財力と権力のロクでもない使い方
盗聴器や発信器を身に付けたまま過ごすってのは、どうにも居心地が悪い。
煩わしさよりも、先々おちょっくてやるほうに楽しみを見出そうと思いつつ部室棟に向かった。
魔道人形倶楽部の部室に入ってみれば、昨日よりも人数が増えてる。しかも馴染みの顔までいるじゃないか。ちょっと驚きはしたけど表には出さない。
「ごきげんよう、イーブルバンシー先生。本日もご指導、よろしくお願いいたします。たったいま準備運動が終わったところです」
今日の部長もやる気十分だ。感心、感心。
「人数が増えてるわね」
「そうなのです。復帰した部員と新たに留学生も入部してくれました」
五人も増えてる。その内の二人は、妹ちゃんとハリエットだ。まさかこの部に入るとは思ってなかった。
「やる気があるなら誰だろうと結構。これで頭数もそろってきたわね」
「はい。特に留学生のシグルドノートさんとハリエットさんは、即戦力としてわたしたち以上に期待大です。二人の実力を見ていただけませんか?」
そりゃそうだ。ハリエットは我がキキョウ会の幹部補佐なんだから、魔力感知と魔力操作は一般レベルからは逸脱した実力がある。慣れない魔道人形の操作だって、ここの部員よりは上手くやるに決まってる。
妹ちゃんだって、アナスタシア・ユニオンで色々と経験を積んでるんだ。以前にはウチでちょっとした手ほどきもしてやったことがあるし、ハリエットには数段劣るとしても基礎の力はそれなりに高い。
この二人はもう、学生レベルを超越してると考えていい。倶楽部の試合に出るなんて反則みたいなもんだろう。私に課せられた捲土重来の目的としても、非常にありがたい助っ人だ。
もしかしたらヴァレリアは私のいる倶楽部に入るかと思ってたけどね。ちょっとだけ意外だ。
「二人だけじゃなく、五人の力がどれくらいか見せなさい。その後で、いつものように全員の指導をするわよ。それまで各自、基礎錬を続けなさい」
「はいっ!」
心なしか、いつもより気合の入った良い返事のように思える。
能力の高い部員が入って嫉妬のような感情よりも、戦力として期待する気持ちが大きいようだ。
初日に私と妹ちゃんたちは一緒の車両で登校してることから、下手に知らない振りはしない。学生の誰かに見られた覚えはないけど、ホテルや道中での姿を人づてに誰か聞いてるかもしれないんだ。
アナスタシア・ユニオンのお家騒動や、妹ちゃんの素性くらいは学生諸君だって承知の上ともなれば、変な隠し立てはしないほうがいい。積極的な嘘は最低限に留め、余計な事を言わないよう心がける。
そうした話しぶりから知り合いだってことが伝わり、疑問に思った好奇心旺盛な部員からの質問を軽くいなしていった。
妹ちゃんやハリエットも心得たもので、要領よくやってくれてる。私たちのような悪党にとって、ちょっとした嘘や誤魔化しは日常茶飯事でもある。なんてことはない。
熱の入った倶楽部活動を終え、後片付けを進めるハリエットに近づくと、さりげなくポケットに紙片をねじ込んだ。即座に気付いた彼女は、私が離れてから何気ない風を装って密かに目を通す。
紙片には私がジャージを着てる時には盗聴されてること、指輪を付けてる時には発信器で居場所を把握されてることを書いた。これからはそれを踏まえて私に接触させる。それに加えて、ハリエットたちにも発信器や盗聴器の心配がないか改めて確認するよう伝えた。
行動を制限されるのは厄介だけど、相手をあざむき油断させるには効果的だ。仕掛けを逆手に取ってやる。
せっかくだから妹ちゃんやハリエットとは話をしたかったところだけどね。今はやめとく。
昼間の生活指導と夜回りを続けること数日が経過した。
余計な発信器は付いてるものの、生活指導においては想像以上に指輪が効力を発揮してしまった。特に高飛車な生徒ほど、生徒会の紋章にはひれ伏してしまう。よっぽど生徒会がおっかないらしい。怖いくらいに指導が順調にいってる。
でもこれは考えものだ。私の指導に対して言う事を聞いてるんじゃなく、生徒会に逆らえないってだけのことだ。この私が生徒会の意向に従って動いてるとすら、勘違いされかねない。
使えるものなら使ってやると思ってたけど、どうやらこれは使うべきじゃないらしい。余計な物を押し付けてくれもんだ。
