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お茶の代償

 ノーコン野郎が闇雲に放った魔法攻撃。さて、その行方がどうなったかと言えばだ。

 私たちが興味深く見守るなか、その魔法はよりにもよって、このテーブル目がけて飛んできた。一体なんの因果だろうね。


 しかし私は微動だにせず、余裕をもってアクティブ装甲で防御した。大した威力じゃないし、なんの被害もあるはずはなかったんだけど。

 修羅場に慣れてないメアリーだけは驚いて立ち上がってしまい、テーブルに足が当たってお茶が少しだけ零れた。


「す、すみませんっ」


 恐縮して謝るメアリーには当然、非なんかない。普通に考えれば、無反応で私の防御魔法に任せてる、ほかのメンツのほうがおかしい。

 加えて言えば直撃したところで、この外套の防御力の前には全然効かないはずだけどね。


「いいのよ。悪いのはどう考えても、まともに狙いもつけられない魔法を使った馬鹿だからね」

「まったく、そのとおりだ。せめてお茶代程度は弁償させなければ気が収まらん」

「これは許されないよなあ」

「午後の優雅なひと時、ティータイムを邪魔されちゃあな」

「あたしらだけじゃねえ。この店の皆さんにも、詫び入れてもらわねえとな」

「成敗です」


 今か今かと出番を待ってた連中だ。嬉しそうなのが滲み出まくってるわね。


「せっかくのお茶とコーヒーが台無しになるからね、血はダメよ。血生臭くちゃ、ティータイムを楽しめないわ」

「はははっ、そりゃそうだ!」


 一斉に席を立つ。


 墨色と月白の外套を身に纏い、胸には小さな紫水晶のキキョウ紋。背中側にはうっすらと浮かび上がる大きなキキョウ紋。各々の武器を手に持って、仰々しくテラス席から通りに出る。

 キキョウ会の威容に注目を独占だ。もちろん戦ってた女の子も護衛たちも含めて。当事者連中は、随分と戸惑ってるようね。


 私は大将らしく、少し後ろで見守ることにする。心配はしてないけど、いざという時のフォローもね。


「いま、魔法使った奴。こっちこい」

「ずいぶんとまあ、ふざけた真似してくれたよな」


 ボニーとポーラが主導するようね。ガラの悪さなら私の横でニヤニヤしながら見守ってるグラデーナに続いて、キキョウ会きっての二人だ。私たちは慣れてるけど、客観的に見れば女だてらに結構な迫力がある。

 二人とも得物はオーソドックスな剣を使う。剣は鞘に納めたままだ。切るんじゃなくて鞘で殴るつもりらしい。近頃はジークルーネに剣の稽古をつけてもらってメキメキと腕を上げてる。


「な、なんだ、お前らは。女がしゃしゃり出てくんじゃねえ!」

「ちっ、関係ない奴らは引っ込んでいてもらおう」


 護衛は四人。対するこっちは明らかに、ただ者じゃない雰囲気の八人。しかもやる気満々だ。

 旦那様とやらの手前、冷静さを装ってはいるけど腰が引けてるのは丸わかり。護衛なんて仕事してるくせに情けない奴らだ。


「あん? 関係あるから出てきてんだろうが」

「いいから魔法使った奴、お前だよ。こっちこい」


 物凄く上から目線で堂々と威圧しながら応ずる二人。今日がデビュー日とは思えないくらい、貫禄のある脅しだ。


 ちなみに、これは女の子の件とは関係がない。

 あくまでも私たちのティータイムを魔法攻撃によって妨害されたことへの報復と損害賠償だ。きっちりと対価を支払わせる。

 いい年こいた大の男が女の子をだまくらかしたあげく、寄って集って攻撃してたのを見てムカつくといった感情に基づくものではない。断じてない。キキョウ会はそこまで甘くはない。


