あっちこっちの海賊
本格的な海賊対策にシフトして、新たな心持ちでの毎日が始まった。
情報収集からの交渉ですべてを丸く収めるのがベストには違いない。でも力押しの展開になるほうが、確率としては高いと考えられる。
なんせ無法な奴らが相手だ。穏便に事が済むなんて、過度な期待ってもんだろう。万全を期すためにも戦闘訓練は欠かせない。
そんなわけで船上での戦闘に慣れるため、第二戦闘団を中心に訓練を続けた。
リガハイムから近い島の周りを船で周回させ、安定しない足場に身体と感覚を慣れさせるんだ。できれば嵐のような大波も体験したいところだけど、なかなか荒れた天気は訪れないらしい。
基本的に船の戦いと言えば、白兵戦の前に遠距離での魔法戦が実行される。特別な目的がない限り、近づかれる前に撃退か撃沈しようとするのは道理だ。
ただ海賊は物資などを奪取するのが目的だから、船を沈めるほど苛烈な魔法攻撃は仕掛けてこない。主に防御を固め、船ではなく人員を狙撃するか妨害に力を注ぐ。そうして速い船足で強引に接舷し、白兵戦で制圧するのが海賊流だ。
こっちの目的としても海賊船は拿捕しなければならないし、海賊はブレナーク王国に引き込む対象だ。船を沈めるどころか可能な限り傷も付けないのが望ましい。
遠距離戦では防御重視で耐え、あえて乗り込ませてから白兵戦で逆襲するのがいいだろう。
正面から戦うことになった場合には、この正攻法なら最も手堅く敵を制圧し、少ない損傷で船を拿捕できるはずだ。
ただし、真っ向勝負はリスクを伴う。
海賊船が一隻じゃないことを考えれば、相手は複数の船で囲むように攻めてくるだろう。その状態で広く遠距離攻撃を受けてしまえば、多少の被害は免れない。
キキョウ会メンバーなら問題なくやり過ごせるにしても、船を動かすクルーには被害が出るかもしれない。
味方の被害を避けるためには、やっぱり戦いは先手必勝。
真っ向勝負よりも、気づかれない内に相手の喉元に刃を突き付けるのが一番いい。
先に対象の居所を突き止めて船を強襲するか、アジトに殴り込むのが理想だ。いや、理想を言えば当然、交渉だけで済ませることだけど……。
「お姉さま、海賊の調査報告が届きました」
外から倉庫に戻ったヴァレリアの声に、考え事を断ち切った。ジークルーネたちも私の周りに集まる。
妹分から差し出された手紙にさっと目を通し、みんなにも見せてやった。
「……あまり芳しくはないな。このまま進まないようであれば、商船を装って誘い出す作戦に落ち着きそうだ」
「意外と苦戦しますね。海賊の割には慎重な奴らです」
これまでの出現地点や目撃情報によれば、海賊の行動範囲は広い。レトナークの沿岸全域から、南の小国家群のほうまで食い込むくらい広い範囲で海賊行為の実績がある。
さらには海賊行為とは違う、遊びや補給で港町に立ち寄る場合でも、徹底して毎回場所を変える念の入りようだ。
この行動範囲の広さと不規則な出現地点によって、アジトの場所の特定も難しくなってるんだ。情報局でも簡単には手がかりを掴めないらしい。
「奴らが頻出する海域でもあれば、候補地を絞り易かったんだけどね。元は軍人なだけあって、細かいトコまで徹底してるわ。まったく、海賊に堕ちたくせに生意気よ」
陸地ならともかく、海だと気になる場所を気軽に見に行くこともできないから、より難易度が高い。
「しかもここ最近は姿を見せないらしいですね。何か理由があるんでしょうか」
「大雑把には七日前後でどこかの港町には姿を見せたらしいが、ここのところはどこにも立ち寄ってはいないようだ。未確認なだけの可能性もあるが」
「ふーむ。たとえ七日のローテーションがあったとしても、一回抜けたくらいじゃ何とも言えないわね」
どこかの港町に立ち寄る習慣が崩れたことと、私たちがリガハイムにいることとは無関係だろう。
キキョウ会がいるぞと積極的に噂を広め始めたのはつい最近だし、海で暴れまわる海賊が陸地にいる私たちを警戒する理由はない。私たちが海賊をどうにかしようと考えてるなんて、普通は想像もしないはずだ。
このままずっと海賊が出現しないのは困るし、もしそうなった場合には理由を調べなくちゃいけなくなるけど、今の時点でそこまで考えなくていい。相手のことより、まずは自分たちのことだ。