夜回りのほうも、なんとも言い難い。
私の居場所が発信器によってバレてるからか、夜遊びしてる生徒をまったく見掛けない。レイラの報告によれば、生徒間で夜遊びの取り締まりがどうのといった噂が流れてるらしい。これは生徒会が意図的に流したんだろう。
危険な夜遊びをやらないなら別にそれでいいんだけど、結局は生徒会の意向によるものだ。
巻き毛の不良イーディス・リボンストラット嬢も、私があのダンスホールでやらかしたせいなのか生徒会が流した噂のせいなのか、夜遊びは控えてるらしい。
表面上、学院は平和になってしまった。
私がやってきてから、わずか数日。表面だけ見たら、破格の成果を叩きだしたようにも思えるだろう。
はっきり言ってまったく面白くないし、これだと事実上意味がない。
生徒会が学院の生徒たちを全体的に品行方正にしたいと思ってるなら、私がくる前からそうなってたはずで、これはどう考えても一時的なものだ。
めちゃくちゃ回りくどいやり方だけど、喧嘩を売られてるようにしか思えない。
学長が連れてきた講師だろうが何をしようが無駄、すべては生徒会の意のままとでも言いたいのかもしれない。間抜けな奴なら自分の成果だと勘違いするのかもしれないけどね、まったく舐められたもんだ。
「イーブルバンシー先生、近頃は学院内の雰囲気が良くなったと聞いています。あなたのお陰ですね」
「本気で言ってますか、学長。なんにも解決なんかしてませんよ。ようやく本性を現したってところでしょう。ここからが本番です」
「……やはり、グランゾ総帥の推薦は間違いなかったようです」
倶楽部活動後に学長に呼びされてみれば、ふざけた話だ。
もしここで私が成果を誇るようなら、生活指導役はクビになってたのかもしれない。どいつもこいつも、人のことを舐めてやがる。
「このままじゃ済ませませんよ。いくつかネタは上がってますし、もう少し材料が揃ったら本気で性根を叩き直してやるつもりです」
「期待しています。魔道人形倶楽部のほうはどうですか?」
「練習は順調ですが、やはり道具をどうにかしないといけませんね。結局は生徒会です。どうにかして攻めてみますが」
「お任せした以上は口を挟みませんが、なるべく穏便にお願いしますよ」
「ま、ぼちぼちやります。任しといてください」
小賢しいガキどもが。まったくもって、想像以上に面倒な奴らだ。
今もまさに盗聴してるに違いない奴らに、こうして宣戦布告くらいはしといてやる。覚悟しとけ。
生徒会の手回しのせいで、夜の見回りはやっても意味がないと思える。それでも夕飯を兼ねた情報収集として、いつものように繁華街に出掛けた。
今日も行くのは馴染みになりつつある飯屋だ。常連になるにつれ、店主も他の客も私に対して口が軽くなってるように思う。現に色々な話を聞くことができて、非常に役立ってくれてる。今日もなにかしらのネタを聞けるかもしれない。
繁華街に入って賑やかなメインストリートを抜け、辺鄙な場所にある飯屋を目指す。
人通りが少なくなり、喧騒が遠くなったところで詳細に気配を探った。
「……間違いないわね」
とっくに気付いてる。繁華街に入ったあたりから、私は見張られ後を付けられてる。
まあ尾行なんていつもの事とスルーしてもいいんだけど、今日の気配は少しだけ違うように感じた。
心当たりは二つ。
一つは少し前に、ダンスホールで暴れた件。あれから数日は経過したから、相手の執念深さにもよるけどそっちの線は薄いようにも思う。動くとしたらもっと早くから動いてないとおかしい。
そしてもう一つは生徒会だ。奴らには発信器によって、私の居場所がバレてる。通信機を使えば遠方から手駒に指示できるし、手駒に私の居場所が分かる道具を渡したっていい。金で動く連中なんか、どこにだっているだろう。ただし、動きからして相手は素人だ。大した警戒は必要ない。
ついさっき学長の前で生徒会に喧嘩売ると宣言したばっかりだからね。反応が早いようにも思うけど、前から準備をしてたと考えれば不思議な要素は特にない。
私の行動パターンは大体いつも同じだから、襲撃計画を立てるのは簡単だ。
なんにせよ、ちょっとばかし鬱憤の溜まってる身としては喧嘩は大歓迎だ。喜んで相手してやる。
