雇用強化大作戦、始動
六番通りデビューの日から、幾日経ったんだろうか。
毎日のようにトラブルに遭遇しても、これといった深刻な事態までは発生してない。
馬鹿が現れては叩き伏せるだけの簡単なお仕事だ。
いつ本当に強い奴や、ほかの組からの本格攻勢があるか分からないから、六番通りに送り出す戦力はあまり削れない。
そうは言っても、今後はキキョウ会本部が狙われる可能性も高くなると思うし、そうなった場合に対処できる戦力も残しておく必要がある。
すると戦力配分としては、私が拠点に残るのが順当になってしまう。自分で言うのもなんだけどキキョウ会の最高戦力は私だし、ほかに誰かサポート役をやってくれれば、非戦闘員を守りながらでもなんとか戦える。
残りの戦闘班を稲妻通りと六番通りに振り分ければ、今のところは何とかなってる状況だ。ロベルタとヴィオランテはまだ見習い扱いで人数には含めない。これからに期待してる。
なんとかなってはいても、問題だらけで組織としては失格だ。
現体制だと訓練も捗らないし休みもない。今はトラブル時の実戦が対人訓練になってるとは言え、雑魚相手が多いし、街の中じゃ攻撃用の魔法だって使えない。どうしても訓練に偏りが出てしまうし、慣れてしまえば気の弛みも生じてくる。このままじゃいけない。
早急に人材の確保が必要だ。それもできるだけ多く。
ゆくゆくは酒場や賭場を開くから、そこの護衛にだって戦力は必要だし、ジョセフィンのように情報収集要員だとか色々な役割が必要だとも思ってる。最近は忙しくて自分で情報収集や分析する時間も取れない。
それにキキョウ会は近距離戦闘が得意なメンバーに偏りすぎてる。
中距離や遠距離に十分な適性を持ってるのは私と見習いのヴィオランテくらいだろう。
私の最も適した戦い方は後衛を守りながらの中・遠距離戦闘支援じゃないかと思うんだけど、好きなのは近距離戦闘だ。近接格闘術のスキルがあるしね。でも今の陣容だと、いざという時には必要とされるポジションを務めざるを得ない。ズバリ、もしそういった場面になった時に、その役割を誰かに任せて私は前に出たいんだ!
我儘を除いても、ほかに役割をこなせる人材がいなければ、私がそこにいない時点で詰んでしまうかもしれない。これは重大な欠点だ。会長として多様な人材を求めるのは当然のこと。
贅沢を言えば清掃員のような雑務を任せる人員だって欲しい。とにかく人が足りないんだ。
ところがいい人材なんて、そこらに転がってるはずもないし、運良く出会えても数人が限度だろう。そうすると、自分たちで育てるくらいしかやりようがない。私たちキキョウ会が望む水準まで鍛え上げるしか。メアリーという前例もあることだし、不可能ではないはずだ。
でも、できれば即戦力が欲しいと思ってしまう。
どっかにいないものかね。育てるのもいいんだけど時間がかかる。
「難しい顔をしているな、ユカリ殿」
「うーん、まあね。人が足りない、と思ってさ」
「まさしく。猫の手も借りたいとは、今の我々の状況だ」
今日は私と共に本部待機となったジークルーネ。ちなみにキキョウ会の建物のことは『本部』と呼称することにした。今後は『支部』を作る構想もあるからね。呼び方なんて別になんだって良かったんだけど、これに落ち着いた。
「どっかに強くて信用できて、仲間になってくれる人はいないもんか」
「……ふむ」
私の軽口に考え込む素振りのジークルーネ。
「わたしの元同僚にも何人か女がいてな。勧誘の手紙でも出してみるか」
「いいの? 元青騎士なら実力は問題なしね」
「全員が青騎士ではないが、今はどうしていることか。近況を連絡するついでに誘ってみよう」
「やるだけやってみて。でも私たちのやってることは正直に伝えてね」
本当に入ってくれるなら大歓迎なんだけどね、どうなることやら。
「無論だとも。もしかしたら面白がって乗ってくれるかもしれない。とにかく、やってみる」
いそいそと自室に向かうジークルーネを見送り、なぜか引っかかるものを感じた。
手紙、手紙ね。ふーむ、何かあったような気がする。
「――あっ!」
そういや私、手紙出してなかった。収容所時代のあの人たちに!
