アナスタシア・ユニオンの事情
真っ昼間からふらりと立ち寄った、アナスタシア・ユニオンの拠点。
差しで向かい合った総帥は、何やら真面目な顔つきだ。
ノミ屋の件をズバリと問いただし、ついでにベルリーザに進出する足掛かりを得られないかと思ってみれば、どうにも面倒な話になりそうじゃないか。
でもアレだ。嫌だと思う気持ちは本当にしても、きっと私は面倒事が好きなんだろう。
総帥から込み入った話を聞かされると分かって、ちょっとわくわくしてる。
それにしても面倒な事情とやらを、部外者の私に話そうとはどういった了見だろうね。
「……仮にも総帥の立場にある俺が、なぜベルリーザではなく、長期に渡ってエクセンブラにいるか分かるか?」
なんか考えてるなと思ったら、いきなりの質問だ。
「さあ? そっちの事情は知らないわ。そういやちょっと前にあんたがベルリーザに行った時、アナスタシア・ユニオン本部でお家騒動がどうとかって噂は聞いたわね」
噂は色々飛び交っても、部外者に真実なんか知りようもない。
それにお家騒動がどうだろうが、ベルリーザで起こってる事に私たちは関係なかった。
「お家騒動か。あながち外れてはいないな」
「あんたがエクセンブラにいることと、お家騒動ってのが関連するのはなんとなく想像できるけど……なんか複雑な事情がありそうね」
「そんなところだ。昔の話だが、俺はこの街にいながら総帥になった」
総帥ってのはエクセンブラ支部長とかじゃなく、アナスタシア・ユニオンとしてのトップを示す地位だ。
本拠地のベルリーザになんで総帥がいないのかは、疑問と言えば疑問。私は単純に悪党が跋扈できる都市であり、経済発展著しいエクセンブラだから、総帥が現地で陣頭指揮を執ってる、くらいにしか思ってなかった。もしかしたら情報局は調べたかもしれないけど、私に報告がないってことは確実性に欠けるか大した情報が掴めなかったんだろう。いや、ひょっとしたら私が忘れてるだけかもしれない。
まあ、この街にいながらにして総帥の地位を引き継いだのはいいとして、本拠地に腰を据えようとしないのはたしかに不自然だ。
突然始まった昔ばなしも含め、どういうことかと続きをうながす。
「アナスタシア・ユニオン総帥の座は、組織最強の男がその座に就くのが代々の習わしだ。俺はその習慣に基づき、総帥になった」
「つまり、あんたは当時のナンバーツーで、何かしらの理由でナンバーワンが死んだから、自動的に引き継いだってわけね」
「そうだ。お前はアナスタシア・ユニオンの成り立ちを知っているか?」
アナスタシア・ユニオンほど有名な武闘派組織はほかにない。関連書籍はいくつもあって、私も図書館で少しは閲覧した記憶がある。
たしか組織の成り立ちは大昔の話で、発足時のリーダーの子孫が代々の総帥として君臨したはずだ。
「あー、ちょっと本で読んだくらいのことならね。さっき組織最強の奴が総帥になるとか言ってたけど、初代の子孫が世襲で引き継ぐわけじゃないのね?」
「実際に初代の直系が常に総帥の座にあったが、それは最強だったからこそだ。血の繋がりではなくな」
なるほど。政治的な理由じゃなく、単純に強いからこそ総帥になってたと。そんでもってだ。
「話の流れでなんとなく分かったわ。あんたはその直系の血筋じゃないわけね?」
「そういうことだ。先代までは直系だったが、俺の代でそれが終わった」
「しょうがないじゃない。最強が総帥をやるって決まってて、あんたがやりたいって言ったわけじゃないんでしょ?」
「俺は総帥の座に就く予定ではなかった。先代には将来有望な息子がいてな、先代と俺はそいつが育つのを待つつもりだった――」
ところがだ。問題は先代の総帥が年老いてから作ったその息子にあったらしい。
そいつはエリート家系の血筋に相応しく、幼少の頃から飛び抜けた闘いの才能を表した。そして成長するにしたがって、実力相応の野心をも見せ始めた。同世代とは比較にならない実力と、ちやほやされる環境が合わさればって感じだろう。
そうして膨れ上がった自尊心は、エリート馬鹿息子を突き動かすに至る。ある時、なんと先代の総帥に決闘を挑み、勢い余って殺してしまったんだとか。
