練習台の悲劇
海賊が繰り出す予想外の分厚い攻撃に、私のテンションは上がるばかりだ。
でも今回の私はただの見学者。メアリーたちに先んじて目立つ行動はできない。同じ見学者のヴァレリアと合流するべく、闇の海を深く潜って隠れながら移動する。この班の全員の位置は常にマークしてるから合流は余裕だ。
水中で様子を見てるヴァレリアに近づき、暗視機能を発揮したゴーグル越しになんとなくの意思疎通を交わす。そうしてメアリー班の行動を待った。
互いの位置を感知しあうメンバーは、みんなが一度深い位置まで潜って班長の行動を見守る感じになった。もちろん無策でここにいるわけじゃなく、やることは決まってる。
班長のメアリーが合図代わりに、魔力を点滅させるような増減を二回繰り返す。合図を受けた班員は腰に装着した筒形の使い捨て魔道具を取り外して起動した。
各自が手放した魔道具は操作で発生した浮力に従い海面に向かっていき、空気に触れると大量の煙を吐き出す。この魔道具は目くらましとして手軽な黒い煙を大量に放出する物だ。
メアリーは徐々に斜め上に向かって泳ぎ進む。進む方向は目標の海賊船だ。今頃は黒い煙に覆い尽くされてる頃だろう。
海賊船の間近に迫り水深も十メートルを少し切ると、一気に加速した。私たちも遅れて続く。
発見された時には猛攻撃を受けたけど、水中で位置を変え、広範囲に黒い煙を撒き散らした。闇雲に攻撃するよりも、海賊どももまずは煙を払うことを優先するはず。
メアリーの動きを観察してると水面近くで加速が急加速に変化した。水を蹴るんじゃなく、水魔法を使ったんだ。彼女の得意技はウォータージェット。いつもは攻撃に使ってるけど、水中で推進力として使えば凄まじい速度を得られる。
加速したメアリーは勢いそのまま、水中から飛び出す。
私とヴァレリアは暗い水の中を全力で泳ぎ、海面が弾けるのを見た気がした。
砲弾のように飛び出しただろうメアリーは、私が水面に顔を出した時にはすでに船上にあった。
飛び上がった勢いでそのまま船に着地したんだろう。黒い煙のせいでほとんど何も見えなくても魔力の位置で分かる。
風で煙が途切れ途切れになる状況で、敵の視線を受けるメアリーは囮になったようなもんだ。この隙を逃す私たちじゃない。
それぞれがまだ残る煙に紛れるように一斉に鉤爪付ワイヤーを投げ、一気に登り切ってしまう。ほんの僅かな隙、せいぜい数秒もあれば事足りる。
これだ。水の中で攻撃をやりすごして隙を伺おうとするんじゃなく、さっさと突破したほうがいい。バレてるなら時間をかけても体力の無駄だ。
メアリーの奇襲じみた突破と囮の効果がなかったとしても、大量の煙幕があれば乗り込むこと自体は成功できるだろう。そうしてしまえば、あとは白兵戦。海賊だって仲間の船に対して、遠距離攻撃をぶち込むことは普通しない。敵を排除するなら乗り移って白兵戦で叩くのが基本だ。そしてそれこそ私たちが求めた状況になる。
「お姉さま、少し手伝いますか?」
物陰にしゃがみこんで様子を見ながら、ひとまずイヤリングを着ける。
船に上がってもゴーグルは装着したままだ。邪魔には思うけど顔の隠れた正体不明の集団ってほうが、海賊どもも緊張感をもって迎え撃ってくれるだろうからね。
「分担が決まってるから私たちは手出し無用よ。襲われてもおちょくってやるくらいにしとこう。バラけて回避に徹するわよ」
船上での白兵戦こそが重要な訓練項目だ。ここは第二戦闘団に多くの経験を積ませたい。
「なるべく目立たないように観戦しています」
回避だけでもいい練習になるんだ。攻撃参加は見送ろう。