目的地の飯屋から道を逸れ、人のいないほうに向かってどんどん進んでいく。夜回りついでに下調べはできてるから、人目に付かない場所もバッチリ把握できてる。
よしよし、阿呆どもはちゃんと後を付いてきてるようね。
結構な距離を歩き、良さげな路地裏に入るとサングラスを外す。そして念のためにといつも持参してる黒マスクを被って追跡者を待ち構えた。
死神の顔のようなドクロが描かれたスカルマスクは客観的にかなり威圧感がある。今回は相手への威圧よりも、今後の活動を考えて顔を隠しときたい意味が強い。もしかしたらこの街の裏社会の連中には、すでに私の面は割れてるのかもしれなくても一応やっとく。
路地の左右を塞ぐように十数人ほどの集団が分かれて移動し、挟み撃ちの形を作ってからやっと追跡者どもは姿を現した。
武器を手にして余裕の態度で迫ってくるのは若者の集団だ。こいつらは愚連隊かチンピラか、ただのゴロツキみたいなもんだろう。なんにしてもプロじゃない。
奴らはスカルマスクを被って壁に寄りかかる私を不審そうに見た。若干腰が引けてるようにも思う。
そりゃそうだろう。これから襲おうとする女が、そんな風に待ち構えてるなんて予想できるはずもない。
「げっ、なんだこいつ。ドクロのマスクなんか被りやがって」
「気味が悪いぜ」
「ああ、聞いてた話と違うな……大丈夫か?」
まともな感想じゃないか。危険は避けて通るのが賢明ってもんだ。ここで退くなら見逃してやってもいい。
「おいおい、たかが女一人相手に弱気になってんじゃねえよ」
「マスクなんか関係ねえ。へへっ、上玉だって話は聞いてるぜ?」
「そうだ。顔は見えねえが女は女だ。気持ち悪いとかほざくなら、お前らはもう帰れ。ていうか、あとは俺だけでやらせろ」
「ふざけんじゃねえ! 独り占めなんかさせるかよ」
うーむ。欲望丸出しなんてもんじゃないわね。
なんだろうね、私に乱暴することが目的みたいな感じだ。そういう風な依頼を受けたってことになるのかな。
まあ私のようないい女は顔を隠したところでスタイルの良さまでは隠せないからね。野生動物のようなバカの欲望を刺激してしまうことは、残念ながらあるってことだ。
あからさまなバカはさっさと半殺しにするとして、慎重に対応しようとしてた奴には話を訊くとしよう。簡単に生徒会の関与が判明するとは思わないにしろ、掛かってくるならタダで帰してやる気はない。
ああ、どうせならぶっ倒す前にちょっと話してみるか。アホそうだから、ポロっと言うかもしれない。
「ボンクラども。一応、訊いてやるわ。誰に頼まれた?」
調子に乗った奴は口を滑らせ易い。面倒な尋問の前に、会話を試みる価値はある。
「……へへっ、そいつは」
「馬鹿野郎っ、無駄口叩くんじゃねえ!」
「痛ぇな、この野郎! あ、てめえも、どさくさに紛れて蹴ってんじゃねえ!」
「うるせえな、邪魔なんだよ!」
呆れた奴らだ。いや、ホントにどうしょうもない茶番には呆れるしかない。
「げへへ、は、早い者勝ちだっ」
内輪揉めを始めた集団から抜け出した一人が両腕を広げながら迫った。
スカルマスクを被ってるってのに、こいつは私の事をずっと舐め回すように見てた気持ちの悪い奴だ。抱き着いてから組み伏せようって魂胆だろう。
さてと、今回の気晴らしは打撃じゃなく刃物でも使ってみるか。たった一人の女を集団で襲おうってんだ、半殺しくらいの報いなら優しいほうだ。気色の悪い奴が相手でもあるし、ちょいハードに行こう。見せしめにも手頃な奴らだ。
今宵の私はちょっとばかし血に飢えてるぞ。
腰のベルトに仕込んだ、刃の短い小さなナイフを両手で一本ずつ引き抜いた。握りの部分は小さく短く、刃の部分は指先ほどしかない。おもちゃみたいな道具だ。
でも私の装備はどんなに小さくても性能はピカイチ。こいつの切れ味は半端じゃない。
迫ってきた馬鹿を目前に両手のナイフを突き出し、左右の肩に小さな刃をぶっ刺した。これで迫る勢いを完全に止めてしまう。
さらには服ごと肩から胸や腹を切り裂き、顔にも刃を走らせながら、最後に両目を掻き切った。
悲鳴を上げる暇もない早業だ。肩を刺されて以降、なにをされたか理解できなかっただろう。
突然、光を失ったことに加えての激痛に、馬鹿は混乱の末にやっと悲鳴を上げて倒れ込んだ。
絶叫を上げて転げまわる馬鹿と、呆気に取られて固まる馬鹿ども。一人たりとも逃しはしない。
