雑に動き始めた台風の目
発信器を付けた状態の私の動きで、青コートがどう出るか調べないといけない。
こっちの動きに合わせて連中が行き先を変えるようなら、発信器はすぐにでも放棄しないと身動きが取りにくくなってしまう。まさか青コートがダイレクトに私の居場所を把握してる状態で厄介事を起こすわけにはいかないし、いちいち指輪を付け外しするのも面倒で忘れることがありそうだ。それが微妙に怖いところでもある。
でも青コートに把握されてないなら、ここは少し強引にやっちまってもいいだろう。
混乱を引き起こし、その中での動きを観察したい。今のところ、どの勢力がどう繋がってるのか全然わからないから、揺さぶってみることは必要だった。
権力者の子供たちで構成される生徒会、治安部隊の青コート、巻き毛のイーディス・リボンストラット嬢に愚連隊。そこに加えてアナスタシア・ユニオンの両派閥。
どれが利害の一致を見せ、どれが敵対してるのか。あるいはまったく関係ないのが関係ありそうに思えるだけなのか。
行動を起こすことによって、見えてくるものはあるだろう。
多少、派手に暴れたところで、この私がやったんだとバレなきゃいいんだ。
よっしゃ、どうせやるなら景気よく派手に荒らしてやろうじゃないか。とりあえず後を付けられて無さそうなら、ひと暴れしてやる。ついでにストレス発散もしたいしね。
「レイラ、こっちに手を貸せる? そういやそっちはなんで繁華街にいんの?」
「道具の調達に訪れていました。用は済んでいますから手伝いますよ」
盗品が捨て値で売られてたり、アングラな商品を取り扱ったりする店に行ってたんだろう。私が夜回りで仕入れた情報を役立ててくれてるようだ。
「だったら、そっちに行くから待っといて。広場付近の屋上よね、そっちはノーマーク?」
「はい、こちらに対する監視などはないと思います」
「了解。でもこっちは発信器付けられてるから、監視を完全にまくのは無理よ。もしかしたら青コートを引き連れて、そっちに行くことになるかもしれないわ」
「その場合にはどうしますか?」
「引き連れまわして遊んでやるのもいいわね。まあ、その時はその時よ。すぐに行くから一応、顔隠しといて」
広く全方位の気配を探りながら、人けのない路地を全力で突っ走った。
今のところ、今夜の事態の真相をどう探ればいいか見当は付いてない。明日にでも、私を襲った馬鹿どもをどっかで見つけられればいいんだけど、さすがにそこまで簡単じゃないだろう。それにあんな雑魚が重要な情報を知ってるとも思わないし。
だったら引っ掻き回して動きを見てやる。予測できないほどの暴れっぷりを発揮してやれば、思わぬ発見があるかもしれない。
「会長、青コートの動きに変化はありません。追跡者の気配もないように思います」
レイラの報告と同時に、彼女のいる屋上に到着した。
「誰も追ってこなかったか。ひとまずは安心してもいいのかな」
「しつこく追い回せば、発信器のことが発覚すると考えたのかもしれませんよ」
「かもね。引き際を考えたか、別の仕込みがあるのか、もしかしたら単に飽きただけかもしれないわ。とにかく、怖気づいてもしょうがない。次に行くわよ。夜の街をもっと賑やかにしてやろうじゃないの」
「何を手伝えばいいですか?」
深く考えるのはあとだ。まずはやっちまえ。
「繁華街に愚連隊のグループがいくつかあるのは知ってるわね?」
「大雑把に耳にしたくらいですが」
「十分よ。愚連隊のなかで特に勢力の大きいグループが、『ジエンコ・ニギ』と『クダンシール』って奴らよ。そいつらにちょっかい掛けるわ。もっと詳しく調べてから話そうと思ってたんだけど、イーディス・リボンストラットがたぶんジエンコ・ニギと繋がってるわ」
「侯爵令嬢とですか? それは面白いですね」
「ジエンコ・ニギがそうした繋がりを持ってるとしたら、同じくらいイキがってるクダンシールだって誰かと繋がってそうなもんよ。末端から揺さぶってやるわよ」
「誰か捕まえて尋問しますか?」
「それもいいけど、今夜のところは暴れるだけ暴れて様子を見ようか。尋問するなら場所も考えないといけないし」
「でしたら、気楽に殴り込みですね」
