走り出せよ、乙女たち!
戦争真っただ中のブレナーク王国には、大陸各地から傭兵が集まってるらしい。
そうは言っても最初から勝利が確定したも同然の戦争だ。地元の傭兵にも頼らず圧勝できる状況なんだから、余所者が参戦できる余地などあるわけない。これはきちんと情勢を調べれば、あらかじめ分かることでもある。
集まってるのは暇を持て余した観光がてらの奴らか、無駄足を踏んだマヌケくらいのものということだ。
傭兵は私たちには関係ないとして、問題なのは賞金稼ぎだ。奴らがエクセンブラに集まってることにも、どうやら理由があるらしかった。
なにもメデク・レギサーモ帝国で暴れまくった私や《雲切り》が目当てじゃなくても、そもそもエクセンブラは経済的に急発展した大都市としてだけじゃなく、悪の巣窟としてもずっと前から有名だ。
経済発展の恩恵に預かろうとする人々はいいとして、悪党どもが街にたくさん入ってきたのが重要なポイントになる。
つまりは色々な場所からやってきた賞金首が、実はエクセンブラにはたくさん潜んでるってこと。
目から鱗が落ちるような思いだ。なるほどって感じ。そりゃ賞金稼ぎが集まるわけよ。たぶん私が気にしてなかっただけで、前からそうだったんだろうね。
方々から流れ込んでくる情報によれば、ブレナーク王国軍は順調に支配領域を広げ、厄介な武装勢力も次々に撃破を繰り返してるらしい。
早ければ数日中にも勝利宣言を出すとの噂まで広がってる。
そして私は公爵夫人経由で、その噂が本当だってことも知ってる。戦争はもうすぐ終わり、ここからはまた重大な転換点を迎える場面だ。
旧レトナーク領を組み入れれば、国内は非常に忙しくなる。たぶん戦時以上に。なんせ単純に領土が倍くらいになる上に、海岸線まで手に入れるんだ。新たな領土の統治を巡っては貴族同士でもかなり紛糾するだろうし、海に面するとなれば国家戦略だって別物に変わる。国の偉い奴だけじゃなく、内外の商人たちだって大人しくしてる場合じゃない。
誰もが様々な思惑で動き、お祭り騒ぎのように慌ただしい毎日がやってくるに違いない。すでに先を見越して動いてる奴らだって、たくさんいる。
さらに魔道具ギルドの方針転換は、あまりにも大きな変化だ。
これまで専売特許の魔道具には、がんじがらめとも言えるほどの規制を課してきた。それがどういった思惑なのか、規制を次々に緩め始めてる。これによって各国をはじめ、ギルドなど大手組織どころか小規模組織だって対応の変化を強いられる事態になってる。
当然ながら私たちキキョウ会も、変化に対応しないといけない。
時代の波に置いてかれるようじゃ、これから先が思いやられるばかりだからね。幸いにも私たちは若いメンバーばかりで、柔軟性も売りにできる組織だ。
これからも攻めの姿勢でガンガンやってくつもりのウチにって、変化こそはチャンスでもある。乗り遅れてなるものかってね。
「お姉さま、まだお仕事中ですか?」
会長執務室で考え事をしてると、ヴァレリアとフレデリカが入ってきた。ジークルーネもいるらしい。
「休憩にしましょう。お茶を入れますね」
「うん、グラデーナは闘技場?」
「面白い闘技者がいないか、探すと言っていたぞ」
趣味を兼ねた仕事はさぞ楽しいだろう。
良い闘技者は運営にとって金の生る木だから、グラデーナのリサーチだって立派な仕事だ。普通に頑張って欲しい。
執務室内の応接セットに移動し、雑談に興じる。
今日のお茶請けはサクサクのクッキーだった。糖分が疲れた脳に心地よい。
「そういや、ついさっき情報局から報告があったけど、ノミ屋殺しの経過は読んだ?」
「いや、まだ見ていないな」
「わたしもです。顛末が分かったのですか?」
闘技会の賭け札を無断販売するノミ屋が、何者かによって皆殺しにされた事件はまだ先日のことだ。
どこの誰の仕業で、そもそもノミ屋が何者だったのかも判明しない間に起こった出来事は、念のために調査してもらってた。
「確定じゃないって話だけど、どうやらアナスタシア・ユニオンが絡んでそうなのよ。やったほうも、やられたほうもね」
「え、ウチとクラッド一家の間の緩衝地帯にアナスタシア・ユニオンですか? しかもウチのシマを荒らしていたわけですよね? どういうことでしょう」
「まさか双方がアナスタシア・ユニオンとは……それは興味深い」
ちょっと考えただけでも面倒くさそうな話だ。隣でサクサクとクッキーをかじる妹分の癒し成分がないとやってられない。
