ろくでなしが通すスジ
一方的になってる戦況を、秘密裏に支援してひっくり返す。
まさしく、言うは易く行うは難しにほかならない。
それでも私たちには成し遂げられる実力があるはずだ。余所からは考えられないほど厳しい訓練や実戦を潜り抜けた猛者ばかりがここにいる。殴るだけが能じゃないんだ、できないわけがない。あるいは殴るだけに単純化できる方策だってあるかもしれない。
「皆で楽に達成できる方法を捻り出せ。現状では小さな手助けを重ねていくことでしか、秘密裏には達成できそうにない」
「ハイディからなんかいい段取りはある?」
「手っ取り早いのは食糧庫と薬品庫を奪取させることですかね。短期決戦の目論みを外したカーネル側は食糧も危ういです。ちょっとした罠を仕掛けてジェネラル側の動きを妨害しつつ、攻勢を陰から支援すればどうにか。カーネルも狙っているはずなので、チャンスさえ与えてやれば奴ら我武者羅にやりますよ」
「二か所の奪取に成功すれば重大な転換点になる。むしろそれができなければ、逆転の目はないだろう。支援してやれば、勝手に食いつくと期待できそうだ」
たしかに。港もジェネラル側が押さえてるらしいから、カーネル陣営は逃げ出すこともできない。だったら逆転の目は決して逃さないはずだ。
「それだけに守りは厚いじゃろう? 簡単にはいかんのう」
「ですね。並行して破壊工作や妨害工作で、防御に集中させない手を加えないといけないです。ただ双方の人数は多いですが、基地が広いので付け入る隙はいくらでもありますよ」
「面倒だけど手間かければいけそうね。こっちの動きは悟られないようやるわよ」
回復薬をゲットできれば、怪我人多数のカーネル側にも希望が生まれる。食べ物まで奪えば、ジェネラル側の焦りは相当なものになるはずだ。
でも支援しすぎてジェネラルの側に死者がたくさん出るのも避けたい。ちょっと考えただけでも、非常に厳しい絶妙な舵取りが必要になる。
最悪は全員ぶっ倒してからの『交渉』でもいいかもしれないけど、感謝されながらのほうが禍根は残らない。
即興もいいところの作戦ね……まあどうにかなる。たぶん。
「手始めに基地機能に障害を起こします。この基地は魔道具設備の塊みたいなもんですから、ピンポイントで要所を破壊していけば基地機能を色々と制限していけると思います。魔力感知で見極めながら破壊していきましょうか」
「制御室を乗っ取れれば早いのだがな。さすがにそこまでやると不審に思われる」
「バレないことが重要よ、地味にやるしかないわ」
「はい。カーネル陣営の攻撃に合わせて、基地機能を少しでも封じましょう。簡単にですが図面書きますね」
ガリガリと線を引くんじゃなく、土の地面に黒い線が浮かび上がって素早く図が描かれる。ハイディの魔法だ。
斥候として様子を見に行ってくれたメンバーからの細かい情報も加わって、全体的な絵と攻撃ポイントが記されていった。
「今のところはこのくらいですね。ジェネラルとカーネルの居場所は見当ついてますから、いざとなれば実力行使でどうとでもできます。保険は掛けとくとして、あとは重要施設をどうカーネルに奪わせるかですね」
「全員これを頭に叩き込むぞ。いつものように派手にはできない。ユカリ殿、ここからは斥候役に指示を下してもらおう」
「そうね。私も遠距離からの狙撃に当たるから、タイミングと狙撃場所を言ってくれればそれに合わせるわ」
考えれば考えるほど難しい作戦だ。その場その場の機転と応用力が試される。
「了解です。では斥候があちこち探りながら適宜の攻撃を要請しますね。まあ攻撃と言っても対人攻撃は極力控えないとバレますね。せいぜい対象の気を逸らすといった感じになりますか。あと基地機能の制限は潜入工作してしまえば簡単なんですけど、これもやりすぎればバレますよね?」
「これまでにカーネル陣営が成功していないことを考えれば、不審に思われるのは確実だ。なんとか双方の攻撃に乗じ、偶然を装った形にしたい。それも最低限に絞ったほうがいいだろう」
恩を押し付けるには、疑われる要素があったらダメだ。後でバレたら面倒なことになるかもしれない。怪しいと思わせない努力が求められる。
「でしたら破壊は二か所程度までと考えますか。どこをやれば良いかは、これから見極めます」
「頼んだ。遠距離支援可能なメンバーは分散配置で行く。早急に詰めるぞ、こうしている間にも戦闘は進んでいる」
「港はジェネラルが押さえとるのじゃろ、潮目が変わったら逃げ出さんか?」