大きなトラブルが起こった後の動きを見れば、そこから分かることはあるはずだ。まったく誰も動かないないなんてことは、たぶんない。
「私がジエンコ・ニギに殴り込むから、レイラはクダンシールのほうを頼むわ。場所は――」
飯屋で教わった情報がさっそく役に立った。奴らも別に本拠地を隠そうとしてないっぽいから、調べようと思えばすぐに分かっただろうけど。
「あくまで軽くちょっかい掛けるだけでいいわ、皆殺しみたいなことは厳禁よ。身動きできなくさせても意味ないからね、遊んでやるだけにしときなさい」
「おちょくって怒らせることが目的ですね。でしたら、軽い殴り込みついでにドラッグや金目の物を奪ってやりましょう」
「いいわね。手早く終わらせて、またここに集合で。移動時間含めても、十五分あれば足りるわね?」
「了解です。ではさっそく」
スカルマスクを被ったレイラが動き、私はちょっと考えて発信器付きの指輪をこの場に残してからジエンコ・ニギの溜まり場に向かった。
青コートの集団が繁華街の南西方面に向かってても、それ以外はいつも通りの夜の街。
自由を謳歌する若者が楽しそうにするだけで、表面上は異常なく平和なもんだ。
人々が行き来する明るい通りからは距離を置き、影を渡るような高速移動で目的地にスチャッと到着。
ジエンコ・ニギの溜まり場は最も賑わう界隈の端っこ辺りにある。二階建てのそれは、ビリヤード場のような遊技場だ。
表側は人通りが多くても、裏側はそうでもない。そんな裏口から入り込む。見張りは居ないし、ドアに鍵も掛かってなければ罠もない。誰かが攻めてくるとは思ってないのか、悪いことしてる割に不用心な奴らだ。所詮は素人って感じ。
一階の店のほうには、そこそこの人数がいる。普通に盛り上がってそうな雰囲気で、繁盛してそうじゃないか。
気配からして二階は事務室か何かで、客を入れてる感じはしない。ちょうど階段があったことから、そっちに行ってみる。ドラッグやらが保管してあるとしたらこっちだろう。
ずかずかと上がり込み、人とかち合ったら口を開かれる前にぶん殴って黙らせる。そう複雑な構造じゃないし、二階に人は多くない。これなら捜索にも時間はかからない。
無言で殴ってはぶっ倒し、部屋を荒らしまわる。我ながら普通に強盗っぽい。クローゼットを開けて中を引っ掻き回し、棚や引き出しも開け放って中身をぶちまける。どれ、目ぼしいものはないかなっと。
手前の小部屋をささっと荒らしたのちに、本命の奥の部屋に入り込む。
突然の襲撃に驚く野郎どもは挨拶代わりに殴り倒した。以前には私の酒にドラッグを盛ってくれた礼もあるからね。これくらいじゃ、報復には全然見合わない。
そして部屋を見回せばすぐに発見した。あるじゃないか、それっぽい金庫は私の腰の高さくらいある大きなものだ。
ふーん、なるほど。ダイヤル式や鍵を使ったものじゃない。魔道具の本場らしく、これは魔力認証で開ける金庫だ。ざっと調べてみた感じ、事前の情報もなくまともに解錠しようとしたら、私でもこれは骨が折れそうだ。壊すのは余裕だけど、そうした能力を愚連隊どもに知られるのは微妙に思う。ここは普通に開けさせよう。
魔力認証には生体から読み取らせるパターンや道具を使うパターンがある。これはどうだろうね。
時間がないから手っ取り早くやる。手近な奴を引っ張ってきて金庫の前に座らせた。
「開けろ。無駄口を叩けば一言に付き、一人殺す」
強盗らしい振舞いを心掛け、徹底的に脅して言う事を聞かせる。こんな奴らに遠慮など無用だ。
私の迫力に本気と受け取った若者は、震えながらそれでも首を振った。無言で首を振っても、言う事聞かないなら同じこと。
「誰がいい? 殺す相手はお前に選ばせてやる」
「ち、違う、違います! あ、開けられないんです」
泣きながら言い訳を続ける若者によれば、どうやら魔力認証を通せるのはリーダーと会計役だけみたいだ。まあ誰にでも開けられたんじゃ、それはそれでマズいだろうしね。そりゃそうか。それに金庫を開けられる奴らは、今はこの店にいないらしい。
ちっ、しょうがない。強引にやるか。
漏らさない身体強化魔法の出力を上げた。膨大な魔力が体内で循環し、非常識な力技を可能とする。
