トラブル続出の予感!
「グラデーナ、面白い話だったみたいね」
「聞こえてたのか? 面白くはねえけどな、今度はノミ屋だってよ。あのおばちゃんも面倒な話を持ち込みやがる」
たしかに、面白くはなかったか。
話しながらソファーに座ったところで、ヴァレリアが外から戻った。最近は私が本部に詰めてる時は、教導局で格闘の実技指導をやってる。
さっそく私の横に座った妹分が、何の話かと混ざった。
「新規の厄ネタだ、ノミ屋が出たんだってよ」
「ノミ屋ってなんですか?」
意外にもこれまでいなかったから、詳しいことまでは知らないメンバーは結構いそうだ。
単に私たちが存在を掴んでないだけで、どこかでやってる奴はいたかもしれないけど。
「うーんそうね、ノミ屋ってのは胴元じゃない奴が、勝手に賭け札を売って商売にすることかな」
「そういうこった。ウチに入るはずの儲けをかすめ取ってやがる。喧嘩売ってるも同然だな」
エクセンブラは闘技場ができて日が浅いし、ほかのギャンブルと言えばカジノばかりだ。ノミ屋がはびこる余地は、これまでになかったと思われる。
ところが大陸中から注目を集める闘技会が行われるようになり、クラッド一家やアナスタシア・ユニオンだって裏闘技場を始める状況に変わった。ノミ屋が出現してもなんら不思議じゃない。
ノミ屋が最もはびこるのは、大陸一の文明国家であるベルリーザだ。そこはアナスタシア・ユニオンの仕切りで古くから闘技場を開いてるから、相応にノミ屋の歴史も古い。現在でも取り締まる側といたちごっこになってるとも聞く。
記憶にある知識をたどってみれば、ノミ屋というのはなかなかにマメな連中だ。
その仕事ぶりは、たとえば公式の倍率をチェックするくらいは当然として、有力闘技者の実力やその時の調子、対戦者との相性まで独自の観点で研究し尽くす。それを考えた上で、自分が大きな損を出しそうだと思った時には賭け札の購入を断ったり、ほかのノミ屋に客を回したりと、できるノミ屋は抜け目がない。
マメさや慎重さはともかくとして、客を集めるために公式の胴元よりも、良いサービスを提供しようとすることも厄介だ。
奴らは規模が小さいから経費が少ない分、配当金だって高く出せる。それだけじゃなく、外れても一定の割合を還元するシステムを導入したり、常連にはツケでも買えるようになんてことまでする。
賭け札の販売促進のため、対戦カードに勝手なストーリー付けや、個々の闘技者に売り文句まで付けたりまでするらしい。無駄に凄い営業努力だ。
もっと質の悪いノミ屋の場合には、金貸しまでやるから最悪だ。
金貸しには多額のタネ銭や組織力まで必要になるけど、ギャンブル漬けにして骨までしゃぶるのは典型的な手法だろう。これはただのノミ屋じゃなくて、裏社会の組織そのものだ。今回のおばちゃんの親戚の場合、まさにそれに引っ掛かってる。
問題はそのノミ屋の資金力の源泉だ。大きな組織がバックについてるなんてことは、あんまり考えたくない事態なんだけどね。
バルジャー・クラッドや総帥が一枚噛んでるとは思えないし、組織の誰かが勝手にやってるケースも可能性としてはかなり薄い。三大ファミリー間の協定破りがバレれば、粛清されるだけなんだからリスクが高すぎる。
考えられるのは、やっぱり新興組織の仕業だろう。金貸しまでやってるなら、個人の仕業とは考え難い。
ノミ屋に加えて金貸しのセットなんて、素人が思い付きで始めたシノギなんかであるはずもない。そうとなれば、他国からやってきたどこぞの組織と考えるのが妥当だ。
「お姉さま?」
「……ん、ノミ屋の情報はおばちゃんから聞けてんのよね?」
「ああ、ろくでなしの旦那を締め上げたってよ。どこの誰に引っ掛けられたか、全部話してくれたぜ。敵の正体までは分かんねえが、行ってみりゃ分かんだろ」
さすがに付き合いが長いだけあって、あのおばちゃんはウチの使い方をよく分かってる。
まったく、頼りになるご近所さんだ。
「手間が省けて助かるわね」
「暇だからあたしが挨拶に行ってくるぜ。ヴァレリアも行くか?」
「行きます」
「背後関係も入念に洗いたいから、誰か一人は引っ張ってきて」
「了解。一人と言わず、三人くらい招待してやるか」
不敵な笑みを浮かべ、二人はウキウキと出掛けて行った。
ところがだ。しばらくして戻った二人からは、予想外のことを聞かされた。
「――ああ、そうだ。あたしらが到着した時にはもう、皆殺しにされてやがった。たぶんだが昨日の晩から、今朝にかけてのことだろうな」
「七人倒れていました。金目の物は残されていなかったです」
