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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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我が物顔に振る舞う他人の家

 交渉でも何でも主導権を取ることが肝心だ。

 相手のペースを乱し、こっちが持って行きたい方向に誘導するのが重要になる。


「ブレナーク王国……公爵、だと?」


 公爵の名代と名乗ったことは、それなりのインパクトを与えたようだ。奴らの魔法攻撃を余裕で防いだ実力も、女だてらに只者じゃないと思わせるには十分。簡単にはあしらえない、面倒な相手と理解しただろう。


 ジークルーネは問い返すような言葉には答えないまま、何でもない事のように勝手に部屋に入ってしまう。普通は警戒して、双方なかなか動きが取れない状況のはずなのに、まるで意に介さず飲食店にでも訪れたかのように緊張感なく振舞う。呆気に取られた奴らが気の毒になるくらいだ。


 公爵の名代と言った影響か、ジェネラルの護衛らしき奴らもさらなる攻撃は躊躇ちゅうちょした。ボスの指示を待ってるように見受ける。

 相手の迷いを見過ごす私たちじゃない。半歩遅れてメアリーたちも中に入り込み、ジークルーネの脇を固めた。最後にローザベルさんを守るように、私とヴァレリアも部屋に入ってしまう。


 リラックスした態度の私たちと、緊張感に満ちたジェネラル一党。こうなるともう、どっちが部屋の主人でどっちが客か分からない雰囲気になってしまった。

 遅まきながら気を取り直したジェネラルが口を開こうとした時、遠くのほうから響くような音と振動が伝わった。それに私たちは反応を示す。


「随分と騒がしいようだが……これは一体なんの騒ぎだ?」


 思わず笑ってしまいそうになる白々しい言い草だ。でもたったいま到着ばかりの振りをしないといけない。

 そっちの事情なんか、これっぽっちも知りませんてね。


「質問に答えろ! ブレナーク王国と言ったな? それが何用だ」


 ジェネラルは焦ってる。カーネル相手に不利な状況で、普通なら不意の訪問者に構ってる暇なんかない。そりゃ焦るだろう。

 それでもジークルーネは相手の都合などお構いなしに、泰然自若な態度を崩さない。


「まず問わせていただく。貴殿は旧レトナーク海軍将軍閣下、そしてこの基地の司令官と見受けるが、相違ないだろうか?」


 私たちは海軍の奴らをスカウトにきた。海賊としてのこいつらを誘ってるんじゃない。

 だから賊じゃなく、表面上は軍人としてこいつらを扱う。海賊のことなんか知りませんて、そういう建前でやるんだ。


「…………如何にも。こちらからも問うぞ。ブレナーク王国の公爵が、我々に何用だ」


 そしてジェネラルたちだってバカじゃない。そうした建前くらい理解し、相応に振舞う。

 ただし、秘密の軍事基地に堂々と乗り込む私たちが、ただの使者とも思ってない。少しだけ見せた力に加えて、高級感ある墨色と月白の外套に漆黒のベレー帽、それぞれが持つ業物と思わしき武器からして、かなりの実力を持った武力集団と考えるのが当たり前だ。女だからって、舐めてかかれる存在じゃない。ジェネラルたちはこの短い時間でそれを理解してる。


 問われたジークルーネは、懐から一通の手紙を見せつけるように取り出す。これはロスメルタが用意した手紙だ。

 当然ながら私たちが口先だけでどう交渉したところで、ブレナーク王国からの勧誘だなんて信じるわけがない。それなりの根拠を示す必要がある。そのためのものだ。


 ジェネラルがブレナーク王国貴族の紋章を知ってるとは思わないけど、貴族の何番目かの子息で軍の将校だった男がこうした書状に縁がないとは考えられない。偽物と疑うことはあっても、無視することは難しいはずだ。


