魔道人形俱楽部
聖エメラルダ女学院において、そこに所属するだけでステータスとなる集団がある。
それは生徒会であり、聖歌隊であり、演劇部であり、魔道人形倶楽部だ。生徒の集まりは数多くあっても、この四つは特別な集団に当たる。
まずは生徒会だ。ここは名門貴族に連なる者以外は所属できない。たとえ貴族の家の娘でも、成り上がりの新興貴族や一代貴族では、その時点で入会資格が与えられない。選挙のような概念など当然ありはしない。家柄こそがすべてであり、学院内で大きな影響力を持つ特権階級とも言うべき集団だ。生徒会は倶楽部とは違うけど、生徒会に属する者は倶楽部には所属することができない決まりにもなってる。権力を取るか、興味のある倶楽部活動を取るか、人によっては悩ましい問題かもしれない。
次に聖歌隊。ここも入るには貴族であることが条件になるけど、生徒会ほどの上級貴族である必要まではない。でも入隊には試験を突破しないといけなくて、合格の条件は単に歌が上手いだけじゃダメで、容姿にも優れないとその時点ではねられる。人によっては生徒会よりも入るのが難しい条件だろう。美しい少女たちによる歌唱は少しだけ興味あるかな。
生徒会と聖歌隊は学校行事においても大きな役割があるから、伝統と格式を重んじるのはなんとなく想像できる気はする。たしか、貴族だけが所属可能とされるのは、この二つの集団だけだ。
そして演劇部。ここが特別な集団に数え上げられるのは、容姿に優れたり自己主張の強い生徒が集まったりする理由もあるけど、歴代何人ものスターを生み出し続けた実績があるからだ。聖エメラルダ女学院演劇部出身の人気女優がベルリーザには数多くいて、彼女たちの影響力は非常に大きい。若い学生たちにとっては、最も憧れる倶楽部になるのかもしれない。たとえ表舞台に立つことは無くても、裏方としての役割が多数あることと、身分を問わず入部できることも人気の理由だ。ただし能力がないと評価されたなら、倶楽部に居場所を失う苛烈さも持ち合わせるらしい。それだけ厳しく本気で取り組んでるってことでもある。
そしてそして、魔道人形俱楽部だ。ここだけはちょっと特殊な集団になる。
私が捲土重来を託された魔道人形倶楽部は、大陸北部で多くの学生が熱中する倶楽部活動だ。学院内でどうこうってよりも、もっと広い範囲で人気のある倶楽部らしい。例えるなら、メジャースポーツのような感じだろう。血統は関係なく、実力だけが物を言う競技の世界だ。
ただし凋落した魔道人形俱楽部は、もう学院内において所属するだけでステータスとなる集団からは脱落してる。ステータスになったのは昔の話。いいところ、かつての威光がほんの少し残ってるくらいのものだろう。
倶楽部棟前での騒動を経て中に入り込み、奥に向かって進む。
ここは普段ならかなり騒がしい場所なんだろうに、今は不気味なほど静まり返ってる。多数の生徒が息を潜めながら、私の動向を見守ってるようだ。もしかしたらほかの倶楽部の顧問たちが、私について説明してくれてるのかもしれない。
とはいえ、サングラスにジャージにサンダル、おまけに鉄の棒を持った私は異色も異色、お嬢どもには意味不明の不審者にしか見えないだろう。なにより、隠しもしない暴力の気配が単純に他者を威圧する。折り曲げて投げ捨てたはずの鉄の棒を、しれっとまた持ってるのも不気味に思えるはずだ。
表向きはお嬢様学校でも、ここは不良どもが巣くう底辺学校だからね。上品な貴族の教師にはできない方法で締め上げてやる。
「……ここね」
倶楽部棟一階東の奥、重そうな観音扉の上には魔道人形俱楽部と書かれたプレートが貼り付けられてる。特にためらいなく扉を開いて中に踏み込んだ。
広い部屋だ。ちょっとしたスポーツならできそうな、ざっと二十メートル四方程度の広さはあるだろう。天井の高さも二階分くらいはありそうだ。そんな部屋の中では多くの生徒が簡易的な椅子に腰かけ、思い思いのグループに分かれておしゃべりに興じてる。それもお茶とお菓子のおまけつきだ。とても部活動をやってる様子とは思えない。
数十人にも及ぶ女子一同は驚きと不安を覚えたようだ。見慣れない粗暴な雰囲気の私に対し、声もかけられずに固まってる。奥まった部室からじゃ、外での騒動には気づけなかったらしい。
ふう、それにしても腑抜けた連中だ。実力主義の倶楽部じゃなく、放課後のおしゃべりを目的にしたお気楽な集まりといった雰囲気しかない。ほんの数秒見ただけで、落ちぶれっぷりが良く分かる。
聖エメラルダ女学院の魔道人形倶楽部が隆盛を極めたのは、ちょっとばかし昔のこと。その時の顧問が辞めてから衰退が始まったらしい。
