港町のミッション、次のフェーズへ!
誘拐された孫を助けて欲しいと願う初老の紳士。客観的にはとても憐れみを誘う姿だと思う。
でも私とジークルーネの雰囲気が、最初の気楽なものから面倒だと思うものに変わったのは、空気を読める商人なら簡単に察するだろう。
「ウチがあんたの商会に何を要求したいか、それは聞いてるわね?」
「お聞きした限りでは良い話をいただいたと考えるしかありません。むしろ都合が良すぎるとさえ。正直に申し上げればどのような裏があるのかと……」
「商会を預かる身なら、そう考えるのが当然よ。でも裏はないわ。あんたたちみたいな真っ当な商会に汚れ仕事を任せたって、継続して上手く行くはずないからね」
「それにだ。言ってはなんだが、今にも潰れそうな商会を騙したところで、我々が得るものは労力に見合わない」
こいつらハメて商会を乗っ取っても意味はない。欲しいのは商会そのものじゃなく、海運事業を回せる奴らなんだ。乗っ取って従業員が全員付いてくるなら、それもありかもしれないけど保証がない。
現状の私たちの目的としては、協力してやっていける奴らを得るのがベスト。そのための打診だ。
「まあ信じられないかもしれないけどさ。今日は腹の探り合いが不要だってところまで、話ができればと思ってたんだけど……困った展開になったわね」
今日のところは顔合わせと質疑応答、互いの印象を確認できれば十分と思ってた。
「我々に頼み事をするならば、相応の対価を要求することになる。大事な孫の対価だ、安くはないはずだろう?」
はっきり言って田舎のチンピラ如きが、どれだけ束になろうとウチの敵じゃない。たった一人の人質を助けることだって、もののついでで終わる雑事だ。でも常識的に考えれば、そこそこ困難なミッションだろう。
人質の無事を確保しつつ、敵を倒さないといけないんだ。敵だって必死に抵抗するのは間違いなく、救出側にも相応の被害が出ると考えるのが普通だ。簡単に解決を頼めるようなトラブルじゃない。あくまでも常識的にはね。
何の対価もなしに命を懸けろってのか? と文句を言われたってしょうがない。逆に安請け合いするのもおかしな話と思う。
これまでに商会長と跡継ぎの息子を助けてやったのは、あくまでもこっちの都合だ。孫はそこに入ってない。そんでもって孫を助けなければこっちが持ってきた話を受けないなんて言い出すなら、完全に恩をあだで返す形だ。もしそんなことを言い出すなら、これから一緒に手を組む相手とはもう考えられない。
「おっしゃるとおりなのですが……」
対価を差し出すにしても、じゃあ何をって話になる。そこで悩んでるみたいだ。
事業が上手くいかずに困窮してる商会だからね。個人の財産だって商会のために投げうってるとも調査にはあった。金銭的に払える余裕があるとは思えない。
それでも私たちは対価を要求する。
美談なんかまったくもって不要だ。海側の仕切り役にと考えてた奴が、甘い考えの持ち主ならこっちも考え直す必要がある。
さて、何を差し出すつもりか。どうこっちを納得させて動かす?
「……分かりました。そちらが自由に動かせる船を一隻用立てましょう。人員も含めてです」
ほう、そいつは思い切ったわね。いま考えたってよりは、あらかじめ用意してた答えっぽいかな。
「リスクは承知しているな? たった一隻であっても、そちらにとっては大事な商売道具だ。しかも個人的な家族の問題で、貴重な商会の人員を出せるのか? 海賊が軍艦を使っていることも知らぬわけではあるまい」
商船が軍艦に立ち向かうことなど常識的には不可能だ。機動力も防御力も圧倒的に違う。乗組員の戦闘力だって、きっと段違いだ。
下手をすれば船は沈み、船員諸共に海の藻屑と化す。私たちだって無事を保証することはできない。
まあ自由に使える船があればすっごい便利だから、申し出としては歓迎できる。
「どの道、海賊をどうにかできなければ商会は終わりです。人員については、個人的な伝手を頼るつもりです」
「なるほどな。海賊対策の名目で船を貸出し、人員は外から連れてくる。これならば孫の件は伏せても、どうにか商会幹部を説得できるということか」
ジークルーネとうなずき合う。悪くない提案だ。
「船と人員の用意。これを約束できるなら、あんたの孫は助けるわ」
「ありがたい!」
これが最後の面倒事だと割り切って、ささっと解決に動くことにした。
商会長は犯人から呼び出しを受けてるから、予定通りに向かわせる。手出しはされないと思うけど一応、陰から護衛もしてやる。
人質をその場に連れてきてればほぼ解決で、いない場合には商会長と会った奴を捕まえて吐かせるつもりだ。
私たちは一度倉庫に戻ってみんなに情報共有し、指定の時間近くになってから移動した。
すでに商会長の護衛は手配してるから、もし道中で何かあれば即座に対応し連絡も入る。
指定の場所は町の中心部から少し外れた場所にあるビルだ。少し外れただけで昼間でも人通りは少なくなるから、夜ならなお人は少ない。意外な穴場といった所かな。
場所が分かってたから、前もって調査もできてる。今のところ建物内に人質はおらず少数の男がいるのみで、こいつらが敵対勢力かは不明。まあ敵だろうけど。