どんな展開にも対応しないといけない。この場で想定できないことまで含めての備えが必要だ。
「逃げるかもね。逃亡の阻止になったら、もうバレずに済ませるのは難しいわ。その決断を下される前に、私たちが乗り込んで助けてやると持ち掛けるのがベストよ。要はタイミングの見極めが重要ってことね」
「基地機能のいくつかを喪失させ、薬品庫を失わせた状態でジェネラルとカーネルは互角といった状況だな。これに加えて食糧庫も失わせれば、ジェネラルの逃亡が現実味を帯びるだろう」
図面を睨みつけながら、みんなで展開を思い浮かべた。
やっぱり具体的にどう進めるかとなると正直、どうしたもんかって感じだ。
「……やるにしても取っ掛かりが欲しいところじゃな。少々強引でもきっかけさえ作ってしまえば、あとは混乱に乗じてどうとでもできるじゃろ」
「賛成です。時間をかけては海賊に死者が増えるだけですからね。あ、ユカリさん、ここのポイントなんですけど」
ハイディが図面を枝で突いて示した。そこは作戦の肝となる薬品庫の近くだ。
「そこが?」
「薬品庫に通じるこの広場なんですけど、守備の人員が相当数いるんですよ。これをちまちまと陰から支援したんじゃ、突破させるまで時間がかかってしょうがないです。顧問がおっしゃるように、ここは強引に突破しませんか?」
いい案を思いついたらしい。
最初の一歩を踏み出せば、あとは自然と走り出せるってもんだ。
ちょこちょこっと作戦を決めたら、分散して配置につく。
斥候役の情報局メンバーや、遠距離支援ができるメンバーが島内に散らばって機会をうかがう。その他のメンバーはいざって時の強襲に備えたり、通信の中継役についたりした。
そうして様子を見ることしばらく。
「――こちらハイディ、ちょうどいい塩梅です。今です、ユカリさん!」
「了解っと」
軽く答えて魔法行使だ。これを取っ掛かりに作戦は進む。
薄く広く伸ばした私の魔力の網は、薬品庫に続く広場に陣取った連中の足元に及ぶ。
今現在も戦闘中のそこは、ジェネラルとカーネル陣営双方の魔法が乱れ飛ぶ状況にある。接近戦じゃなく中距離魔法戦は、こっちにとって一番いい状況だ。
イメージを固め急速展開させた魔法は非常に地味で、私の好みとは程遠い。
しかし結果は派手だ。ジェネラル側の陣地の足元に魔法が効果を及ぼし、それは形になって表れた。
薬品庫などを含めた主要な施設は島全体の地下に広がってて、戦闘は地上で行われてる。これがどういうことを意味するか?
つまり、足元を崩してやればそれだけで甚大な被害を生み出せる。私にとってはほんのちょっとの魔法行使にすぎない。
ガラガラと崩れ落ちる地面に飲み込まれるようにして、多くの海賊どもが消えていった。
「お姉さま、ちょっと派手すぎたかもしれません」
「大丈夫大丈夫、新しい基地じゃないからね。老朽化した施設で魔法戦闘やってんのよ? 地面が崩れたっておかしくないわ。それに落ちたくらいじゃ、よっぽど運が悪くなきゃ死にはしないわ」
足元からの魔力を感じさせない地味な魔法は、構造の要となる部分をピンポイントで脆くしただけ。あとはやり合ってる奴らが起こす振動で勝手に崩れ去る。
一応は古いとはいえ軍事施設だから、魔力干渉を簡単に許すほどしょぼい造りじゃない。これは私の緻密な魔力感知と魔力操作があって、はじめて可能な魔法技術なんだ。これを意図してやったなんて、誰も想像もしないはずだ。後から入念な調査が行われたとしても、絶対にバレっこない。
薬品庫に続く広場や通路を守る部隊は大半が瓦解し、それを呆然と見てたカーネル陣営は目の色を変えて突撃を開始した。ここは奴らにとっての正念場だ。思った以上の迫力でもって物陰から飛び出し、大穴を避けるようにして通路に突っ込む。
ただし、ジェネラル陣営だって全滅したわけじゃない。まだ残ってる奴らがいる。
ところがだ。守るべき場所を放り出して、残った奴らが戸惑いながらも引き上げていく。
奴らは命令に従って撤退したんだ。必死な撤退命令でね。
「ヴィオランテの魔法も上手くいったみたいです」
私の落とし穴戦法とは別の場所でも、こっちの工作は動いてる。
同じような魔法戦が行われてる別の場所で、基地機能の一部を暴走させたんだ。敵を罠に嵌めるガスが漏れ出たように見せかけ、ジェネラル陣営に必死の撤退を促した。そしてその呼びかけをヴィオランテの風魔法で拾い、薬品庫の守備に付いてる部隊にまで届かせた。