私の前任者の顧問も春の終わりには退任したみたいで、今は顧問不在の状態と聞いた。専任の監督者がおらず、凋落した部活動の雰囲気なんてこんなもんだ。もしやる気のある部員がいたとしても、こんなぬるい雰囲気の中じゃ真剣にやるのは無理だ。
ま、これはこれで楽しい放課後なんだろう。でも私がきた以上、ぬるま湯に浸かる時間は終わりだ。
学長からのオーダーは、魔道人形俱楽部がかつての栄光を取り戻すこと。捲土重来を期すため、この私にすべてが託された。
さっそく、取りかかる。今からね。
部屋の壁際にいる生徒たちは、異様な格好に鉄の棒を持った不審人物をどう思うのか。私は入口を少し入った所から、黙って少女たちを見据えたままだ。
あからさまに暴力の気配をまとった雰囲気や格好には、傲慢な生徒たちもさすがに怖さを感じてるらしい。そりゃそうだろうとも。そのためのファッションであり、見せつける身体強化魔法だ。
物事は最初が肝心。誰がこの中で一番偉いか、そいつを刷り込んでやる。
「全員、整列。部長は前に!」
静まり返った室内に私の声が通る。有無を言わさぬ命令には、カンの悪い生徒にも伝わるよう強烈な魔力を込めた。脅しに慣れない生徒にとっても、きっと首元に刃を突き付けられたように感じるだろう。
楽しいおしゃべりの放課後から、突然の急展開だ。付いていけずに生徒たちは固まるばかり。でも容赦なんかするわけない。
「同じことを二度も言わせるな。言葉で伝わらないなら、これを使う」
鉄の棒で肩をトントンしながら、更なる魔力の奔流でこっちの本気を伝えてやった。
ここは遊び場じゃない。遊びたい奴は出て行けばいいんだ。最悪、誰もいなくなったってしょうがない。私はやる気のある奴には教えてやるけど、そうじゃない奴は邪魔なだけだ。
捲土重来は楽な道とは思ってない。だから顧問として本気でやる。これは私自身の挑戦にもなるだろう。一方通行のやる気だけじゃ話にならないんだから、部員にも本気で応えさせる。
威圧的な言葉と叩きつける魔力に一人が立ち上がって動き出せば、雪崩を打つようにして全員が動き出した。
ふふっ、手間はかかっても可愛いものだ。大抵の場合、数人くらいは最後まで逆らうのがいるもんだけどね。どうやら素直な部員ばかりらしい。というか不良が倶楽部に入ってたとしても、ここには顔を出さないか。仲良くおしゃべりって感じの倶楽部みたいだし。
とても整列とは言えないばらけた集まり方は、この際勘弁してやる。
一番前に進み出たのが部長らしい。サボって遊んでたことを考えなければ、華やかで利発そうな印象を受ける女子だ。そいつがもの問いたげに背の高い私を見上げる。疑問には答えてやろう。どうせ自己紹介は必要だ。
「私はユカリード・イーバルバンシー。今日から魔道人形俱楽部の顧問になった新任の講師よ。さて、倶楽部活動の時間は始まってるわ。まずはこれまでどうやって活動してきたのか、一つ一つ見せなさい」
はっきり言って私は魔道人形俱楽部がどういった倶楽部なのか、これまで知らなかった。朝にちょっと学長から聞いただけで、完全に理解できたなんて言えっこない。私自身が知るところから始めなければ。
実際にやってる場面を観察し、要領を掴んで練習方法を編み出す。もしくは詳しい誰かに助言をもらったっていい。偉そうな態度の私こそが初心者なんだからね。
ところが集まった部員たちは動かない。こっちのやる気と噛み合ってのないのは重々承知の上にしても、まさか部員のくせに私以上に分からないなんてことはあるまい。
ああ、分かった。疑問に思うまでもない。ここでもどうやら、イーブルバンシーの家名が引っかかるようだ。どこぞの田舎貴族の講師に偉そうに言われたくない、なんて心情が働くらしい。
まったく、どいつもこいつも。眉を顰めて身体強化魔法の圧力を高めると、部長が何か言おうとしたタイミングで後ろのほうにいた女子が動いた。どうやら私の要望に応えようとするんじゃなく、部屋を出て行くらしい。それを部長も見咎めた。
「待って。どこに行くの?」
「どこに? 聞いたこともない家名の、それもみすぼらしい格好をした狼藉者に教わることなどありません。本当に顧問かどうかも怪しいものです」
部長に止められた生意気そうな女子は、私を睨みつけながら言い放った。なるほど、一理ある主張じゃないか。
恐怖心を抱えながらも、堂々とした主張には少しばかり感心する。よって、無視はせずに反応くらいしてやろう。優しくはしないけど。
「出て行きたい者は出て行け、止めはしないわ。魔道人形倶楽部としての活動がしたい者だけが残りなさい。やる気のない者は不要よ。部長、始めなさい」