「率直に申し上げる。オーヴェルスタ公爵は、貴殿をブレナーク王国海軍司令として迎えたいとお考えです」

「……なんだと」


 いきなりぶっこんだわね。ジェネラルだけじゃなく、部下の連中にまで動揺が見られる。

 どんな理由で動揺してるのか知らないけど、主導権を握ることには間違いなく成功だ。


「閣下、腰を落ち着けて話せませんか? 書状もご覧になっていただきたい」


 ここでまた遠くからの轟音と振動が伝わってきた。ジェネラルたちの焦りが深まる。


「ジークルーネよ、どうやらトラブルが起こっとるようじゃ。そちらの解決が先かもしれんわい」

「なるほど、ローザベルさん。たしかにそのようだ。閣下、我々にお手伝いできることがあれば、なんなりとおっしゃっていただきたい」


 奴らの動揺に付け込むようにローザベルさんが前に出た。そしてジークルーネもわざわざ『ローザベル』の名前を出した。

 当代一の治癒魔法使いは、その名前も顔も知られる有名人だ。この人が一緒にいるだけで、その集団の信用度は格段に上がる。怪しい集団から、ローザベル御一行様に格上げだ。


 そして効果は覿面てきめんに表れる。

 破格の治癒魔法使いは追い込まれた奴らにとって、地獄で出会った天使のようなありがたい存在だ。


「ロ、ローザベル様ご本人とお見受けしました。どうかご助力いただきたい! 怪我人が多数いまして――」


 ジェネラルの部下の一人が勢い込んで言い出した。ジェネラルとしたら弱みを見せたく無かったんだろうけど、背に腹は代えられない。咎めず最後まで言わせた。


「なるほどのう。お安い御用と言いたいところじゃが、何が起こっとるのか話してもらえんか? そちらも余裕が無さそうじゃ、手短にのう」


 さすがの貫禄だ。上手く誘導してくれてる。

 しかもローザベルさんは普段のいたずらっぽい表情を引っ込めて、外面のいい慈愛に満ちた表情で話しかける。なんか如何にも伝説の治癒師って感じを醸し出し、それらしい雰囲気と思える。普段を知ってるとギャップに笑いそうになってしょうがない。


 そうと知らない奴らにとっては、ひたすらカリスマ性を感じるばかりなんだろう。元軍人にして現海賊どもも、ありがたい存在を前にしたように荒っぽい雰囲気が完全に引っ込んでる。

 生きた伝説は伊達じゃないっていうか、私が考えてる以上に効果があるっぽい。


 仲間を助けたい思いがあるからか、奴らはボスのジェネラルに期待の視線を集める。早く状況を説明して、助けてもらおうと。

 部下の反乱なんて、ジェネラルの立場からしたら恥でしかない。どう出るだろうね。

 と、ここでまた大きな振動があった。これがダメ押しになったのか、ジェネラルは観念したような顔をした。


「もはや隠し立てている場合ではないようだ。恥を承知で申し上げる。話すゆえ、ローザベル殿。どうか力を貸していただきたい」


 へりくだりやがった! ローザベル効果、恐るべし。

 一応はこのままだと負けるのは自分だと自覚もあったんだろう。ローザベルさんの存在を前に、態度を軟化させて状況を話してくれた。細かいことや個人的な事は極力省き、報酬を巡って部下が反乱を起こしたとだけ短く。こっちとしては女と腹の子供が殺された事件は承知してるけど、話さないなら知らないフリを続けないといけない。

 ローザベルさんが代表して、時折相槌を打ちながら話を聞いた。


「――承知したわい。まさか反乱とはのう。とにかく怪我人はわしがどうにかしてやる。ジークルーネよ、ついでに裏切り者を捕らえてやったらどうじゃ?」

「閣下、お許しいただけるなら我々が片付けましょう」

「しかし、そう簡単には」

「遠慮はご不要です。我々は貴殿とご一同をお迎えしたい立場です。問題を排除することは、こちらの望みにも適うこと。メアリー、行ってくれ」


 押し込むようにどんどん話を進めてしまう。

 話を振られたメアリーたちも、魔力の奔流を見せつけるような身体強化魔法を使って周囲を黙らせる。実力の違いを理解しろ、私たちなら余裕で片付けてやれるって態度で示す。

 その急激な戦闘モードも奴らの動揺を誘い、より思考や判断をかき乱す。


「我々には裏切り者の見分けがつきません。施設内の構造も分かりませんので、どなたかご案内いただけませんか?」

「わしも重傷者から治癒してやるわい、案内せい」


 主導権を握った私たちは、完全にこっちのペースで事を進めてしまう。

 メアリーたち制圧班が物々しい雰囲気を撒き散らしながら出て行き、ローザベルさんとジークルーネは怪我人のところに移動する。私ともう一人のメンバーが、二人の護衛役として同行した。



