湧いて出る問題点
魔道人形の操作方法は誰に教わらずとも見れば分かった。
あれも魔道具の一種ならば、いつものように重要なのは魔力感知と魔力操作だ。私にとってみれば常日頃から鍛えて当然、できて当たり前の技術にすぎない。
「貸しなさい」
左手に鉄の棒を担いだまま、部長が握る魔道人形を操るコードを右手で受け取った。
大体のイメージは固まってる。即実行だ。
有線式のコードから魔道人形全体に行き渡るよう魔力を満たす。この時に難しいのは魔力が少なくても多くても駄目ってことだ。
少なければ出力が足りず、多すぎても意味はない。魔力を適切に、適量を必要な分だけ注ぎ込み、さらにそこから循環させる。ただぶちこめばいいってもんじゃない。そこには技術が必要になる。
コードも含めた魔道人形に一分の隙もなく、そして一切漏らすこともなく、消費される魔力量に合わせて完全に適量の魔力を継続して注ぎ込む技術は、超絶技巧と言って差し支えない。
身体強化魔法と似たような技術になるけど、あれは自分の中で起こることだから圧倒的に感じやすいし調整もしやすい。ほかの物体に対して同じことをするのは、私でも結構難しい高等技術だ。
生徒たちの魔力運用は、いかにも素人のそれだった。過不足が目立ち、人形全体に広がる魔力にむらと無駄があまりにも多すぎた。
本人たちはそれなりにやれてるつもりなんだろうけどね。私からしてみれば、ギリギリ動かせてるくらいなもんで話にならない。道具のせいにする以前の問題だ。望みどおり、手本を見せてやる。
コードを通して魔道人形を完全掌握。ぎっちぎちに魔力を満たしたところで、これが二世代前の骨董品だと言われた意味がなんとなく分かってきた。
この人形はひどく魔力が通りにくい。いつも私が使ってる装備のように、すんなりと魔力が行き渡らないから、強く魔力を注ぎ込みつつ制御しないといけないんだ。たぶん新しい物はもっと操作しやすいんだろう。たしかに、未熟な生徒じゃこの人形を操るのは難しい。
ちらりとサングラス越しに横を見れば、部長がうっすらと笑ってる。感触を確かめるためにかけた時間を苦戦してるとでも勘違いしたんだろう。表面的には魔力が漏れてないから、みっちりと詰まって循環する魔力を感じ難いのはしょうがない。人は大抵、表面しか見ないもんだからね。それに内部に適切な量を均等に満たす高等技術は、魔力感知の技量が高くないと理解できない。
どれ、さっきやってた基本動作とやらを、もっと難易度高く実行してやろう。そうすれば鈍い奴らでも分かるってもんだ。
準備を整え感じも掴めたと思ったところで、魔道人形を動かし始めた。
部員たちがゆっくりとぎこちなく歩かせたそれとは違い、私のは人間が歩き出す姿と同じで淀みがない。足の運びと重心の移動、腕の振りまで意識して普通に歩かせる。この『普通』がいかに難しいかは、人形の操作を知る連中にはよく分かるはずだ。おもむろに始まったスムーズな歩行には、室内がざわついた。
こんなもんじゃない。歩行は駆け足になり、さらには全力疾走へと移行する。よぼよぼの老人か錆びたロボットのように歩かせるのがやっとの部員たちじゃ、走らせるなんて絶対にできない芸当だ。
じっくり見ろとの意味を込めて、二メートル四方ほどの舞台を三周も走らせた。カーブに合わせて身体を傾ける重心移動なんかも、人間のそれと変わりない。しかも邪魔になるコードを上手く避けながらのね。
どうだ、凄かろう!
「うそ、こんな動き……それも二世代前の人形で……」
そうだろう、そうだろう、嘘みたいに凄いだろうとも。思わずといった感じで部長が感想を漏らすのとは別に、室内はもっとざわつく状態だ。
まだまだ、ここから。走らせた程度で驚くのは早い。よく、見とけ!
いったん舞台の端っこで動きを止めた人形は、小さなジャンプから軽く助走を始める。そして床に手をついて側転からの後方宙返り、着地から即座に後方宙返り一回半ひねり、おまけに前方宙返りでフィニッシュ!
