力押しの潜入作戦
薬品庫を奪取して逆転の芽が出たカーネル陣営。それでも勢い任せには突っ込まず、夜間戦闘は避けたらしい。
今頃はどっちの陣営も作戦を練り直し、特にやられたジェネラル陣営は立て直す時間稼ぎに奔走してることだろう。戦闘の音は聞こえなくても、どこか騒がしい。
まだ騒々しさと混乱の残滓の残る軍事基地では、私たちの動きも止まらない。隙を逃さず整然と的確に動いてる。
騒動に紛れて密に基地内部を探り、双方の親玉の正確な位置や護衛の人数まで調べ上げてしまう。
さらには双方の被害が広がりすぎないよう、手まで加えてしまう徹底ぶりだ。
「こちら第三班、北東ルートで休眠中の魔道具を起動しました」
「こちら第五班、西の分岐ルートで防護扉を閉じました」
ジェネラル陣営が利用できてない設備まで動かしてやって、移動や攻撃に制限をかけてしまう。
「こちら第一班、港に続く通路の魔道具を強制起動しました」
「こちら第四班、基地機能の探査は大筋で完了です」
いざって時に逃亡を妨害する罠を張り、不意の警報や攻撃を受けずに済むよう基地機能を細かく把握してしまう。私たちに時間と自由を与えるってことは、完全敗北への道にほかならない。
「こちらハイディ、ジェネラルの装備にマーキング完了です」
「こちらシェードです、カーネルの装備にもマーキング完了しました」
イレギュラーを可能な限りなくしてしまう。把握できることを把握し、準備できることはやれるだけやる。
これ以上ないってくらいまでやってしまえば、余分な心配が減るってもんだ。もう手のひらの上に乗っける勢いでやるくらいでちょうどいい。
「こちらジークルーネだ。皆、良くやってくれた。潜入班は引き上げて休め。監視班はこのまま頼むぞ」
各所からの返事を聞きながら、発信をオフにした副長の肩に手をかける。
「ジークルーネも休んだら? あとは私が見とくわ」
「そうだな、交代で休むとしよう。ローザベルさんは……もう寝ているか」
「とっくにね」
森の中に作った陣地では、思い思いに休むメンバーが寝転がってる。婆さんの出番は交渉の時だけだから、マイペースなもんだ。
「今の感じだと、たぶん朝方まで動きはないわね。ヴァレリアも休んどきなさい」
「……ちょっとだけ横になります」
眠そうなヴァレリアは素直にうなずき、ジークルーネに伴われて寝床に向かった。
待機する私も緊急事態がなければ特にやることはない。訓練を兼ねた魔力感知の網を広げ、魔道具の稼働状況や人の動きを俯瞰するように観察した。
これと言った異変なく時が過ぎ、明け方近くになるとカーネル陣営の動きが活発になり始めた。仕掛けるつもりだろう。
監視班からも報告が入り、休んでたメンバーも起きて配置に移動する。今日が私たちの正念場だ、自然と気合が高まる。
日の出と同時に戦いが始まった。
カーネル陣営は初っ端から殺気立って魔法攻撃を撃ち込み、援護を受けた多数が突撃してる。ジェネラル陣営の応戦は後手に回って上手く行ってるようには思えない。
勢いの差が明らかだ。この分だと黙って見てるだけで、ジェネラル側が崩れそう。早くも怪我人が何人も退避してる様子がうかがえた。
せっかくジェネラル側を追い込む支援してやろうと陣取ってたのに、これだと小細工する余地はない。楽でいいけど。
「思ったより展開が早いわね」
「勢いの差が歴然としてます」
時間をかければ有利になるのはジェネラル側だ。それが頭にあるのか、どうにも逃げ腰になってる。
逆にカーネル側は早くケリを付けないと不利になる。それが分かってるから、勝負を決めに行ってるんだろう。
それというのもジェネラルのほうは、基地機能を有効に使える地の利がある。薬品庫を奪われても、格の高い治癒師だっている。地上戦を撤退しても地下に逃げれば、時間を作り立て直せる。最初からそれをしないのは地下施設の一部でも奪わせたくないからだろうけど、末端の賊どもは形勢不利になって戦意は下がるばかりだ。このままじゃ早いうちに地下に追い立てられる。逃げ込めば助かると頭にあったら、粘ることは難しい。
ところが私たちの細工によって、地下の構造には綻びが多数ある。とても長時間に渡って耐えられはしない。
「こちらハイディ、全体的にカーネル優勢で戦闘の推移が予想よりも早いです。こちらも早めに動いたほうがいいですね」
「こちら紫乃上、私もそう思うわ。ジークルーネとローザベルさんにメアリーたち護衛班は、ボートで沖に待機してなさい。この分だと昼まで持たないわ」
戦闘巧者と見なされるだけあって、カーネル陣営はなかなかやるようだ。
