傍若無人のギルド襲撃
新聞ギルド襲撃をさくっと決めた午前中の倉庫。残ってるメンバーは少ない。
ほとんどが休暇で海に遊びに行ってるか、あとは用心棒の仕事か情報収集に出てる状況だ。でも新聞ギルドへの殴り込み程度で、わざわざ集合かけるほどのことはない。
通常、大抵のギルドの後ろ盾には、その町の有力者や組織が控える。特に新聞ギルドは後ろ盾がないと活動はまず無理だ。一応はジャーナリズム的な活動をするわけだから、正義の報道のつもりで悪党を紙面で追及なんてしようもんなら普通に報復されるだけだ。
この世界において、ペンは剣に容易く屈する。権力なり暴力なりの後ろ盾はどうしたって必要になる。
新聞ギルドとして独自戦力を抱えられるならまだしも、そこまでしてる例は聞いたことがない。つまりは必ず後ろ盾が存在することになる。
ところがリガハイムでの後ろ盾といえば自警団で、ウチにとっては融通の利く相手になってしまってる。
報道機関として独立した形じゃなく、また法の後ろ盾じゃなくて力の後ろ盾を必要としてる時点で、私の感覚としてジャーナリズム的な活動というのは成立してない。そこにはどうしょうもない現実がある。
まあ普通は権力者が利権構造に色々な勢力と巻き込んで、喧嘩が起こっても大事にはならないよう調整するもんなんだと思う。裏の組織だろうが新聞屋だろうが、末端を除けば所詮は利益を追求する団体にすぎないんだ。
私が思う新聞ギルドってのは、時事的な問題やちょっとした話題を市民に伝える程度の役は果たしてるとしても、利権に組み込まれた関係者間での利益に反することは決してしない。その代わりに利益構造の外にいる存在には、ひたすら強気に出る連中だ。新聞ギルドなんてのはそういう存在。
そもそも情報通であるべき新聞ギルド支部のくせに、状況を弁えず悪名高いエクセンブラ三大ファミリーの一角に喧嘩売ってる時点で色々と失格だろう。普通はウチの顔色をうかがう程度の接触はしてくるもんだと思うけど、これまでに一切ないはずだ。
崩壊国家に置かれたギルド支部の割に仕事が雑としか言いようがない。これまでに厳しい判断を要求される場面がないぬるい仕事しかしてこなったんだろうけど、常識的に話にならない低レベルさだ。
この町は有力者同士の争いがある環境だったはずだけど、やりすぎない紳士協定はきっとある。だからぬるいんだ。
あるいは自分の認識と他者の認識の差なんて、こんなものと考えるべきなのかもしれない。
自分たちを過大に評価してるつもりはまったくないけど、エクセンブラから遠く離れるほどにそうした認識の違いは大きくなっていくんだろう。
「あたし、自警団長に話つけてきますよ!」
「ちょっと脅すだけで大事にはしないつもりだから、慌てないよう言っといて」
よりにもよってウチが麻薬取引に絡んでるなんて、馬鹿なデタラメを書き立てたもんだ。
多少の嘘や悪評程度でいちいち突っかかることは普段ならしないけど、勢力の取り込みを狙ってる今は時期が悪い。それに麻薬絡みはウチじゃタブーだからね。町の住民に誤解されるのも業腹だ。
どういうつもりで、でっち上げたのか問い詰めてやる。
書いた奴の妄想記事なら普通に締め上げて、偉い奴にも掲載を許可した責任を取らせる。少なくとも翌日以降の紙面において、訂正記事をババンと大々的に掲載させる程度はやらせるつもりだ。その言質が取れたなら、些少の迷惑料とぶん殴るくらいで勘弁してやってもいい。
妄想記事じゃなく情報元がいるならそいつが誰か吐かせ、面倒でも背後関係を洗うしかない。誰が仕組んだのか暴き立て、相応の返しをする。
「お姉さま、二人は留守番に残すとして、今いるメンバー全員で行きますか?」
そうすると六人か。派手にやってギルドと揉めてるとアピールする必要はないし、地味目にやるにはちょうどいいくらいの人数かな。
「うん。車両一台で行くわよ」