ビル周辺に不審な人影はない。私たちは対象のビルを取り囲むように分散して監視する体制を取り、一部はすでにビル内にも潜入してる。
「こちらヴィオランテ。不審な車両が一台、そちらに向かっています。男が三人に子供が一人です」
「ジークルーネ、了解した。引き続き周囲を見張れ」
律儀に人質連れて登場か。手間が省ける。
この時点で車両襲撃をかましてもいいかもしれないけど、もし無関係の車両だったら最悪だ。
と、思いきや。やってきた不審車両は当該ビル前で停まり、どう見ても怯えた子供を伴って中に入った。あれじゃ間違えようがない。
商会長が到着する前に片付けてしまおうかと思ってると、続けて車両が近づいてきたらしい。今度は商会長だ。
敵も呼び出した人物が約束通りに一人でやってきたか様子をうかがってるだろう。私たちが商会長に見守ってるぞとアピールすることはできない。大切な人質を傷つけるような真似はしないと思うけど、想像以上の馬鹿だって世の中にはいる。慎重にやろう。
到着した初老のおっさんは、不安そうにしながらも眦を決してビルに入って行った。
「こちら紫乃上、そろそろよ。潜入班は臨機応変に。返事は不要だから慎重にね」
メアリーたちがビル内に潜んで様子をうかがってる。隙を見て制圧するだろう。
ちょっとひと息つこうかと思ったら通信が入った。
「こちらメアリー、人質を確保しました。商会長も無事です」
早っ! 想像以上の早さに、みんなの驚きと賞賛が通信を介さずとも聞こえる。
いや、ガキを人質に取るような情けない奴らが相手じゃ、喧嘩もなにもない。余裕とは思ってたけど早すぎる。さすがはメアリーだ。
あまりの早さに笑いまで起きるなか、気を取り直して命令を下す。
「とにかく、みんなご苦労様。ひと段落はついたけど汚れ仕事が残ってるわ。あんまり人数は要らないから、商会長と孫を送り届ける班に回るか、倉庫に引き上げていいわよ。そうね、ジークルーネは余剰人員を率いて倉庫に戻って、ヴァレリアと何人かは商会長の護衛に付きなさい」
振り分けは適当でいい。みんなの返事を聞きながらビルに入る。
「よし、やるか」
歩きながら悪党の親玉モードへと意識を切り替える。
ガラリと変わった私の雰囲気に合わせて、付いてくるメンバーたちも緩い雰囲気を引っ込めたらしい。おしゃべりが止む。
そうして奥の部屋に行く途中、助け出された商会長と孫が前から歩いてきた。
「これは会長! この度は大変お世話に、なり……」
歩いて近づきながら礼を言った商会長が震え上がるように絶句し、幼い孫娘が泣き始める。
「早く家に帰りなさい、あとはこっちでやっとくから」
しまった。脅かすつもりじゃなかったんだけど、私たちの雰囲気に当てられたらしい。特に孫には構うと逆効果っぽいんで、言うだけ言ってすれ違った。
奥の部屋には潜入と制圧をやってくれたメンバーが待っててくれた。
「お疲れ様です。ユカリさん」
「そっちもね。なんかしゃべった?」
「いえ、尋問はこれからです」
「そんじゃあ、今からたっぷり泥を吐かせてやろうか」
倒れてるのは六人の男たち。メアリーたちに酷く殴られたようで、すでに痣だらけのボコボコだ。
痛そうに体を丸める男たちに上から言い放つ。
「起きろ。顔を上げて私を見ろ。三秒以内に見なければ殺す」
「一つ、二つ、」
律義にメアリーがカウントを始めると、野郎どもは慌てて顔を上げた。
そして恐怖に震え上がる。
わざと見せつける魔力の奔流は怒りを視覚化したものだ。これなら魔力を感じ取れないボンクラでも、どんな存在を敵に回したのか理解できる。
ガキを人質に取って、カタギの爺さんを脅すような外道だ。心の底から懲りればいい。
すでに黒幕は分かってるようなもんだけど、あえて訊こう。
「誰の命令で動いたか言え。根性見せる必要ないわよ、お前たちは必ずしゃべる。無駄に痛い思いしたいなら、少しだけ付き合ってやってもいいわ」
すくみ上った奴らが即答できないなんて分かってるけど、一瞬空いた間を沈黙と認定し、手近な奴の手を踏みつけた。
石の床まで踏み砕く勢いだ。やられた奴以外にも、絶対に無事には済まないという恐怖を与える。
「言わないなら全員の両手を潰す。次は足。その次は、どこにしようか?」
引きつったような顔と声で、奴らはあっさりとゲロった。
もちろん、こいつら実行犯を質問に答えただけで許したりしない。間接的にだって、キキョウの看板を敵に回すとどうなるか思い知らせてやった。例によって生き証人としての役割を期待して、命だけは助けてやる。命だけはね。
リガハイムにキキョウ会あり。覚えておけ。
「これは情報局に回しておきます」
「うん。気色の悪いモノだけど、馬鹿相手にはこれくらい分かり易いほうがいいわ」
誘拐に関わったチンピラども全員の右手を切り落とした。これを箱に詰めて黒幕に送り付けてやるんだ。
よりにもよってガキを人質に取るような外道だからね。首を切って送り付けないだけ、随分と優しい処遇だろう。
念のため、箱の内蓋には血文字で次は首だと書いておいた。これなら馬鹿でも理解できる。なんて親切!
