常識の異なる街
道中は魔獣の危険があるロマリエル山脈を沿うように移動するから、人に遭遇する機会はほぼない。
荒野を均す過程で魔獣の存在を察知するから、超長距離からの遠距離狙撃で倒すか避けて進むことが可能だ。無駄な戦闘で時間を浪費することもない。
いくつかの国を越えて進む関係上、国境警備の厳しい場所や軍事拠点からは離れた道なき道を進み、行く手を阻むちょっとした森林などは破壊の限りを尽くして突き進む。河川や沼があっても魔法を駆使して強引に突破し、私たち一行の速度を遅らすのが精々だ。
車両での突破が困難な場所はあらかじめルートから外したこともあり、想定を上回るトラブルはない。問題といえば、ぎゃあぎゃあ騒ぐ妹ちゃんがうるさかったことくらいだ。
旅の醍醐味である寄り道を完全に放棄した結果、私たちは予定通りの日程で目的地に近づきつつあった。
せっかく遠出しても寄り道ができなくてちょっと残念に思う。やっぱり色々な町や観光スポットに寄ってこその旅だ。まあ遊びに出掛けてるわけじゃないから、しょうがないんだけど。
わざわざ味気ない旅路を進んだ理由としては、人目に付かずに高速移動したい思惑と、追跡者や待ち伏せを回避する意味もある。
「あの川を越えて二キロほど北に進めば、東西を繋ぐ大街道に行き当たるはずです。そろそろ街道に入りますか?」
ヴィオランテの言葉に、もうそんな場所まできたのかと思う。
ベルリーザの首都ベルトリーアは近い。普通に進んだらまだ半日くらいはかかる距離があるけど、私たちがその気になればあとちょっとだ。
それにしてもさすがは大陸一の国って感じが、ベルリーザ領内に入ってからずっと続いてる。
この国の国境を越えて以降ずっと広域魔力感知してるからよく分かるけど、どんな僻地にもそれなりの基地があったり、戦力が巡回してたりするように思われた。これは魔獣を逐次排除し、盗賊などの跋扈を許さない抑止力でもあるんだろう。治安の行き届いた国だというのが非常によく感じ取れる。
「……うーん、そうしようか。街道に合流したら、ヴィオランテかレイラが運転変わって」
「だいぶ急ぎましたね。さすがにユカリさんもお疲れですか?」
「まあね。張り切りすぎたわ」
高速で荒野を均す技能を持ってるのは私だけだ。
早くベルリーザに到着したい気持ちが荒ぶることもあって、ここまでのほとんどの時間で休み少なく魔法を行使し続けた。
途中の休憩では妹ちゃんに護衛のみんなと仲良くなってもらうため、車両に乗るメンバーはシャッフルしたけど、そのくらいしかイベントはない。悪路を突破する面白道中にしても、なんとも味気ない移動だったと思う。
そんな移動するだけの時間はもう終わる。目的地の大都市ベルトリーアはもう目前だ!
街道に入る前に一度休憩し、乗員シャッフル後にまた移動。速度を落として街道に入り、交通量の多い道を標準的な速度で移動する。
エクセンブラと王都を繋ぐ街道には、今やそこそこの交通量があったけど、ベルリーザの首都に近いここはそれ以上だ。初めて見る形の車両も多く、すれ違うのを見るだけでも違う場所にやってきた感じがして新鮮だ。
「あ、見えました、お姉さま!」
なだらかな上り坂になってる街道をずっと進んでいき、やがて下り坂に変わると、遥か遠くには夕日に照らされた海と都市が見えた。
リガハイムはオレンジ色の屋根が特徴的な町並みだったけど、ベルトリーアは普通に雑多な感じだ。遠目からだと、これといった特徴的な建築様式などの統一性は無さそうに思える。ただ、一番目立ってる城とその周辺だけは歴史と情緒がありそうかな。
「話には聞いてたけど、とにかく広いわね」
「ベルトリーアは広さを含め、様々な意味で大陸一の都市ですからね。わたくしも訪れるのは久しぶりです」
厄介事は抱えてても留学が楽しみなんだろう。妹ちゃんの声は弾んでる。
「本当に街門や外壁がないです」
「国内に治安の良さが行き届いていることと、ベルトリーアが戦場になることを想定しないためです。古い時代の名残りとして、中央にある王城と貴族街を囲む外壁はまだ残っていますけどね」
街並みは広大だ。ちょっと小高い場所から見ただけじゃ、街の終わりが見えないくらい。向かって東側の海には、数え切れないくらい多くの船も見られた。
エクセンブラも広大な都市だけど、ベルトリーアは明らかにそれを上回る。
