新戦力
せっかく楽しい戦いが始まるのかと思ったのに、アホな作戦のお陰で台無しだ。
微妙な間をどうしたもんかと思ってると、タイミングよく待ち人たちが登場した。
「お、早かったわね」
「お姉さま、遅くなりました」
全然遅くないし、むしろちょどいいくらいだ。
なんでも、どこぞの親切な人が異変を知らせてくれたらしく、みんな急いで駆け付けたんだとか。
「どういった状況なのだ、ユカリ殿。天下の往来に壁があるが」
遠くの壁とそれを見る私の構図だと、なにが起こってるのか不明だろう。
ジークルーネたちに説明してやれば、私と同じく呆れ顔になった。
「ある意味、面白い方法と言えなくもないが……」
「面白いっていうか馬鹿のやることっすね。こっちの状況が確認できないし、先に作った壁に何かされてたら、どうするつもりなんでしょ」
こっちも人数は揃ったし、相手の雑魚も少しは削った。まだ人数差がかなりあるとは言え、決着を付ける頃合いだろう。なにより待ってるのがバカバカしい。
「うーん、そうね。まずはあの壁、ここから壊してやるわ。そしたら観念して突っ込んでくるかもね」
「そうだな、向こうから攻めてきやがったんだ。こっちは行儀よく、待っててやろうぜ。ユカリ、頼んだぜ」
「ところでお姉さま、この娘たちは?」
ヴァレリアが私と一緒にいた、ロベルタとヴィオランテに不思議そうな目を向けてる。
「一人は昨日の嬢ちゃんじゃねえか。どうしたんだ?」
無駄な待ち時間があるから説明してしまう。
昨日の恩返しにきたことと、今は私を助けようとしてくれたことを教えてやれば、みんなはその心意気に感心したらしい。
「なんだなんだ、いい娘たちじゃねえか! あたしは気に入ったぜ!」
「感心な娘たちっすね」
「助太刀するのは構わないが、気を付けろよ」
「はい、足を引っ張らないように、頑張ります!」
二人のことを気に入ったみたいで、あっという間に受け入れてしまった。
「とにかく、あのちまちまやってる壁をぶっ壊すわ。そしたらお客さんが見えるわよ。強そうなのが何人かいるはずだから、そこは期待していいかもね」
この一言に色めき立ったみんなを横目に、鉱物魔法で壁に干渉だ。するとあっさり崩れるしょぼい壁。
魔法を使ってた男が必死に壁を作れば、瞬時に崩してやる。何度か繰り返すと観念して壁づくりは諦めたようだ。敵の陣容が丸見えになる。
「ヒュー! あのデカい盾を持った禿げ頭、かなり強そうだぜ」
「ああ。あれはここらで見た中で一番だろう。あいつ以外にも楽しめそうなのが何人かいるな。それに向こうは人数も多い。気合を入れて行くぞ!」
「まあまあ楽しめそうだ」
あいつはたぶん、厄介な奴だ。おそらく私以外じゃ相性が悪い。
「デカい盾の奴には手出し無用よ。久しぶりに手ごたえありそうだし、私がやるわ」
一番強そうだから自分がやりたいってのが正直な気持ちだけどね。
「はははっ! ならばユカリ殿にあの御仁は譲ろう。皆、ほかは早い者勝ちだ。グズグズしているとユカリ殿に取られてしまうからな!」
たしかに獲物の横取りは良くない。ほかの奴らは任せて、私は盾の奴に集中しよう。
壁を崩されたことで、奴らも覚悟を決めてやる気を出したらしい。
何事かをわめく詐欺商人は無視されてるみたいだ。改めて私たちを手強いと認識したのか、盾を構えた禿げ頭が先頭になって突進してきた。重装備の割になかなか速い。その様子を見てから私たちも迎え撃つ。
このままでいるとシールドチャージで、速さと勢いと盾の重さに任せた攻撃を食らってしまう。
先にやらせるのは、先手必勝を常とする私の趣味じゃない。だから待ったりなんかしない。
まだ距離があるうちに、墨色のグローブを手に装着した。私専用の特注で作ってもらった武装だ。これで向こうの勢いを完全に殺し切ってみせる。
天下の往来に一見すると人はいない。だけど良く見ると建物の窓や入り口、生け垣の隙間や脇の通りに身を潜めながら、何十人あるいはそれ以上の目に晒されてるのが分かる。
私たちは見られてる。無様な戦いをするわけにはいかない。
「――刮目しなさい!」
誰にともなく叫びながら迎え撃つ。
敵は間近に迫りつつある。相手の勢いに飲まれず、悠然と構えるキキョウ会の仲間たちの度胸は大したものだ。
猛然と向かってくる巨大な盾。その圧力は巨大な壁が迫りくるかのような錯覚さえ禁じ得ない。
普通なら萎縮して当然。この盾を構える禿げ頭が、今まで戦ってきた相手もほとんどはそうだったんだろう。自信に満ちた一撃に違いない。
そいつを、打ち砕く!