舞台が狭すぎて、着地が隣の舞台になってしまったのはご愛敬だ。
「ま、こんなもんね」
我ながら初めての操作にしては上出来だ。練習すればもっとアクロバティックな動きだって可能になる。
またもや静まり返った室内は、最初に私が部屋に入った時の不信感に満ちたそれとは違う。信じられないものを見た驚愕で言葉もないといったところだろう。
さて、いつまでも驚いてられてちゃしょうがない。
舞台から部員一同に向き直って告げる。
「私の指導に従うなら、お前たちを勝たせてやる。ただし、やる気のない者は叩き出すからそのつもりで」
緊張の面持ちで私を見る内心は、どんな感情なんだろうね。貴族やら大商会やらの娘は妙にプライドが高いみたいだけど、一応ここに残ったのは倶楽部活動をやる気のある連中のはず。
競技のためにはある程度の人数が必要だから、たくさん出て行かれるとそれはそれで困ったことになってしまう。下手に出ればつけあがる馬鹿がいそうだから、あくまでも顧問として上から目線で通すつもりだ。私は生徒目線でとか、フレンドリーとか、そういった指導をする気はない。
鉄の棒で肩をトントンしながら返事はどうしたと言えば、ばらばらと腑抜けた声が聞こえるのみ。
ふぅ、しょうもない奴らだ。物事は最初が肝心、ビシッといこうか。
「返事は大きくはっきりと。お前たちは教わる者としての立場をわきまえなさい」
背後の舞台上で魔道人形を連続宙返りさせながら言ってやれば、そっちに注目が集まる。暴力の気配をまとわせるよりも、魔道人形の操作技術を見せつけるほうが効き目は高そうかな。
「イーブルバンシー先生にご指導いただければ、わたしたちもあれをできるように?」
部長の問いかけには期待がこもりまくってる。大人しく話を聞く部員一同も似たような感じだ。思った以上に、倶楽部活動に対するやる気はあるらしい。
しかし、はっきりと言ってしまえば、私ほどの技能を短期間に会得することなど不可能だ。長い時間を費やしたって無理かもしれない。でもそれを言ってしまえばやる気が失われるだろう。
顧問として厳しくなり過ぎず、甘やかさない加減が必要になってくる。死ぬほどハードな訓練を課して問題ないキキョウ会の見習いとは、やっぱり勝手が随分と違う。なかなか面倒だ。
「お前たち如きが私と同等の技術を望むなんて、高望みにもほどがあるわね。でも、少なくとも今よりはマシにしてやるわ」
「簡単でないことくらい分かっていますが、古い人形でも戦えることは見せていただきました」
部長が前向きな発言をすれば、部員からも似たような声が続々と上がった。
どうやら道具が古くてやる気を失ってたけど、やり方次第でどうにかなりそうだと思ったらその気になってきたらしい。
まあ、やる気だけは買ってやる。最初から自分には無理と決め付けてしまう、後ろ向きなつまんない奴よりはよっぽどいい。あとはその根性がどこまで続くかだ。
鉄は熱いうちに打てと言うし、やる気がみなぎってるうちに基礎から鍛え直そう。
「いいわ、さっそく課題を与える。これを三日以内にできるようになりなさい……返事っ!」
「は、はいっ」
締まりのない奴らでも、しばらく鍛えてやればマシになっていくだろう。
まずは何をするにも魔力感知と魔力操作だ。人形を動かす前に自分の実力を理解するところから始めないと。魔力の通りの悪い人形を使っての訓練ならやりがいもあるはずで、これがそこそこレベルにでもできるようになれば、第一段階は良しとしよう。
無論、完璧を求めても無理なことは分かってる。あくまでも生徒レベルからしてそこそこになってればいい。これを目標に期限を区切って頑張らせることにした。
「先生、質問をよろしいですか?」
積極的な質問は歓迎してやる。発言を許可した。
「上手く魔力を満たせたかどうか、判断基準が分からないのですが……」
たしかに、実力が足りなさすぎて自分たちじゃ判別もできやしないだろう。どうすればいいのか、それが合ってるのか、なんにも分からないだろうね。部員たちの実力は私からしてみれば十把一絡げにしていいくらいのもんだけど、一応はちょっとずつは違うだろうし、ここは指導者としてひと肌脱いでやる。
「最初は私が一人ずつ指導するわ」
マンツーマンでレッスンしてやろうってんだ。ありがたく思うがいい。
こうして魔道人形倶楽部の顧問としての午後が過ぎ、部員たちの魔力が限界を迎えたところで今日の指導を終えた。
ただ、やっぱり問題がある。肝心の魔道人形が二世代前の骨董品じゃ、部員たちがどれだけ頑張っても厳しい。私より数段劣る技能を習得するだけでも、はっきり言っていばらの道だ。現実的にこの魔道人形倶楽部に栄光をもたらそうと考えるなら、道具のことはなんとかしないといけない。
「部長、帰り支度を終えたら私の部屋にきなさい。場所は講師の仕事部屋が集まってる所よ。ネームプレートが貼ってあるから探せば分かるわ」
「すぐに伺います」
なんの用かといちいち聞かないのは良い態度だ。
