賞金首は悪女
圧倒的強者にして、暇な私が焦る理由は一つもない。
宿場町を出て街道から外れた辺りでバイクを停め、後続の連中をゆったりと待ち構える。
二台のみすぼらしい中型車に分乗した傭兵改め賞金稼ぎが追い付き、その後から何人もの町人やら旅行者やらが遠くから見守る妙な構図となった。
車両を降りる馬鹿どもを見ながら、どこまでやるかちょっと考える。
相手は私に比べたら雑魚にすぎないにしても、世間一般からしたらそれなりの実力者と見受けた。人数は五人、装備の質も悪くはなさそうだ。
ベルリーザを拠点にしてるだけあって、いくつもの魔道具も装備してるっぽい。
ただし世間一般から見てそれなり程度じゃ、キキョウ会基準じゃ話にならない雑魚同然だ。
そんな雑魚が五人どころか五十人集まったって、私からすれば大差ない。倒すだけなら容易いこの場面を、どうやって終わらすかが問題になる。
あいつらは無謀にも、この私を生け捕りにすると言った。
殺すつもりでかかってくるなら、ぶっ殺してしまっても良かったんだけど、そうじゃないなら適当にボコるだけで勘弁してやる。
所詮、私にとっては暇つぶし程度の雑事だ。見物人もいるなら、ちょっとした余興みたいなもんかな。
ギャラリーの顔をしかめさせるような事はせず、どうせなら楽しめる内容にするのがいい。
我がキキョウ会はイメージだって大事にする。
基本的には恐れられるくらいでちょうどいいと思ってるけど、ビジネスのためには単に粗暴な集団と思われるのも良くない。だからこそ普段から身だしなみにはうるさくしてるし、無害なカタギに手を出すような真似だってしない。
「まあ、小細工はいらないか」
アドリブで十分だ。少しは見ごたえあるようにやってみよう。
なにより私が戦う場面を見られるなら、それだけで満足するべき。ありがたく思うがいい。
「まさか本当に待ってやがるとはな。へへっ、生け捕りにすりゃあ、ボーナス込みで二億五千万ジストだ」
「俺ら五人で山分けしたって、一人あたま五千万だ。小遣い稼ぎにしちゃ上等すぎるぜ」
「油断すんなよ、女一人でも二億の賞金首だ」
「二億つったってよ、帝国の王子をだまくらかしたとか、そんな理由の二億だったはずだろ? 実際、魔力の欠片も感じやしねえ」
「それはそうだがよ、あの妙な自信が気になる。なんで逃げようとしねえ?」
「ひょっとして、罠でも張ってあんのか?」
中型車を降りたと思ったら、コソコソおしゃべりとはね。
見当違いの警戒を始めたみたいだけど、慎重になるのは悪い事じゃない。本来、高額の賞金首を狙うなら、事前の調査は入念にするもんだ。
突発的に喧嘩売るんじゃなく、後を付けて能力やヤサを探り、不意打ちで仕留めるのが上策だろう。
私の実力を見抜けないのはしょうがなくても、調査の過程でキキョウ会の要塞じみた本部や、その他のメンバーの陣容、噂話などを知れば、手を出すのはやめといたほうがいいと気づけたはずだ。
その場の勢いで突っ込む姿勢は嫌いじゃないけどね。
ただ、勘違いなのか誰かが意図したのか、私の高額賞金の理由が誤解されてるみたいだ。帝国の大部隊を実力で退けたからじゃなく、王子を騙した悪女みたいな感じに思われてるらしい。
まあ考えてみればだ。王子様まで含めた軍団が、少数の女たちに負けてのこのこ逃げ帰ったんじゃメンツが立たない。ねじ曲がった変な理由をでっち上げて、私に賞金を懸けたとしてもおかしくないか。
「なんにしても殺しちまったらボーナスが出ねえ。囲んで取り押さえるか」
「待て、あの余裕が気になる。魔法で足を止めるついでに、罠があるなら破壊しちまおう」
「いつもの手だな。女一人相手にもったいねえ気もするがな」
「でけえ賞金が入るんだ、しくじるほうがもったいねえ」
「ああ、さっさとやっちまおう」
勢い任せかと思いきや、中途半端に慎重な奴らだ。
地獄耳には丸聞こえの内緒話から、どうするつもりか察しはついた。問題ない。ひとまずはブルームスターギャラクシー号を巻き込まないよう、歩いて離れることにした。
逃げるとでも勘違いしたのか、慌てて散開しながら私を取り囲むように移動する奴ら。敵の魔力を注視しながら、外には一切漏らさない自分の魔力を高める。
