戦闘団長の心得
タングステンの槍と球が乱れ飛ぶ蹂躙劇が終わった頃には、海賊船による包囲がだいぶ形になりつつあった。
私たちの船は完全に囲まれ、逃げることはもう不可能。どうにもならない絶体絶命のピンチと普通なら考える。どんな幸運に好かれてようと、運だけで切り抜けるのは無理だと絶望する場面だろう。
ところがキキョウの花を掲げる私たちが抱く感想は、いい感じに羽虫どもが集結したじゃないかと思うだけだ。
海賊どもにとっては、謎の貨物船がいきなり喧嘩を吹っかけてきた状況だ。
こっちはたった一隻の甲板に積み荷のない不審な貨物船。自ら頭上に光魔法を打ち上げ、花の咲いたドクロの旗まで掲げる意味不明な存在だ。冷静になって考えれば、不気味に思うのは間違いない。
でも夜中に叩き起こされ喧嘩を売られた状態じゃ、冷静に考えるどころか誰だって頭に血が上る。もし私がやられたとしたって、細かいことは置いといて、とにかくぶちのめしに向かうだろう。
羽虫どもが集まる最中にも、当然のようになぶるような遠距離攻撃が降り注ぎ続ける。
防御担当は奴らの見た目だけはそこそこ厚い攻撃を完全に防ぎ切り、今もなお続く攻撃にも鉄壁のガードを貫き通してみせる。
海賊を集めるための挑発攻撃はもうしてないから、客観的にはボコボコにされてるのはこっちの側になってる。守るだけってのはストレスの溜まる時間だ。でもそろそろだ、そろそろ我慢の時間は終わる。
もう高まる気合が爆発しそうな雰囲気を感じてると、メアリーが満を持して命令を下した。
「――攻撃開始」
ヒャッハーとでも下品な歓声が聞こえてきそうな興奮のなか、墨色と月白の外套に身を包んだ集団が跳び上がった。周囲に集まった、すぐ近くの海賊船に乗り移ったんだ。
雨も風も波も関係ない。すべての要素を娯楽かなんかだと思ってるような、はしゃぎっぷりじゃないか。さすがはブラッディ・メアリーを団長に頂く第二戦闘団だ。
対する海賊どももやる気満々で、向こうのほうからこっちに乗り込む態勢だったけど、その機先を制するようにこっちから乗り込んでいった。
「小国家群の海賊も今夜で壊滅か」
唸る風と雨や争いの怒号にも、私の地獄耳は聞き逃さない。不意にこぼれたジークルーネの言葉には、近くに寄って会話に興じる。
「皆殺しにするわけじゃないからね、たぶん半分近くは生き残るわよ。それでも海賊稼業を続けるかどうかは微妙なところかな。いや、海賊なんぞが一回痛い目みたくらいで、真っ当に働くわけないわね」
「たしかに言えている。生き残りで徒党を組めば船は動かせるだろう。となれば、新たな海賊団を立ち上げるだけか」
「むしろライバルが減って、万々歳とか考えるかもね。どうなるにしたって、私たちにはもう関係ないけど」
ブリッジの屋根から見渡す船の戦場では、第二戦闘団のみんなが黙々と静かな殺戮を進行中だ。
ごちゃごちゃとした海賊船の甲板を我が物顔で歩き、二発の打撃を与えて殺すか、ナイフを二回振って仕留めてる。今のところ私が見る限り例外はなく、投げ飛ばすような戦い方や派手な攻撃はしてない。
蹴るか殴って戦う派と、突き刺すか斬って戦う派は好みの問題なんだろう。
人体についての勉強は見習いでもやってることだ。そういうのがなかった昔からいるメンバーでもちゃんと学習してる。
どこなら強く殴ってもすぐに死なないか、どこまでなら深く刺しても大丈夫か、そういうことを分かってないと加減もなにもない。
殴る部位と威力の強さ。これは相手の防御力も加味しながら考えないといけない。刺したり斬ったりする場合には、深さと部位が重要になる。
単純には身体の中枢神経系を避けて攻撃すれば、すぐに死んだりはしないものだ。
頭から首、心臓や肝臓、腎臓、これと肩や太ももの大動脈を損傷させれば、数秒から長くても五分以内には死に至る。
手加減するということは、それらを避けて攻撃するか、致命的なほどのダメージを与えないように調整するということだ。
「……腰骨を砕く蹴りに続けて、首を殴り折ったな。一撃目は急所を避け、二撃目で仕留めるやり方か」
「そうみたいね。あっちの娘は膝の裏を深く切り裂いたあとで、肝臓を一突きにしてるわよ」
「初撃では殺さず重傷を負わせ、次で確実に致命傷を負わせているのか。分かりやすい手加減だ」
あれは一発目で殺してしまったら、調整失敗ってことなんだろう。
