我が愛しの生徒たち!
生徒会棟に探りを入れた際に気付いたことが、もう一つあった。
部室棟には何人もの生徒がいるらしい。しかも位置的にどうやら魔道人形倶楽部っぽい。現在時刻はまだ寝るには早い時間にしても、倶楽部活動を続けるには頑張りすぎだ。
まさか部室で遊んでるわけじゃないだろうけど、顧問として一応、様子くらいは確認しとこう。
夜の部室棟に人がいるのは魔道人形倶楽部だけだ。別に不審者をとっちめるわけじゃなし、警戒心なく部室に入ろうとしたところで思い出した。
今の私は普通の若者スタイルだった。サングラスをかけ、高めのポニーテールはやめて髪を下ろす。これでよし。
扉を勢いよく開いて部室に入ってみれば、不意の訪問者は当然ながら注目を集める。
「イーブルバンシー先生? いかがされたのですか、このような時間に」
「それはこっちのセリフよ。練習熱心なのは感心だけど、いつまで続けるつもり?」
「これまで怠けていた分、練習で挽回するつもりです。効果的な練習方法を教えていただきましたから。もちろん、夜間練習には学院の許可を得ています」
なるほど。どうせなら私に話を通してから許可も取って欲しいところだけど、生徒のやる気に水を差すのは無粋だ。それに私は放課後ずっと倶楽部にいるわけじゃないから、相談事があっても捕まえにくい。自主性を尊重する顧問としても、ここは何も言わずにおくとしよう。
「先生、聞いてください。ハーマイラ部長ったら、練習試合を組もうとしているのですよ」
気の早い話だ。一朝一夕で目に見えるほどレベルは上がらないし、魔道人形だって二世代前のじゃ話にならないだろうに。
でもその心意気はいい。行動力も評価できる。まさかここまで熱心とは思わなかったけど。
「練習試合って、当てはあんの?」
しょぼい魔道人形を使うウチとの練習試合なんて、相手からしたら意味がないと思える。そのくらい道具の性能差があるという話だったはずだ。
「どこの学校であれ、当校からの申し出は断らないと思います。言い方は悪いですが、断れないとも言えますね」
表向きには王族すら通う名門女学校、そして数々の貴族や金持ちが通う一極集中状態の学院だ。こっちが何も言わなくたって身分の差を利用するのも同然で、よっぽどの理由がないと他校は申し出を断れない。そういうことらしい。
「なるほどね。でもたぶん、ボロ負けするわよ? お前たちのプライドはそれに耐えられる?」
「負けることは分かっていますが、これまでとは違う内容になるはずです。それに他校との本番を見据えた試合では、より多くを学べるとも思っています。試合勘を養う意味でも、やる価値はあります」
そこまで言うなら好きにすればいい。でもやっぱり不思議だ。
「私がくるまではサボってたくせに、随分な変わりようね。気持ち悪いくらいよ」
「き、気持ち悪い……」
「先生、それはひどいです。せっかくみんながやる気になっているのに」
「悪く言ったつもりはないわ。でもなんでよ?」
自主的に夜間練習するほどまでの変わりようだからね。動機くらいは知っときたい。
「理由というほどのものではありませんが、わたしたちはそもそも魔道人形倶楽部に憧れて入部したのですし、わたしの場合には母や祖母がかつて所属していたものですから、その期待を裏切りたくない気持ちが大きいです」
「うちも姉と叔母がこの学院の魔道人形倶楽部だったんですよ」
「わたしはこの倶楽部に入るために入学したようなものですし」
ちょっと聞いてみれば、家族や親族にOGのいる部員が多いらしい。それに学生スポーツの花形みたいな魔道人形倶楽部の活動には、憧れを持つ部員が多いようだ。
たしかに、部室奥の倉庫内にはかつての栄光を思わせるトロフィーの数々が飾ってあった。それらは埃をかぶることなく、目立つ場所に綺麗に並べられてたように思う。考えてみれば、あれは先達に対する敬意の表れってことなんだろう。
親類縁者の影響や憧れの気持ち。入部時には誰もがポジティブな気持ちだったに違いない。
ところがどっこい、あまりのこの学院の倶楽部のしょぼさに、みんなやる気を失ってしまった。そんなところに超絶技巧を見せる私の登場だ。やる気を取り戻すきっかけになったわけだ。
「現金かもしれませんが、努力で現状を覆せるかもしれないと分かれば、やる気にもなりますよ」
「イーブルバンシー先生という、目に見える目標においでいただいたのです。この機会に努力しなければ、母や祖母に申し訳が立ちません」
「頑張ります。努力は裏切りませんよね!」
ほう、努力か。陳腐なようにも聞こえるし、尊いようにも聞こえる言葉だ。それが無ければ何か大きなことを成し遂げることはできない、重要なことでもある。