足を止めた私を五人が距離を置いた状態で囲み、合図もなくおっぱじめた。
「……目くらましか」
まずは砂混じりの強い風を吹き付けられた。殺傷能力を伴うほどの威力じゃない。
サングラスをかけた目を塞げるもんじゃないけど、砂混じりの強い風は集中を殺ぐって意味じゃ地味に効く。
顔を庇うため片腕を上げたタイミングを見計らい、残りの四人も攻撃を開始した。
ほぼ同時に襲いかかる魔法攻撃にも焦ることはない。私の認識速度と対処能力は、もはやこいつらを次元レベルで凌駕する。
私を直接に狙わず周囲の草原を焼き払うのは、第六級相当の火炎魔法だ。これは警戒した罠を潰すためのものだろう。そんなものは無いってのにね。程度の低い火魔法はそのまま撃たせ、アクティブ装甲でも対象外に設定して無視だ。
そして足元を狙って放たれたのは、ちょっと珍しい魔法で水魔法の派生だろうか。火に紛れて地味に襲いかかるのを盾でガードした。粘性の強いこれは、とりもちのような効果で私の動きを封じる目的と思われる。盾で受けなければ、少々厄介だったかもしれない。
残りの二人は魔道具を使った。手投げ式のそれはどんな効果があるか不明なため、投げられた直後に迎撃の鉄球を放る。左右の手から手首の力だけを利かせた投擲でも、奴らの全力よりも遥かに速い。
速攻で破壊した魔道具は接触が発動条件だったのか、壊れながらも空中で効果を現した。どうやら弱い電撃を放出する魔道具だったらしい。接触が発動条件の魔道具なら、防いでも効果から逃れるのは難しい。なかなか面白いおもちゃだ。
「ま、私には効かないけどね」
高めのポニーテールに結んだ、ベルベットの黒リボンは雷避けの魔道具だ。上級魔法ですら退ける。
さて、これで終わりかな。
目をくらまし足を止め、行動不能に追い込もうとする連携は悪くなかった。一人ひとりの戦闘力は大したこと無くても、戦い方は上等だったと褒めてやる。私が相手じゃなければ、自信満々で喧嘩を売る程度の実力はあったようね。
十数秒程度の短い時間を経て、平然と立つ私の姿には野郎どもが目を見張った。
「今度はこっちの番よ。覚悟は当然、できてるわね?」
特製グローブをキュッと装着。正面に立つ野郎に向かって言ってやれば、完全に及び腰になった。分かりやすく魔力の発露をしてやらなくたって、本能で己の身がヤバいと察するだろう。
リーダー格っぽい奴が青い顔で口を開こうとした時、横手の奴の魔力が高まった。
「ふざけんな、このアマ! 小細工が上手くいったからって、覚悟だと!?」
「待てっ!」
こいつら程度が私の高度かつ超速の防御を見破れるもんじゃない。別に隠したつもりはないけどね。対魔法に優れた魔道具で身を守ったと勘違いしてもおかしくはない。
そうして頭に血が上った一人が、仲間の制止も聞かずに剣を抜いて走り出した。
遠距離がダメなら近距離で。うんうん、いいじゃないか。
戦いはまだ始まったばかりだ、諦めるには早い。遠くから見守るギャラリーだって、もう終わったのかと拍子抜けするところだっただろう。
連携だけは上手いこいつらは、一人の無謀な突撃を見捨てなかった。
遠距離攻撃での援護には意味がない。一回やれば分かる。だから一人の突撃を援護するべく、全員でかかってきた。
なんというか、潔い馬鹿どもだ。ちょっとだけ好感を抱いてしまった。
「上等っ、死ぬ気でこい!」
強者が上から見下ろす闘いを見せてやる。
横手から突き出された剣の切っ先を迎え撃つのは、グローブの手のひらだ。
私はただ横に向かって手をかざしただけで、切っ先を受け止め跳ね返す。剣は折れなかったけど、衝突の勢いに負けて男がひっくり返った。まるで大岩に突貫でもしたかのような錯覚に陥ったことだろう。
遅れてやってきのも剣による攻撃だ。最初のと同じで、どれもが使い込まれたミスリル剣。しょぼいなまくらとは違うちゃんとした武装だ。それでも籠められた魔力がしょぼけりゃ、どうしょうもない。
四方向から襲いかかるそれらに対しては、身体を回転させて拳と蹴りを剣に叩き込んでやる。これは防御じゃなく鋭くも破壊的な攻撃だ。ミスリル剣は砕け、握った手や腕にも小さくないダメージを与える。