私からのオーダーは、手加減を意識しながらトドメを刺すことだった。完璧にこなしてくれてるようね。
肉から零れ落ち噴き出す、赤く粘ついた液体。
血が流れる。たくさんの血が。
刺した傷から、斬った傷から、潰した傷から、温かい血が流れ出て、雨に流され波に洗われる。
厄介に思えた雨にも風にも波にも慣れ、惨劇は加速する。
吹き付ける雨風と砕けた波によって、とっくの昔にみんなずぶ濡れだ。それでも身体の重さをまったく感じさせない。
墨色と月白の外套に漆黒のベレー帽の女たちは、まさしく死神のように命を刈り取っていく。
狭い船の上だ、狙われたら逃げることもままならない。船倉に引っ込んでさえいれば、助かったかもしれないのに。
頸動脈を切り裂き、鎖骨の下の動脈に突き刺し、腹の動脈をかっさばき、足の付け根の動脈をえぐる。
頭蓋骨を叩き割り、胸骨ごと心臓を潰し、肝臓も腎臓も破裂させる。
オーバーキルのない、最小限に与える致命傷が非常に生々しい。どうせ視界の悪い戦場なんだ、派手さは要らない。
攻撃班として編成された約三十人が、手近な船を死体置き場に変えていく。
甲板には死体が積み重なる一方的な蹂躙が続いても、船の密集状況や打ち寄せる波と荒れた天候、大きなマストや張り巡らされたロープが視界を遮って、この異常な事態を海賊どもになかなか気づかせない。
「団長、敵の包囲が完成しました。混み合っているので、外側の海賊は様子見を決め込んでいるようです」
「積極性が足りませんね。こちらから乗り込んであげましょう――こちらメアリー、第一班から四班は敵包囲の最も外側に移動。包囲の端から制圧しつつ、内に向かって攻め寄せるように」
「おうっ!」
返事をしたメンバーたちは、身軽に海賊船のマストに繋がるロープを駆け上がり、ジャンプで船を渡って行った。
完全に海賊のお株を奪う身のこなしじゃないか。しかもこの荒天のなかで良くやるもんだ。
それにしてもメアリーはいい判断を下した。外側の船を動かす奴らが倒れれば、船は動かずそこに留まり続ける。つまりは内側の船が逃げられない。
私たちの船だって動けなくなるけど、今日は賊どもの逃亡を許す気は無かったんだ。とことんやり合おうじゃないか。
「第二、第三班は急ぎすぎず歩調を合わせなさい。第五班は防御に集中、余波が船に及ばないように。それから――」
メンバーのみんなは勝手に動き回らず、団長の指揮に応じて展開してる。たくさんの船がある環境だし、天気の条件も悪いから、明確な指示がないとひどい混乱状態に陥っただろう。めちゃくちゃな乱戦でも、それはそれで面白かったんじゃないかとは思うけどね。
船に乗り込まれた海賊どもは大混乱してるのに対し、こっちのメンバーは整然とした動きになってる。対比が面白い。
「細かいけど完璧な指示ね」
「ああ、こうした指揮は慣れないだろうに、上手くやっている。この分ではわたしが相談に乗ることなど無いな」
ジークルーネと広く戦場を見渡し、戦況を推し量る。流血を強いる戦闘は順調に推移していってる。
あ、いま月白の外套の誰かが海に落ちたような。と思ったら、ヴィオランテが問答や確認などする前に風を操る魔法を行使した。
メンバーが落下した辺りにロープを落としてやったんだ。船が密集してるから海面の様子は見えなかったけど、どうやら落ちた娘はロープを頼りに這い上がり、結構な距離があるのにサムズアップで感謝のリアクションを寄越した。
副官ヴィオランテの細やかなフォローがいい感じに効いてるようだ。
団長メアリー、伍長ヴィオランテ。この二人を筆頭にした幹部の統制が、強者ばかりの第二戦闘団を支配してる。
我がキキョウ会はどこのセクションでもそうだけど、戦闘団は特に強者揃いだ。しかも無条件に言うことを聞くイイ子ちゃんは少数派でしかない。そんな武闘派をこうして指揮下に収めるには、当然ながら必要な条件がある。
第一に強さ、第二にも強さ、これだ。もう絶対条件。
強者揃いの荒くれたちに認められる強さがないと話にならない。
そして強さがないと尊敬されない。
尊敬がなければ規律は守られない。
一事が万事、繋がってるんだ。
ウチのメンバー、特に戦闘団はそれぞれが強く、自我のある人間だ。だからこそトップを張る幹部は格別に強くないといけない。
人間性が優れてる? 性格がいい? リーダーシップがある? 人は腕力だけじゃない?