「はああああああっ!」
巨大な壁とも見紛う大盾に向かって、私は少しだけ助走を付けながら、あろうことか正面から拳を突き立てた。
ミスリルを存分に使った素晴らしい一品の大盾だ。大抵の攻撃なら物理だろうが魔法だろうが無効化するし、この男の膂力ならビクともせずに防ぐんだろう。普通ならね。
残念ながら、私とこのグローブは普通じゃない。
グローブはミスリルより遥かに優れた墨色の金属糸をベースに使った特注品。さらに甲や拳の部分には鉱物魔法で作り出した特製の金属片を縫付けてもいる。薄い板からなるそれは、重金属やオリハルコンを使った複合装甲だ。
ミスリルは貴重な魔導鉱物であり高級品だけど、希少品も含めた数ある魔導鉱物の中ではランクが落ちる。通常の金属程度に無敵を誇っても、より上位の魔導鉱物を前にしてはそうはいかない。私と私の使う武器を前にすれば、ミスリルと言えど薄い銅板程度のものだろう。
最も分厚い盾の中央を穿つ拳。抵抗を断ち切り、粉砕とまではさすがにいかないけど、ミスリルを引き裂いて大穴を作り出す。
一撃だけじゃ終わらない。突進の勢いを完全に殺した大盾に向かって、立て続けに拳の雨を降らせる。
怒涛の勢いで拳を穿ち、一撃ごとに形を変えていく大盾は、ほどなくただの大きなスクラップと化した。リサイクルすればまた何かに使えるかもね。
そうしてる間にも、周りでは乱戦が始まってる。まあそっちはお任せだ。こっちに手を出すのがいれば容赦しないけど、奴らも事前に打ち合わせてたのか、今のところその気配はない。
スクラップと化した盾を未練がましく見やってから、私を憎々し気に睨む禿げ頭。無駄口を叩かないところだけは褒めてやる。
だけどこっちは売られた喧嘩だ。この程度じゃ勘弁してやらない。
「随分とご立派な見た目の盾だったけど、案外もろかったわね。ひょっとして、安物掴まされたんじゃない?」
馬鹿にしたような安い挑発には無言を貫き、今度は背中に括りつけた巨大な剣を構えた。そっちもミスリルか。
その巨剣には精緻な意匠が施され、美しい芸術品のようにも見える。実用品としてだけじゃなく、美術品としても価値がありそうな一品だ。まったく、高級装備に身を固めた贅沢な奴ね。
ついでに言えば鎧やブーツもミスリルで、総ミスリル装備と実に豪勢だ。だけどミスリルなんて私の前には、なんの脅威にもならないことくらい、もう分かったはずだ。
「……その能力、俺に勝ち目はないだろう。だが雇い主との契約ゆえに、逃げ出すことはできん。言えた義理ではないが、できれば部下の命だけでも助けてもらいたいのだがな」
「さあ、どうなるかしらね。で、雇い主ってのは? まさかあっちの詐欺商人じゃないでしょ?」
「俺の口からは言えん」
「それもそうね。なら話はこれで終いよ」
高級な装備だろうが、それだけじゃ私の前では大した意味をなさない。
問題は技量だ。この禿げ頭にはそれがあるに違いない。だからこそ期待してるんだ。
禿げ頭は観念したというよりも開き直ったように、剣を頭上に構える。それでいい。
すでにその巨剣の間合いにいる私は、いつ振り下ろされるか分からないそれに集中する。
盾の魔法を使えば、剣を防ぐのはあまりにも容易い。だからこそ、それはしない。技量の勝負は私の欲するところだ。
おもむろに振り下ろされた、重力も加わった研ぎ澄まされた一撃。おそらくはジークルーネに勝るとも劣らない攻撃だ。素晴らしい一撃ではあれど、ジークルーネとの模擬戦闘で慣れた私には脅威足りえない。
完璧な見切りで渾身の一撃をかわし、振り下ろしたままの態勢の禿げ頭に襲いかかる。全力の初撃にもかかわらず避けられることは想定してたのか、奴の視線は冷静に私の動きを追いかける。面白い。
構わず一歩を進めると、今度は私が予想外の攻撃に驚愕する羽目になった。
なんと、スクラップにしたミスリルの盾を蹴とばしやがったんだ。ノーモーションで蹴り出された金属塊は狙いたがわず、私目がけてすっ飛んでくる!