突き放す言葉には、最初に出て行こうとした生徒が怒りで顔を真っ赤にしながら出て行った。それに続けとばかりに、半分以上の生徒が出て行ってしまった。残ったのは三分の一くらいかな。ま、こんなもんだろう。
少なくとも残ったこいつらは、魔道人形俱楽部としての活動がしたい奴らだ。二十人弱もいれば上等だと思っとく。
去っていく部員に声を掛けられず、悲しげに見送る部長だ。しかし不意に厳しい顔を私に向けた。
「……イーブルバンシー先生、高圧的な態度はやめてください。倶楽部活動の準備をしていなかった非は認めますが、そのような態度では付いていけません」
「偉そうな口は実績を残してから叩きなさい。かつて栄華を極めた倶楽部が今はどうなった? お前たちが情けないから私が呼ばれたんだと自覚すべきよ」
実績のまったくない私が言う説得力の無さには、内心笑うしかない。でもこいつらは私の事を知らないから好きに言える。
「では、先生の指導に従えば勝利できると?」
「勝てる」
食い気味に断言してやった。どうなるにしても、今よりマシにはできるだろう。
私の力強い言葉に対し、部長はなぜか自嘲的な笑みを浮かべた。
「そうなれば良いのですが……皆さん、準備を始めましょう。イーブルバンシー先生に当俱楽部の現状をご覧になっていただきます」
なにやら含みのある言い方だ。なんだってんだろうね。
部員たちは奥のほうにある扉、倉庫と思わしき部屋に続々と消えて行った。
少しして出てきた部員たちは、各々が身長八十センチほどの子供のようなマネキンを抱きかかえてる。くすんだ白色で顔のない人型。初めて見たけど、このマネキンこそが魔道人形だろう。
「これがわたしたちの人形です。どう思いますか?」
ぞろぞろと人形を抱えて集まったところで、部長が意味ありげに言う。
しかし、どうと言われてもね。何を言いたいのかさっぱりだ。誤魔化そう。
「おしゃべりの時間は終わってるわ。さっさと始めなさい」
「二世代も前の人形を使ってお見せしたところで、と思うのですが……分かりました、始めます」
そういうことか。肝心の魔道人形が骨董品ってことね。
いや、それにしても金持ち学校の道具なら、最新のを買っとくのが普通じゃないんだろうか。二世代前のと現役世代のとで、どれだけ性能が違うのかも知らないし、色々と分からないことが多い。
一人の部員が部屋の隅で何かの装置らしきものを触れば、広い部屋の床から二メートル四方くらいの舞台がいくつもせりあがった。これはたぶん人形同士を戦わせるフィールドだ。
魔道人形俱楽部とは、魔道人形を操り戦う競技を行う倶楽部のこと。お人形遊びの進化版ってところかな。
私は無言で見守り、練習を始めさせた。
「……へえ、なるほどね」
舞台に立たせた人形は有線式だ。伸縮自在のコードを通じて魔力を流し、人形を人のように動かすらしい。
「基本動作の一つ目から! 丁寧に動かしましょう!」
部長が呼びかけ手本を見せながら、基本動作とやらをこなしていく。普段まともに活動してないだけで、一応の練習メニューは存在してるようだ。
操られた魔道人形はぎこちなく腕を上げたり歩いたりしゃがんだりする。良くできたおもちゃじゃないか。
ちょっと見ただけで、何となくわかってきた。
人形はゴムか粘土のように柔軟性のある物体で、胸部中央に魔道具としての核が埋め込まれてる。見たところ人形を魔力で満たして、あとはその魔力で操作といった単純なものだ。この程度の魔道具に古いも新しいもあるんだろうかと疑問に思ってしまうけど、たしかに人形の動きは遅くぎこちない。
これが部員たちの実力不足によるものか、道具がしょぼいからか、その両方のせいなのか。どれがどこまで影響してるのか、いまいち判然としない。道具については、後で調べとこう。
「イーブルバンシー先生、基礎練習は終わりました。後は実戦形式の練習になりますが、その前に先生の操作技術を見せていただけませんか? ぜひに」
部長は華やかな笑顔で言いながらも、私を挑発してるらしい。偉そうにする顧問が部員と同程度にしか操れないところを笑うつもりかもね。趣味の悪い奴だ。二世代前の骨董品じゃ、いくら上手に操作したって大して変わらないとでも言いたいのかもしれない。
まあいい。魔道具取扱徽章を持つこの私にかかれば、おもちゃの操作など児戯に等しい。
レベルの違いってやつを見せてやろうじゃないか。
倶楽部の顧問としての時間が始まりしたが、もちろん最初から順風満帆とはいきません。
次回は指導の続きと倶楽部が抱えた事情などに触れる予定です。
(ちなみにですが、講師生活はまだ初日です。)