そんなことは二の次、三の次だ。
どんなに優れた知者だって、粗暴なバカに襲いかかられたら終わりだ。
所詮は動物同士、策を練ったり罠にかけたりする暇があるならともかく、対面したなら最後には腕力がものをいう。
世の中は腕力だけじゃない、なんてのは当然ウチのみんなだって分かってる。それでもキキョウ会は腕力がない奴じゃダメなんだ。
みんなを守れる奴、先頭に立てる奴がトップを張る。
離れた場所から見てる奴じゃなく、修羅場のど真ん中で仁王立ちできる奴にこそ、信頼が寄せられる。こいつに付いていけば大丈夫だって信頼が。
喧嘩の強さってのは非常に単純明快で、どんな馬鹿にだって理解できることだ。でもって、その単純さが重要なんだ。
戦闘以外が得意な奴は、トップのサポート役に回ればいい。それが役割ってもんだろう。
立場が人を作ると言うように、尊敬されるようになれば自然と下を気遣うような人間にもなる。
ウチは見習い訓練時から座学もチームワークも重視してるから、今のところは強さだけでほかが問題だらけってのが上に立った例もない。
もしメアリーが指揮官としては微妙だったとしても、第二戦闘団で一番強いから団長をやる。実にシンプルだ。それに文句をつける奴なんて、ウチには一人もいない。
団長が指揮は無理とか不安があるとか言い出すなら、得意な奴にやらせればいいだけのこと。団長命令、こいつの指揮に従えってね。軍師役みたいなもんだと考えれば、別におかしなことはない。
普段の小規模な戦闘でいちいち指揮なんかしないから、トップが毎回先頭で突っ込むのはウチじゃ普通のことだからね。今回みたいな特殊な戦場じゃなきゃ、メアリーだって先頭切って海賊どもを血祭りに上げてやりかっただろう。
世の中には色んな組織があって、それぞれの色んな理のなかで役割が決まる。
ウチは喧嘩の強さが基準になってるってだけのことだ。なにも他もそうであるべきなんて、下らないことを言ったりしない。所詮はローカルルールだ。
周りを囲んだ海賊船の上では、悪天候のなか雨にも負けず風にも負けず、うねる波にも負けずに死神たちが賊を殺す。
夜の黒い海には大量の血が流れ込み、これが昼間だったら赤く染まって見えたかもしれない。
「む? ユカリ殿、北東方面の海中から妙な動きを感じないか? わたしの広域魔力感知では遠すぎてぼんやりしているが」
「待って。北東……」
第二戦闘団の戦いぶりに感心してしまって、警戒が疎かだったみたいだ。
感知の網を広げながら視線を向けるも、夜の闇と雨に阻まれて遠くまでは全然見えない。ああ、怪しいのは海中だったか。
「ん、割かし大きな魔力反応が結構あるわね……なるほど、大型の魚系魔獣がまとまって、ゆっくり移動中ってところみたいよ」
「こちらに向かっている気がしないか?」
真っ直ぐこっちに向かうコースとは違うけど、こっち方面ではあるかな。
「あれ、待って。数が多い。海面付近よりも、水深二十メートルくらいにいっぱいいる……ちっ、小賢しいわね。小さい群れ単位で移動してるから分かり難いけど、総数ならざっと二百匹くらいはいるんじゃない?」
「しかも一体一体が大きいな、大型魔獣に相当するだろう。ああ、東方面に逸れて行ったか?」
結構でかい海の魔獣がたくさん。イメージとしては、どでかいサメとかシャチみたいな魔獣と思われる群れだ。あんなのに襲われたら、動きの止まった船の集団がどうなるのか想像できない。
ここら辺の水深じゃ、ああした大型魔獣はたまに紛れ込むのが年に数えるくらいって話だった。その話を信じるなら、ここまではやってこないと思う。
うん、遭遇したら死ぬほど面倒臭そうだ。このままどっかに行って欲しい。
「東のほうに向かった先頭集団に続いて、ほかの群れも去ってくみたいね……いや、ちょっと方向転換した?」
「妙な動きだ。何かを追いかけているような……これは、もしかして潮の流れに乗っているのか?」
潮の流れ? 海流を読むなんて私じゃできない。
でも海流が関係あるとしても、普通ならこんな群島やらが多い場所まで大型魔獣はやってこないはずなんだ。
偶然なんてあるわけない。なにか理由があるはずだ。理由さえ分かるなら、そいつを排除すればいい。そうすりゃ寄ってこなくなるのが道理ってもんだ。
何もしなくても、勝手に違うほうに行ってくれる可能性はまだあるけど……。
「ジークルーネ、船長と話してみよう。メアリー! まだ距離はあるけど大型魔獣の群れが近づいてるわ。一応、頭に入れといて」
「え、了解しました。接触しそうなのですか?」
「確証はないけど放置できないわ。私とジークルーネは船長と話してくるから、ここは頼んだわよ。ヴィオランテは北東方面の魔獣を警戒しなさい!」
「こうなると多少の無茶をしてでも、早く片付けるべきですか」
海賊船を睨みながらメアリーが呟く。第二戦闘団の侵攻は順調に進んでたのに、余計な邪魔が入ったものだ。
メアリーとヴィオランテは改めて気を引き締め、急いで片付けようと命令を下そうとしたけど、ジークルーネが待ったをかけた。
「不測の事態だ。ここは皆を母船に引き上げさせたほうがいい」
「……了解しました。それにしても、なにか嫌な予感がしてきました」
まったく同感だ。嫌な予感しかしない。
そんでもって毎度のことながら、嫌な予感ほどよく当たるんだ。




