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千客万来

 今日も元気に六番通りまで出撃だ。我ながら真面目よね。

 昨日はそこそこ色々なことがあったし、会長たる私も念のため六番通りに行くことにした。今日の留守番はボニーとポーラ。昨日活躍した分、今日は大人しくて待っててもらう。


 ただ雑務が色々あったから、ほかのみんなには先に行ってもらって私だけはお昼過ぎからの出撃になった。

 特に待ち合わせ場所なんかは決めてないけど、自然に合流できるだろう。キキョウ会メンバーは目立つからね。どちらかと言えば悪目立ちかもしれないけど。


 遅れて六番通りにノコノコ到着してみれば、相変わらずここは人が多い。

 とりあえずは適当な屋台で昼食を済ませてしまおうかな。


 ふーむ、食欲をそそるスパイシーな香りが漂ってくる。

 よし、あのドネルケバブっぽいやつにしよう。美味しそうな匂いに、つい誘われてしまった。


 数人が順番を待つ列に行儀よく並んでると、見覚えのある顔がキョロキョロしながら歩くのが遠目に見えた。

 たぶん、私のことを探してるんだろう。気のせいかもと思いつつも手を上げてやれば、すぐに気が付いて嬉しそうに駆け寄ってくる。知らない顔のおまけもいるようだ。


「あのっ、昨日はありがとうございました!」


 太った馬鹿商人に騙されてた女の子だ。たしか、名前はロベルタだったか。


「初めまして、わたしはヴィオランテです。あなたのお陰で命拾いできました」


 なるほどね、毒にかかってた子か。


「わたしからもお礼を言わせてください。本当にありがとうございました」


 真っ直ぐに私を見つめながら丁寧に礼を告げるヴィオランテとやら。しっかり者系のなかなか可愛い子だ。

 なんにせよ間に合ったようでなによりだ。助けてやった甲斐がある。


「いいのよ。助かって良かったわね」


 応えてやりつつも人目が少し気になる。昼食を買いに並んでる最中だから、話が周りにだだ洩れなんだ。まだなんか話をしたそうだし、場所を変えたい。


「ちょっと待ってて、これ買っちゃうから。あんたたちお昼は?」

「いえ、まだですけど」

「だったらちょうどいいわ。あんたたちの分も適当に買っておくから、向こうのベンチ確保しといて」


 私だけなら立ち食いでさっさと済ませるところだけど、話しながらとなると座って食べたい。

 ベンチはたくさん置いてあるから座る場所の確保は難しくないし、この際がっつり食べよう。


「え、そんな、悪いですよ」

「ロベルタ、せっかくのご厚意なんだから素直に受けようよ。それにわたしたちには、お金がない」

「うっ、それを言われると辛い」


 ふところはかなり寒いらしい。


「随分とお腹も空いてそうね。たくさん買ってあげるから、ベンチ確保して待ってなさい」

「ううっ、面目ないです」


 かなり多めに注文して、ドリンクも特大サイズ。あの子たちはお腹を空かせてるみたいだし、私は結構な大食いだから余ることはないはずだ。

 袋に入れてもらったケバブとドリンクを抱えて歩き始めると、気が付いたらしいロベルタが手伝いに駆け寄って、ヴィオランテは席の確保を続けてくれる。気が利くし、いいコンビだ。


「さ、好きなの取って、好きなだけ食べなさい。余ったら私が食べちゃうから遠慮はいらないわよ」

「こんなに……ゴクリ」

「わ、こんなにたくさん! ありがとうございます、ご馳走になります」


 最初に私が手を付けると、それを待ってたのか勢いよく食べ始めるロベルタとヴィオランテ。

 余程お腹が空いてたみたいね。なんか話がありそうだったけど、そんなことよりも夢中になって食べてる。

 うん、美味しそうにたくさん食べる奴は好きだ。話は後にしよう。


 みんなして食欲を満たすべく食べ尽くし、特大のドリンクも飲み干す。するとようやく人心地ついたのか、二人は急にはっとして恐縮した。何度も礼を言いながら甲斐甲斐しくゴミを片付け、ベンチに戻ってきた。