ノミ屋のアジトはウチとクラッド一家との緩衝地帯にあったらしい。緩衝地帯には小さな新興組織や三大ファミリーに属しない奴らがひしめいてる状況だ。そいつら同士の争いで勝手に自滅したのかもしれない。あくどいシノギをやってただけに、恨みを買って襲撃されたってところだろうか。
あるいは裏闘技場でもノミ行為をやらかして、その報復にクラッド一家がやったのかもしれない。わざわざ死体を残したことは、警告の意味にも取れる。この場合には、まだ仲間がいるってことになるのかな。
いずれにしても七人も死んだんじゃ、新興組織や新参の余所者組織にとっては大ダメージだろう。三大ファミリーに属しない組織じゃ、数人から多くても十数人くらいの組織が大半だ。組織の規模によっては壊滅的な被害かもしれない。そのノミ屋は完全に潰されたか、少なくとも当面の営業はできないだろう。
「なんだか釈然としないわね。まあ潰れたならそれでいいけど」
「誰がやったのかは気になるがな。緩衝地帯じゃ、あたしらが聞き込んでもまともな答えは期待できねえ」
わざわざ緩衝地帯なんて治安の悪い場所に住んでる奴らには、それなりの事情がある。大体の奴らは三大ファミリーには非協力的だ。
「ジョセフィンに調べてもらいましょう」
「そうね。話を持ってきたおばちゃんに説明するにも、誰がやったか分かんないじゃちょっとね。二人から情報局に言っといて」
「ああ、それはやっとくがよ。ユカリ、きな臭くなってきやがったな」
裏の商売に手を染めた組織とはいえ、まとめて七人も殺された。エクセンブラのような悪党ひしめく都市でも、それなりに珍しい事件だ。抗争の時でもなけりゃね。
緩衝地帯で起こった出来事にしても、無関心じゃいられない。
正体不明の新興組織やらがやったってよりは、クラッド一家が始末をつけてくれたってほうが全然いい。
まあ楽観的に考えたって、大抵は想像以上に面倒臭いことになるもんだ。
やれやれ、今度はなにが起こったんだろうね。
トラブルの気配を感じながらも、日々は刻々と過ぎてゆく。
戦争やら殺人事件やらがあったとて、エクセンブラの中はそれなりに平和だ。事件の発覚後にも、特にこれといった続報はない。
今日も今日とて闘技会が開催され、スケジュールは順調に消化されていった。
ただ順調な日々でも平時とは違って、闘技会にはお偉いさんがあまりやってこない。つまりはそうした奴らを相手にする時間がほとんどなくなった。
前から面倒な会合の大部分は副長やほかの幹部に押し付けてたけど、私が対応しないといけない場面も少しはあった。その少しがなくなると、いよいよ暇になる。
私だけに限らず、キキョウ会全体として闘技会に関わる人数は減った。
闘技場の警備は大胆なアウトソーシングを進めたから、警備局は要所や要人を守りながら、ややこしい事態にだけ対処すればいい。人数はそれほどかからない。事前の準備を除けば、運営で忙しいのは治癒局と広報局くらいだ。
あとはリガハイムに行ったメンバーが忙しいくらいで、総じてキキョウ会は暇だと言っていい。
見回りなどの通常営業はあるから、やることがないわけじゃないにしろ、追われるような忙しさからは解放された。順番に休暇が取れるから、みんなもリフレッシュできるだろう。
私も趣味に没頭できる時間が増えた。
時間のかかりそうな魔法研究に手を出したり、ドミニク・クルーエル製作所に顔を出したり、トーリエッタさんとだべったりする機会も多くなった。
ずっと仕事に追われてばかりじゃ、良くないからね。たまには遊んだっていい。
今日も今日とて、空いた時間を謳歌する。
ブルームスターギャラクシー号で誰もいない草原を爆走だ。真夏の暑い中、風を切って突っ走るのは気持ちがいい。無駄に王都まで行って、買い食いなんかもしてしまう。
魔道具ギルドによる速度のリミッターは、以前までは三十キロに抑えられてたけど、それも七十キロまで上限が緩和された。私の愛車のパワーにはまったく足りないから、個人的には意味を感じにくいけど。
「せっかくだし、リミッター上限緩和の恩恵に預かっとこうかな」
帰りは王都エクセンブラ間の街道をちょっとだけ走ることにした。
街道はきちんと整備されてるから、凸凹を気にしなくていいのは大きい。なかなかに快適だ。
時間があることから、途中の宿場町でお茶までしてしまう。
「うーん、平和ね」
この中間地点の宿場町は、車両の速度リミッターが三十キロに設定されてたからこそ大きな存在意義があったはずだけど、これからどうなるんだろうね。
ずっと最高速で移動できるかはさておき、七十キロで進めば一泊しなくたって、王都とエクセンブラの行き来は普通にできるようになった。この変化は大きい。