追撃の態勢に入る禿げ頭を視界に収めつつ、思わず避けそうになる心と身体を自制した。この野郎、やってくれるじゃない。
「甘いわよっ!」
お返しとばかりに飛んできた金属塊を殴り返すと、さすがにこれは予想できなかったのか、禿げ頭はまともに食らって膝をついた。
「げはっ! くっ、この、ば、化け物か」
「失礼ね、こんな美女を掴まえて化け物だなんて。あんたの鍛え方が柔いだけでしょ?」
「……出鱈目な女だ」
これでもう戦えないってことはないだろうけど、なんかもうやる気なさそうだ。
周りの戦いはまだ終わってない。こいつらは私たちの三倍はいるし、それなりに強そうなのも混ざってる。キキョウ会のメンバーは脱落者こそ出てないものの、さすがに苦戦中だ。
私たちの防御力は外套のお陰で無駄に高いけど、得物は普通の金属が多いからね。私のように相手の鎧や盾を余裕で破壊するなんて不可能だから、なかなか敵の数を減らせない。常に複数を相手取らないといけないから、攻撃よりも防御に集中力を割かざるを得ないし。
「さて、あんたはもうやる気無さそうね」
「これで見逃してくれるならば、命を捨てる気はない。部下も下がらせよう」
「ちょっと待った。訓練にちょうどいいから、もうちょい待ちなさい」
「訓練だと?」
禿げ頭はなにを企んでるとでも言いたげな顔をしてる。
「良く見なさい。そっちのほうが人数は多いけど、戦況は互角よ? 面白いじゃない。死にそうな怪我人が出たら特別に助けてやってもいいわ。だから大方の決着がつくまで、そのままにしとくわよ」
私がフリーでいられる今の状況なら、本当に不味い場面があればフォローできる。せっかくいい戦いをしてるんだから、このまま思う存分やらせてやりたい。
拮抗してる状況で私が参戦すれば展開は簡単に変わる。
ただ最初に分担を取り決めたように、やっぱり横取りは良くないし、どうなるか見守りたい。ロベルタとヴィオランテも戦闘支援に専念してるとは言え、思った以上に頑張ってる。なかなかに面白い見ものだ。
禿げ頭も平気な振りしてダメージが大きかったのか、返事もせず寝転がって休み始めた。もう考えるのをやめたんだろうか。
大将同士の戦いにケリが付いたのは分かってるはずだけど、勝手に戦いをやめる奴はいない。
そのまま結構な時間がかかって、少しずつ趨勢が傾き始めた。
ジークルーネとグラデーナが強者を打倒したからだ。ここまでキキョウ会からの脱落者はいない。危ない場面でもギリギリで凌ぎ続ける精神力の差が出た結果だろう。
地力の劣るメアリーやシェルビーは相手取る人数を制限できるような立ち位置を決して崩さないし、耐久力に優れるアンジェリーナはなるべく多くの敵を引き受けて、ほかのみんなが楽できるように配慮してる。
ヴァレリアが縦横無尽に敵をかき回し、ジークルーネたちが着実に倒して数を減らしていく。さらにロベルタが幻影魔法で敵の目をかく乱し、ヴィオランテが風魔法の攻撃で広くカバーする。
即席の連携の割には良くやれてる。ここで私が後方に加われば、鉄球の投擲支援だけでも隙が無くなる。それにキキョウ会には待機中のボニーとポーラだっているんだ。なかなかの連携だと自負できる、上等なレベルと思う。
その後は徐々に有利になっていき、最後の一人まで危なげなく打倒して決着を迎えた。さすがに疲れたみたいだけど、みんな満足そうだ。
敵側も見た感じ重軽傷を負ったのはたくさんいても、瀕死や死んでるのはいそうにない。これなら回復薬をサービスしてやる必要もないだろう。
「あー、終わった、終わった」
「疲れました」
「ふぅ、これ以上はもう無理だ」
戦闘狂たちも今日の戦いは手応え十分で満足だったろう。倒れたり座り込んだりするのもいないし、大怪我したのもいないようだ。
我がキキョウ会はみんな軽傷程度ね。昨日の甘味処でしばらく休んでから今日はもう帰ろうかな。
「終わったか」
いつの間にか復活したらしい禿げ頭。
「望みどおり、死んでるのはいそうにないわ。良かったわね。喧嘩ならいつでも買ってやるけど、街の人に迷惑かけるのはやめなさい」
「雇い主には伝えておこう」