重そうな金庫をガッチリ抱えると、床に繋ぎ止めた固定金具を引き千切りながら持ち上げた。そうやって、たぶん五百キロは下らないだろう金庫を肩に担ぐ。魔法がある世の中でも、ここまで強引な力技が使える奴は少ない。倒れながらもこっちを見る愚連隊の奴らが恐怖に震えてる。
誰に襲われたか無駄に想像しろ。でもって、裏で繋がってるパトロンに助けを求めればいい。
仕込みは十分だ。大荷物を担いで退散しよう。十人近くをぶっ倒したついでに金庫を奪ってやれば、ジエンコ・ニギの連中は大騒ぎするに違いない。どう踊ってくれるか楽しみね。
建物から出る途中で鉢合わせた奴も、前蹴りで吹っ飛ばして大ダメージを与える。運の悪い奴だ。
まんまと溜まり場を抜けだしたはいいものの、この大荷物を担いだままの隠密行動はさすがに厳しい。金庫ごと移動するのも馬鹿らしいと思い直し、すぐ隣の建屋の屋上に登って荷物を置いた。
どんなに頑丈な物体でも、金属でできた物なら完全掌握可能だ。魔力認証キーの扉など関係なく、普通に金庫に大穴を開けてしまう。
中には大きなボストンバッグと数百枚はあるだろう金貨、それと書類の束が入ってた。
バッグを取り出して開けてみれば、ブロック状に包装された物体がいくつも詰め込まれてる。これはドラッグで間違いない。かなりの量だ。
金貨と書類もバッグに突っ込んでしまえば、空になった金庫は用済みだ。開けた穴を丁寧に塞いでから返却してやる。屋根の上からジエンコ・ニギの溜まり場に向かって放り投げ、結果も見ずに移動した。
レイラとの合流場所に戻ると、すでに彼女は戻ってた。
足元に置かれたパンパンに膨らんだバッグを見れば結果は分かる。
「早いわね。こっちは金庫の扱いに手間取ったわ」
「その意味ではツイてました。ちょうど売り上げの集金とドラッグを分配する場面に殴り込めたので、広げられた物を回収するだけで済みました」
「ふふっ、向こうにとっちゃ、とんだ災難ね。さて、奴らも動くならすぐに動きそうなもんだけど、どうなるかな」
二人で愚連隊の溜まり場を監視すること、僅か数分程度で動きがあった。
「青コートの部隊が動いたわね……この方向、偶然だと思う?」
「治安部隊の詰め所に戻る道とは違いますね。クダンシールの溜まり場に向かっているのではないかと思います」
「しかもやたらと早い上に、ジエンコ・ニギのほうには誰も向かってないわ」
殴り込みの前に私を追ってきたと思われる青コートの部隊だ。奴らが動き出した。
常識的に考えて、愚連隊がなにかしらの被害に遭ったからって、自ら治安部隊に通報なんかするはずない。普通に考えれば。
第三者の通報で駆け付けるなら、同じ時間に襲撃に遭ったジエンコ・ニギのほうにも行かないとおかしい。どっちかの事件だけが通報されるなんてことはないだろう。トラブルに巻き込まれるのを避けて、両方とも誰も通報しないことはあるだろうけどね。
「クダンシールの奴らは引っ張られると思う? 踏み込めばドラッグの一袋くらいなら転がってるわよね」
「愚連隊と青コートは上納金で繋がっているそうですから、引っ張る可能性は薄いように思います。金づるを簡単には手放さないでしょう」
「そうよね。今のところの印象としては、生徒会と青コートが繋がってて、さらに愚連隊クダンシールも関わってそうね。でも上納金で繋がってるって意味じゃ、ジエンコ・ニギの奴らだって同じ状況のはず……うーん、推測だけじゃ難しいわね」
しばらく様子を見てると、クダンシールの溜まり場に青コートの連中が入っていき、またしばらくしてから出て行った。誰かが捕まったりもしてない。
ジエンコ・ニギにほうは何にも動きがない。トラブル時の対応が決まってるのか、慌てた動きがないのは意外だ。思ったよりも慎重な奴らかもしれない。
「会長、治安部隊の青コートは敵に回すと厄介です。上級貴族と繋がっていることも併せて考えれば、証拠をでっち上げて気に入らない人物を拘束することまでやりかねません。学長の後ろ盾がどこまで機能するか分かりませんし、ここは念のため手を打っておきたいですね。さっそく動いてもいいですか?」