退けた四人のリアクションを待つことなく、最初に突っ込んでひっくり返った男に詰め寄った。実力差はなんとなくでも理解しただろうけど、まだまだ想像以上だってのを分からせてやる。
一歩で詰め、落とした剣を踏み砕いた。
二歩目を進め、倒れた男を掴んで起き上がらせる。軽装鎧の奥襟をガッチリ掴み、胸元を守る鎧の隙間に手を差し入れた。
何をされるのかと、野郎がパニックに陥る。
「ふんっ」
金属の鎧を引き千切るパフォーマンスは非常に効果的だ。馬鹿でも力の差を思い知る。
不快な金属音を発しながら千切り取った残骸は、腕力と握力でもって潰し丸めてしまう。
さらに出来上がった鉄くずを投擲。近場にあった岩にぶつけて粉々にぶっ壊せば、パフォーマンスは終了だ。ここまでやれば、もう私に逆らう気力は湧かないだろう。
ただ全員のメイン武器は破壊しても、各々が所持する魔道具には手を出してない。まだそれらを使って一縷の望みに賭けることは可能性としてあり得る。
もっとも、一発逆転を狙えるほどの魔道具なんか簡単に手入るもんじゃない。こいつらが私には勝てないと諦めたのも空気で分かった。
それでいいんだ。勝てない戦いに拘る理由がこいつらにはないだろう。
たまたま出会ってしまった賞金首にすぎず、私の首にかかった二億の理由を間違えたのが不幸の始まりだ。
これで終わらせてやる見返りは要求するけどね。
いかなる感情を抱いたのか、黙り込む野郎どもに言ってやる。
「まだ続けるなら、腕の一本くらいはもぎ取るわよ。逃げるのは自由だけど……そうね、持ってる魔道具は全部置いてから行きなさい。迷惑料はそれで勘弁してやるわ」
珍しい攻撃的な魔道具は、最近聞いた魔道具ギルドの規制緩和の影響か、もぐりの魔道具技師が作ったものか。いずれにしても面白い。
もし攻撃的な魔道具が解禁され、販売されるようになったとすれば、これは大きな状況の変化だ。
「早く出しなさい。ひとつ残らずよ」
もたつく野郎どもは、それなりに値の張る魔道具を惜しいと思う気持ちがあるんだろう。でもそれ以上に、見逃された意外性に戸惑った様子だった。
とにかく野郎どもがもじもじする姿なんか気持ち悪いだけだ。改めて早く出せと言えば、ようやく装備を慌てて外し三下らしく逃げて行った。
「それにしても。ちっ、私の賞金の理由がまさか王子を騙しただなんて……ふざけてるわね」
意図的にそうされたのか、勝手な憶測でそうなったのかは判然としないにしろ、ムカつくことには変わりない。
もし今後、同じような勘違い野郎に狙われたら、悉くに実力を思い知らせてやる。続けてれば、そのうち誤解は解けていくと期待しよう。
用途の良く分からない小さな魔道具が十数個も転がる地面を見下ろしながら、危険がないかだけ一応の魔力チェックを済ませた。
あー、でもせっせと拾い集めるのもなんかね。まだ暇なギャラリーどもが見てるし。
どうしたもんかと思ってなんとなく見回してると、好奇心旺盛そうな少年と目が合った。サングラス越しでも、見られてるのは分かるだろう。
ちょうどいいと思って、手で招いて呼び寄せる。
利発そうな少年は、子供らしく恐れ知らずに走り寄ってきた。
「お姉ちゃん、なに」
「そこに散らばってる物を集めて、付いてきなさい」
素直な少年は言われたとおりに拾い集め、抱えながら私に付いてきた。いい子じゃないか。
「ここに入れなさい」
「うん」
ブルームスターギャラクシー号の後輪横に付けたツーリングバッグには、そこそこの収納スペースがある。没収した小物を運ぶくらいなら十分だ。
「ほら、駄賃よ」
働いた礼には飴ちゃんをあげよう。反対側のバッグに入れといた飴を一袋丸ごとやった。
素直な少年は文句を垂れず、普通に喜んでくれたらしい。それだけ見届け、でかい音だけ残して走り去った。
うーむ、それにしても憂鬱な気分だ。
高額賞金の首として、面白い挑戦者が集まるなら歓迎してやれたんだけどね。勘違いした奴ばかりじゃ、ただめんどくさいだけだ。
まったく、メデク・レギサーモ帝国には、何かの機会に礼をしてやらないと。
なんということのない、日常のサイドエピソードでした。
嵐の前の静けさです。ということで、次話「走り出せよ、乙女たち!」に続きます。