後片付けをする部員を残して部屋に行けば、そう時間を置かずに部長がやってきた。招き入れて椅子に座らせる。
「どのようなご用件ですか」
「訊きたいことがあってね。あの人形、なんで古いのなんか使ってんの?」
莫大な寄付金が集まるこの学院の予算が少ないはずはない。各倶楽部には一般の学校とは比べ物にならないほどの予算が付くはずだ。
「イーブルバンシー先生は事情をご存じではなかったのですか?」
「事情? どういうことか、順序立てて説明しなさい」
意外そうな顔で言われても知らないものは知らない。とにかく話せと言って聞き出してみれば、謎は簡単に解けた。そしていつものように厄介な話だった。
部長を帰らせたあとの夕暮れ時の仕事部屋で、ひとり黄昏てしまう。
「うーん、どうしたもんか……」
かつて聖エメラルダ女学院の魔道人形倶楽部が栄華を極めた頃、それはそれは潤沢な予算が割り当てられた。これは当然だ。実績のある倶楽部には、それ相応の予算が付くもんだ。
ところが巨額の倶楽部の予算を横領した馬鹿が当時いたらしい。なにやら個人的な事情で部費に手を付けたらしいけど、当然ながら発覚すれば大問題になる。そして問題は予算が消えたことだけに留まらない。
当時、ちょうど新しく発売された次世代の人形を買うための予算がごっそりと消えてしまえば、一世代前の人形を使っての活動を余儀なくされてしまう。これによって、魔道人形倶楽部の大会では栄光どころか惨憺たる成績に終わってしまったんだとか。
ここで疑問に思うのは金の事だ。金持ち学校には大金持ちの生徒がたくさんいるんだから、部費じゃなく個人で買えばいいじゃないかと簡単に思ってしまうけど、それがどうやらダメらしい。魔道人形はそれぞれの学校の許可を得て購入する必要があるらしく、個人で勝手に買った物で大会に出場することはできない。
聖エメラルダ女学院の場合には、部費の割り振りの権限も倶楽部活動の許認可も生徒会にあるみたいで、彼らは問題を起こした俱楽部の予算申請や道具の購入を認めなかったようだ。これは今にも続いてて、予算増額どころか個人での物品購入も延々と許可されないらしい。
まあ学院内での活動においては、あくまでも割り当てられた予算内で行うってのは、筋が通ってるようにも思うけどね。
部長の言い分によれば、当時の魔道人形倶楽部は栄華を極めただけあって、相当にデカい顔をしてたらしい。学院内じゃ身分の高い生徒が集まる生徒会こそが花と考える生徒も多く、なにかと魔道人形倶楽部は嫌われたようだ。特に身分の高い生徒にはね。そうした事情もあって、現在にまで続く魔道人形倶楽部に対する締め付けのようなものがあるんだとか。これが被害妄想なのか通常の学院運営に乗っ取ったものかは現時点じゃ、なんとも言えないけど。
とにかく大会で好成績を残せなくなった魔道人形倶楽部には、新しい道具を買えるほどの予算が付かなくなり、一世代前の人形は二世代前の人形へと退化するまでに至ったわけだ。
普通に考えて高価な物は一回の予算で買えなくても、数回分を貯めて買うもんだと思うけどね。これもできないんだとしたら、やっぱり生徒会とやらの嫌がらせは被害妄想じゃないのかもしれない。
しかし、これは参った。新しい人形は買えず、もちろん勝手な改造だって許されてない。
学長の奴め。厄介な事情のことは隠してやがった。これも込みでなんとかしろってことなんだろうけど、ふざけた話だ。
「ちっ、さすがに骨董品で勝てるほど甘くないわね」
私ほどの技術を生徒たちに望むのは無理がある。せめて道具はなんとかしないと、捲土重来を期すなんて不可能だ。
単純に考えれば、生徒会が許可さえ出せばいい。金は生徒たちの実家が普通に出せるだろうし。とはいえ、それが簡単じゃないからこそ、今日まで凋落しっぱなしなんだ。きっと生徒会の許可を得るには、かなり高いハードルを飛び越えなきゃならない。
なに、今日はまだ初日だ。これからどうにかして手を考えよう。
寮に戻ってジャージからもうちょいマシな格好に着替え、今度は学院外に出る。寮母さんと話してたら遅くなってしまったのは誤算だったけど、今から夕食がてらに夜回りだ。
妹ちゃんやヴァレリアたちのことが気になりつつも、問題があれば即座に連絡が入る。何事もなく初日を過ごしたんだろう。明日のどこかで話を聞こうと思いながら、広い山の上の学院を抜けだした。
名門校で生徒数も多い学院の近くには、商店の集まる界隈が多い。
上品な趣の商店がほとんどを占める一方で、少し離れた場所には需要と供給の問題か、それとも光と闇のような関係性なのか、荒んだ雰囲気の一画も存在した。私の目当てはそっちだ。
さーて、今夜はどんなトラブルが私を歓迎してくれるんだろうね。せいぜい楽しませてみろってんだ。
大抵のことじゃ、驚きもしないからね。なんでもこい!
倶楽部に栄光を取り戻させる道は遠く険しそうです。
次は夜回り兼夜遊びの時間となります。学院から飛び出し、何が待ち受けるのか。怖ろしいことに風呂敷はまだまだ広がっていくのです!
次話「繁華街の穴場」に続きます。