私たちの身体からは海水が滴り落ち、床を濡らしてじわじわと広がった。
海賊船に乗り込んだメアリー班の仕事は早い。
班長はブリッジ目指して一直線に進みながら、進路上に入った敵は投げ飛ばすだけでほぼ無視だ。
私とヴァレリア以外のメンバーは、二人が船内に侵入し、四人が甲板上で敵を引き受ける。船内の敵は少ないから、これが妥当な配分だろう。ブリッジを押さえるメアリー以外は、船内の制圧が終わればここに戻る手筈にもなってる。
ヴァレリアと離れた私は、手近にいたメンバーの後方にいることにした。お手並み拝見といこう。
海賊どもはこれまでにやられた恨みもあってか、思い切りのいい行動を取ってる。怒りと苛立ちを原動力にどんどん突っ込んでくるじゃないか。
メアリー班の娘たちは奴らの怒りもなんのその。まるで意に介さず、淡々と冷静に処理していく。こっちが襲いかかるまでもなく、向こうからやってくるもんだから、みんな待ってるだけでいい。
凪いだ海の船上では揺れの影響はほとんどない。寄ってきては普通に投げ飛ばして痛打を与える。いい感じの加減で大怪我させずにダメージのみを与える戦法だ。床に叩きつけて腰を痛打させれば、命に影響なくしばらくは無力化できる。
「てめえらっ、ぶっ殺してやれやあっ!」
「おおおっ、舐めてんじゃねえっ」
こっちはみんな、腰に差したナイフも抜かずに素手で戦ってる。海賊どもが群れをなして必死の形相で襲いかかっても、冷静に殴ったり投げたりで押し返す。これには戦闘力の圧倒的な差に恐れを抱くよりも、怒りが勝るようだ。
当然、見てるだけの私のところにもやってくるけど、相手にしてやらずダメージを負わせない程度に適当に蹴っ飛ばして遠ざける。
前蹴りを胸に押し当て突き飛ばし、背後に回っても同じように蹴って突き飛ばす。一人を押し飛ばすだけじゃなく、如何にしてほかの奴らも巻き込むかなんて考えながらだと、これはこれで面白い。
めげない海賊どもの高まる気合いに、そこら中で怒鳴り声が上がってる。その気合だけは一丁前と褒めてやろう。
元からこの船にいた奴らを相手する間に、ほかの船が接舷して海賊どもが乗り込んでもくる。太いロープ状の魔道具を何本も射出して船を捕まえる仕組みだ。
海賊どもは器用にロープを伝って移動するらしい。その辺の技術はさすがといった具合で、奴らの動きも早い。
ただし、評価ポイントはそこだけだ。わらわらと迫りくる、やられ役どもの悲しい運命は決まってる。
「おうげえっ!?」
「だあああっ、こ、腰が」
「畜生! 囲め、囲んで叩け!」
殺しや重傷を負わせることは厳禁なだけに、みんな優しい。ちょっと重めの打撲か、せいぜい骨にひびが入る程度に収まってるはずだ。
重要なのは揺れる船上とそこで行う本職の海賊との戦闘経験なんだけど、残念ながら今のところは貴重な経験と思えるほどの内容にはなってない。と、思ったのがきっかけじゃないだろうに、船にドンと衝撃が走って大きく揺れた。近づいた船同士が強くぶつかったんだ。
私が見てた娘も不意の衝撃によろけてしまって、目の前の海賊から目を離したのが分かった。
さすがの経験の差と言うべきか、ほんのわずかな差でしかないけど海賊のほうが立て直すのが早い。
ここぞとばかりに振り下ろされた剣に初めて後手に回った娘が応戦するも、たたらを踏んで姿勢を崩した状況じゃ取れる手も限られる。
とっさの状況判断と行動選択は、常日頃から鍛えてこそだ。彼女はあえて倒れ込みながら海賊に体当たりし、反動を利用して即座に立て直した。そして考えを改めたらしい。
待ちの姿勢から一転し、攻撃に打って出た。