これといった準備はないから、留守番以外のメンバーですぐ抗議に向かった。
まだ昼前の明るい時間帯に、急ぐでもなく普通に車両を走らせる。
リガハイムの特徴と言える多くの建屋に乗っかるオレンジ色の屋根は、ギルド支部などが集まる界隈でも変わることはない。
大きな組織や商会の見栄か、どれもそこそこ立派な外観の建物ばかりが立ち並んでる。住宅街とは違って、いかにも仕事中ですといった雰囲気の人々がそこらを歩いてるのが特徴だろう。
そんな界隈に車両を乗り付けると、大きな武器は持たず殴り込みなんて雰囲気も出さずに全員で車両を降りる。
この町じゃ車両は多くないせいで少しは目立ってるけど、悪目立ちするほどじゃない。
なにげなく新聞ギルド支部に入ろうとしながら素早く魔力感知で探ってみれば、大きな建屋の割に建物内の人数はそれほど多くない。
感知する限り防犯用の魔道具の設置はあっても、営業時間帯には不意の起動はしないだろう。
目的の三階建ての建物にいるのは、一階に十五人程度と二階にも同程度、三階には七人だけ。
三階にいるのがたぶん、ギルド長のようなお偉いさんとそのお供なんだろう。普段はどのくらいの人数がいて、今日は多いのか少ないのかも不明だけど、その辺は気にしなくていい。
「そうね、一人はここで待機。ギルド関係者以外の客がきたら、丁重にお帰り願いなさい」
「了解です、部外者は誰も通しません」
すでに部外者がきてなければいいなと思いつつ五人で建物に入ると、中央のカウンターには暇そうな受付嬢が控える。左手には警備室があって三人がそこで待機し、一人がこっちを見てる。仕事熱心な奴だ。
警備はひとまず無視して、受付にジークルーネが進み出た。
「この記事を書いた記者に面会したい。今朝の新聞だが、在席だろうか?」
分かり易く新聞を差し出しながら、単刀直入に尋ねる。
「…………え、あ、はい! 少々、お待ちください。聞いてきますので!」
ぽーっと副長を見てた受付嬢が、慌てたように確認に向かってしまった。
普通ならこっちが何者かとか、約束はあるのかとか訊かれるもんだと思うけど、凛々しくかっこよく堂々としたジークルーネの雰囲気に呑まれてしまったんだろうか。
単なる小娘の受付嬢は、言うことを聞くのが当然のように動いてしまって、まるで主人に言いつけられた従者のようだ。
警備の視線を感じながら黙って待ってると、奥の通路から近づいてくる会話が聞こえた。静かなロビーは声が思ったよりも通るらしい。
「――あいつならそろそろ顔出すと思うよ、アンナちゃん。ところで誰がきてんの?」
「あ、そういえば。それより、ちょっとその手……」
「俺とアンナちゃんの仲でしょ、冷たいなあ。でも受付なんだから、客の名前くらい確認しといてよ。付き合ってあげるから、あとで業務のおさらいしようか。今日は朝まで帰れないからよろしく。へへっ」
「そ、そんな」
のんきにセクハラか。危機感のない奴だ。ギルドの看板に守られてる驕りとでも考えればいいのかな。
まあ普通ならどこだろうとギルドに殴り込むなんてしないからね。これまでに記事に対する抗議程度はあっても、危機感まで抱くような環境にはないんだろう。
通路から受付のあるロビーに男が出てくると、さっそくジークルーネと目が合った。
男の視線が素早く動き、私たちの胸のバッジに目を止めたようだ。セクハラ野郎の割には意外と目端が利く男にジークルーネが話しかける。
「貴様はどうやらあのデタラメを書いた本人ではないらしいな。ところで、これが何か分かるな?」
ジークルーネが紫水晶のキキョウ紋バッジをこれ見よがしに示す。
「紫の花の代紋……」
「知っているようだな。我々がキキョウ会だ。言うまでもないが今朝の記事について問い合わせにきた。記者本人が不在なら、責任者に会わせてもらうぞ」
「ギ、ギルド長なら」
「お飾りに用はない。案内しろ」
用があるのは実質的なところの編集長のような存在になる。