だけど努力したからといって、何もかも上手くいくわけじゃない。人一倍努力したところで、ちっとも、もう全然、ダメかもしれない。保証なんかないし、無駄かもしれない。
それでもだ。掴みたいもの、成し遂げない何かがあるならやるしかない。見合うだけの努力をしなけりゃならない。
「よく言った、上等よ。私も前に言ったように、いずれはお前たちを勝たせてやる。でも二世代前の人形に加えて、これまでのサボりのツケが簡単に取り戻せるとは思わないことね」
「もちろんです。それと人数が不足していますので、去ってしまった部員には戻ってもらおうと考えています。構いませんか?」
「足りなくても試合には出られるんじゃなかった? まあいいわ、その辺のことはお前たちに任せる。好きにしなさい」
もう時間が遅いことから、今日のところは解散させた。明日だって普通に授業があるからね。倶楽部活動に力を入れるのはいいけど、学業を疎かにすることだって許す気はない。やるなら文武両道だ。
誰にも文句を言わせない形で、掴めるものは全部掴ませる。どの方向に対しても楽なんかさせない。
そして私は極限を要求する。大きな目標、簡単には手に入らない何かを掴みたいと願うなら、そんなことは当たり前だ。こいつらが本気なら、私だってそれに応えてやるとも。
翌日もいつもように一日を始める。
段々とこの生活にも慣れつつあって、睡眠の質も悪くない。仕事が大変な分、休息も重要だ。
倶楽部活動、生活指導、それに護衛。どれも簡単にはいきそうになく、ややこしい要素をはらんでる。
単純な護衛はウチのメンバーに任せられるとして、厄介事は一つ一つ解決していくしかない。
差し当たり面倒そうに思うのは、イーディス・リボンストラット嬢と生徒会だ。早々に片付けてしまいたいけど、片付けると言ってもどうしたもんだろうね。
あれこれと考えつつ朝から巡回と指導を繰り返してると、いつの間にか放課後になってしまった。時の流れが早い。
切り替えて倶楽部の指導に行くとしよう。
「お待ちになって」
校舎裏から部室棟に向かう途中で声をかけられた。私を呼び止めたのは随分と大人びた感じの生徒。制服を着てなかったら、学生とは思わないだろう。
瞬時に頭に詰め込んだ学生名簿と写真から、思い当たる名前を呼び起こす。似たような顔の生徒が数人ずつはいるから、結構厄介なんだ。でもこいつはクレアドス伯爵家のルース嬢で間違いない。髪型まで写真と同じだ。
「……クレアドス生徒会長、だったわね」
こいつは生徒会長だ。伯爵令嬢で生徒会長、そして侯爵令嬢なのに生徒会にも入らずふらついてるだけのイーディス・リボンストラット。こいつらの関係も謎だ。現在の学院でもっとも身分が高いのはイーディスだから、普通に考えれば生徒会の役職が変わりそうなもんだけどね。
しかし、いきなり面倒な生徒会、しかもトップ自らが接触してきたか。昨夜の警報について探りでも入れにきたのかな。
「ええ、そうです。ユカリード・イーブルバンシー先生。わたくしのことは、どうぞルースとお呼びになってください」
なんか用かと立ち止まってサングラス越しに見やれば、にこやかな表情で近づいてくる。
妖しい魅力のある生徒だ。こいつに微笑まれただけで、初心な青年は簡単に恋に落ちてしまいそうなくらいの美貌とスタイル。まだ若いながらも上品な色気と美は、さすがは貴族の令嬢、そして堂々とした態度が生徒会長って感じだ。不良の巻き毛と比べれば、たしかにこっちのほうが遥かに生徒会長の座に相応しいと思える。
「生徒と慣れ合う気はないわ。生徒会長だろうが、生活指導の手を緩める気はないわよ? ほかの生徒会役員にも言っときなさい」
「あら、わたくしたちは品行方正を旨をしておりますの。先生のお手を煩わせることなどありませんわ」
良く言うもんだ。一番怪しい連中こそが生徒会だってのに。あの生徒会棟のセキュリティレベルの異常な高さを説明できるもんならしてみろと言ってやりたい。
「それで? 挨拶なら生徒会棟に招いてもらって、ゆっくり話したいわね」
ちょっと攻めてみても、妖艶な笑みを浮かべるだけだ。余裕のある悪党なら、ここは自陣に敵を迎え入れるくらいしてみろってもんだけどね。魔力感知だけじゃなく、実際に中に入れればもっと色々な事が分かるはずなんだけど。
「ふふ、先生は屋上庭園はご覧になられましたか? お話でしたら、あちらでいかがでしょう。山の上からの景色は海まで見渡せて素敵ですのよ」
どうやら挑発は受け流し、弱みに繋がりかねない事態は避けるらしい。こいつは簡単にはボロを出しそうにない雰囲気だ。