「――それで、話があるんじゃないの?」


 言いあぐねる様子にこっちから切り出してやる。これから見回り中のみんなと合流しなきゃならないし、用があるなら早く済ませたい。

 私の一言に覚悟でも決めたのか、うなずき合う二人。


「あのっ、御恩を返させてください!」

「わたしからもお願いします」


 恩返しと言われてもね。こう言っちゃなんだけど、食事も満足にとれない貧乏な女の子に、要求したいことなんかない。


「あれは成り行きだったし、恩返しなんていらないわ。それにあんたたち、冒険者でしょ? そんな暇があったら依頼でも受けて、少しは稼いだほうがいいんじゃない? 金がないなら余計にね」


 私の常識的な一言に、なぜか気まずそうな二人だ。


「そのぉ、実は……」


 事情を聞いてみれば、なんとも情けない話だった。

 彼女たちは元は六人パーティーで冒険者をやってたらしい。この内の四人はかなり年上の男女で、それぞれ男女の組み合わせでいい仲だったそうだ。

 それなりの年の男女はそれ相応の貯蓄もあり、戦争を機に故郷が気になり冒険者を引退。いい仲同士で結婚して故郷に帰っていったそうな。


 四人がいなくなって、取り残される若い二人。

 世間知らずなところのあるロベルタとヴィオランテは、世慣れた年上の先輩冒険者たちに甘やかされたところがあったんだろう。

 頼りない彼女たちに、互いの命を預け合う冒険者の仲間を作ることは簡単にできるはずなく、駆け出し向けの簡単な依頼を受けながら日銭を稼いで毎日をギリギリで凌いできたらしい。


 そんな折、森で薬草採りをしてる最中に、凶悪な毒虫にヴィオランテが咬まれてしまった。なんとか街に戻ったものの、困ってたところにあの詐欺商人に出会ったという顛末だ。そこで私たちに助けられて今に至ると。


 ロベルタは唯一の財産とも言える剣を失い、貯金も無し。冒険者を続けることは事実上不可能になってしまったんで、これからは街の中でウェイトレスでもやるしかないと思ってたところらしい。

 でもその前に私への恩を返したい。自分たちにできることがあるなら、それをしたいと思って私を探してたってわけだ。


「なるほどね」


 まさか予備の武装や貯金も全然ないなんてね。

 しっかし、そうか。働き口を探してるのか。

 世間知らずとは言え冒険者だっただけあって、そこそこ戦えそうなのは高評価ポイントだ。この際、勧誘してしまおうか。我がキキョウ会は人手不足だからね。


 だけど、その世間知らずのお嬢ちゃんを危険なことが分かり切ってる世界に引きずり込むのも考え物だ。この二人なら断らないだろうから、余計になんか弱みを握って無理に引き込んだみたいに思えてしょうがない。


 そんでもってウチに加わって働いてもらうこと以外に、この子たちにして欲しいことなんて特にない。うーん、どうしようかな。



 ふむ、と考え込んでると、また見知った顔が遠くからのっしのっしと歩いてくるのに気が付いた。今度のは全然会いたくない顔ったけど。

 しかもぞろぞろとまた、良くこんなにかき集めたと思うほど、悪そうなのばかりを大勢引き連れて。

 あれは買い物客じゃない。全員が武装してるし、中には巨大な盾を持った奴までいる。壁役なんだろうか、ちょっと興味深い。

 先頭に立って引き連れてるのは、昨日懲らしめたばかりの太った詐欺商人だ。どうやら報復にきたみたいね。


「あれは……?」


 私の視線をたどってヴィオランテが気づいたらしい。厳しい表情で詐欺商人御一行様に注目した。一息遅れてロベルタも気づいて、警戒を始めた。


 どう考えても用があるのは私たちキキョウ会だ。いまこの場にいるのは私だけでも、逃げ回るつもりはない。

 シマの仕切り役として、六番通りには被害が出ないよう速やかに処理したいからね。逃げる考えは露ほどもないし、買い物をするつもりもないだろう、あんな連中にここをウロウロされたくない。

