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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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まだまだおのぼりさん

 二日目の夕方。生徒会棟から引き返しても部室棟には戻らず、本校舎の仕事部屋で資料を改めて読みなおした。

 放課後に仕事部屋での長時間待機は、情報収集担当のレイラに対する緊急性のない報告求むの合図になってる。互いに余裕があったら話そうくらいの軽いもので、忙しければ無視しても構わない。


 しばらくするとレイラから今から行くと通信が入った。そして資料を読みふけって待つ事少し、彼女はやってきた。


「遅くなりました。会長、なにか調べ事ですか?」

「うん。でもその前に、現時点で報告できることがあれば聞いとくわ。妹ちゃんに関して、なんか怪しい動きは?」


 ジョセフィン局長が鍛えた情報局幹部補佐なら、昨日と今日だけでもそれなりの調査は終えただろう。私じゃ気づかない事でもレイラなら気づける。


「今のところ学院の中で動きはなさそうですが、外で警備に就いているアナスタシア・ユニオンでは、昨日と今日とでかなりの人員が入れ替わりました。まだこちらも日が浅いので、それが既定のローテーションによるものか、突発的なものかは判然としていません。どうにか内情を探ってみます」

「へえ? いくらなんでも動きが早すぎるように思うけどね。ひとまず学院内に干渉がない限り、深入りしなくていいわ。一応、例のドラ息子が自派閥の手下で固めようとしてるくらいに考えとけばいいわよ。ストーカー気質のボンボンが、妹ちゃんの様子を知りたいってだけならまだ可愛げもあるんだけど」


 レイラが下手を打つとは思ってない。でもこっちから積極的に仕掛けて、もしバレたらより厄介な事態になりかねない。


「最悪は誘拐に打って出るかもしれない人物像ですからね。油断できません」

「寮の周囲に警備用の魔道具は設置し終わってんのよね? 強硬手段に出られても、時間稼ぎができれば問題ないわ」

「独自に色々と仕込んでいますが、やはり万全にできるのは警報だけです」


 攻撃力のある魔道具は万が一にも生徒が引っ掛かると不味い。だから対策としては警報を密にするくらいしか取れない。できないことは諦め、別の話題を続けてると今度はレイラから資料を差し出した。


「これは……厄介者の教師や生徒のリストね。短い時間でよく調べたわね」

「まだ途中経過なので、追加や修正は発生すると思いますが」

「十分、参考になるわ。引き続き頼むわね」


 レイラには学長からもらったマル秘資料は見せてない。先入観なしに探らせて、一通り終わったと判断したあとで見せる予定だ。


「今のところ報告できるのは、このくらいです。それで調べ事とはなんでしょう」

「生徒会よ。一筋縄じゃいきそうにないわ」

「あれですか、わたしも気になっていました。重鎮の子供ばかりですし、生徒会棟の警備は厳重に過ぎますね。会長が気になさるのも分かります」

「うさん臭いわよね。それとは別にして、どうやら魔道人形俱楽部と確執があるみたいでね。邪魔されてんのよ。どうにか弱みを握ってやりたいわ」

「邪魔と言いますと?」


 かつて隆盛を誇った魔道人形俱楽部が当時、相当にデカい顔をしたせいで生徒会には伝統的に嫌われてるらしい。きっと貴族の家同士のしがらみなどといった、しょうもない理由も絡みつつここまで尾を引いてるんだと思われる。

 そうした噂や憶測は真偽不明だったとしても、実際に倶楽部活動に支障が出てることは間違いないから、どうにかしないといけないことを話した。


「そのための弱みですか……あれだけ厳重な警備なら、隠し事の一つや二つは見つかりそうです。叩けばきっとほこりは出てきますね。とりあえず報告には二日ください。今からでも、行けそうなら行ってみます」