「なんでも転がってた死体を良く調べれば全員、獣人だったって話なのよ。しかも殺しがあった時間帯に、アナスタシア・ユニオンの連中を目撃したって話があるみたいでね。まあ証拠はないし、どっちもただの偶然とも言えるわね」
「しかし緩衝地帯での出来事とはいえ、アナスタシア・ユニオンの仕業とすれば穏やかではないな。もし本当のことだと仮定すれば、協定破りの粛清か?」
「かもね。もし、アナスタシア・ユニオンの下っ端が勝手にノミ屋をやってたんだとしたら、私たちにどうこうされる前に自分たちで始末付けるわね。あの武闘派組織なら」
でもこれも妙な話なんだ。少なくともエクセンブラにおけるアナスタシア・ユニオンは、総帥を中心にまとまった組織だったはずだ。
それにわざわざノミ屋なんぞ開いて、人様の庭を荒らす意味はない。それぞれのシマで抱えたシノギだけでも忙しい上に戦争関連でも忙しい。喧嘩を売る状況にないし、意味もない。なんのためにやったのか、まったく不明だ。
「証拠がなくては文句も言えませんね……いえ、実際には違うのかもしれませんけれど」
「あの総帥なら遠慮はいらないわ。今度会ったら、私からちょっと話してみる。腹芸が得意とは思えないし、訊けばたぶん分かるわ。それでもし当たりだったら貸しにしてやる。大事にするつもりまではないけどね」
これから先は戦後の関連で忙しくなりそうだってのに、三大ファミリー間で揉めてる暇なんかない。
「ま、つまんない話はここまでしとこう。そんなことより、ちょうどいいわ。三人には先に話しとくわね」
「もしかして戦後の基本戦略ですか? ここのところずっと考えていたようですけれど」
「うん。これまでにもちょいちょい話してたけど、やっぱり手を広げられるだけ広げる方向で行くわ」
「ぜひ聞こう。新規のメンバーどころか、ベテランにとっても刺激的な話になりそうだ」
「お姉さまに付いて行きます」
未来を感じられる話ってのはポジティブでいい。既定路線の話だったとしても、会長からやるぞと言えばみんなの気合も入るだろう。
受けが良ければ、もう遠慮なくやってやろうと私だって気合が入る。
「まずはエクセンブラでの支配をこれまで以上に盤石にするわ。足元を疎かにするわけにはいかないからね。旧来のシマの発展は継続しつつ、新たなシノギにも着手するわよ」
「いくつか候補はありましたけれど、ようやく着手するのですね」
「春から夏にかけて、また新人がいっぱい増えたからね。確実に行けそうなところで、裏闘技場から始めるわ。すでに表の闘技場は軌道に乗せられてるから、なんの問題もないわね?」
「場所の確保も出場を見込める闘技者の確保も、すでにやろうと思えばいつでも行ける。ゼノビアたち警備局が張り切っているからな」
表の闘技場はウチの人員をたくさん出さなくても回るようになったから、問題なく次のステップに進める。これは普通に予定の範囲だ。
「次にシマの拡大よ。戦後になればたぶん、レトナーク領からもっと人が入ってくるわ。エクセンブラの物理的拡大は、急速に進むとの情報も入ってきてる。少なくともウチのシマに隣接する新たな区画は、そのままウチが支配する。新興組織には付け入らせない強い姿勢でやるわよ」
エクセンブラは長大な外壁に囲まれた都市で、その外側に無秩序に街が広がったりはしない。高度に発達した魔法文明は、外壁そのものを動かして街を広げてしまう。
都市計画がちゃんとしてるってよりは、むしろ大雑把で適当だ。広大な街のなかには、まだまだ手付かずの荒れ地だってあるのにね。きっとこれも利権に絡んでるんだろう。
「敵対的な組織は排除するしかないが、手駒にできそうな組織には目を付けるとしよう。緩衝地帯も広がるとなれば、監視にウチの手ばかり掛けてはいられないだろうからな」
「そうですね。使えそうな組織は積極的に取り込んでしまいましょう」
エクセンブラに限ってもやることは非常に多い。でもこれは、三大ファミリーの一角としてやらなきゃならないことでもある。
「リガハイムも似たような感じで進んでたわね。現地の奴らを使ってシノギを回す方向が楽でいいわ」
「すでに送り込んだメンバーで、形は出来つつある。問題ないだろう」
これはもう具体的に進んでる。当然ながらリガハイムは重要な新拠点だ。まずは港湾荷役として万全の体制を築き、並行して密輸業の算段も付けていく。まだまだ新規のシノギも考えられそうだし、リガハイムにいるメンバーもきっと忙しい。