でもって、最強の座にある総帥を倒したのだから、俺が総帥だ! とか言い放ったらしい。超武闘派組織アナスタシア・ユニオンのエリート家系そのまんまって印象ね。
殺しはともかく、トップを倒した者がトップになる方式は、単純明快で個人的には嫌いじゃない。
しかし、話はそう単純に終わらない。
先代の総帥はすでに老齢で全盛期はとうの昔に過ぎ、個人の戦闘能力としては組織最強どころか幹部メンバーにも劣る状態だった。最強は当時のナンバーツーの地位にあり、アナスタシア・ユニオン史上初めて直系以外から、総帥になるかもしれないと思われた男だ。
そんな組織最強は、普通ならとっくに代替わりをしてたはず。なぜそれをしなかったかと言えば、問題の息子がもう何年か厳しい修練を積めば、そのまま最強の座に至るだろうと思われたからで、当時の総帥と次期総帥と呼ばれた男はあえて代替わりをせず、そのままでいた。
だからこそ当時、目の前にいる男は自分の立場を強めることをよしとせず、次代のためにあえてベルリーザを離れ、エクセンブラにいたわけだ。
当然ながら決闘で死亡した先代に取って代わるには、例の息子はまだまだ未熟。とても組織最強とは呼べず、当時の幹部メンバーの末席に加わるのも微妙といった実力でしかない。そこで総帥の座は本人の意向とは関係なく、現総帥のものになってしまった。
もちろんそれで引っ込んだままの馬鹿息子じゃなく、しばらくの後に力を付けると、お家騒動のような面倒事が勃発する。その辺がちょっと前に総帥がベルリーザに戻った厄介事らしかった。たしか当時はメデク・レギサーモ帝国との争いもあったから、諸々含めての事情だろうけどね。
お家騒動で何があったのかは語らないけど、息子とやらに実力の違いを見せつけて、しばらく修行でもしてろと言い聞かせたみたいだ。それを経てまたエクセンブラに戻ったと、そんなところらしい。
当時はこっちでも五大ファミリー体制が崩れて、アナスタシア・ユニオンも相当ヤバかったからね。こっちを立て直す意味でも総帥の帰還は必要だった。
歴史ある大手組織だからこその面倒な事情とでも言うのかな。総帥も大変そうだ。
色々と事情は分かったけど、問題はなんでそんな話を私に聞かせたのかだ。
「俺は新たな組織最強が現れれば、いつでも総帥の立場から退くつもりでいるが、事はそう簡単ではない。本部はいま、現総帥派閥と次期総帥派閥で割れている。俺は派閥など認めていないがな」
「先代の息子を担ぐ連中がいるわけね。しょうもない……あんたも苦労してんのね」
「いや、俺が本部で総帥らしく振舞っていれば、このようにはなっていないだろう。先代との約束もあって、俺はあくまでも総帥の椅子は一時的に預かっているだけのつもりだ。このような振る舞いでは、早く下ろそうとする動きも理解できる」
それも言えてる。トップがずっと本拠地に不在で戻る気もないんじゃ、組織としてカッコつかないだろうし。
「あんたにとって本部は、半分敵地みたいなもんってわけね。それで?」
ただの身の上話なはずはない。私に聞かせる理由が知りたい。
「もう想像付くだろうが、例のノミ屋は敵対派閥が送り込んだ下っ端だ」
「ウチかクラッド一家と揉めさせれば、あんたも忙しくなって本部にかまける時間が減るって? あるいはこっちで抗争が起こってあんたが死ぬかもって思惑? つまんない策だけどなるほど、そっちの内輪揉めが原因か。そりゃあ、早々に始末付けるわけよね」
「ああ。そういった連中が送り込まれる程度には、俺の立場は弱い。そこでお前たちに頼みがある」
「それがあんたからの本題か。いいわ、聞くだけ聞こうじゃない」
さて、どんな頼み事なのやら。
「妹の護衛を頼む」
「は? なんでよ」
予想外の頼みに、つい間抜けな反応を返してしまった。
「えっと、普通に守れる戦力くらいあるわよね。まさかエクセンブラにいながら、そこまで危ないっての? あ、そういや外に暗殺者っぽいのがいたっけ」
「あれはしばらく泳がせてから片付ける。そうではなく、妹はベルリーザに行かなくてはならない。その間の護衛を頼みたい」
んー?
