ドクロに咲く花
海賊船をおびき寄せてからの逆襲戦を実行した翌日。
今度は軽い息抜きがてらに、海賊のアジトを襲撃した。
海域一帯の群島にはいくつもの海賊のアジトがあって、しかも海賊団同士でもある程度は把握し合ってることから、聞き出して知ることは簡単だった。
一口にアジトと言っても、しょぼい小屋みたいなものから天然の洞窟を利用した大きなものまで様々だ。
私たちが狙うのは当然、お宝が眠ってそうな洞窟!
情報に基づいて適当に襲い、適当にぶっ倒して占拠する。なんてことはない。
襲撃は簡単に終わっても問題はアジトそのものにあった。変な虫がそこらを這いずり回ってるし、悪臭は立ち込めてるし風通しは悪しで最悪の環境だ。
しかもお宝探しは回っても見当たらず、最後に怪しい穴を魔法で掘り返してみれば、出るのはさらって殺したと思しき、統一感の無いいくつもの人の汚れた衣類だけだった。ハズレもハズレ、大ハズレだ。
せめて少しでも金になる物を巻き上げやろうと思ってたのに、まったくもって当てが外れてしまった。
ここらの海賊の獲物は主に鉱石を運ぶ船だ。奪ってさっさと売り払うから、ため込んでる海賊なんかいるはずもなく、もしあっても製錬前の石っころになんか用はなかった。
うん、考えてみりゃそりゃそうだ。ついなんとなく、海賊と言えば隠された秘宝とか財宝とかを思い浮かべがちになってしまう。
とにかく、私たちが襲ったアジトに分かり易いお宝のようなものはほとんどなく、それなりに値段が付きそうなのはいくつかあった宝石の原石くらいのもの。
そもそも鉱石を運ぶ船だって、海賊のリスクが分かってるから金目の物なんか船に持ち込むはずがないんだ。そんなわけで、ついでの金儲け作戦は残念な結果に終わった。
んでもって。
代わりにまったくもって不要な物は見つけてしまった。こいつは金額にすれば相当なもんだと思うけど……。
「この件はリガハイムとも繋がっていると考えるべきだろうな」
「直接関係あるかは不明だけど関連はありそうね。小国家群が出元なんだろうし、今後もちょこちょこ面倒事が持ち込まれそうで厄介と言えば厄介かな。ま、ウチで抱え込んでもしょうがないわ」
「そういうのはリガハイム含めた領主が考えるべき問題ですね。誰がなるのかは知りませんけど」
面倒な物とは、毎度おなじみの麻薬だ。
ブレナーク王国が統治者になった暁には、旧レトナーク中に線を引いて、どこぞの貴族がそれぞれ領主に収まる。どうせ税金巻き上げてふんぞり返るんだから、麻薬の問題が起こったらそいつらが取り締りを部下に指示すればいい。
なんにせよリガハイムで麻薬を取り締まる動きあるなら、たぶん自警団がそのまま運用されるだろう。ウチに火の粉がかからない限り、私にはどうでもいいことだ。
我がキキョウ会はリガハイムでシノギはやっても、治安を担う立場じゃない。エクセンブラでの立場とは違うんだ。それなりの立場の人物や組織がやるのは当然で、自警団だって簡単にウチに泣きつくはずはない。
「ブツは破棄しますか?」
「うん、帰り際にまとめて焼き払えばいいかな」
「参考のために入手経路と販売先くらいは訊いておくか。メアリー、頼めるか?」
「場合によっては使える情報が見つかるかもしれませんね。さっそく取りかかります」
海賊どもを前に物騒な気配を纏ったメアリーは適任だ。徹底的に秘密を暴くだろう。
こうして私たちはアジト襲撃を終えた。
結局のところ私たちにとってアジト襲撃に訓練としての価値は低く、稼ぎにもならないと分かればやる意味は薄い。一つ潰して情報を得ただけで十分とした。
それに度重なる海賊船への奇襲を繰り返したあげく、誘い出しての襲撃までやった状況がある。これに加えて今度はアジト襲撃だ。さすがに海賊どもの警戒心はかなり大きくなってる頃合いだ。もう話題独占て感じだろうね。
ここら辺で訓練の総仕上げに移る。
最後は正面からの決戦だ。派手に行こう。
決戦と息巻いても、船には船長たち乗組員がいる。
万が一の場合には彼らも憂き目に遭うんだから義理は通す。
「つーわけで、最後に喧嘩吹っかけるつもりよ。真正面からね。で、逃げてもいいわよ、なんて言うつもりもないわ」