ギルド長なんて肩書は名誉職にすぎず、実務には一切関わらないパターンが典型だ。情報局の事前調査によってもそれは明らかで、ウチが取り込みたいと思ってる有力者にも該当しない。無視でいい。
いまいち事情が分かってなさそうな受付嬢をそのままに、ずかずかと奥の部屋に行くことにした。
「待てっ、何をしている!」
「お姉さま、ここはわたしが」
「警備員に罪はないわね。黙らせるだけでいいわよ」
「はい」
しゃしゃり出た警備員はヴァレリアに任せて無視する。
通常の客なら応接室に通されるだろうところを、私たちは乱雑な雰囲気の仕事部屋に乗り込んだ。静かなロビーや廊下とは打って変わって、ざわついた感じだ。
広いフロアでは誰もが机に向かって何らかの作業をしてるらしい。忙しそうな雰囲気だけど、遠慮してやる筋合いはない。
ぱっと見た感じだと部外者はいないっぽいから、余計な奴を巻き込まずに済みそうだ。
防犯用の魔道具も窓際に設置されてるくらいで、部屋の中に攻撃的な魔道具はなく、警備員もロビー以外にはいないようだ。
「責任者を連れてこい」
同行する記者らしきセクハラ野郎をジークルーネが威圧し、無駄なやり取りをなるべく省かせる。
「デ、デスク! 編集長は」
「うるせえぞ、この野郎! 油売ってねえで、さっさと働け!」
怒鳴り返したのはデスクと呼ばれたおっさんだ。名前じゃなくて役職名らしい。席の配置を見る限りだと、部署ごとにデスクってのがいるっぽい。
そのデスクがどの程度偉いのか知らないし、ギルド内の役職にも興味ないけど、やり取りを聞く限りどうやらデスクの上の編集長が全体の責任者のようだ。
口の悪いおっさんは忙しいらしく、こっちには目もくれずに作業に没頭してる。
アポなしの訪問客が相手じゃ、こんなもんなのかもしれない。なんにせよ、すんなりと行かないことに私たちの苛立ちは増すだけだ。
「我々は忙しい。待たせるな」
「いや、さっきまであの席に」
男が指指す奥の席に人はいない。
「いちいち探す手間なんか、かける気ないわよ?」
「ここはあたしらに任しといてください」
「殴り込みらしくなってきたじゃないですか、燻りだしてやりますよ」
私の意図をすぐに理解してくれて嬉しい限りだ。こっちは元々お上品な話し合いにきたわけじゃないからね。
「派手にやってやんなさい」
「任せたぞ、二人とも」
建物の中にいるなら、探さずとも姿を現すだろう。暴れてれば、なんだなんだと様子を見にね。
私とジークルーネが部屋の入口付近で全体に目を配り、連れてきた二人のメンバーが動き出す。
「どらぁっ!」
大声と共に手近なところの棚を蹴り倒し、椅子を蹴っ飛ばし、事務机をひっくり返し、手当たり次第に荒らし始めた。
仕事に忙しくてこっちを無視してた連中も、驚いたように突然の蛮行を唖然として見る。
「キキョウ会が出張ってやったぞ! 責任者はどこだコラッ、隠れてないで出てきやがれ!」
「客を待たせるなんて何様のつもりだ! ふざけてんのか!」
セリフだけ聞くと、いきなりキレ散らかした頭のおかしい奴らでしかないけど、暴れっぷりが見事だ。
重量感のある金属製の棚がひしゃげながら転がり、蹴った椅子なんか吹っ飛んでバラバラにぶっ壊れる。事務机だって上に乗っかった資料なども合わせれば、相当な重量に及ぶはずだ。それを小さなちゃぶ台でもひっくり返すように、軽々と転がしてしまう。身体強化魔法がある世界でも、並外れたパワーなのは誰でも理解できる。
異常な力で行う蛮行を止めようにも止められず、ギルド員はすくみ上がったように見ることしかできない。あいつらの気持ちとしては、気づかぬ内に凶暴な魔獣と同じ檻の中に閉じ込められたようなもんだろう。
「おらあっ、お前が責任者か!」
「ちっ、違う! 俺じゃ」
「だったら、そっちか!」
怒鳴り声と共に、毎度何かがぶっ壊れる。硬そうな石の置物がワンパンで粉々に吹っ飛ぶのを見れば、そりゃあ死の恐怖を身近に感じもする。