「分かんないわね。なんでウチが? いや、妹ちゃんの身の安全は友達の私たちからしてみても、そりゃ大事だけどさ。旅行の間の護衛くらい、普通にそっちで出せるわよね?」
「旅行ではない。留学だ。アナスタシア・ユニオン幹部の家に生まれた女は、ベルリーザのとある学院に通わなくてはならない。これはベルリーザ王家や貴族と深く繋がる組織しての義務だ。貴人と接する教養を身に着けるだけではなく、机を並べて学び信用を得るために必要なことだ」
「あー、そういうこと」
アナスタシア・ユニオンは武闘派組織として、ベルリーザじゃ要人警護の仕事も任されてる。
高貴な身分の女を護衛するには、女の護衛ってのはどうしても必要で、アナスタシア・ユニオン幹部の家に生まれた女にはそれが求められるわけだ。当然、妹ちゃんにも。
「妹はあれで男にモテてな。厄介な事に……目を付けられている」
急になんの話かと思いきや、まさか。
「まさか、例のドラ息子に好かれてんの!?」
「一方的にな。俺としては次代が男としてもっと成長すれば、やぶさかではないと思っているのだが……妹が嫌がっている」
「惚れた腫れたの話まで加わったんじゃ、可愛さ余って憎さ百倍なんてこともあり得るわね。あと敵対派閥の連中が妹ちゃんを利用しようと考えるって線もあるか。まあ、そもそも調子に乗って実の親を手に掛けるような戦闘狂なんかに惚れられても、妹ちゃんが嫌がるのは当然よ。なるほど、ストーカー対策どころか普通に護衛が必要なわけね」
とち狂った阿呆が感情に任せて襲ってくるかもしれない。しかも先代の総帥を殺した時点で、超武闘派組織の幹部に近い実力があった野郎だ。それからの成長も考えれば、今は相当な実力者と考えられる。
しかも自派閥の連中まで使うようだとすれば、そこそこの護衛が少数程度じゃ守り切れない。将来のボスに忖度して、勝手に動く連中だっているかもしれないしね。
さらに、厄介者でも次代のお坊ちゃんやその取り巻きを殺すわけにもいかないんだろう。だからこそ、襲われても殺さずに撃退か制圧できる実力者が護衛に付かないといけないわけだ。
「あれ、でもそっちの本部にだってあんたの派閥連中がいるのよね? なんでわざわざウチに頼むのよ」
「その学院は女の園だ。男は入れんし、妹の護衛に回せるほど女の戦力は余っていない」
「だったらストーカー野郎にとっても同じじゃないの?」
「奴がそんなことを気にすると思うか? 思い立ったら押し入るだけだ」
おおう、たしかに。頭のおかしいストーカー野郎が相手じゃ、常識なんか通用しない。
そうなると腕の立つ女の護衛を傍に置いときたいわけだ。たしかにウチには人材が揃いまくってる。アナスタシア・ユニオンの幹部レベルだろうが、撃退できる実力者がね。
「うーん、でも物々しい護衛が学校内に入っていいわけ? そもそも学校だって偉いさんの娘を預かってるなら、万全の警備態勢を敷いてそうなもんだけど」
「警備はアナスタシア・ユニオンが請け負っている。当てにならん」
なんと、そうきたか。敵対派閥の奴らが警備に就いてたんじゃ、妹ちゃんを守る役には立たない。
「俺がベルリーザに行ければいいが、今は何がどう転ぶか分からん。少なくとも奴が落ち着くまで、俺は戻らんほうがいいと考えているところでな」
「事情は分かったけど、そもそもどうやって学校の中で護衛すんのよ。部外者は入れないんじゃないの?」
「関係者になればいい。その程度の手配なら可能だ」
「つまり?」
「妹と同じ学生に扮してもらいたい。それに講師としても一人はねじ込める」
ヴァレリアのような見た目のメンバーなら、妹ちゃんの同年代として十分に通用する。学生役は幹部や補佐の中からでも、複数人はいけるかな。
私はすでにこの面白そうな話に乗り気だ。貴人が通うベルリーザのお嬢様学校? やばい、すっごい面白そうなんだけど!
まあ、さすがに私が学生やるには貫禄あり過ぎるだろうけどね。
「人数はどれだけ必要?」
「お前が認める実力者でも、三人は欲しい。可能なら五人は出してもらいたい」
五人くらい余裕だ。戦闘団や警備局から希望者を募れば、たぶん面白がって何倍も集まる。ウチも対貴人の教育はやってるから、立ち居振る舞いだってある程度の基礎はできてる。付け焼き刃でも、全然心得がないよりはマシだ。
「期間は? あんまり長期だと厳しいわね」
「短くはないが、長くもない。可能なら十五日後に出発し、そこから秋の終わり近くまでだ」
「夏から秋にかけて? 中途半端な時期に思うけど、そういうもん?」
「基本は春の初めから秋の終わりに掛けて通うが、留学生は時期に縛られない。地位や金さえあれば、国外からでも広く受けれる学院でもある。特に例外的なことではない」
「ふーん、なるほど」
そうすると移動含めて最長で五百日くらいになるかな。たしかに、短くはないけど冬までに戻ってこれると思えばそれほどじゃない。
できれば戦争が終わるまでは大胆な動きはしたくなかったけどね。終わりはもう見えてるから、いいっちゃいいかな。
「あんたの妹ちゃんは私たちの友達でもあるからね。危険があるなら、守ってやりたいわ。ただし、無条件にとはいかない」
「無論、相応の礼はする。希望はあるか?」
「んじゃ、ベルリーザにシマが欲しいわ」
「分かった。俺の裁量でどうにかなる範囲になるが、シマを譲り渡そう。だが高望みはするなよ」
この野郎、無理目な要求をぶっこんだってのに、あっさり呑みやがった!
さてはこうした展開になることを予想してたに違いない。
私の目論見としては、ちょっとした拠点を構えることに協力してもらえればそれで良かった。シマの要求なんて高すぎる対価だから、拒否を前提に要求を下げて欲しい所に着地させるつもりだったのに。
それがまさか二つ返事で受け入れられてしまうとは……。
やられたわね。上手く乗せられたとしか思えない。
いや、これはちょっとどころじゃなく、私の想像以上に厄介な事態なのかもしれない。