「あんたも学生活動があるから、無理のない範囲でいいわよ。少しくらいなら遅れてもいいから」

「はい、では二日後にまたここで」


 さっそく出て行ったレイラは、生徒会棟のほうに向かったらしい。働き者だ。

 私も繁華街の愚連隊などの情報は、二日後までにもう少し詳しく調べとくとしよう。


 その後はレイラからもらった資料を、学長のマル秘資料と比較しながら内容を精査することにした。レイラの物はわずか二日の成果にしては上等で充実した内容だった。どこでどう仕入れたのやら。

 でも二つの資料には違いが散見される。これについては今のところ、どっちが正しいとは言い難い。レイラのはまだ本人が追加や修正を加えると言ってたし、学長のが完璧とも思ってない。必要に応じて追加調査って感じでいいかな。


 なんだかんだと考え事をしてるうちに、日が暮れてしまった。

 ジャージからカジュアルな夏らしい服に着替え、今日も晩ご飯を兼ねた夜のパトロールに出かけよう。



 煌々とした灯りに満ちる夜の街で、サングラスの奥から道行く若者たちの顔をよく見ながら歩く。

 学院の生徒がいたとしても、服装どころか髪型やメイクは大幅に変わってると考えないといけない。写真で見た記憶だけじゃ、結構な難易度だ。せいぜい対面で注意した生徒なら、なんとか気づけるといった程度かもしれない。


「ヒュ~、姉ちゃんかっこいいね。一杯おごるから一緒にこいよ」

「パス」

「ちょっと道を聞きたいんだけどさ」

「知らん」

「あれ~? 久しぶりじゃん」

「失せろ」


 次から次へとまったく。いつも思うけど、よく私に声を掛けようなんて考えるもんだ。気安い雰囲気は全然ないはずだし、目元はサングラスで見えないってのにね。

 喧噪に紛れ数々のナンパを返り討ちにしながら歩いても、残念ながら、いや幸いにも、そこらの道端で学院の生徒らしき若者を見かけることはなかった。そうしてると昨日のひっそりとした食事処の近くにきてしまった。ついでだからまた寄ってみよう。


 メインストリートの喧騒から離れ静かな通りを進んでるうちに、微かな物音を地獄耳が捉えた。これは肉を叩く音と人が倒れる音、それに抑制はしてても荒っぽい声が聞こえる。暴力の気配だ。

 昨日は喧嘩も見かけなかったから、若い連中が集まる界隈にしては平和すぎると思ってたところだ。喧嘩っぽい現場と店の方向が同じだったことから、様子を見に行くことにした。野次馬、野次馬。


 不審な物音の発生源は薄暗い細い路地。ちらりと覗いてみれば、期待通りの光景だ。


「おい、ジエンコ・ニギをナメてんのか? ブツがねえとはどういうことだ、もう一回説明しろ」


 たしか『ジエンコ・ニギ』とはここらにいる愚連隊の一つの名称だ。昨日、食事処で聞いた名前で間違いない。どうやら愚連隊が何かの取引をしてる現場っぽい。


「だ、だから言ってんだろ。消えちまったんだ! こっちだって困ってんだよ」

「てめえらのマヌケな事情なんか知るか。何をしてでも、今日中に持ってこい」

「そんなこと言われても、あんな上物はなかなか――」


 どうやら麻薬取引の話らしい。運び屋か仲介っぽい奴らが、やらかしたようだ。

 聖エメラルダ女学院でも一部の不良が麻薬に手を出してるけど、もしかしたら供給源はこいつらかもしれない。いや、取り扱ってる奴らなんて、ほかにもたくさんいるか。

 なんにしても悪党同士のつまらない揉め事だ。しかも雑魚同士の争いなんぞに面白味はない。立ち去る前に少しだけ様子を見ても、罵倒ばかりで有用そうな情報が聞けることもなかった。


 重要なのは、愚連隊に渡るはずの麻薬を横取りした奴がいる。それだけはちょっと面白そうかもしれない。もし大規模な喧嘩があるなら、ストレス発散にちょっとばかし参戦しよう。