「ユカリ、レトナーク領は広いですけれど、キキョウ会としてはリガハイムに絞って関与するつもりですか?」
「メンバーの増加傾向と既存のシノギの効率化を考えれば、少しは余裕がありそうだ。ユカリ殿がここで手を止めるとは思えないな」
「当然。まだこんなもんじゃないわ。ボイグルの町は位置的にも状況的にも押さえたいわね。あとは今後次第になるけど、オーヴェルスタ公爵領になる場所もチェックしないといけないわ」
ボイグルは以前に闘技場での爆弾テロを目論んだ、ボイド組がいた町だ。あの組の残党はもう自然消滅状態になったみたいだけど、まだ情報屋の連中とは繋がりを保ってる。
しかもボイグルはレトナーク領の中央付近にあって、リガハイムとの中継地点としてちょうどいい。さらには最初にウチが手を付けてるから、クラッド一家とアナスタシア・ユニオンの手が入ってないのもいい。まさにウチが押さえるべき町だ。
そしてオーヴェルスタ公爵夫人とずぶずぶのウチとしては、新たな公爵領とはきっと無縁じゃいられない。
厄介な頼まれごとがいずれあると考えれば、そこに事務所の一つも構える準備はしといたほうが後々きっと都合はいい。必ず儲け話に繋がるはずだ。まあその辺のことは、みんな想像ついてると思う。
「あとは南部の小国家群ですか。あちらでもシノギを拡大するのですよね?」
「そっちは仕切り役のダンディ村長と護衛役の熊獣人たち任せになるけどね。鉱物や野菜の取引は大幅増を目指すわよ。南部はいいとして、むしろ北のドンディッチとのパイプを太くしたいわ」
「となれば辺境伯か。たしかに、リガハイムを支配下に組み込んだ今、辺境伯との取引に海路を利用できる。リガハイム経由で運ぶほうが遥かに早く楽にもなるだろう」
ドンディッチの南東部を支配する辺境伯とは、回復薬と魔導鉱物の物々交換をずっと続けてる。裏の取引だけじゃなく、正業としての貿易も考えていい頃合いだろう。まずはどっかの商会との間に一枚噛むだけでも構わない。
レトナークに蔓延る武装勢力が消滅し、盗賊の類だってこれからは少なくなるはずだ。これまで物資の運び屋と護衛をやってもらってたローズマダー傭兵団は暇になりそうなもんだけど、やって欲しい仕事は山ほどある。
「縁が強くなれば、新たなシノギに繋がるかもしれませんね。それにしてもエクセンブラにレトナーク領の街々、南部に北部と目が回りそうですね」
「なに言ってんの。まだ終わらないわよ?」
え、まだあるの? みたいな顔をするフレデリカだ。
話の要点はむしろここから。ここが私の思い付きの肝となる。
「お姉さま、楽しそうです」
「ふふ、そうね。どうせ手を広げるなら、この際とことんやってやるわ。ちまちました目標だって大事だけど、どでかい目標も同時にあったっていいわよね」
「これはまた、なにも聞かないうちから大変なことになる気がするな。しかし面白そうだ。ユカリ殿、なにをする?」
「えー、わたしは聞く前から疲れてきましたけれど……仕方ないですね」
なにかを成そうとするなら、まずは言葉にしてみることだ。
そうすれば、それは現実に向かって動き出す。
「私はね、ずっと前から思ってたのよ。この大陸の中心ってのはもっとも金が集まるし、情報だって集まるわよね? まあシノギは別にしたって、たまには都会の空気も吸いたいじゃない?」
「ユカリ殿……また大きいことを考えるものだ」
新たな目標ってのは、どでかいほどいいに決まってる。ジークルーネはすぐに理解してくれたらしい。
私が言ってるのは大陸一の国に事務所を構えること。つまりは大陸北の大国、ベルリーザに進出する。それもベルリーザの片田舎なんかじゃなく、行くなら中央だ。
これは不必要だったり、あるいは間違った道なのかもしれない。
当然ながらエクセンブラのような犯罪都市とは全然違う環境で、なにをするにもきっと簡単にはいかない。
でも難しいほど燃えるってもんだ。
一番の国の一番の都市ともなれば、きっと憧れのような感情を抱くメンバーだっているだろう。
私としては、ちょっとした興味本位とチャレンジャー精神ってところかな。あとは超個人的に好きな破天荒お姫様、悪姫がいる街ってのも大きい。
なんだろうね。簡単に手が届きそうな目標じゃない、新たな目的に向かって走り出したい気分なんだ。
地道なだけじゃ、みんなだって退屈する。私たちは若いんだからね。
やったれ! って感じで突っ走った先に、きっと面白いことが待ち受けてるに違いない。
だから、思いっきり走り出す!