海賊どもとの戦闘力の差は歴然としても、突発的な揺れがまたあると考えれば、ギリギリに近い見切りは非常に危険だ。
さっきは正面から一人とやり合ってる時だったから良かったけど、もし囲まれてる状況だったら、ひょっとしたら一撃くらいは受けざるを得なかったかもしれない。避けようとした瞬間に、急な揺れで思ったような動きができないかもしれない。上手く避けたつもりでも、相手の攻撃が乱れればそれも危ない。
ちょっとやそっとの怪我程度で、いちいち怯むような軟弱者は戦闘団にはいない。それでも後手に回るよりは、やっぱり先手必勝だ。待ち受けるよりも囲まれないよう意識し、常に不意の揺れにも対応できる立ち回りを心掛けたほうが良い。
強すぎるが故の余裕は捨てるべき。敵が弱いからこその予想外だってある。やられる前にやるのが基本で、船上だろうが地上だろうが同じこと。
これが殺していい戦いだったら、もっと楽なんだ。でも海の上の環境で、殺さずに倒す腕を磨くためにここにきた。みんなには苦労をかけるけど、やっぱり実戦はいい経験になる。
立ち回りを学び時間が経つほどに効率は上がり、課題や次に活かせる術も見えてくる。今日と同じ条件下だったら、次はずっと余裕でこなせる。
「こちらメアリー、ブリッジを確保」
「こちらビッキー、船内の制圧を完了! 甲板に戻ります」
そして。全滅するまで戦うほど海賊だって馬鹿じゃない。
バタバタと倒れ続ける仲間を見て、勝てないと上役が判断したんだろう。鍋蓋を打ち鳴らすような音がガンガンと喧しく響き、海賊どもはさっさとそれぞれの船に逃げ帰っていった。倒れた奴らを置き去りにして。他人事ながらこれはひどい。
私たちは逃げ足も速く去っていく海賊船を呆れて見送り、今日の訓練を終了とした。
こうして次の日からも休むことなく、私たちは対海賊訓練の予定を消化していく。
秘密裏に近づいてからの強襲訓練は一定の経験を得たと判断し、日数をかけすぎないためにも次のステップに進む。
私たちに休んでる暇はない!
気合も新たに今度は海賊からの襲撃を誘った。
作戦は簡単だ。夜に少しの明かりを漏らしながら、こっそりと移動するだけ。相手がよっぽどのマヌケじゃなければ気づくように仕向けるんだ。今度は班分けをせずに、みんなで母船に乗った状態で待ち構える。
普段は鉱石を狙う海賊だって、それだけを専門にしてるわけじゃない。襲える船があれば襲うのが海賊ってもんだ。わらわらと集まってこられても面倒なんで、周辺海域で最も北側の外れに位置する海賊団だけを誘い出す。
「かかったぞ」
暗視装置を覗く船長が言ったように、夜陰と薄く立ち込める霧に紛れて海賊船が近づいてくる。
私とヴァレリアは灯りを落としたブリッジで、ここを仕事場とする船員たちと一緒に様子を見守る。あり得ないけど、もしここまで海賊が攻め入ってきた場合の備えだ。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
船長は海運事業商会にかつて在籍した爺さんで、今回の危険な旅には商会長からの頼みに応じ、当時の仲間を引き連れて船に乗ってくれてる。
暗がりで問うその目付きは、年老いてなお眼光鋭い。
普通、船乗りの男ってのは、女を船に乗せることを嫌う。単純に船乗り同士の争いに発展するって理由もあるし、航海の神が女神であるってのも意外と大きい理由らしい。
特に信心深い大ベテランの爺さんたちなら、私たちを乗せることには大反対だっただろう。でも商会の事情や私たちが常識外れの実力者揃いってことで認めてくれたらしい。まあ年季の入った爺さんどもが、私たちの色気に当てられてどうのって展開はさすがにないだろうし。