 しょうもない現場から立ち去って昨日の食事処に入ってみれば、今日は賑わってる状態で満席に近い。店内を見渡せば昨日と同じ奥の席は空いてる。

 一瞬だけ入っても大丈夫かと様子をうかがったけど、特に予約席って感じでも無さそうだから入ることにした。


「お、昨日の姉ちゃんか。たしか学校の先生だったよな」


 気安く話しかけてくるのは、昨日もいた客のおっさんだ。


「まあね。マスター、今日も適当に頼むわ」

「そうそう、こっちにきたばかりとか言ってたっけ? 先生なら知っといたほうがいいんじゃない?」


 席につくなり、隣の席の女も話しかけてきた。


「かもしれねえな。あんた、一杯飲んだら話に付き合えよ」


 なんだってんだろうね、いきなり。常連客の注目を集めてしまってる。

 地元の連中の話は役に立つこともあるから、むしろちょうどいいか。口数の少ない角刈りマスターが差し出した酒を一口飲んだ。


「それで、なんだってのよ?」

「あんた山の上の学校は知ってるだろ? 貴族や金持ち連中が通う、いけ好かない女学校なんだがよ」


 私がその学校で働いてるとは、まったく想像できないらしい。別にいいけど。


「いけ好かないって、結構憧れてる女の子は多いんだよ?」

「制服がいいのよね。お嬢様って感じがしてさ」

「けっ、なにがお嬢だ。お高くとまりやがって」

「おいおい、なんか恨みでもあんのかよ?」


 雑談はどうでもいいから聞き流し、黙々と出される料理と酒を平らげた。


「――ああ、そうだそうだ。先生よ、派手に遊んでるガキの話は聞いた事あるか?」


 数分程度の時を経て、どうやら最初の話に戻ったらしい。


「特にないわね。それが山の上の学校に関係あるわけ?」

「そういうこった。やっぱ金持ちのガキはろくなもんじゃねえ。ガキの分際で派手に遊びまわってんだとよ」

「ああ、同年代なら初対面でもおごってるみたいでな、人気者らしいぜ。親の金で大層なご身分じゃねえか」

「ただのひがみじゃない。嫌ね、男の嫉妬は。まあ、気に食わないっちゃ気に食わないけど」

「でもおごってくれるならいいんじゃないの? あたしももう少し若かったらなー」


 気前のいい奴は人気者になる。それだけのことだ。金の出処なんか、どうだっていい。


「やめとけ、やめとけ。飲み食いだけなら可愛いもんだが、ドラッグまで撒いてやがんだとよ。もしかしたら先生のとこの生徒も関わってるかもしれねえぜ、気を付けな」

「どうせそのガキは愚連隊にも関わってんだろ?」

「都合のいい金づるだろうがな。ま、ろくでなし同士、気が合うんだろ」

「身分違いでもお似合いってか?」


 この話を聞いただけじゃ、金持ちのガキってのがどういう存在かまったく不明だ。一般の金持ちか貴族か、もしくは悪党の小金持ちか。男女の別さえ分からない。もしそれが女だったとしたら、聖エメラルダ女学院の生徒だって可能性は一応あるのかな。

 ちょっと羽目を外した金持ちのお嬢が、身分違いの悪い男に惹かれてしまう。おっさんの話が本当とは限らないにしろ、ありがちな話ではある。


「どこの店? 行ってみるわ」

「やめときな。学校の先生ってのがバレたら、袋叩きにされちまうよ」

「そうそう、盛り場は若者の天国だからね。よっぽどのことじゃないと、青コートも賄賂で動かないから危ないよ」

「へえ? まあちょっと様子を見るだけよ、心配いらないわ」

「あんたも若いが、自分のとこの生徒に会っちまえば即バレるだろ。さすがに一人で行かせるのはちょっとな」


 そこまで言っといて、肝心なところだけ言わないなんてありえない。面倒な連中だ。


「いいから教えなさいよ。ほら、一杯おごるから」

「お、悪いな」

「ありがとー、先生」


 角刈りマスターに酒を出してもらえば、ベラベラと聞いてもないことまで色々と話してくれた。調子のいい奴らだ。

 食事処で小一時間ほどの時間を過ごし、さっそく行動に移った。



 目的に即した何かを知ったら即実行。慎重になる場面はあっても、基本的には行動が優先される。私たちの売りは積極果敢な行動力だ。

 面白そうな事を思いつく奴はたくさんいても、実際の行動に移す奴は案外少ない。考え、そして早く動くことには大きな強みと価値がある。

 世の中、大抵の奴らはうだうだして動かないからね。だから私たちは様々な場面で有利に立ち、利益を上げられる。そこには失敗を許容でき、また挽回できる余裕があるからって理由もあるけどね。