 まあ、このシマで無用なトラブルを起こした輩を放っておけないってのもあるけどね。


「我々は攻撃魔法など使っていない。言いがかりはやめてもらおう」

「ほう? ほーう、そうきたか!」

「証拠を出せってか? はっはっはっー、笑わせてくれるじゃねえか」


 衆人環視のなかでやったんだ。証拠もなにもない。むしろよく白を切ろうなんて思えるわね。


「ユカリ、こいつら話が通じねえ。やっちまうが、あんまし血が出ないようにすりゃいいだろ?」

「そっちの旦那様とかという、おっさんは無傷にしておきなさいよ。弁償させるんだから」

「おう、任せとけ」


 旦那様とやらは未だに状況が理解できてないのか、不遜な態度を崩してない。護衛への信頼が厚いのか、単純に馬鹿なのか。余裕の態度で護衛に活を入れてる。

 さすがにこれ以上の魔法攻撃は不味いと思ったのか、護衛どもは緊張の面持ちで武器を構えて攻撃系の魔法を使う素振りはない。


 そんでもって、ここまでくれば問答無用だ。

 先手必勝。ボニー、ポーラ、ヴァレリア、メアリーが身体強化魔法での超速をもって肉薄する。

 驚く暇も与えず、ボニーとポーラは鞘を使って相手の手首を打ち砕き、ヴァレリアとメアリーは手甲の拳打と足技でもって相手を地面に叩き伏せた。


 ヘボとは言え一応は相手もプロの護衛、のはずなんだけど。手際も悪いし練度も低い。なにより戦闘経験がまったく足りてない。

 逆に、手加減しながら初撃で仕留めるキキョウ会メンバーの手際は見事なもの。メアリーも中では一番弱そうなのを相手にしてとは言え、実戦で良くやった。


 今回はかなり多くのギャラリーが見守る中での立ち回りだったから、とても満足感がある。キキョウ会の会長として鼻が高い。

 最初のほうから見てた人にとっては、勧善懲悪のストーリーだったし、話のネタとしても美味しかったんだろう。そこら中で私たちを称える歓声が上がった。

 ボニーとポーラは陽気に手を振って歓声に応え、ヴァレリアとメアリーは恥ずかしそうに下を向いてる。


 そんな状況でもまだ空気の読めない奴はいるもんだ。


「お前らは女どもを相手に何をやっているんだ! こっちは高い金を払っているんだぞ、しっかりしないかっ!」


 重傷を負ってる護衛に向かって無茶を言う。でもこの程度の護衛に高い金を払うなんて、見る目がないにも程があるわね。


「だ、旦那様、もうこれ以上は……」


 護衛リーダーは完全に心が折れたようだ。あそこまで実力の違いを見せつけられちゃ、そうなるのも当然か。

 ところが護衛が役に立たないと分かったと思いきや、今度はこっちに牙を剥き始めた。やっぱり馬鹿ね。


「ええい、わしはこの街の有力貴族とも懇意にしているんだぞ! 女風情が何をしてくれる、ただでは済まさんぞ!」


 なにを言い始めるのかと思えば、強気の理由はそれか。


「だってよ? ユカリ」


 しょうがない、一応、聞いてみるか。聞くだけね。


「どうタダでは済まないのか教えてもらいたいものね。で、どうなるの?」

「……後悔させてやる。許さんからなっ! 兵どもの慰みものにした後で家畜のエサにしてくれるわっ」


 三文芝居よりもひどい、呆れた言い草だ。

 それにしても、どいつもこいつも下品なことをペラペラと。まあこんな奴の戯言はどうでもいい。時間の無駄だ。

 さっさとお茶の弁償をさせよう。さて、どうしようかな。


「はあ。それよりも私たちのお茶を台無しにしたんだから、その弁償をしなさい。早く」

「ふざけるな! わしが、な、ぎゃああああああっ」


 鉄のトゲを貫通しない程度の長さに調節して、足の裏に突き刺してやった。なんか柔らかそうな靴はいてるし。


「お、おま、おまえっ、何をした! ぐぅぅっ、はぁ、はぁ」


 右足を抑えてしゃがみ込む旦那様。


「なんのこと? なに言ってんの?」


 すぐにトゲを消して証拠も隠滅。証拠、出してみれば?

 そしてまた同じ足裏にトゲトゲ攻撃。両足を潰すと、歩かせるのが難しくなるからね。


「ぎゃあああああ、い、いだ、痛っ、やめろ、やめんか!」

「なにやってんのよ、あんた。そんなことより早く弁償しなさいよ」

「ま、待てっ! 待つんだ! 何の弁償だっ」

「話聞いてなかったの? お茶の弁償よ。あんたの護衛がこんな街中で魔法攻撃なんかするから、こっちはお茶が台無しよ。お茶の弁償をしろってさっきから言ってんの。分かった?」


 テンパる太ったおっさんと、呆れた顔で見下ろす私。


「くぅぅぅ、お、お茶だな!? ふー、ふー、よ、よし、分かったぞ。おい、お前ら! いつまでぼーっとしているんだ! こっちに来て肩を貸せっ! それからすぐに回復薬を持って来い!」