「うーん。ま、大丈夫なんじゃない?」
我ながらなんとも締まらない回答には、爺さんも呆れて返す言葉に詰まったようだ。
ただ私が受けた印象としては、自分の命が惜しくて大丈夫かと訊いてるってよりは、爺さんに比べたら小娘でしかないこっちのことを心配してるように思えた。
戦闘で負けるとは欠片も思ってない。自信はあっても初めてやる作戦だし、爺さん相手に強がってみせる必要を感じないだけだ。
私たちの今回のお題は如何にして母船のダメージを最小限に抑え、船員にも被害を与えないかの二つだ。
海賊はこっちの足を止めようとして遠距離から魔法攻撃を放ってくるはずだから、まずはそれを防ぎつつおびき寄せないといけない。
海賊船は三隻。一隻の海賊団が主流と考えれば、結構な規模の海賊団だ。こいつらが接舷するまでが最初の難関で、そうしてからが次のフェーズだ。
「お姉さま、始まりそうです」
まだ距離は遠いものの、敵船から感じる魔力反応は攻撃を示すものだ。その威力と数を事前に見極める。
「うん。やっぱり威力は大したことないわ。定石通り、あれは警告と足止め狙いね」
「着弾に合わせて速度を緩めればいいんだな?」
操船で一芝居打ってもらうんだ。確認する船長にうなずく。
「攻撃はちゃんと防ぐから実際に食らうわけじゃないけどね。適当なところで観念したフリを頼むわ」
ブリッジに詰める船員たちにも怯えはない。船長含め全員が年季の入った爺さんたちだ。肝が据わってる。
「こちらメアリー、作戦開始」
指揮はメアリーが執る。お任せだ。
開始の宣告と共に、メンバーの一人が霧を徐々に濃くし始める。広範囲に立ち込める霧は前もって自然に見えるように仕込んだ魔法だ。これは被害を受けてないことを隠すためにやってる。煙を吐き出す魔道具だと派手すぎるから、あくまでも自然に、相手に感づかせないように。
広い範囲で発生した霧だから、風でかき回したくらいですぐに拡散しないし、海賊にとっても霧は隠れ蓑として有効だろう。奴らの油断も誘える。
やがて始まった敵の攻撃は、拳くらいの大きさの石を飛ばすことだった。これがいくつも山なりの軌道で飛んでくる。
船の航行にまで支障をきたすほどの攻撃じゃないけど、ブリッジや舵を集中的に狙われれば厄介だ。これはまだ警告の段階で、こっちの動きが止まらなければ攻撃はもっと激化し、本格的に船を止めようと躍起になるだろう。
もっとも、私たちにとってこの程度の攻撃なんか恐れるにはまったく足りない。
第二戦闘団のメンバー、五十人超は全員が霧に紛れて甲板に上がり、攻撃を無効化してしまう。
魔法を使った完全防御は、霧があっても奴らにバレる可能性がある。だから小規模な魔法で受けるか、適当な道具を使って弾き飛ばすかして防ぎ、なかには素手でキャッチしてる猛者までいる。こっちの人数に比して、敵の手数は少ないから余裕すぎるくらいだ。
「取り舵いっぱい、速度上げろ!」
最初は逃げる感じで方向転換から速度を上げ、敵の攻撃の密度が増したところで速度を落とし始めた。
よしよし、海賊船は三方に分かれて近づいてくる。こっちが観念したと思い、攻撃も止まってる。
この後はあえて接舷させてから逆襲に出て船を乗っ取ってやる。
近づいてしまえば、あとはこっちのもんだ。戦闘訓練の糧になってもらうとしよう。
あまり訓練課程ばかりずっと書き続けても冗長な感じになってしまうので、そろそろ終わらせようと思います。最後に少しだけ暴れる予定の総仕上げをやります。
次話「ドクロに咲く花」に続きます!