傭兵のゼノビア、娼婦の元締めだったカロリーヌ、旅の治癒師ローザベル御一行に、その護衛冒険者のオフィリアたち。彼女たちには手紙出すって言ったのを思い出した。忙しかったとは言え、我ながら不義理なことだ。
こっちも遅ればせながら手紙を出しつつ、ついでに勧誘してみよう。芋づる式に仲間も引き連れてきてくれるとありがたい。なんてね。
勧誘結果はともかく、久しぶりに会えたら嬉しい。なんにしても手紙を出そう。
そう言えば王都はどうなったんだろう。手紙は届くのだろうか。あとでギルドに聞いてみればいいか。
筆を取って思うのは、手書きの手紙なんて思い返せば初めて書く。一通ならまだしも、複数も書くとなればさすがに面倒だ。電話みたいな魔導具が欲しいと思ってしまう。
ファックスみたいな魔道具が実用化されてるから、通信に関する魔道具も流通してるのか思いきや実はそうでもなかった。
「あー、もう。これだから偉い奴らはムカつくのよね」
詳細は不明ながら有用な魔導技術については、大陸のある組織が秘匿・独占してるらしく、一部の組織や国家に機能を著しく制限したモンキーモデルのみを提供してるって噂だ。そもそも通信用に使える魔法適性がレア中のレアだし、大陸の各国家や多数の組織においても独自の研究では魔道具として実現できてないらしい。
そんな噂はいずれも噂のレベルでしかないけど、通信用の魔道具はファックスっぽい道具を見れば実在は明らかだ。通話可能な道具だって、庶民にも気軽に使えるようにして欲しいものだ。
それはそうとして手紙作戦は結果が出るまでに時間がかかるし、上手くいくとは限らない。
会長としては楽観せず、知人の勧誘は失敗を前提に次の作戦を考えておかなければ。
スカウトか、いっそのこと大々的に募集でもしてみようか。あとでみんなにも相談しよう。
慣れない手紙を丁寧に書いていく。収容所でさんざん練習したから、私は字が上手い。
会長で字が下手だったらカッコ付かない気がするから、ちゃんと練習しといて良かったと思う。
ゼノビア宛には傭兵ギルド、カロリーヌにはどこに出せばいいのか分からないから、知ってくれてることを願ってゼノビア宛に同封してしまう。たしか収容所で別れた時、二人は一緒に王都に向かったはずだから、なにかしら知ってるだろう。
オフィリアには冒険者ギルド、ローザベルさんには第二級と思われる回復薬を同封しつつ治癒師ギルドへ。
明日はギルドを順に巡って、届けてもらう手配に行く。
たった四通しかないのに、やたら時間かかって疲れた。
書き終わって休んでたところに、ぞろぞろと帰宅するキキョウ会メンバーたち。今日もご苦労さまだ。
「みんなお帰り。今日はどうだった?」
「お姉さま、六番通りはいつもどおりでした。何人か追い払ったくらいで、特に問題ありません」
「ああ、いつもと変わらん」
「稲妻通りは今日も平和だったな」
「話に聞いてた割には、大したことない」
「そうっすよ、ブルーノ組が大げさに吹かしたんじゃないっすか」
うーん、今のところは実際そのとおりなんだろうけど、やっぱり良くない傾向だと思う。
みんな油断してるつもりはないんだろうけど、なんかあってからじゃ遅い。早く人を増やして体制に余裕を持たせないと。
「ジークルーネはどこ行ったんだ?」
「部屋で手紙書いてるわよ」
「手紙?」
これまでに書いてるところは見かけてないから、珍しがってるみたいだ。
「勧誘のね。人手が足りないから知り合いに当たってもらってるってわけ。あんたたちも良さそうのがいたら引っ張ってきてよ」
「そりゃいいな! また賑やかになるぜ」
心当たりがどうのと盛り上がってると、学習組も帰ってきたようだ。
「賑やかですねー」
「ただいま戻りました。盛り上がっているみたいですけれど、何の話ですか?」
人手不足解消のための、手紙作戦をフレデリカたちにも話してやった。
「それはいいですね。即戦力のスカウトと新人の教育を並行して進めて行きましょう。キキョウ会の今後の構想に、現状ではあまりにも人手が足りません。積極的に人材募集をかけましょう! わたしも少しは楽ができるようになるといいのですけれど」
「ユカリさん、稼ぎが上がるのはまだこれからですよね? いきなりそんなに雇っちゃって大丈夫ですか?」
「運営資金にまだ余裕はありますが……ユカリ、報酬についてはどうするつもりですか?」
教育が必要な新人には食事と寝床だけで十分だと思うけど、即戦力になるような人にはそれなりの報酬がいるか。どうしたもんかな。現状はみんなにも出世払いと言うか、趣味で働いてもらってるようなものだし。
キキョウ会の運営資金については、フレデリカが言うようにまだ余裕がある。それでもみんなを差し置いて新人に金を払うわけにはいかない。
現状で定期的に入ってくるのは、稲妻通りからの少額のみかじめ料くらいだ。それにしたって食費や生活費を賄える程度でしかない。あー、やっぱしボランティア状態は早く脱しないと。