 おっさんから聞いた場所はメインストリートから一本だけ裏の路地に入ったダンスホールらしい。羽目を外した馬鹿どもが一晩中バカ騒ぎする、いかにもアホっぽい場所だろう。ま、そういうのが楽しい年頃ってのも理解はできる。

 そこそこ金になるなら、エクセンブラでもそうした場所を営業することは一考の余地がありそうだ。我がキキョウ会は大人向けの遊び場しか作ってこなかったから、今後は若者向けに特化した盛り場を作ることも要検討かもしれない。


「変装ってほどじゃないけど、まあイケるわよね」


 学院じゃ私は常にメガネをかけてた。清楚モードの時にはオーバル型の、そして鬼講師モードになってからは金縁ティアドロップのサングラス。つまりは素顔の状態を生徒は知らない。

 今夜の格好は半袖シャツに膝丈のパンツルック、それに少々のアクセサリー。全体的にラフなスタイルで、そこらの若者に混じっても違和感ないはずだ。服はトーリエッタさん作の高級品だけど、高級品だと見抜けるほどの奴だってここらにはいないだろう。

 サングラスはポケットにしまい、下ろした髪を高めのポニーテールに結べば、これだけで聖エメラルダ女学院のユカリード・イーブルバンシーとは、なかなか気づかれないと思う。


 賑わうメインストリートから一本だけ外れたくらいじゃ、人通りはあまり少なくならない。そんな界隈に目的地はあった。

 ダンスホールは地下にある。地下に続く階段の前には、派手なアクセサリーを身に着けた黒服が一人。私が近づく間にも複数人が地下に入っていってる。そのまま警戒なく近づき、堂々と声を掛けることにした。


「私も入れる?」

「初めて見るな。誰かの紹介か?」

「違うわ。おごってもらえるって噂で聞いただけよ。ダメなら帰るけど」


 黒服は私を数秒ほど観察し、ニカッと笑った。人当たりは良くても、どこか怪しい。表情から感情を読ませない男だ。なかなかできる。


「いいぜ、入りな。どこで聞いたか知らねえが、今日はたしかにおごりだ。良かったな、好きに飲めるぜ」

「ちなみに誰のおごり?」

「さあな。気になるなら、中に入ってたしかめな」

「それもそうね。ほかになんか気を付けることはある?」

「あんた美人だからな、一つだけ教えてやる。愚連隊には逆らうな。ちょっとしたトラブルで連中も気が立ってるからな。そこだけ気を付けときゃ、多少羽目を外したって誰も気にしねえ。楽しんできな」


 そんなこと言われても、誰が愚連隊の関係者か分からない。レギサーモ・カルテルのように特徴的な入れ墨でも入ってたり、ファッションが面白かったりすれば分かるかもしれないってのに。ジエンコ・ニギとかいう連中の揉め事の現場を見た時には、これといった特徴はなかったはずだ。トラブルってのは、あの時の揉め事関連かな? いや、ここを仕切ってるのは他の愚連隊かもしれない。まあいいか。


「ふーん、分かったわ」


 とにかく突撃だ。学院の生徒がいるかいないか、最低でもそのくらいはたしかめるとしよう。

 さて、なにが出るかな。

学院から出て夜の街パートに入りました。

ちょっとだけバイオレンスな展開になるかもしれません。

次話「盛り場の洗礼」に続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >しょうもない現場から立ち去って まさかの素通りwww いやエクセンブラなら、ありふれてるだろうし 雑魚同士がモダモダやってるのに一々介入してられないのは分かるけど ―――◇◇◇―――…
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