普通ならおかしいと思うかもしれないけど、大規模な被害を受けた混乱状態なら誤魔化せる。不意に負ってしまった信じ難い被害、猛烈な敵の突撃に、必死な退避の呼びかけは、冷静な思考を奪うには十分だ。さらには届かせる声にも工夫がされてるはずだから、ヴィオランテの魔法技能の巧さだって光る。
雑なようでいても緻密で高度な魔法技能は、困難を容易く突破したように見せてしまう。だから魔法は恐ろしい。
「――こちら紫乃上。作戦成功、作戦は成功したわ。斥候はジェネラルとカーネルの動きを注視、ほかはしばらく待機。なんかあったら報告しなさい」
通信の中継が回されるのを聞きながら、ヴァレリアとその場にしばらく留まった。
薬品庫を奪取したカーネル陣営は、急ぎブツを運び出して怪我人の手当てに使ったらしい。
日が暮れる頃には、動かなかった多くの魔力反応が元気を取り戻して気炎を上げたのが伝わってきた。
「一時的には形勢逆転といったところじゃな」
「腕のいい治癒師がジェネラル陣営にいる以上、長期戦ではあまり意味はないがな。しかし治癒師の魔力にも限界がある。あれだけの怪我人を出せば、現時点ではカーネル陣営が優勢だ」
「しかもジェネラル陣営の空気は最悪です」
「ああ、もう少し追い詰めてやれば、我々の提案を仕方なしでも受け入れるだろう。交渉成立だ」
結局は派手にやってしまったにしても、ここからはもっと地味にやらないといけない。
地味にカーネル陣営を支援して、ジェネラル陣営に巻き返しを許さないよう徹する。
「より一層、ジェネラルの動きは注意深く見ておきます。目安としては明日の日没後くらいから交渉に乗り出す腹積もりにしときますか?」
「そんなもんじゃろ。追い詰めすぎれば、逃げ出すことは元より何を仕出かすか分からん」
「うん、自棄になられても困るわ。工作班は今日と同じように分散配置で適宜カーネル陣営の支援ね。ジークルーネとローザベルさんは一旦海に出て、頃合いを見ながらボートで港に接近する感じで行くわよ。メアリーも二班くらい率いて同行して」
追い込まれた状況で接近する謎のボートには、ジェネラルたちがどう反応するか見ものだ。たぶん、問答無用の攻撃を受けると思うけど、それを何事もなかったようにやり過ごして喉元にまで迫ってやる。そうしてから交渉開始だ。
「はい。優しく制圧しながら、お二人を護衛します」
「やっとここまで漕ぎつけましたね」
まったくだ。やっと海賊との交渉に入れる。南の海で海賊ども相手に練習した成果がまったく活かされなかったのは、ちょっと微妙に思うけど結果さえ出ればそれでいい。
カーネルの破滅は近い。今だけは逆転勝利の予感に酔いしれるがいい。
海賊なんてやってるジェネラルもカーネルも同じクズだ。私たちだって他人の事をとやかく言えた立場じゃない。むしろ遥かにヤバい集団だって自覚くらいある。
それでもだ。悪党にも守るべきものはある。それがいわゆる『スジ』ってやつだ。
こっちの世界にいると、よくそのスジって言葉を聞く。
スジが立たないとか、スジを曲げるとかどうとかってね。スジって言葉にはいろんな意味があるけど、一度交わした約束を守るとか、仲間を裏切らないとか、無関係なカタギに手を出さないとか、まあそういった最低限のことになるのかな。
そのスジってもんを無視する振る舞いをすればどうなるか?
単純なことだ。人間としての価値が下がる、とみんなが考えてる。最低限の事すら守れないクズの中のクズだってね。
私たちのような最底辺にいる存在だからこそ、そのスジってのを守らなきゃならない。これ以上は下がりようがないほどの人間が、人間以下の外道に成り下がらないために。だから大事にする。それだけは破っちゃならないって。
スジを曲げる人間てのは非常にカッコ悪くダサい奴とみなされるんだ。
皮肉な事に私たちは信用が大事な稼業でもあるからね。カッコ悪いうえに信用のない奴じゃ、誰とも組めないし誰もついてこない。
カーネルは裏切者の上に、妊婦殺しをやらかした外道だ。
私たちのような世界にいる奴らにとってすら、それは鬼畜の所業、非道に該当する。そんなことをやらかす奴を引き込むなんて無理な相談だ。
ロスメルタに百点満点の結果を知らせてはやれなくなったけど、これは私たちのせいじゃない。
地味に地味にと言っていましたが、結局は派手な事をしていますね。
そして、どんどん遠慮が無くなってゆきます。そんな次回「力押しの潜入作戦」に続きます!