 ここ六番通りは我がキキョウ会の縄張りだ。あんなふざけた真似を許すわけにはいかない。


「喧嘩上等、やってやるわよ」


 キキョウ会の会長である私は、墨色の外套を見せつけるように堂々と通りの中央に立ち、招かれざる客を待ち構える。

 目立つ私にはあいつらだって気づく。逃げる素振りのない私を満足そうに見つめながら、悠然と真っすぐに進んでくる。

 この異常事態を目敏く察知した通行人はさっさと退避し始め、近くの商店や露店も大急ぎで店じまいを始めた。


「あ、あの、昨日の仲間の人たちはどうされたんですか?」


 昨日は軽く撃退した私たちではあるけど、今は私だけしかいない。相手の人数を見てロベルタはビビったようね。普通の反応だ、無理もない。


「この六番通りにはいるはずだけど別行動中よ。騒ぎになれば気づくんじゃない?」


 私の暢気な回答に、ヴィオランテが目を剥いて驚いた。


「逃げたほうがいいと思います! あの人数ですよ!? いくら何でも多勢に無勢ですっ」


 ふん、多勢に無勢? それがどうした。

 戦術的撤退ってのも場合によってはあり得るけど、今はそうじゃない。


 自分のシマで敵に背を向けて逃げるなんてあり得ないし、あってはならない。考えてみれば、こちとら信用で成り立つ商売を始めようってんだ。

 キキョウ会は決して逃げ出さず、シマを守護する番人だ。それができて初めて、このシマの主として認められるってもんだろう。


 うん、そうだ。キキョウ会の戦闘班なら誰だってこうする。見なくたって分かる。

 恐れる気持ちなんて微塵もない。むしろ笑いが込み上げてくるってもんよ。

 それに、こんなシチュエーションをどこかで望んでたことも否定できない。だって、凄く面白そうでしょ?


 グラデーナやボニー、ポーラは間違いなく同じことを考えるだろうね。もしかしたらジークルーネやアンジェリーナだってそうかもしれない。ブリタニーとヴァレリアはたぶん、面倒くさいなんて言いながらも立ち塞がるんだろうな。シェルビーとメアリーは多少怖がりながら、それでも胸を張って戦うだろう。そういうことが想像できる。


「あんたたちは下がってなさい。知らないだろうけど、この六番通りは私たちキキョウ会が仕切ってるシマなのよ。あんな奴らを放って逃げ出すなんて、できない相談ね」

「でもっ」


 まだ言い募ろうとする彼女たちを身振りで制して黙らせた。

 さすがにこれ以上は口出しできないと分かったのか、口をつぐんで私の後ろに少し下がる。でも逃げ出すまではしないようだ。さっさと逃げてくれたほうがいいんだけどね。


 ところが一旦下がったと思いきや、今度は決意に満ちた顔で私の横に並び立つお嬢さんたちだ。おいおい、ちょっと待ちなさい。


「なに考えてんの? 足手まといはいらないわ」


 冷たいようでも、これが本心だ。


「命の恩人を見殺しになんてできません。わたしたちは恩を返すために、ここにきたんですから」

「そうですよ!」

「いや、そうは言ってもね。いくら私でもあの人数相手じゃ、フォローまで気が回らないわ。はっきり言って、足手まといだし危険すぎる」


 見上げた根性なのは認める。でも邪魔になるのは目に見えてる。


「前に出るつもりはありません。わたしは後衛での魔法戦闘しかできませんし、ロベルタは剣がありませんから」

「悔しいですが後方から魔法で支援させてください! わたしは幻影魔法が使えますし、ヴィオランテは風魔法が得意なんですよ」

「逃げ回りながら、ある程度の人数を引き付ける事や攪乱くらいならできるはずです。どうかやらせてください」


 むぅ、そこまで言われるとね。そろそろ仕掛けたいし、押し問答してる時間がもったいない。


「もう分かったわ、好きにしなさい」



 先手必勝、戦いは主導権を握るに限る。

 相手が少人数ならともかく、あんな大勢をわざわざ目の前にくるまで待ってやるほど律儀じゃない。鉄球の投擲でまずは頭数を減らしてやる。


 強者なら凌ぐだろうし、雑魚は勝手に脱落する。もちろん街中だし、人相手だから手加減はするつもりだ。

 特別重い金属や魔導鉱物を使った全力の投擲をすれば、強者だろうが大抵の場合ならミンチにできる。でもそれをやってしまえば街の人たちにとって、私は恐怖の対象にしかならないだろう。そんなのはゴメンだから、適度な加減が必要になる。