「当たり前だ。どこの世界に船を捨てて逃げ出す船乗りがいる」
「うん。だから最後まで付き合ってもらうわ」
ブリッジに集めたのは主要な船乗りたち。船長と甲板長、機関長を前に私とジークルーネで話す。
船長たちは老いてもまだまだ生気に溢れてて、なんで引退したのか不思議に思えるくらいしっかりしてる。
「心配をかけるが、我々の実力はすでに知ってのとおりだ」
「それでも何が起こるか分かんねえのが、海の上ってもんだぜ」
「おうよ。それに正面切ってやり合うってことは、いくつもの海賊団に喧嘩売るってことだろ? どれだけの数になると思ってんだ、さすがに無茶が過ぎるんじゃねえか?」
これは訓練の総仕上げだ。厳しいくらいじゃないと意味がない。
奇襲と強襲を経た経験から考えて、たかだか数隻程度の海賊船が相手じゃ話にならないと分かってる。
私たちの本番は元海軍から作られた海賊団で、船の数だって多いと考えられる。しかも軍艦だ。もしそいつらと正面切って戦うことになった場合、ここで多数を相手取った決戦は非常に貴重な経験として活きるはずだ。機会を逃すわけにはいかない。
「でも、止めないわよね?」
爺さんが孫娘のような私たちを心配する気持ちは分からんでもないけど、あんまり言われても鬱陶しいだけ。無駄口はここまでって感じで、強く言った。
案の定、爺さんたちはやれやれとでも言いたげに、肩をすくめて溜息までついた。
「どうせ何言ったって、考えを変えやしねえだろ。だが聞くだけ聞いとけ。腐った海賊どもでも、なかには骨のある奴だっている」
「特にそういうのが船長の場合には、侮れねえかもな」
「分かってるわ」
海賊には海賊の掟、海賊条項なるものがある。船によって少しずつ違うらしいけど、海賊が守るべき鉄の掟だ。船長がしっかりした奴の場合には、より厳しい掟が設けられる。それだけ統制が取れてるってことにもなる。
条項の内容はおおむね、報酬の取り分や負傷した時の補償、禁止事項と破った時の罰。そんな内容がずらっと書き連ねられてるらしい。まあ普通よね。特に変わった内容とは思わない。
禁止事項は主に船内での揉め事を避ける意味で、船員同士での賭博や、船に女を連れ込むことを禁じた場合が多いらしい。海の上の閉鎖空間で争いなんか起きれば、たしかに大変だ。意外には思うけどそうした掟があることは十分に納得できる。
それらの条項は書面によって一人ひとりが同意を示し、剣を掲げて宣誓の儀式まで行う。これをもってその海賊団の一員に加われるって流れだ。荒くれどもでも、同じ船に乗る運命共同体だ。自分たちを守る意味でも、そういった行動規範は必要なんだろう。
考えてみれば同じ荒くれのウチだって似たようなもんだ。ウチは書面にサインや宣誓の儀式なんかやらないけど、どんな集団にだって決まりごとは必要不可欠ってことよね。
「我々はあくまでも訓練が目的だ。骨のある相手はむしろ歓迎している」
「そう。手強いほどありがたいわ。本気でやってもなかなか潰せないくらいが理想ね」
こっちが取り止めるつもりがまったくないことを承知してるだろうに、爺さんたちの余分な話は続いた。
「実は海賊のなかにもよ、無理やり引き込まれた奴らもいるんだ。無暗に殺して回るあんたらじゃねえと分かってるが、その辺のことは頭に入れてといてくれ」
「航海士や機関士、あとは治癒魔法使いに多いな。船を動かすには欲しい人材だからよ、商船を襲った際に無理に従えちまうことがあるんだ」
普通の国なら海賊なんて捕まったら例外なく死罪だ。取り締まりのない崩壊国家や、取り締まる気のない小国家群の海だからこそ普通に存在してられる。
パイレーツなんて呼び方でもすれば、なんとなくカッコいいイメージが湧くかもしれないけど、所詮は海バージョンの盗賊だ。
どんな事情があるにせよ、真っ当には働けない食い詰めモンが落ちるなれの果て。どんな扱いを受けようが、文句なんか言えない連中なんだ。つまりはいつもと同じ、悪党同士の潰し合い。誰にも遠慮なんかいらない。そうした大前提があるから、私たちだって好き勝手できる。
誰かの事情なんか知りたくもない。どうだっていい。
無理やり捕まって仕方なく海賊になった? そんなもん、知るか。