速度ひとつとっても、社会の変革は進む。魔道具ギルドってのは大きな影響力を持つ組織だと、改めて考えさせられる。
「ったくよー、どこもかしこもシケてやがるぜ」
「どうなってやがんだよ? 戦争どころかのんきなもんじゃねえか」
「馬鹿野郎! ブレナークのほうは景気が良そうだって言ったのは、てめえだろうが」
「そりゃそうなんだがよ。なんたって、戦争だぜ? 俺らにとっちゃ割のいい飯のタネだ。お前らだってそう思ったろ?」
せっかくのティータイムを邪魔するうるさい奴らだ。
「こんな田舎くんだりまで来てやったってのによ、お呼びじゃねえだと? ふざけんな!」
「けっ、こんなんだったらベルリーザに残っときゃよかったぜ」
「てめえがしつけえから、俺らは付き合ったんだろうが。今さらなに言ってやがる」
「そうだそうだ。素直に団長の言うこと聞いときゃ良かったぜ」
傭兵団の所属っぽいけど、わざわざベルリーザからねえ。ご苦労なことだ。
さてと、こんな奴らが近くにいたんじゃ、のんびりお茶を楽しむなんて無理だ。もう行くとしよう。
席を立って歩きだせば、自然と人目を集めてしまうのが私という存在だ。
溢れ出る生命力や美が凡人共の気を引いてしまうのはしょうがないし、月白の外套のエレンガントさも私に良く似合い美を引き立てる。
遠くから眺めるだけなら許してやろう。ふっ、好きなだけ見るがいい。見られることも商売のうちだ。
「お、おいっ! 待てよ、そこのお前だ」
どうやら私に向かってほざいてるらしい。
馬の骨が気安く声をかけられるほど、庶民的な空気感は出してないはずなんだけどね。
まあ身の程をわきまえない馬鹿はどこにだっている。美人の辛いところだ。
なんにしても、いちいち取り合ってたらキリがない。
ナンパは無視して愛車に向かって歩いてるのに、しつこい奴は諦めない。うざったい野郎だ。
「待てって言ってんだろ!」
「おい、やめとけ。そんなに気に入ったのかよ」
「けけっ、てめえみたいなブサイクが釣り合う女かよ、みっともねえからやめとけ」
「うるせえな! そんなじゃねえ、良く見てみろ! 背中だ、背中。顔も見た顔だった、間違いねえ!」
「ああ? 背中に顔だと?」
「背中……花の紋章か、どっかで見たことあるような」
「そうだ、手配書か!」
ちっ、どうやらナンパじゃなさそうだ。まったく面倒な。
「帝国の手配書だ。少し見えただけだが、あの顔には見覚えあったぜ」
「思い出した思い出した! けけけっ、こいつはツイてるぜ!」
「おいおいおい、マジかよ。あの花の紋章、まさか二億ジストの賞金首か?」
「運が向いてきやがった! あいつは団長たち幹部もマークしてた女で間違いねえ。ありゃあ、楽に狩れるリストの筆頭だ!」
「殺すなよ、生け捕りだ!」
賞金狙いの連中とは初めて遭遇したわね。しかし楽に狩れるってのはどういう意味?
二億ならそこそこの高額だ。強敵だって思うのが普通じゃないかと思うけどね。まあいい、上等だ。やれるもんならやってみろ。
私はひとまずブルームスターギャラクシー号にまたがって、サングラスを装着した。
「待ちやがれっ!」
「この女、逃がすかよ!」
うるさく喚く雑魚どもには、愛車を一度でっかく吹かしてビビらせてやる。
静まったタイミングで私のありがたいお言葉だ。
「雑魚の分際で粋がるな。相手してやるから、町の外に出なさい」
「うるせえっ、逃がすかよ!」
「お前たち如きに、なんで逃げる必要が? ここでやったんじゃ、死体の処理が面倒なだけよ。先に行くわ」
退屈しのぎにちょうどいい。外套含め装備は万全だ。こいつら程度には私の肉体一つだけでも十分なくらいだってのに、過剰なくらいだ。
そういやこいつらは傭兵みたいだけど、賞金稼ぎが私を目当てに集まってるとも聞いたわね。いい見せしめにでもしてやる。何人かぶちのせば、そのうち絡んでくるのもいなくなるだろう。
バイクでゆっくりと走り出せば、奴らが慌てて車両に乗るのが分かった。さらにその後ろからは、これまた退屈しのぎなのか、何人もの無関係な奴らも追いかけてくるようだ。
怖いもの見たさにしても、普通なら巻き込まれないようにするものだろうに。よっぽど暇で好奇心旺盛か、もしかしたら飯のタネになると考える連中かもしれない。
まあこっちとしては売られた喧嘩を買うだけだ。見られて困ることはない。
よっしゃ、期待に応えていっちょいいもん見せてやろう!
お分かりのように、ノミ屋の件は後に尾を引いてくる事件になっています。一話か二話くらいの間をおいて進展がある予定です。
今回の後半は日常パートですね。他愛もない日常のシーンが次に続きます。