そろそろ最近の活動実績をもって、六番通りにナシ付けに行こうかな。
ウチの用心棒代はいつまでも無料じゃないんだ。お試し期間はもう終わっていい頃合いだろう。トーリエッタさんからも話は伝わってるはずだしね。
うん、やっぱりそろそろ頃合いだ。できれば向こうからのアクションを待ちたかったんだけど、状況は待ってくれないからね。しょうがない。
それが済んだら早々に六番通りに酒場を開こう。ソフィを店主にして従業員を雇うところから始める。イニシャルコストがまたかかるけど、これは想定してプール済みだ。
六番通りはみかじめ料だけでもそれなりの収入が見込めるし、酒場が開店できれば当面は資金面で問題なくなるはず。そこに至るには時間がかかるけど、今後の目途は立つ。あとは実行するだけだ。
獲得済みのシマを完全に支配下に置けば、みかじめ料は今の何倍にもなるし、酒場からの収入は見込みだけでもかなり大きい。初期の資金源としてはこんなところかな。
なにをするにも人手は必要ってことで、やっぱり人材の確保が問題だ。即戦力はすぐには仲間にできないだろうし、できても人数は少ないはず。
みんなと同じように現物支給と出世払いで納得してもらうしかない。現にキキョウ会の外套はそれだけでひと財産になるほどの超高級品だ。文句なんか言わせない。
危険はあっても将来のビジョンは明るいつもりだし、これでダメなら諦めよう。うん、そうしよう。とにかくトライだ。
「……うーむ。金は払えないから、現物支給ね。みんなと同じ。それで行くしかないわ」
「相手次第ですけれど、その辺は説得のやり方次第でしょうか」
「そもそも即戦力が仲間になるかどうか分かんないし、その時になったらまた考えよう。あとは即戦力以外の新人をどうやって集めるかよ」
キキョウ会はこの世界においても真っ当な職業からは程遠い。金さえ払えば広告くらい出せるかもしれないけど、それはなんか違う気がする。
さて、どうやって集めようか。
「張り紙でもしておけばいいんじゃないですか?」
「え、張り紙って……そんなんで集まるの?」
掲示板とか、どっかの店の前に張らせてもらうやつか。その程度で集まってくれるなら楽でいいけどね。
「ユカリ、キキョウ会は結構人気があるんだぜ? 最近は評判になってるみたいでな」
「へー、いつのまに。そんなことになってんだ」
「お姉さま、キキョウ会は目立ちます」
「外套がまず目を引くしな。それにあたしら強いし。普通の男どもにはかなり煙たがられてるが、反対に女には人気があるぜ。あたしは男に人気が出て欲しいんだが」
「人気があったのは意外だけど、それはそれで厄介じゃない? あんまりたくさん募集に引っかかってもね」
想像しにくいけど、たくさんは困る。捌ききれる人数に収まるならいいとして、少し不安だ。
「どのくらいの人数が集まるかまでは読めないですね。そうですね……ユカリ、たくさん希望者がいるのでしたら、いっそのこと数十人規模なら全員まとめて雇ってしまいましょう。いくら何でもそれ以上集まる事はないでしょうし。訓練しながらふるいにかければ、人数は減っていくと思います。ユカリや戦闘班の求める水準はかなり高いのでしょう? 最悪、半分も残らないかもしれません。もし多くが残っても、配置は山ほどあるのです。むしろ、そうなって欲しいくらいです。店舗の経営やキキョウ会運営のために雇う人材は、また別の基準が必要でしょうけれど、そちらは別に考えましょう」
ほう、希望者はまとめてか。清々しいほど大胆な意見ね。
「どうかな。体を張る仕事だし、フレデリカのようなポジションにしたって、キキョウ会の看板背負ってもらう以上は常に危険はあるからね。覚悟もない奴に入ってもらっちゃ困るわ。募集の段階でふるいにかける必要があるわよ」
せっかく鍛えて、後になって話が違うとか言われても困る。
「なあ、ちょっと待てよ。そう考えるとサラの奴はどうなんだ? 思いっきりキキョウ会の外套着て遊びまわってるが」
「……あ、うん、そうね」
いまさら脱げなんて言えないわね。護衛を付けよう。ああ、また人手が足りない。
「ともかく、募集の張り紙は私が作ってみるわ。それとは別に有望そうだったり、やる気があるのがいれば連れてきて。私も外に出た時には、ついでに探すようにしてみるから。みんなも頼むわね」
新人募集は意外と上手く行きそうな感じだけど、集まりすぎないように厳しいことを書いておかないと。誰もこなかったら、もうちょい考えることにして、最初は厳しく行こう。
私とジークルーネの手紙は相手に届くまで早くても数日はかかるし、結果が分かるまでにはさらにその倍以上かかる。いい結果を楽しみに待つしかない。
ちょっと気が早いけど、トーリエッタさんには金属糸だけでも大量に渡しておいて、生地だけ先行で作っておいてもらおうかな。正式にキキョウ会に入る人が増えるなら、外套はその分たくさん作ってもらわなくちゃいけない。スケジュールの確認もしておいてもらおう。