このまま西に向かう街道を真っ直ぐ進んでいけばベルトリーアの郊外に突入し、中心近くを通り抜けつつ都市を横断できる。大陸北の東西を結ぶ大街道と呼ばれるだけのことはあり、道の整備具合も文句なしだ。素晴らしい。
ただし、この東西を繋ぐ大街道から逸れてベルトリーアに入った場合、ひどく入り組んだ網の目のような道が広がってる。これは長い歴史のある都市だからだろう。都市計画された整然さはなく、奥に入れば入るほど混沌とした様相が遠くからでも見て取れる。
「シグルドノート、細かい道案内はお願い。とりあえずはどの辺に向かえばいいの?」
「はい、ロベルタ。まずは真っ直ぐ学院に向かいましょう。学院は向かって右手のほうにあります。まだ遠いですが、小さな緑色の山がいくつか見えるでしょう?」
私も視力を強化し、窓から遠くを見やった。
「……小さい山っぽいのはいくつかあるね。あ、上にでかい建物があるやつ?」
「大きな白い建物に青い屋根がそうですね」
「あれなら分かり易い。そういや、今から行っても大丈夫なの?」
妹ちゃんが入学する日はきっちりと決まってるわけじゃなく、ある程度の目安ってことらしい。だからこそ急いできたわけだけど、今から学校に行っても日が沈んだ頃合いだ。
「すでにわたしくしたちの入学は許可されています。寮の部屋は準備されているはずですから、警備に照会すれば問題ありません。派閥のいざこざはあっても、警備は身内ですから。学長への挨拶は明朝としましょう」
「その前に何か食べてから行きませんか? お腹空きました」
「……それもそうですね」
妹ちゃんは早く学校に行きたいみたいだけど、ヴァレリアの素直な意見には同意した。
たしかに今から寮に行ったとして、晩ご飯にはありつけないかもしれない。
「ロベルタ、適当なレストランっぽいのがあったら、そこに寄るわよ」
「了解です!」
まっすぐに伸びる街道を進み街の郊外に入れば、ちらほらと食事処などの店が出てきた。その中から適度に賑わってそうな店を選んで入る。
店の雰囲気はおしゃれ感ゼロ。街に出入りする人々を相手にした商売なら、まあこんなもんだろう。郊外だけあって土地が安いのか、店舗も駐車場も無駄に広さだけはある。
「客層は見たところ商人が多いですね」
「場所柄、街の出入口だからね。地元住民はたぶんいないわ」
ちょうど夕食時というのもあって、席に着いてると徐々に人が増える。
集まる人々を観察しても、特に面白みはない。この大陸は混血が進みきってるくらいに進んでるから、人種の違いを国ごとに感じることがあまりない。たぶん顕著に人種の違いを感じ取れるのは、亜人の小国家群くらいだろう。しかも言語も大陸共通語が広く浸透してるから、コミュニケーションに支障をきたすことがない。異国情緒を感じられる要素は、地方地方に残る文化くらいのものかな。
混雑する前に適当に注文を済ませてしまい、もそもそと食事だ。せっかく大陸一の都市にきたってのに、場末のレストランで食事するとは思わなかった。もうちょっと考えればよかったかもしれない。
それでも海に面した街だけあって、魚介系にハズレがないのはいい感じだ。まあ異国文化を感じる要素がこれといって無いのは残念だけど。
「……向こうでトラブルみたいですね」
「え、どこどこ?」
初めての街での無難な食事を続けてると、さり気なく周囲を観察してたレイラが気付いた。
のんきなロベルタがジロジロ見ようとするのをやめさせ、さり気なく成り行きを見守る。
「なんてことはない、商人同士の喧嘩っぽいですね」
ちょっとした言い合いをしてたと思ったら、片方が突き飛ばされて料理の乗った机をひっくり返した。
「あー、もったいない」
まだ日が暮れて間もない宵の口だってのに、どうやらどっちも酔っ払ってるらしい。迷惑な奴ら。しかもこの店は食事処といった雰囲気で酒場とは違う。酒の肴に面白がるよりも、客はみんな迷惑そうだ。
せめて表に出てやればいいものを、突き飛ばされた男は激高して殴りかかる。
騒ぎに拍車がかかったところで、ようやく店の奥から軽装鎧の男二人が出てきて止めに入った。
「あれは用心棒ですかね。傭兵っぽい感じもしますけど」
「たしかにケツ持ちって感じじゃないわね」
裏の勢力が大腕振って歩くエクセンブラは、特殊な街なんだと自覚しないといけない。ここにはここの秩序の在り方があると考えれば、この事態がどう収まるのか見届ける価値は十分にある。