 当然、薬魔法を併用した爆発や毒なんかは危険すぎるから、これも使えない。それに切り札だから簡単には使えないって理由もある。


 あとはそう、勝つにしても勝ちすぎるのは良くない。

 半殺し程度なら魔法で治せるから遠慮なくやるし、不可抗力を忌避するつもりもない。そのつもりはなくたって、事故はどうしたって起こる。

 だけど意図した殺人、特に残虐に思えるような惨いやつは良くない。


 私は喧嘩上等ではあるけど、恨みを買いすぎて普通の喧嘩に収まらない暗闘の日々なんてのも真っ平ゴメンだ。だからこそ、キキョウ会の戦闘班には強さが求められる。手加減しながら相手を制圧できる強さが。


 キキョウ会は別にすべてを支配しようなんて思ってない。

 愛すべき馬鹿どもと敵対しながら、たまーに強い奴と面白おかしく戦えて、金をたんまり稼いで豪快に使う生活を送ることが今の目標なんだ。随分と慎ましやかな目標だと思う。


 だから先を見据えて私は戦う。ま、ぶち切れたり興が乗りすぎれば、自分でもなにを仕出かすか分かんないけどね。

 まずは小手調べに軽く足元に向かって投げてみるか。馬鹿力で投げる鉄球だから、軽くでも直撃すればただじゃ済まない。あいつらだってその程度の負傷は覚悟してるはず。直撃しなくても石畳で整備された道だから、砕けて飛び散った破片で軽傷程度は負わせられるだろう。


 ソフトボールサイズの鉄球を生成して握りしめると、振りかぶったりはせず軽めに次から次へと投擲していく。

 ロベルタとヴィオランテが唖然として見る中、続々と鉄球が向こうに着弾した。

 二人ともなにが起こってるのか分からないようね。適当に満遍なく足元付近に命中するよう投げまくってるんだけど、直撃した運のない奴もいるみたいで、阿鼻叫喚の声がここまで聞こえる。やっぱり、雑魚は勝手に脱落する。


「うそっ!?」

「えっ、魔法、じゃない!?」


 魔法じゃないんだな、これが。身体強化魔法は使ってるし鉱物魔法で鉄球は作ってるけど、普通に鉄の塊を投げてるだけだからね。


 ちょっとの時間を経ると混乱から立ち直ったらしく、地面を隆起させて壁を作られてしまった。ああなれば打ち止めだ。かなり分厚い壁ができたことを考えれば、そこそこはやる魔法使いがいるみたいだ。


 でも、そこに隠れたままでどうするつもりだろうね。まさかあの程度で撤退するわけじゃないだろう。

 中央付近にいたデカい盾を持ってたのを筆頭に、強そうな奴は避けたり弾いたりしてたのが見えてたから、戦力はまだまだあるはずだ。

 さて、どう出る?


「……なにあれ?」


 つい声に出てしまった。疑問に思ったわけじゃなく、呆れただけだ。

 向こうからも遠距離攻撃を仕掛けてくるか、盾を持った奴を前に出して突貫でもしてくるかと思ってたのに、出た答えは最悪の消極策だ。


 奴ら、壁の前に新たな壁を作り始めやがったんだ。

 古い壁を崩して新しい壁まで進んで、また新しい壁を作って……そんな作戦でこっちまで近づくつもりらしい。

 魔法の射程距離が数メートル程度みたいで、ここまで到着するには、ちょいと待ち時間がかかりそうだ。なんじゃそりゃ。


 大方、あの詐欺商人が自分を守ることを最優先にしろとかなんとか言ってんのかな。


「壁、ぶち壊してやろうかな」


 鉄球の投擲で破壊することは難しくても、見た感じあの程度の魔法であれば、私の鉱物魔法で干渉すれば容易いと思えた。


「できるんですか!? っていうか、さっきのあれは何ですかっ!」

「あんな攻撃は見た事ありません」

「そう? 見たとおりだけど。単に鉄球を生成して投げただけよ」

「な、投げただけって……」


 ちまちまと壁を作りながら近寄ってくるのを待つってのは、馬鹿馬鹿しい時間にしか思えない。魔法で干渉するのいいけど、いっそこっちから近づいてやろうか。

 だって、あの作戦は待つにしても余りに遅い。

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