路地裏の闇と同化したような、気配を消した高速移動。スカルマスクの私は大人げない実力を出す。
低い体勢で移動しながら、極小ナイフを走らせる。狙うのは主に脚と身に着けた魔道具だ。雑魚でも道具だけなら一丁前の可能性は捨てきれない。優先して魔道具は破壊し、逃走する力も奪う。さらには応用版の霧の魔法を使って視界までふさぐ。
霧の魔法は当然ながら光り輝く回復薬じゃなく、弱性の麻痺毒を帯びた暗色の霧だ。浄化刻印魔法に守られ、視界が効かなくても問題ない私だけが、この中で自由に動き回れる。遠くから誰か監視してても、これなら何が起こってるか分からない。
切って切って切り裂いた。
刃の短いナイフなら、急所を切らなきゃすぐには致命傷になったりしない。手を出した相手が不味かったと存分に思い知れ。
「クソがっ!」
なにかしらの備えがあったのか、根性か実力か。一人だけ逃げ出したのがいる。
馬鹿め、逃げられると思うなよ。逃走する誰かの魔力反応を意識しながら、手近な奴から順に切り裂いた。
数十秒程度の時を経て、一人残らず切り裂きの刑の完了だ。あとは逃げた奴を残すのみ。その逃げた奴も隣のブロックから動いてない。たぶん隠れたつもりなんだろう。
鼠を追い込む猫のような気持になりながら、かくれんぼに付き合ってやる。私から隠れるなんて、よっぽどの実力者じゃなきゃ無理なことだ。
軽い足取りで移動しながら、どうやって尋問してやろうかと考える。あれはプロじゃないから、そこまで口は堅くないはずだ。
「……廃ビルか。嫌な感じね」
鼠が逃げ込んだ先は汚いビルだった。罠を警戒し、外から魔力感知で探ってみる。
とっさに逃げ込んだ先に周到な罠があるとは考え難いにしろ、こんなところで油断して痛い目に遭うのはアホらしい。焦ることはないんだ、ちょっとばかし入念にやっとこう。
標的がいるのは三階だ。一階入り口の付近に階段がない事から、通路には罠が張り放題でも不思議じゃない。魔力反応は特に無さそうだけど、魔道具を使わない罠もあり得る。もう面倒だからジャンプして三階に突撃してもいいかな。
どうしたもんかと考えてると、耳元のイヤリングが音を発した。
「――こちらレイラ、こちらレイラです。会長、聞こえますか?」
「聞こえてるわ。どうしたの?」
声の調子からして緊急っぽい。妹ちゃんが襲撃されたとか?
「会長、ひょっとして繁華街にいますか?」
「いるわよ。ちょっと取り込み中だけどね、大したことないわ。それで?」
「やっぱりそうでしたか。わたしも繁華街にいるのですが、かなりの人数の青コートを見かけました。奴ら、どうやら繁華街の南西方面に向かってるようですが、もしかして会長、そっち方面にいませんか?」
「南西方面……うーん、こっち方面かも」
「偶然とは思えないですね。青コートとの揉め事は不味いです。念のため、退避したほうがいいかもしれません」
意識を目の前の廃ビルから、広域魔力感知に切り替える。
なるほど、たしかに何台もの車両がこっち方面に向かってるっぽい。人通りも車両の通りもあんまりないこっちのほうに。ざっとこの周辺を探った限りじゃ、特に騒ぎが起こってるようには思えない。手前で止まったり通りすぎる可能性もなくはないけど、楽観視するのは危険だ。
もしかしてさっきの喧嘩を通報された? それにしては動きが早いし、周囲に人はいなかったはずだ。レイラが言うように偶然とは思えない。
「分かった、ずらかるわ」
このまま隠れて監視するのもありかと思ったけど、想像以上に高性能な魔道具を持ってるかもしれない。隠れてるのを看破されて、トラブルになるのは避けたい。最悪は青コートにまで私の位置を追跡される事態だけど、その場合には指輪は破壊か放棄しよう。
ちっ、まだ尋問やってないし、晩ご飯も食べてないってのに。
それにしてもだ。監視と尾行からの襲撃、そしてタイミングを見計らったような治安部隊の登場。一連の流れを偶然で片付けるのは無理だ。
私のような実力がなかったとしたら、襲撃でひどい目に遭わされるか、喧嘩の現場を押さえられて捕まるかってところだった。
やってくれたわね、生徒会。
上等だ。誰に喧嘩売ったか、そろそろ教えてやるのもいい。このまま引き下がらず、逆に攻めてやろうじゃないか。
今夜はゆっくり眠れると思うなよ。