「当面、海賊のことは情報局に任せる。それとは別に訓練の仕上がりはどうだ、メアリー」
「問題ありません。いつでも行けます」
人間離れした身体能力を誇るキキョウ会戦闘団のなかでも、第二戦闘団は特に体術に秀でる集団だ。揺れる船の上にも早く適応するだろう。
「――行けますが、可能でしたら本番の前に実戦経験が欲しいですね」
「そうだな。模擬戦では本物の海賊の戦い方まで再現できない。だが練習がてらに使える海賊となると、相手がいないな」
レトナーク近海は旧海軍の海賊が圧倒的だから、ほかはすでに駆逐されてる。テストで狩れる海賊はいない。
「もしやるならドンディッチか、小国家群の奥のほうまで行くしかないですか」
「それでは向かう途中や帰りで本命に出くわすかもしれない。交渉を行う前の遭遇戦は避けたいな。とは言え、実戦経験を求める気持ちは理解できる。失敗は許されない作戦だ」
訓練と実戦じゃ緊張感だって違うし、敵は想定外の動きだってきっとする。
単純な揺れなどをきっかけにして、最悪のミスを犯すことだって想定できる。
個々の戦闘力を考えれば、ウチのメンバーがやられる可能性はまずない。だから心配するのは海賊のほうだ。
もし狙いがずれて海賊の大物を殺してしまったら?
一戦交えた後で友好的な交渉に持ち込もうにも、もう不可能だろう。
決してあり得ないことじゃない。想定外やミスは誰にも起こりえる。実戦経験を積んでおけば、多少なりともミスの確率は下がるってもんだ。
「……うん、やっぱり本番の前に一度やっときたいわね。北と南じゃ、どっちのほうが行きやすい?」
「本命の出現地点が読めない以上、地理的に近い南だろうな。問題は道中で本命に遭遇した場合にどうするか、だが」
「こっちは積荷がないから船足は速いはずよね、それでも逃げきれない?」
「無理だな。それだけ船の性能が違う。いや、待てよ。そもそも空の商船を襲うようなマヌケではないとも考えられるな」
航路にたくさんの船が行き交ってる時ならともかく、海賊のせいで客船や商船はかなり少ない。それでも海賊は的確に獲物を捕らえると聞く。
いつ来るとも知れない船をぼけっと待ち続けるほど海賊の気は長くないだろう。すると、どこからか船が航行するとの情報を事前に得てると考えるのが妥当だ。
私たちが使う船は形は商船であっても、物資を買い込んだり積み込んだりするわけじゃない。そんな船の情報が出回るだろうか? であれば、襲われないんじゃ?
「たしかに。考えてみれば、襲われる確率は低そうね。まあ運悪く襲われたとして、その場合に困るのはまだ交渉前ってことか」
「交渉だけで済めばそれに越したことはない。しかし交渉に持ち込む機会そのものが、現時点では得られていない……」
「だったら交渉をすっ飛ばして、いきなり本命とケリをつける覚悟を決めとけば、それでいいのかもしれない、なんてね。どう思う?」
未だに海賊のアジトは掴めず、出現場所も絞れない。おまけにここ最近は見かけることさえしないんじゃ、交渉どころじゃない。
姿を見せた時こそが、もうここぞのチャンスかもしれないと思えば、前のめりに突っ込むのもアリなんじゃないか。そう思ってしまった。
前提として、積み荷のない商船だと遭遇する確率自体が低いはずなんだ。現状を踏まえて一回くらい、ちょろっと遠出したって問題ないと思う。
「覚悟を決めれば……ああ、交渉にばかりこだわっていても仕方ない。たしかに、不意の遭遇をチャンスと考えればいい。慎重を期さねばならないことだけに、消極的になっていたかもしれないな」
「わたしもいいと思います」
練習のつもりで出掛けた先で、いきなりの本番。そうなったらそうなったで、いいじゃないか。ポジティブに考えよう。
交渉する余地がなかったと思えば問題ない。力押し上等! 考え方次第だ。
当面の方針が定まり、南部の海賊についての情報収集を始めることも決まった。これは第二戦闘団が担当する。
情報局は本命の海賊対策で忙しい。練習台相手に人を割くわけにはいかないことから、ヴィオランテたちが南部の小国家群まで陸路で情報収集に向かう。