 こいつは傷の治療が終わるまで、悠長に私たちが待ってやるとでも思うのだろうか。


「ボニー、こいつが回復するのを待ってやってると、時間がかかりそうね」

「そうだな。せっかくのケーキが乾いちまうよ。おら、早くこい」

「ちょ、ちょっと待て、待たんかっ」


 容赦なく襟首掴まれて、甘味処の会計所まで引きずられて行った。あとはボニーに任せておこう。


 そして私は健気な女の子への最低限のフォローを忘れない。仲間を大事にする私は、同じく仲間思いの女の子には少しだけ手を貸してやる。

 呆気にとられたままだった騙された女の子へ、毒用の回復薬を生成して渡してやるんだ。第三級なら十分だろう。


「これ、持って行きなさい」

「えっ?」


 いまいち分かってなさそうだけど、無理やり押し付ける。そうすると気を取り直したようだ。


「毒用の状態異常回復薬よ。第三級で十分よね」

「でもっ」

「いいから。急いでるんでしょ? 早く行ってあげなさい」


 私のありがたーい言葉に一瞬迷うような顔をしつつも、女の子はすぐに決断したらしい。


「ありがとうございますっ、この御恩は絶対に忘れません。あたし、ロベルタって言います。必ずお礼にきます!」


 それだけ言うと全力で走っていった。本当に急いでるんだろうね。急げ急げ。


「さすがです。お姉さま」


 妙に嬉しそうなヴァレリアの柔らかい髪を撫でつつ、テラス席に戻った。

 まだケーキを食べ終わってないし、新しくお茶も入れて直してもらおう。



「馬鹿野郎! それじゃ迷惑料が入ってねえって言ってんだよ! ほかの客にも店にも迷惑かけてんだろうがっ」

「な、なんでわしがそこまで」

「てめえの子分がやらかした事だろうが。金持ちなんだったら、このくらいでケチケチしてねえで、さっさと払えよ」


 ボニーの罵声がちょっとうるさいけど、普通ならお茶代プラスアルファ程度じゃ許されないことを仕出かしてるんだよね、あいつら。

 私がいた場所にたまたま魔法が飛んできたから普通に防いだけど、そうじゃなければ大惨事になってたかもしれないんだ。


 店の人やほかの客も攻撃が撃ち込まれたのは目撃してるから、かなり厳しい目で見ながらボニーを味方してくれてる。

 平時ならもちろん警備兵の出番だけど、いまはそんな情勢じゃない。そのための私たちだ。幸いにも実害はなかったから、この程度で勘弁してやってるのを自覚してもらいたい。


 結局、店の在庫全部のケーキ類とお茶代を搾り取って、解放してやったみたい。金持ちにとってみれば大した額じゃないはずだ。

 店側の計らいで、お客全員に無料で好きなケーキとお茶が振舞われることになって、大いに盛り上がった。


 これまでは遠巻きに見られるだけで、誰からも話しかけられなかった我がキキョウ会が、この一件を皮切りに次々と話しかけられることになった。


「お前さん、さっきのは凄かったのう」

「あのいけ好かない商人さ、頻繫にここらに来るんだよね。ガツンとやってくれて清々したわ」

「やるじゃねえか! スカッとしたぜ」


 聞かされたのは私たちの勇姿や、あの商人への不満ばっかりだけどね。

 その割に、どことなくアンタッチャブルな空気でもあるのか、私たちが何者なのかといった質問は全然出なかった。聞かれれば普通に答えるつもりだったんだけど、聞かれもしないのに自分から語り始めるのもなんかね。


 六番通りにキキョウ会あり。まあいいか、そのうちにちょっとずつでも広まっていけばいい。

 少なくとも胸の紫水晶と背中に背負ったキキョウの紋は、ここにいた人々の印象に強く残ったはずだ。



 日も傾いて、今日はこれくらいかなと思った頃に、知った顔が現れた。


「お客さん、なにやってるのさ!」

「お、トーリエッタさん。この外套、最高よ。これだけ並ぶと壮観じゃない?」

「えへ、店の総力を挙げた力作だからねって、そうじゃなくて! 聞いたよ、大立ち回りしたんだって?」


 順調に私たちの勇姿が広まってるようで良かった良かった。

 トーリエッタさんも、どんどん広めちゃって欲しい。


「まあね。大したことはしてないけど」

「大したことって……そんなに目立つことして大丈夫なの?」

「薄々気が付いてたでしょ? 六番通りは今日から私たちが仕切るから。ブルーノ組とは話がついてるから、安心していいわよ」


 キョトンとするウサ耳女。


「いや、全然。でもそういうことか。ははっ、たしかにね。お客さんが仕切ってくれるなら、ちょっとはここも良くなりそうかな」

「なんか困ったことがあったら、稲妻通りのキキョウ会まで知らせて。これから昼間は何人か巡回させるし、近いうちにここら辺にもキキョウ会の拠点を作るからさ」

「キキョウ会か。その紋のことだね。そういうことなら、ほかの職人連中にも伝えて構わないかい?」


 望むところよ。広めてくれるなら、こっちとしても都合がいい。隅々まで知らせてキキョウ会を頼るようになればいい。

 頼られることが私たちの存在意義と言ってもいいんだからね。


「もちろん。今日はもう引き上げるけど、これからもよろしく」

「はい。こっちこそ頼りにしてますよ」


 今日は裏社会の連中の雑魚が二組と木っ端犯罪者が数人、それから最後の悪徳商人がいたくらいだけど、今後はもっと本気でキキョウ会をつぶそうとする連中が出てくるはずだ。


 特に今日、痛めつけて追い返した組の連中とは本格的にやりあうことになるだろうね。

 それからもっと強い奴にだって、いつか必ず遭遇する。そのいつかに備えて、日々の努力を怠らないようにせねば。

 勝って兜の緒を締めよって感じね。

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