「こちらジークルーネ、了解した。合図を受け取り次第、奴らの港に正面から乗り込む。その前に一度、母船にも状況を報せておく」
「うん、頼むわね」
二つの勢力の争いを見守る展開は興味深い。やっぱり守りに入った勢力よりも、攻める側が強い。
前にも思ったことがあるけど、私たちは常に攻める側に立たたなきゃならない。守りに入らず、攻めの姿勢を忘れてはならないんだ。追われる者より追う者のほうが強いと言われるように、心構えや精神的な在り方が勝負を決めることは往々にしてある。
たしかに、守りに入ってる奴を恐れる必要はどこにもない。逃げる奴を恐れる要素なんてあるわけない。怖いのはいつだって牙を剥いて戦う奴だ。あるいはその牙を巧みに隠す奴かな。
カーネルの奴は指揮官として有能なんだろう。裏切り者の外道じゃなければ、と思わずにはいられない。
そうして陰から横やりを少々加えながら時が過ぎ、昼頃には戦闘が小康状態に落ち着いた。
情報局のまとめ役をやってるハイディが私の傍までやってきて、色々と報告してくれる。
「――東ルートからの侵攻がかなり奥まで進んでます。奴らウチが作った綻びを上手く利用しましたよ」
「中央ルートからもそこそこ食い込んでるわね。いったんは攻勢が落ち着いたみたいだけど、無意味にジェネラル側を休ませるわけないわね」
「でしょうね。不気味な静けさは緊張を強いる意味がありますし、緊張を途切れさせる意味にも取れます。小一時間くらいしたら、また攻撃が始まるんじゃないかと思いますね」
その時にはジェネラル側の焦りは相当なものになってるだろう。
「うん、そろそろ良さそうね。攻撃再開のタイミングで、ジークルーネたちを動かそうか」
「それがいいと思います。手筈どおりにヴィオランテさんから伝言してもらいましょう」
「お姉さま、監視と支援はまだ続けますか?」
ヴァレリアは私の護衛で傍にいるだけだから、ずっと暇そうだ。施設から離れた場所にいては、賊が不意に接近することもないから護衛の意味も全然ない。
「続けるけど私にはあんまり出番ないかもね。今からジークルーネたちのところに合流する?」
「そうしたいです」
交渉役はジークルーネとローザベルさんがやって、護衛にはメアリーが付く。ほかに同行する戦闘団メンバーは、交渉がまとまり次第、カーネル陣営の賊どもを制圧し、親玉のカーネルを捕えてジェネラルに差し出す計画だ。
私が護衛役として同行し、メアリーとヴァレリアが制圧役に入れば早く仕事が終わるだろう。
「……うん、じゃあそうしよう。ハイディ、私とヴァレリアはボートで移動するから、あとを頼むわ」
「了解です。制圧まで見届けたら、頃合いを見計らってこちらも撤収しますね」
終わりが見えてきたら、なんだかエクセンブラが恋しくなってきた。
よし、さっさと終わらせるとしよう。
軍事基地の島からは遠く離れた海の上で、ほとんど揺れもしないボートで静かに時を過ごす。
海は凪ぎ、天気もいい。強い日差しを除けば気持ちのいい行楽日和といった風情だ。嗜みはないけど釣り糸でも垂らしたい気分になってしまう。魚がたくさんいるから良く釣れそうだ。
緊張感なく思い思いにボート上で休むみんなの雰囲気も相まって、近くの島でドンパチやってるとはとても思えない穏やかな空間だ。
「――皆さん、風です。ヴィオランテから合図が届きました」
「了解した、メアリー。皆、出るぞ!」
おっと、のんびり気分もここまでか。
反応よく数隻のボートが一斉に動き出す。私は広域を魔力感知で監視し続ける。いつだってイレギュラーは起こり得るから、その備えだ。今のところは問題なさそうだけど。
静かに進むボートの群れが目的の島影を捉えても、不思議と賊からのリアクションはない。もう接近を感知されてもおかしくない距離のはずだ。
動きはなくても油断せず、みんなで攻撃に備える。しかし当初予想した攻撃や警告は全然なく、そのまま港に接近しつつあり、ついには通信圏内にまで入ることができてしまった。
「こちらジークルーネだ。ハイディ、状況はどうなっている? 妨害なく港に入れそうだ」
「こちらハイディ、カーネル側の攻撃が今まさに激化しているところです。構っている余裕がないか、ひょっとしたら気づいてもいないかもですね。魔道具の警報装置は切ってますんで、あとお願いします」
大型船ならともかく、ボートで接近してるから目立たないってのはある。でも天気の良い昼の海だし、普通なら気づかれないはずないんだけどね。どうやらカーネル陣営の攻撃がいい陽動になってくれてるらしい。
まあ楽に行けるなら、それに越したことはない。