数日程度のスケジュールで行かせる間、こっちはこっちで各ギルド経由でも情報を集める。すると南部の小国家群を根城にする海賊どものことは、割と簡単に集まった。
小国家群の海域にはいくつもの海賊団が存在し、それぞれが点在する群島をアジトにしてるらしい。こいつらの狙いは非常に分かりやすく、大陸から百三十キロほど離れた島にある。そこでは貴石や魔導鉱物を産出する鉱山があり、これを運ぶ船を狙うんだ。
どうしてそんな海域で海賊がのさばったままなのかという問いには、小国家群の様々な事情が絡む事柄であって私たちが気にすることじゃない。
重要なのは海賊と一戦交え、経験を得ること。ただ、元海軍の手強い海賊と比べれば、所在が分かるだけでもイージーな相手と判断できる。
そうして数日後。
現地から持ち帰ってくれた情報とギルドから集めた情報を基に、さっそく航行スケジュールを組ませてしまう。遠征日程は往復と滞在合わせて、十日くらいの見込みとなった。
「すまないが戦闘支援団に留守を預ける。もし判断に困ることがあったら、ローザベルさんに相談してくれ」
「了解です。特別なことがなければ、カフェ・デイジーの用心棒とすり寄ってくる商人を追い返すくらいでしょうか?」
「そうだな。あるとすれば、こちらが取り込んだ自警団長などから、何かしらの協力を求められた場合だな。基本的には応じて構わないが、無理する必要はない。要不要の判断は任せる」
留守を託す戦闘支援団とジークルーネが話をするなか、出撃メンバーは持っていく荷物を整理する。
着替えなど私物のほか、対海賊用に用意した魔道具がいくつもあって荷物は多い。
「船旅ですね、お姉さま。訓練で半日乗るのとは、やっぱり違う気がします」
「寝る時まで含めて、丸一日ずっと船にいたことはないからね。そういう意味でもいい経験になるわ」
「快適な船旅とは縁遠そうですが……」
ヴァレリアはあんまり船が好きじゃないみたいだ。あの常に揺れてる感覚は、慣れとは別にして嫌いな人はいるだろう。
「客船じゃないからね。その分、娯楽としてご飯とお菓子を十分に準備しとくくらいしかないかな。でかい船だから運動するには十分だし、疲れるまで動いてさっさと寝るのもいいかもね」
私たちが使う商船は貨物船だから、船自体は結構大きくても、船員以外の大人数を運ぶようにはできてない。
少数ならともかく、今回の中心戦力は第二戦闘団総勢五十名超にもなる集団だ。この人数が寝泊まりするための客室なんかあるはずもなく、船倉に適当な寝床を準備しただけになる。
所詮は数日程度のことだし、訓練の一環と思えば快適さを要求する場面じゃない。
本気で嫌なら置いてくのもいいけど、それを言い出してもヴァレリアは私と一緒に行くだろうから、わざわざ口には出さない。
「ユカリ殿、船の出港準備が間もなく終わるらしい。予定通り明朝の出発で構わないか?」
「うん。ジークルーネも買い物があるなら行ってきていいわよ。私は手持ちの分で足りるから特にないし」
「ではそうさせてもらうか。ヴァレリアはどうする?」
「船酔いに効果のあるお菓子があると聞きました。見に行きたいです」
副長と妹分が話しながら車両に乗り込むと、数人のメンバーも同行を申し出て出発していった。
「……本格的ってほどじゃないけど、しばらくは海の上か。どうなることやら」
私個人としては、特に苦手意識はないつもりだ。少々の揺れにはもう慣れたし、海水が極端に嫌ってわけでもない。
それに陸から離れすぎると凶悪な水棲魔獣が出る影響もあって、大陸沿いからはあまり離れない。仮に何らかの事情で船が動けなくなっても、泳いで陸に上がれるくらいの距離だ。不安に思う要素はない。
さあ行こう、いざ大海原へ! って感じにならないくらいの場所を進むのが、いまいちテンション上がらない理由ではあるのかな。
ま、船から見る朝日や夕日ってのも乙なものだろう。なんだかんだ楽しくなりそうだ。
海賊倒して経験値ゲット、ついでにお宝も奪って一挙両得!
もしかしたら不意の本番が始まるかもしれない。そこだけ頭に入れとけば問題ない。
よし、気合入れて行こう!
練習がてらの海賊狩り、はじまります。
次話「初めてのお手並み」に続きます!
ここからは狩って狩って狩りまくりの予定……? です。