「それから、そこらに寝てられると邪魔だから、さっさと連れて帰りなさい」
苦々し気にうなずき、不甲斐ない部下たちの所まで歩いていく禿げ頭だ。
これで騒ぎは終わったと見たのか、わらわらと湧き出る通行人や商人たち。様子を見つつ往来の店も再び開店し始めた。
逞しい奴らだ。すぐさま日常に移り変わっていく様子は見ていて面白い。
今日は昨日のように誰かを助ける展開ってわけじゃなく、悪党同士の抗争だから気軽に声をかけてくるのはいない。それでも興奮して今の戦いを語り合ってる人が結構いる声が地獄耳には届いた。
どんどん語ってくれればいい。キキョウ会の勇姿を広めてくれればありがたいわね。
「き、き、貴様らーーー! 伯爵様からお借りした兵になんたることを!」
あ、忘れてた。あの太った詐欺商人が奇声を上げてる。迷惑な奴。
詐欺商人が懇意にしてるってのは、その伯爵様とやらか。でもって、禿げ頭たちはその伯爵の私兵ってわけね。可愛がってる子分の頼みを聞いて、自分の私兵を貸してやったという感じかな。
まあいいや、無視無視。
禿げ頭たちもあんな詐欺商人のために命を張る気は元々なかったんだろう。だからこそ禿げ頭も、私との戦いで敵わないと悟った途端に、さっさと降参したんだろうし。
あんまり往来でわめくようなら摘み出すところだけど、禿げ頭が宥めながらも強引に連れ帰ってくれた。やれやれ。
改めて協力してくれた、ロベルタとヴィオランテに向き直る。
礼がしたいという話だったけど、これでもう十分に恩は返してもらった。
もし二人の援護がなければ、大乱闘の勝敗は逆になっていてもおかしくなかったと思う。私が参戦しなければだけどね。
「ロベルタ、ヴィオランテ、助かったわ」
「はいっ、お役に立てて嬉しいです」
「お力になれて良かったです。実際にはたくさんフォローして頂いたお陰で、わたしたちも助かった場面も多かったのですけど」
謙虚な子だ。まあたしかにそんな場面もあったけど、大いに役立ってくれたことは間違いない。
「あの幻影魔法はなかなか良かったっすよ」
「風魔法も危ない場面を救ってくれたな」
「身体強化魔法だって、まあまあのレベルだったぜ」
「期待のルーキーだな」
「わたしも負けませんよ」
「はい、これからよろしくお願いします!」
ちょっとちょっと、なんで仲間になる流れになってんの。
それにあんな危ない目にあって、なんでウチに入りたいなんて思うのよ。なんか流れでそうなってるけど、簡単に決めていいことじゃない。
まだ若い二人のためにも、このままなし崩しってのはやっぱり良くない。よし。
「待ちなさい! 私たちはキキョウ会の人間よ。この紋を掲げて歩いてんの。見てのとおり、カタギじゃないわ。それがどう言うことが分かってる? 私たちといると、さっきまでのような戦いは日常茶飯事なのよ?」
ロベルタとヴィオランテはうなずき合ってから、決意に満ちた顔で私と向き合う。
「最初に助けてもらった時から、なんとなく気が付いていました。実を言えばそれも込みで二人で話して、できたらお姉さんの仲間にしてもらいたいって話していたんです。だけど自分たちの実力じゃ無理だろうって」
「はい。でもさっき一緒に戦ってみて、自信が付いたんです。やればできるって。そうしたら、仲間に入れて下さる話の流れになったので、つい調子に乗ってしまいました」
「ごめんなさい。でも気持ちは本当です。いえ、一緒に戦えてむしろ気持ちは強くなりました」
「お願いします!」
懸命に気持ちを伝えるロベルタとヴィオランテ。こんな真剣にお願いされちゃね。
「お姉さま」
ヴァレリアも歓迎してる様子だ。そういえば、この二人はヴァレリアとは同年代っぽい。
もしかしたら私にべったりのヴァレリアにも良い影響があるかもしれない。
「そこまで覚悟決めてんなら、なにも言えないわね」
まだ頼りない少女たちだ。存分に鍛えてやろう。
「じゃあ!?」
「歓迎するわ。ロベルタ、ヴィオランテ。その代わり、ウチは厳しいわよ」
さっきの疲れも忘れて盛り上がり始めるキキョウ会一同。
甘味処でちょっと休んだら帰ろう。でもって夜になったら、稲妻通りのいつもの食堂で歓迎会をしようかな。