 少しばかり通路を進んで広い部屋に入れば、そこは重傷者を集めた部屋らしい。所狭しと、何十人も寝かせられてる状況は、野戦病院さながらだ。

 血の臭いが濃く様々な悪臭に満ちた部屋には、すでに事切れてる奴だっているだろう。

 ジェネラル陣営の治癒師は少し前に魔力切れで倒れたらしい。薬品庫も奪われたいま、救えるのは私たちだけだ。


「ローザベル殿、奥側の危険な者から順に診てくださいますか」

「ちと数が多いのう、待っとれ」


 当代一の治癒師なら、もっと悲惨な状況だって見てきたに違いない。余裕の態度や表情を変えることなく、部屋の中央に歩みを進めた。

 そして祈りを捧げるよう両手を胸の前で握り、魔力を高めた。


【――癒しの神エイルアイグレーよ、猛き戦士に涼やかなる風を、秘めし光を、慈愛の笑みを向け給え!】


 厳かな感じの低い声を発し、厳粛な雰囲気を醸し出す。私からしてみれば、わざとらしいにもほどがある。

 普段なら魔法詠唱なんてしないくせに、やっぱりこの婆さんは役者だ。


 魔法行使と同時に婆さんを中心として、白く輝く霧が部屋中に広がった。

 私の切り札をパクったこの技は、奇跡の演出には非常に効果的だろう。治癒効力は第三級相当に留まるものの、瀕死の奴らの命を救うには十分だ。

 短い魔法行使の時間が終われば、スッと引くように輝く霧も掻き消える。


「終わったぞ。救える者は救ったが、死んでいた者までは救えん。ほかにもいるならついでじゃ、軽傷者でもまとめて癒してやるわい」


 なんてことの無いように言ってのけた言葉に対し、輝く霧の魔法に見惚れたようになってた奴らが急いで近くの怪我人の様子を確かめた。


「……お、おお、おおっ、こいつら、傷が、傷が治ってます!」

「す、凄い、こっちもだ。こっちも、全部傷が消えてます」

「なんということだ……奇跡、いやこれこそが癒しの神に愛された、伝説の治癒師の御業か」


 同時複数人の重傷を癒してしまう、奇跡のような魔法行使だ。普通の感覚としたら、一人ずつに対して治癒魔法を使うと思ってたんだろう。しかもこれだけの数の重傷者を癒してなお、魔力があり余ってるような言動にも凄みを感じさせる。

 現実主義者の軍人どもでも、伝説の存在と技を目の当たりにしては感激してしまうものらしい。仲間を救われた感謝の念も合わさって、もはや私たちに疑いの視線を向ける奴はいない。


「閣下、この後の治癒の間だけでもお時間をいただけませんか」

「そうじゃ、ボケっと見とる場合ではなかろう。わしには案内役だけ同行せい」


 良い雰囲気になったところで、すかさず交渉を進めてしまう目論みだ。

 最初は治癒を見守る必要があっても、これ以上は不要だろう。私たちに任せとけば何の心配もない。

 しかしジェネラルとしては復活した戦力の使い方など、色々と作戦を練り直す時間だって欲しい状況だ。


「申し訳ないが、早急に作戦を立て直さなければ……」

「ジェネラル、状況の確認と作戦はこちらで組み立てます。少しくらい問題ないでしょう」


 渋る様子を見せたジェネラルに助け舟を出したのは部下の奴らだった。ナイスアシストだ!