広いフロアを二人が暴れまわるなか、遅れてきたヴァレリアも加わって縦横無尽に荒らしまわる。そこら中で物が壊れ乱れ飛び、まるで嵐のようだ。
そんなタイミングで、奥のドアが開くと一人の男が姿を現した。ずいぶんと驚いてるらしい。
「こ、これは一体……」
「編集長! せ、責任者を出せって」
「お前が責任者かあああっ!」
ノリノリのメンバーがいきなり襲いかかり、痛烈なビンタを浴びせた。
あまりの威力に軽く吹っ飛ばされた男は、口の中を切ったか歯が折れたかで、血を垂れ流しながらうずくまる。容赦ない娘はうずくまった男の胸ぐらを掴み上げて無理やり引き起こす。
ビンタ一発程度じゃ、やりすぎとはまったく思わない。デマで人を貶めようとした報いには程遠い。まだまだ全然釣り合いが取れない。
ただ、ひとまずの言い分は聞いておこう。ジークルーネに合図を出した。
「待て、先に話を聞きたい」
よく通る副長の声に反応し、掴み上げた編集長はその場に放り捨てられる。
「お姉さま、上の階の連中が密かに様子をうかがってます」
「止めには入ってこないみたいね。いいわ、ほっときなさい」
巻き添えにはなりたくないらしい。
用があるのは嘘八百を書いた記者とその掲載を許可した責任者だ。ほかの奴らはどうでもいい。
口と鼻から血を流して頬が黒く腫れあがった編集長の前に、ジークルーネが進み出て新聞紙を投げつける。
「貴様がこの与太を書かせた張本人か」
元エリート騎士にして、現在は裏社会で名を広げる大幹部が放つプレッシャーはどれほどのものか。
綱渡りのように危険な取材活動に身を置く敏腕記者なら根性も座ってるんだろうけど、ぬるい環境で遊ぶこいつらが耐えられるとは思えない。
張りつめた空気には指先一つ動かすだけでも緊張を感じるだろう。もろにプレッシャーを受ける編集長だけじゃなく、ギルド員どもは身動きできず声も上げられない。
「黙っていては分からん。答えろ」
詰め寄りながら迫り、更なる圧力にそろそろ倒れる奴が出るかもと思ってると、私が背にした通路のほうから若い男が入ってきた。
少し前にギルド前で待機させてたメンバーから、一人そっちに行くと通信が入ったばかりだ。こいつが外から戻った記者か事務員だろう。
「え……な、なんだこれ」
静まり返った室内で、その呟きはやけに響く。
すると注目が若い男に集まり、デスクと呼ばれてたおっさんが掠れた声を出した。
「に、逃げろ……お前、殺されるぞ」
どうやらこいつが当たりらしい。
近くにいた私は手を伸ばして男の服を掴み、ジークルーネのほうに向かって強引に放り投げた。無様に倒れこみながら足元に転がる。
「なるほどな。貴様が嘘つきか」
「い、痛ってえ……なんだってんだ?」
「言われなければ分からないか? 我々が誰かもまだ理解できていないようだが、やはり程度の低い記者だったな」
ここでようやく胸に付けたキキョウ紋バッジに気づいたらしい。
「それ、キキョウ会!?」
「与太記事を書いたのは貴様だな? なぜ嘘をついたのか、理由を話せ」
訳も分からずに暴力を振るわれるよりは、相手の正体が判明したほうが気は楽になるのかもしれない。若い記者は開き直ったように、胡坐をかいて座りなおした。
意外と度胸があるというよりは、こいつは世間知らずで無鉄砲なだけだ。逆切れしたように不機嫌な表情で口を開いた。
「これは公共性の高い記事だ。僕らは暴力には屈しない!」
「ほう? よくも言うものだ。でっち上げた記事に公共性が認められるとは初耳だ。リガハイム特有の文化か、あるいは冗談のつもりか?」
「馬鹿にするなっ、こっちには証拠がある!」
「証拠だと?」
意外な言葉に私も含めてみんなの頭にハテナマークが浮かぶ。
証拠……ウチが大量の麻薬を持ち込んだ証拠だろうか?
うーむ、不思議なことを言うもんだ。
そんなにややこしい展開にはならない予定です。(予定です。)