「誰だろうが、襲ってくるなら返り討ちにするまでよ。隠れて震えてる奴をぶちのめすほど、こっちだって暇じゃないわ。いちいち事情を聞いて回るわけじゃなし、相手次第でしかないわね」
爺さんとしたら、もしかしたら知り合いがいる可能性を含んで言ってるのかもしれない。でも相手の事情なんか聞いてみなけりゃ分からないんだ。私たちにはそこまでしてやる義理だってない。
「頭に入れといてくれるだけでいい。俺たちだって、海賊なんかぶっ殺されて当然だと思ってるからよ」
「言うだけ野暮だと分かってるが、本当に正面からの決戦でいいんだな? 全部が参戦してくりゃ、相当な数になるぞ」
肝の据わった爺さんたちでも常識はある。これからやろうとしてることは完全に非常識で、だからこそしつこい。
「無論だ。当初からの予定通りにすぎない。我々に負けるつもりはなく、多少の問題は起こっても最後には必ず勝利する」
「そういうことよ。悪いけど命の保証なんかないけどね」
我ながら酷い言い草だ。でも船長たちにしても、最初からそういう条件で集められたはず。だからこそ私は平然と言ってやる。
こっちの意思を確認した船長たちは、若干渋りながらも納得の態度を見せた。
「覚悟は決まってるみたいだな。ならもう言うことはねえ。俺たちはただ船を進め、海賊どものド真ん中で錨を下ろす。これでいいんだな?」
「そのあとは終わるまで寝てていいわよ」
「朝までには終わらせる。船乗りに言うセリフではないだろうが、大船に乗ったつもりで構えていてくれ」
最終確認は済んだ。あとは準備を粛々と進める。
ちょっと早めの時間に夕食を済ませると、正面決戦の決意を示すように私たちも船に旗を掲げた。
海賊船がそれぞれの旗を掲げるように、私たちの船にも海賊っぽい旗を掲げるんだ。どうせだからノリ良くね。
「髑髏の天辺に咲いたキキョウの花か、なんかアホっぽいわね」
甲板から見上げて、つい呟いてしまう。
うーむ。『キキョウの花咲くドクロ』は頭がハッピーって感じで、とてもイカレた印象だ。カッコ良くはないかな。これは第二戦闘団のメンバーたちで作ってくれた。
今夜の私たちは海賊に災いをもたらす死神の使いだ。派手に暴れてやろう。
「少し風が出てきたか?」
茜色の夕日が海を輝く朱色に染めるなか、ジークルーネが遠くを見据えるように言う。
綺麗な眺めも見慣れてしまえば感動はない。甲板にいるほかの娘たちもこれといった反応は示さず、海の上が日常になりつつあることを感じた。
「さっき爺さまたちが今夜の天気は荒れるかもって言っていました」
「へえ? そいつは好都合。最後の最後にやっと嵐か」
「このタイミングで待ち望んでいた天候とはな。面白くなりそうだ」
「わたしは最後まで見届けられるか心配です……」
ヴァレリアもだいぶ船には慣れてきたけど、悪天候はまだ経験してない。せいぜい小雨やちょっとの波に遭遇したくらいで、なんだかんだ良い天気続きだった。
かくいう私だって、うねるような波や激しい雨が戦闘でどう影響するかは未知数だ。でも楽しみでしょうがない。
作戦前とは思えないほどリラックスした雰囲気で雑談に興じてると、メアリーも船倉から上がってきた。指揮官を任せる彼女がいつもどおりの雰囲気なのは、団員の精神面に大きく影響してると思う。
「メアリー、今夜は天気が悪くなりそうだってさ」
「先ほど聞きました。楽しみですね」
これだ。心配どころか困難に直面しても笑顔を浮かべる戦闘団長の頼もしいこと。
「ところで、もう手加減不要でいいのですか?」
「ちょっと違うわね。加減は意識しつつ、息の根止めてやりなさい。最悪の環境だろうと、生かすも殺すも加減次第にできるのがベストよ。そのための訓練だからね」
「訓練で万が一があったら最悪だからな、今回はトドメを刺してくれ。敵の船も壊して構わんが、全員の生還を最優先に指揮を頼む」
嬉しそうなブラッディ・メアリーだ。
たぶん考えもしないハプニングは起こるだろうけど、私も楽しみでしょうがない。
準備万端の私たちは、夜まで心身を休めるのだった。
訓練の総仕上げに入る、次話「生まれる海の墓場」に続きます。