「……そうか。では使者殿、申し訳ないが状況が状況だ。手短にお話を伺いたい」

「長い時間は取らせないつもりです」


 ほかの怪我人を治すため案内役とどこかに行くローザベルさんには戦闘団の護衛を同行させ、私はジークルーネに同行した。

 こっちは二人、ジェネラルも副官を連れての二対二だ。


 ジェネラルの執務室らしい広い部屋に入ると、余計な前置きなどせずにさっそく席に着いて交渉開始だ。私と副官は双方の後ろに立ったまま、一応の警戒姿勢を取る。別に何が起こるとも思ってないけど。

 ジークルーネはロスメルタが用意した手紙を渡してやって、手紙の真贋を相手に委ねる。紙の質や中身を読めば、本物なんだから信憑性も増すだろう。


 手紙の内容は私たちも知ってる。細かいことまでは書いてなく、大雑把に正規の軍人として迎え入れたい意向が書かれてるだけだ。

 海軍を迎え入れる前提として、ブレナーク王国が旧レトナーク全体を支配することになる。でもこれは情勢に詳しい奴なら既定事項みたいなものだ。時期がいつになるかの問題でしかない。


「使者殿、一つ確認したい。こちらはオーヴェルスタ公爵の誘いだが、ブレナーク王国としての考えはどうなのだ?」

「公爵は王室に強い影響力をお持ちです。公爵との合意はそのまま適用され、正式に王国から招かれる状況になりましょう。貴殿の身分は保証され、部下の皆様にも相応の待遇が保証されます。悪い話にはなりません」


 美味しい話には裏がある。そしてこっちの言葉を保証するものは何もない。それっぽい手紙が一通あるだけだ。ローザベルさんの存在が、信憑性を補強してくれるかどうかってところだろう。


 ただし、ジェネラルにとってデメリットがない話でもある。

 ブレナーク王国が旧レトナーク全域を支配下に置けば、どっちみち海賊なんか駆逐される運命だ。それが事前に好待遇で受け入れようって提案が悪い話なわけがない。

 問題はその話が本当かどうかってことになるけど、ここで拒否したところで残り短い海賊稼業を続けるか、どこかに逃げ延びるしか道はない。


 それにカーネルに負けそうになってる状況で、私たちによって怪我人を回復された事実は大きい。

 騙し討ちする可能性なんて考えるだけ無駄だ。もし殺すつもりなら、出会い頭に速攻でやっただろうことくらい想像が付くはずだ。回りくどい方法を取る必要はないし、こいつらの戦力を回復させてやってるんだから、敵対する意思があるはずない。表向きは極めて友好的な接触をしてる。


 ジェネラルと副官は紋章入りの高級紙をさりげなく観察し、迷うような素振りを見せてる。

 もったいぶって受け入れる条件を引き上げるつもりか、あるいは偽物の可能性を疑うのか。


 それなりに長い沈黙の後で、基地内の状況に進展があったらしい。誰かがこの部屋に向かって走ってきてる。

 密かに魔力反応で広く状況を見続ける私には、何が起こったかもう分かってる。

 やがてせわしない感じに扉が叩かれた。副官が応対に出て、扉近くで報告を耳打ちされると眉をひそめた。


「どうした?」

「その……使者殿のお連れが、奴を捕らえて戻りました。裏切り者どもは降伏したそうです」

「なに? あれから然程さほども時間は経っていないぞ。間違いないのか?」


 ジェネラルは早すぎる展開に何を聞かされたのか理解できないような顔になり、それでも客の手前だ。頭を振って威厳を保とうと、厳しい顔つきで言葉を発する。


 この様子を私とジークルーネは密かに笑みを浮かべながら見守った。

 カーネルの位置はマーキングしてるから、状況は丸分かりだった。建前上は案内を付けさせたけど、メアリーは基地内での戦闘を続けながら、さりげなく標的の元に向かったに違いない。


 交渉は大詰めだ。ダメ押しの土産として、カーネルを差し出してやる。

 それでも満足しないなら、こっちの態度も豹変するってもんだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >ローザベルさん この人「伝説の治癒師」であると同時に、女子再教育収容所に ブチ込まれるような人でもあるんですよねぇwww [気になる点] >業物と思わしき武器 >大きな振動 この世界…
[一言] やっぱこういう展開、ほんと裏稼業のやり口って感じで万事爽快ですわ。次回も楽しみー!
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