「ユカリさん、黒幕の始末は付けなくていいんですか?」
「そこまでは商会長が望まないわよ。一応は親戚でしょ? 頼まれてもないのにぶっ殺したんじゃ、無駄に怖がらせるわ」
「商会長はビジネスパートナーになる予定ですもんね」
そういうことだ。釘を刺しとく意味で、ある程度の力を見せておく必要はある。でもカタギ相手にやりすぎちゃ、結局はこっちが損するだけだ。
さてと、もうちょっとでひと段落って感じかな。
――人質騒動から数日。
想像以上に多く降りかかった面倒事を片付け、ようやくリガハイムの安定と掌握はほぼ完了したと言える状態になった。
自警団長、町長、海運事業商会の取り込みと、その過程での多数敵性勢力の排除。戦後を見据えたおおよその下準備は整い、これからが私たちにとっての本番だ。いやー、長い前振りよね。
「これでやっと海賊対策に専念できるわね」
「ああ、やっとだ。それに船の準備が二日後には終わる見込みらしい。船上戦闘の訓練時間も十分に確保できそうだ」
「船が使えるのはありがたいわね」
船の上での戦闘機会なんて、これまでにない経験だ。実際に戦うことになるかは未定だけど、いい訓練になるだろう。
当面のメンバーの割り振りとして、情報局は海賊の調査に集中、第二戦闘団はリガハイムへの注視継続と周辺海域や島、近隣の町へも調査の手を伸ばしてもらう。
訓練も欠かせないから、ローテーションを組んで毎日少しでも実戦的な内容に触れさせるつもりだ。
「戦争開始のタイミングで、海賊との交渉に入る予定でしたか? お姉さま」
「うん。流れとしては、その前にウチの噂を沿岸地域に広めるのが先ね。向こうがキキョウ会の名前を認識してるのとしてないのとじゃ、交渉のしやすさがまったく違うわ」
知ってるかもしれない可能性に賭けるんじゃなく、取り込んだ有力者や商会を通じて積極的に広めさせる。
ウチは珍しくて面白い組織だからね。もし知られてなかったとしても、きっと興味を引く。
「機を見てわたしとローザベルさんとで交渉に向かう予定になっているが、実はこれが難しい」
「問題は海賊の所在ですか」
交渉相手がどこにいるのか分からなければ話にならない。
どこかに寄港するタイミングを待つにしても、いつになるか不明なんじゃ、予定も立てられない。
ウチもガキの使いじゃないからね。優位な立場で交渉するためにも、どうにかしてアジトの場所を掴むか、最悪でも奴らの動向のパターンを把握できるようにはしておきたい、とは思うんだけどね。優秀な情報局でも、これまでの調査で特定のパターンは掴めてない。
奴ら海賊も馬鹿じゃないから、行動パターンを掴ませるような動きはしてないってことだろう。
「幸運なことに我々には時間がある。徐々に見えてくる事柄もあるだろう。状況に合わせて考えていけばいい」
「海賊に知り合いでもできればいいです」
「ははっ、それはいい。リガハイムに寄港してくれればチャンスがあるかもしれないな」
そんな幸運があればいいんだけどね。これまでになかったことが、これから起こるとは考えにくい。
確率はゼロじゃないにしろ、さすがに根拠もなしに期待するのは無理がある。
まずは地道な情報収集を続けるとして、手っ取り早い方法は確保できた。
商船を自由に使えるようになるんだから、普通に沖を航行してれば勝手に食いつくと思う。海賊と接触するだけなら簡単かな。
世間様ではバレンタインデーの話題が多くなっている頃でしょうか。作品によってはバレンタインデーにちなんだエピソードも多く投稿されているのではないかと思います。
しかし残念ながら、甘酸っぱい物語とは縁遠い本作です。もしやるとするなら、アル・カポネが関与したとされる、血のバレンタイン事件をモチーフにした内容がせいぜいでしょう。
悲しいですね、虚しいですね。でもそれでいいんです。きっと本作読者の皆様は、甘い話など求めてはいないと信じています!
さて、これにてリガハイムの町の攻略は終わりました。ようやく本格的な海賊対策が始まります。
たぶん、ここでストレートには話が進まず面倒な展開になる……気がします。急がば回れです!
活動報告も更新していますので、お時間ある方はぜひ覗いてみてください。よろしくです!