めんどくさいわね、一発殴ったら本性を現すだろうか。
「ルース様! こんなところにいらっしゃいましたか」
腹の探り合いなんかしたくないと思ったところに割り込みが入った。
おっとこいつ、昨日の門番じゃないか。生徒会棟前で私を不審者扱いした上、剣にまで手をかけた生徒だ。女騎士っぽい生徒は生徒会長と私の間に割って入るように位置した。
「貴様……いえ、あなたはイーブルバンシー先生でしたか。少し、失礼します。ルース様の前では身だしなみに気を付けていただきたい」
不意に首元に伸ばされた手を、警戒を見せずに受け入れた。
どうやらジャージの襟を直すらしい。ジャージの時点で身だしなみもなにもないと思うけどね。
呆れた思いで見守ってる生徒会長に視線をやれば、笑いをこらえるような仕草をしてる。私はまだ舐められてるんだろうね。
「会議の時間が迫っています、ルース様」
「あら、もう時間ですか。イーブルバンシー先生、本日はお役に立つ物を差し上げようと思っていましたの。ぜひ、こちらをどうぞ」
なに言ってんだこいつと思いながらも、差し出されたのは指輪だった。
予想外のプレゼントにはどういった意味があるのか不明にしろ、ここは拒否せず受け取ることにした。ガキの小細工くらい、余裕で受け入れてやろうじゃないか。
ふーむ、幅が太めの銀のリングには、バラかボタン、あるいはシャクヤクのような花の模様が彫り込まれてる。店で見掛けたら普通に買うクオリティで、職人の繊細な仕事が光る良い物だ。
「これは?」
「友好の証ですわ。生徒会の紋章入りとなっていますから、生活指導のお役に立てるかと思いまして」
なるほど。権力者集団の生徒会に逆らうような生徒は、この学院にはいないと考えていいくらいだ。指輪を通じた生徒会の威光を使えば、指導が楽になると言いたいらしい。
ふん、いいだろう。仕事が楽になるなら、それに越したことはない。でもこれはただの指輪じゃない。
「魔道具としての効果は?」
「お気づきになりましたか。これは着用者の魔力を高める効果と精神を安定させる効果を持っていますの。とても便利な魔道具でしてよ? どうぞ指に嵌めてみてください」
怪しいにもほどある。実際の効果までは魔力感知で探っても分からないけど、いきなり爆発したり毒を仕込まれてるようなことは無さそうだ。効果が説明のとおりなら、これはかなり価値のある魔道具だろう。
殴る時の邪魔になるから、普段なら指輪はあんまりしないんだけどね。どれ、試してみるか。
「……たしかに。魔力増強と精神防御、並の効果じゃないわね。でもここまでの魔道具を初対面の人間に気軽に渡すもんじゃないわよ」
「ほんの気持ち、お近づきの印ですわ。どうぞ肌身離さず、お役立てください」
さすがはベルリーザ貴族といったところか。この魔道具の価値は数百万ジストにも及ぶだろう。賄賂としての意味も含んでるのかもしれない。
指輪を眺める私に満足そうにした生徒会長は、用事があると言って女騎士と去っていった。
取り残された私はその場にしばし佇み、呆れて溜息を吐いた。
「つくづく舐められたもんね」
まずはジャージだ。奥襟から微かな魔力反応を感じ取れる。触ってみれば小さなボタンのような物が、ガッチリと襟に食い込んでるじゃないか。
私の襟を直すなどといった不自然な行動時に、とっくに精密魔力感知で見切ってた。気づかないほうがどうかしてる。
「あー、あー」
ちっ、そういうことか。たぶん、これは盗聴器の一種じゃないかと思う。まさかこんな物まで持ち出してくるとは。
最初は単なる発信器かと思ったけど、私の発する声か音に反応して出力がほんの少し変わる。しかも私の魔力を吸収して稼働することから、効力はいつまでも続くはずだ。
服は浄化魔法で綺麗にするし、いちいちジャージの襟の確認なんかしないとも期待できる、かもしれない。でも魔力感知に優れてなくたって、小さなボタン大の物なら気付く時にはあっさり気づくはずだ。つまりは別にバレても構わないくらいの感じなんだろう。そういう意味でも舐められてるってことだ。
そして指輪。これも当然、単なる贈り物じゃない。こっちは魔力増強と精神防御の効果に隠れて、発信器としての効果がありそうだ。
こういう風に仕掛けてきたか。私を監視し、弱みを握ろうって魂胆だろう。そこはお互い様だけど、早くも私が両方の仕掛けに気付いてるとはまさか思わないだろうね。可愛いもんだ。
さーて、どうしようかな。このまま泳がせるか。いや、この場合、私が泳ぐのか?
せっかく生徒会がアプローチしてくれたんだ。利用方法を考え付くまでは、気づかない振りを続けるのもいい。