「総員、上陸用意! くれぐれもこちらからは攻撃するな。我々はあくまでも友好の使者と心得ろ。襲われても丁重に扱ってやれ!」
「おうっ!」
この分だと出迎えは少なそうだ。派手に暴れたりしなければ、すんなりとジェネラルの元にたどり着けるだろう。
結局のところ最後まで攻撃など受けないまま、天然の洞窟を改造した港に入り込んだ。なんなく上陸を遂げても全然、人けがない。
「ふい~、楽勝じゃのう」
「厳しいパターンを想定しても、現実はこんなもんよね。ジェネラルとカーネルに付けたマーキングも機能してるわ、行けそうね」
「ああ、まずはジェネラルだ。メアリー、先行してくれ」
「了解です、後から付いてきてください。ビッキーの班はこの場を確保」
大雑把な位置として、港は島の北西部にある。ジェネラル陣営は北でカーネル陣営は南、今は東のほうに人が集まってて、西側にはほとんど人がいない。
先に行ったメアリーたちは魔道具によらない罠を警戒しながら、危険があれば排除して進路の安全確保に努める。
先行するメンバーに少し遅れて順調に通路を進み、所々で現れる扉も強引な突破で破壊跡を残すのみだ。
戸締りが厳重なせいか、警報の魔道具が作動することを信じてるからか、ジェネラルがいる場所と港を繋ぐ通路には誰もいなかった。そうして目的地近くの部屋になって、ようやく誰かがいる状況になった。
私たちは友好の使者だからね、いきなり扉を蹴破って入ったり、問答無用にぶちのめしたりはしない。
まずはジークルーネが金属製の扉をガンガンとノックした。上品にやったんじゃ聞こえないだろうから、強めに叩くしかない。
「ふふっ、中の奴ら緊張してるわね」
「港側から誰かやってくるとは想定外なのだろう。動揺しているな」
こっちは正体不明の訪問者だ。不用意に扉を開けるような真似はせず、警戒してるようだ。
もう一度ノックすると動きがあった。一人がジェネラルのいる部屋に向かったっぽい。冷静に考えれば敵がわざわざノックなんかするかとも考えるだろうし、とりあえずはボスに報告に行ったんだろう。
少ししてから数人の魔力反応が奥から部屋にやってきた。
扉越しに名乗ってやっても、たぶん意味はない。分厚い天然の岩壁に頑丈な金属扉だ。まともに聞こえるとは思えないから、しょうがなくまたノックする。
待ってみても、やっぱり開けようとする動きはない。
「カーネルと決死の戦いやってる最中に油断するわけないか。このままじゃ、扉を挟んでの睨み合いがずっと続きそうね」
「こじ開ければ早いじゃろ」
「開けるのは簡単だが、交渉に支障が出るかもしれん。やはり穏便に済ませたいな」
「少しだけ隙間を作りますか?」
うーむ、隙間を介してのやり取りか。開ける場所によっては顔が見えるし、声くらいは聞こえるようになるか。でも、ちょっとまだるっこしい。
「どうするんじゃ?」
「結局のところ、どうしたって警戒されるのは変わらないわね。だったら、まともに話ができるように入っちゃおう。私が鍵のところだけコッソリ壊すから、普通に開けて入るわよ」
「攻撃を受けませんか?」
「防御幕は張っとくわ。こっちから攻撃しなけりゃ、話くらい聞く気になるわよ」
そのあとはメアリーたちの威圧と、ジークルーネとローザベルさんの交渉次第だ。
「たしかに時間をかけても仕方がない。こちらの実力を見せる意味でも、控えめな強行突破は効果が期待できる。それで行こう。ユカリ殿、頼む」
「そんじゃ、ほいっと」
金属扉は瞬時に掌握できた。魔道具としてのロックと物理ロックを、表面上は何事も起こってないようにしながら内部で破壊した。
こっちからは奥に向かって押し開く扉をそっと開ける。タイミングよく無色透明の装甲を展開させ、内部の様子が完全に見えたくらいのところで魔法攻撃が襲いかかった。
「問答無用の攻撃か、悪くない反応だったわね」
「ああ、元軍人らしい躊躇の無さだ」
数秒ほどで攻撃が止み、ここでようやく顔を合わせることになった。
奴らの格好は海賊っぽくなく、普通に軍服姿だった。機能性に優れてるからか、着替える必要性を感じなかったのかもしれない。だから薄汚れてはいても、海賊っぽい感じが全然しない。それに階級章が付いてるから、誰がジェネラルなのか丸分かりだ。
「なんだ、貴様らは!」
怒鳴った貫禄のあるおっさんがジェネラルで間違いない。態度も一番偉そうだ。
問われたからには答えてやる。ジークルーネが代表して一歩進み出た。
「我々はブレナーク王国はオーヴェルスタ公爵の名代として遣わされた者だ。派手な歓迎、痛み入るぞ」
ジークルーネは余裕の笑顔で皮肉った。
もう交渉は始まってる。