酔っぱらいに話が通用しないとなれば、用心棒は実力行使に移るだけだ。腕を掴んで迷惑客を外に引きずり出していった。私たちはほかの客たちと同様に、窓から様子を見守る。
用心棒は迷惑客を叩きのめして追い返すのかと思いきや、取り押さえたまま何かを待ってるらしい。
「何やってるんですかね」
「治安部隊、ベルトリーアでは『青コート』と呼ばれていますが、彼らに突き出すのでしょう。というか、エクセンブラがおかしいのです」
おお、なんと。妹ちゃんの真っ当な指摘に、私たちはちょっとだけ驚いてしまう。
さすがは治安の行き届く文明的な街だ。ぶん殴って迷惑料を巻き上げる方式とは随分違う。
妹ちゃんの言ったとおりにちょっとすると、詰襟の原色っぽい青いコートを着た連中が駆け付けた。いつの間にか通報してたってことだろう。青コートは用心棒に事情を聞いてから、騒がしい奴らを引っ立てて行った。
「お姉さま、あのくらいで捕まってしまうのですか?」
「そうみたいね。あれじゃ、おちおち喧嘩もできないわ」
「わたしたちも気を付けなければいけませんね。レイラとハリエットは問題ないでしょうけど、ロベルタとヴァレリアは気を付けないと」
エクセンブラじゃ怖いもの無しの私たちでも、ここじゃキキョウ紋の威光は通用しない。
ヴィオランテの忠告は冗談も含んでるにせよ、ロベルタとヴァレリアは肝に銘じたようだ。というか、私が一番ヤバいかもしれない。
「……とにかく、なんかするなら、バレないようにやりなさいよ」
「で、ですね。バレなければ大丈夫」
「ロベルタは不安だから、街に出るなら単独行動禁止。レイラ以外はなるべく二人以上で行動すること、いいわね?」
情報局幹部補佐のレイラだけは心配無用だ。あとは私も含めてトラブル回避には、相当な気を払うくらいできっとちょうどいい。
「最悪の場合どうするかだけ決めておきますか?」
「そうね、レイラ。余計なトラブルは極力回避するにしても、妹ちゃんの護衛に関連して想定外は起こるかもしれないわ」
「罰金程度なら甘んじて受けるとして、何らかの事情で投獄までされてしまうと問題です。それでも脱獄まではやりすぎですよね?」
「まだ詳しい法やシステムまでは把握してないけど、大騒ぎになるような真似はダメよ。最悪は強引にでも助けるつもりだけど」
物騒な話には妹ちゃんが「あのー」と言って割って入った。
「わたくしのために申し訳ないと思うのですが、青コートに捕まることや追われるような事態は避けて欲しいのですが。それにあらかじめ伝えているように、基本的に寮生は学院の外に出ることは禁止です。申請さえ出せば外出は可能ですが、立場と状況を考えればあまり出歩くわけにもいきませんし。アナスタシア・ユニオンが派閥間で割れていても、さすがに青コートに関わるような下手は打たないと思います。エクセンブラほど無茶な根回しもここでは通用しませんから」
たしかに。何しにベルリーザにやってきたんだって感じだ。
ベルリーザに事務所を構える以上はいずれ根回しには力を入れないといけないけど、少なくとも妹ちゃんの護衛の仕事が終わるまでは、治安部隊の厄介になる事態にならないように頑張ろう。
まあ、なんにしてもバレなきゃ問題ない。バレなきゃね。
「分かってるって。妹ちゃんに余計な心配させるわけにはいかないからね。さて、気を取り直して食後のデザートでも食べようか。私はおすすめのケーキ三種類全部で」
「お姉さまと同じにします」
「あ、わたしもです」
「同じくでーす」
ケーキを前に調子を取り戻した私たちは長めの雑談に興じてしまい、随分と遅い時間になってしまった。
これまでの道中じゃ、人里には寄らないキャンプ生活だったこともあり、知らず知らずテンションが上がってたらしい。
結局、いくら学校に入れても遅すぎる時間とあって、今日はホテルで一泊し、改めて明朝に学校に向かう事にした。
もちろん油断して飲酒などもしない。まさか初日から酒の臭いを漂わせて行くわけにはいかないってくらいの常識はある。
実際に見る乙女の園はどんな感じだろうね。
なんてったって大陸一の国が誇る、王族さえ通う伝統校だ。きっととんでもない魔窟に違いない。
警察のご厄介になってしまう展開はないと思います。たぶん。いや、どうでしょうね。
次回から学校に入ります!