「それはいいけど、レイラだけじゃ手が回らないんじゃない? 私とヴィオランテが手伝うにしても、やる事が多すぎるわ。これは早急に誰か応援に呼ぶことも考えないといけないかな」
最優先である妹ちゃんの護衛の手は抜けない。ヴァレリアとロベルタ、それとハリエットは常時護衛に回すとして、私とヴィオランテしかレイラを手伝えない。私は色々と忙しいし、これはちょっと厳しくなってきた。
「費用は掛かりますが、現地の勢力に協力を頼んでみようかと思います」
「なんか当てがあんの?」
「怪盗ギルドです。エクセンブラの怪盗ギルドから、ベルトリーアの怪盗ギルドへの紹介状を買っておきました。もしもの時用だったのですが」
「なるほど。全面的な信用はできない連中だけど、払った料金分の仕事は任せられるわね」
「はい。向こうにこちらの情報をあまり与えたくないのですが、学院外の狭い範囲でなら構わないと思います」
「青コートを調べさせようってわけね。改めて調べるまでもなく、怪盗ギルドならすでに色々と掴んでるに違いないわ。こっちが金を出すなら、喜んで調べてくれそうでもあるわね」
手が足りないなら借りればいい。エクセンブラでもやってることだ。
相手が一筋縄じゃいかない怪盗ギルドってのが、ちょっとアレだけどね。まあこれも伝手を作るって意味で考えれば悪くない手だ。
それに裏の情報を取り扱う連中なら、私たちのことだってすでに知られてる可能性は十分にある。むしろそう考えとかないといけないだろう。甘く見ていい連中じゃない。奴らは基本的に金で動く連中だから、敵対されることだって普通にありえる。こっちから渡りを付けて感触を探るって意味でも、接触しとくのは悪くない。
「動くなら早いほうがいいですね。幸いにも資金は手に入りましたし、これから行ってきます」
レイラはクダンシールから奪った戦利品のバッグを肩にかけた。
「うん、そっちは任せるわ。どうせなら、ジエンコ・ニギのも持ってっていいわよ。挨拶代わりに全部、くれてやりなさい」
「全部となると金額が大きすぎませんか? 身元を隠して情報だけ買おうと考えていたのですが……ああ、エクセンブラ怪盗ギルドの紹介状を使う時点で、自分から正体を明かすようなものですか」
「それもあるし、連中にはもうウチがベルトリーアに入ってることがバレてると思っていいわ。特に私は賞金首で面が割れてるしね。だからキキョウ会としての挨拶代わりよ。ウチとは敵対するより、仲良く付き合ったほうが得になるって思わせたいわ。最初の印象って大事だからね、気前よくやって」
バッグ二つに入った金貨に加えてドラッグまで含めれば、たぶん数億どころじゃない価値になる。奪ったドラッグの相場までは知らないけど、最低でもそれくらいはするだろう。
でもこんなもんは所詮、あぶく銭だ。私にとっちゃ惜しくもなんともない。最初からドラッグなんか捌くつもりだってないし、このままなら処分するだけだ。この程度の量のドラッグが街から消えたって、大勢には微々たる影響しかない。意味のないことをするよりも、せいぜい有効利用してやる。
「ではそのつもりで交渉してきます。もし金銭以外の見返りを求められたらどうしましょう?」
「あり得るわね。内容次第としか言いようがないからレイラの判断に任せるわ。どうしても迷うようなら、その場で決めずに持ち帰ってもいいし」
「どちらかと言えば、厄介事を押し付けられそうな気がしてしまいますね。会長は学院に戻られますか?」
「私はこれから生徒会棟にちょっかい掛けに行くわ。喧嘩売ったのは向こうだからね、こっちも改めての挨拶みたいなもんよ。ああ、そういやジエンコ・ニギの金庫には書類が入ってたっけ。それもバッグに入れてるから、怪盗ギルドに渡す前にレイラが中を確かめといて」
「それは興味ありますね」
状況を動かしてやる。待ってるだけなんて、やっぱり性に合わない。
面倒事はさっさと片付けて、本来の仕事に集中したいもんだ。いやー、なかなかに忙しい。
ストレスもあって、少しばかり雑に動き始めた主人公です。
やっちまえの精神で進むことだって偶にはあります。考え尽くした悪だくみや根回しもいいですが、勢いが功を奏すことだってきっとあります。たぶん。
生徒会の秘密に迫る次話「隠し事は暴きたくなる」に続きます!




