わずかな時間でレイラが姿を現した。
「お待たせしました。思いのほか、時間が掛かりました」
「みたいね。首尾は?」
「青コートの情報は十分に得られました。紹介状と持参したお土産のお陰です。ただ、今後の良好な付き合いなどと言って、面倒事も押し付けられてしまいましたが」
「へえ? でもその様子じゃ引き受けたみたいね」
「はい。ベリトリーアの怪盗ギルドは物や情報の売買よりも、フィクサーとしての面が強い印象を受けました。例えば何か頼みを引き受ける代わりに、ギルドを経由した別の誰かの頼みを解決させるといったイメージでしょうか。今回はわたしの腕を試す目的もありそうですね」
ふむ。どんな厄介な事でも怪盗ギルドに頼めばなんとしてくれるって感じの商売がメインか。怪盗ギルドとしたら、自分たちで無理なことは誰かにやらせるのも手段のうちってことだ。
金だけのやり取りじゃなく、依頼人を巻き込むやり方は運命共同体に引き込める。それが有力者なら、いざって時に有効な手札としても使える。まあ良くある手口だ。別に珍しくはない。
「なるほどね。心配はしてないけど、引き受けた面倒事ってのは?」
「ある男の女性問題を解決するといった内容です。こうした展開はジョセフィン局長からも言われていましたので想定内ですね。特に難しいとも思いませんので、わたしのほうで早々に片付けます。それより、こちらをどうぞ」
「これが青コートのマル秘情報ね」
随分と分厚いファイルじゃないか。無駄な情報があるとは思えないから、全部を読んで参考にしよう。
とりあえずパラパラっと流し読みしただけでも、色々と面白いことが書いてある。
「結構、突っ込んだ情報まで載ってるわね。これが出るところに出たら、青コートなんて組織丸ごと終わりじゃないの?」
「使い方次第ではそうなると思います。おそらく我々だけが知る情報ではないので、どこでどう転ぶかは不明ですが。結局は権力者次第ではないですかね」
「それもそうね。脅して追い込むよりは、味方に持ってくほうがいいかもね。どうするにしても、こいつは使えるわ。さっそく私が仕掛けるから、レイラは怪盗ギルドのほうに注力していいわよ」
「なるべく早く片付けます。ところで生徒会棟に仕掛けるとおっしゃってましたが、そちらはどうなりましたか?」
レイラにだけは、私が掴んだ情報を知らせてしまう。情報局幹部補佐とは密な情報連携が必要だから、黙ってても意味がない。どうせレイラなら、放っといても独自に色々と掴むはずだ。
「こっちはこっちで面白い……いや、ロクでもないもんを見つけたわ」
遭遇したセキュリティの具体的な状況と見つけた秘密。これを話してやった。
「……想像以上に生徒会は危険な状況かもしれませんね」
「ドラッグの強奪はまだ愚連隊にバレてはなさそうだけどね。ただ、調子に乗ったガキどもが大人しくしてる道理もないわ。どうせ今以上の厄介事に発展するわよ。状況が動く前に、こっちも仕込んどきたいわね。とりあえず青コートには私からアプローチしとくわ」
「進展があり次第、また情報を整理しましょう」
ちょっとだけでも睡眠時間を確保するため、二人で学院に戻ることにした。
動くにしても朝からだ。よっしゃ、遠回りな道でもやっと一歩踏み込んでいけそうだ。指導するべき生徒相手ならともかく、汚職治安部隊員には強めの対応でいける。泥沼にはめてやろう。
寮に戻って眠っても警戒態勢はそのままだ。浅い眠りのままに、魔力感知の網を伸ばして生徒会棟の監視は続行する。
そうして待つこと意外と短い時間、夜明け前に動きを察知して目を開けた。あー、眠い。
こんな時間に誰かが生徒会棟に入っていった。夜警に立ってる生徒もいるから、泥棒じゃなく普通に生徒会関係者だろう。その後も慌てたような様子がないことから、私の侵入が察知された感じもない。
ベッドでうだうだせず、起き上がって顔を洗いながらも監視を続ける。こんな時間にまともな用事があるとは思えない。尻尾を出すんじゃないかと期待できる展開だ。
はあ。雑事はさっさと片付けたい。もうちょい面白い事なら良かったんだけどね。
こんなことを長い期間に渡って続けるつもりはない。体力的にはまったく問題ないにしろ、寝不足は美容の大敵だってのに。
様子を見ること少し、どうやら当たりかもしれない。よし、そんじゃ軽く仕掛けてやれ。
生徒会棟に入った人物の動きは、こっちが期待する通りのものだ。秘密の地下室に行って何かをやってる。
タイミングが良すぎると思わなくもないけど、私の動きを察知したんじゃなければ罠とは違うはずだ。
マークした人物が生徒会棟から出たタイミングで私も寮を出た。今回も盗聴器と発信器は部屋に残したまま行動開始だ。
これから何をやろうとしてるのか状況を確かめ、場合によっちゃその場で取り押さえるのもいい。
とはいえ、ありきたりな展開じゃ面白くない。どうせなら私が面白く転がしてやるのもいい。それも調子に乗った悪ガキにはいい勉強だろう。
ふふふふ。どいつもこいつも、みんなまとめて転がしてやろうじゃないか!
演劇部の様子はまだ先になりますが、劇中で少しだけ描く予定になっています。規格外のキキョウ会メンバーが、倶楽部でどのように活躍しているのかは先々で!
誰も彼もを脅して回る次話「悪党の通常営業」に続きます。




