表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
300/464

典型的ゴシップ!

 リガハイムを一言で表すと、あるメンバー曰く『悪徳商人の町』とのことだった。最初にそう聞いたのを思い出した。

 新参者にもかかわらず、キキョウ会は町の最有力者に躍り出た自警団長と仲がいい。ただの友人関係なんかじゃなく、手を組んだらしいと噂でも流れれば、ウチと近づくメリットは色々と見えてくる。最有力者に近い組織となれば、もう単なる余所者じゃない。

 そうした状況になり、接触を試みる自称商人が我も我もとたくさん出てきたんだ。


 最初の一人、二人をきっかけに、うんざりするほど何人もが営業をかけにやってきた。

 我がキキョウ会は正業でのシノギも大きいけど、結局は非合法な活動団体ってこともあり、それはそれは堂々と真っ黒な代物でも平気で持ち込んでこられるのも、また腹立たしい。


 奴隷やら盗品やらに加えて、薬物関係を売りつけようとするのが特に多い。売るんじゃなくて、逆に買い取りたいとかもね。扱ってないってのに。

 しかもお近づきの印のつもりで、山吹色のお菓子ならともかく、自分の商品を押し付けようとするからタチが悪い。妙な薬や奴隷を置いて行かれても迷惑なだけだ。こんなにありがた迷惑を実感したことはない。

 たしかに、ここは悪徳商人の町だった。もう面倒臭くてしょうがない。


 ついさっきも、バッタもんのブランド品を売りつけようとしてきたアホを追い返し、クズ宝石を掴ませようとしたバカを叩き出し、珍味ですなどと言って謎の肉を食わせようとしたマヌケを放り出したところだ。

 謎の肉はなんとなく怪しかったから、お前が食ってみろと言って無理やり口に詰め込んだら、泣き叫んで謝り倒してた。きっと想像以上にヤバい肉だったんだろう。危なかった。


 客とは言いたくない客ばっかりだったけど、ひょっとしたらいい話を持ってくる手合いがいるかもと期待したのが愚かだった。

 まともっぽいのは少数派で、そいつらにしても有用な情報を持ってるとか、気になる商品を扱ってるとかでもない。時間の無駄でしかなかった。


 丸一日近く使って収穫なし。いや、悪徳商人どもの巣窟って実態を、肌身で感じられた貴重な時間だったと思うことにしよう。明日からは二度と相手にしない。

 リガハイムにやってきた初日には、あれだけ目立つ登場をした割に誰も接触してこない状況を嘆いたのに、我ながら勝手なものだ。


 まあ、人が集まるのは理解できる。

 歓楽街を制した戦いは、単純に歓楽街だけを掌握するものじゃない。

 あそこは町の自衛戦力のトップである自警団長が別の顔を持つ場所だったように、様々な有力者が軒を連ねる縮図のような場所だった。そこを制することは、町の有力者の中でも飛び抜けた存在になることを意味してる。


 中途半端な立ち位置の商人どもは、自警団長とウチの両方に営業かけて、お近づきになれればラッキーくらいの調子なんだろうね。


「はあ~、明日からは飛び込み営業はお断りね。興味深い話が全然ないわ」

「必要な物資や娯楽用品は持ってきているから、新たに欲しいと思える物も特にない。町で調達するのは食品か日用品くらいだろう?」

「はい。いらない物を売りつけようとするんじゃなくて、こっちが欲しい物を何でも用意するからって言う商人もいるんですけどね。残念ながら食品と日用品くらいだと頼むまでもないですから」


 知らない土地に入って長くやるつもりなら、御用聞きみたいな商人は使えそうではある。今のところは間に合ってるけど、今後を思えば付き合いを考えてもいいかのかもしれない。


「それはそうと、町長とはまだコンタクト取れないんだっけ?」

「教会での役職絡みが忙しいみたいで、そっちの仕事で不在にしてます。町長秘書には面会要求出してますが、待ての一点張りですよ。自警団長の面会要求にも応じないらしいんで、しばらく様子見ですね」

「我々とは会いたくない、ということはないか?」

「それはないと思います。教会の仕事は前からの予定どおりみたいですし、ウチだけに対してお断りしてるわけじゃないようなんで」


 教会での役職持ちとは事前の情報どおりだけど、そこまで熱心だったとは意外だ。元からの予定らしいし、宗教上の理由じゃしょうがないと考えよう。


「じゃあ海のほうは? 海運事業の商会長だったっけ」

「海運から陸運に手を伸ばしたが、全然上手く行っていないらしいな」

「ですね。そっちのほうもトップは長期不在にしてます。跡取り息子との交渉を考えてましたけど、こいつも少し前に町を出ました。歓楽街での騒動でビビって逃げたか、普通に父親に報告にでも向かったのか、理由はちょっと不明ですけど。一応、伝言は頼もうと考えてますが、親子そろって町の外にいますし返答にいつまでかかるか」

「残された商会幹部はどうだ。そちらとの交渉は無理か?」

「幹部には接触できますけど、トップの強権的な経営みたいなんで、あんまり意味ないと思います。商会長は下手に周りを固めようとするとヘソ曲げそうな人物でもありますし」


 こっちの都合だけじゃなく、相手にだって都合や考えはある。押し付けようったって、居ないんじゃどうにもできない。

 それに私たちがリガハイムに到着してからまだ日が浅い。早々に自警団長を取り込んだだけでもかなり大きい成果と思えば、まだまだ焦る必要はない。


「味方に付けたい人物の機嫌を損ねてもいいことないわね。だったら、どっちかに接触できるまでは情報収集メインに活動するしかないわ。交代で休暇取りながら様子見でいいかな」

「休暇ですか! やった!」

「先行組は休んでる時間なかっただろうし、最低限の人員以外は優先的に休んでいいわよ」

「ああ、力を増した自警団長が積極的に動いていることもある。我々が投じた一石で、しばらくはどのように情勢が動くか見るのもいい」


 逃げる奴や守りに入る奴、チャンスと見て積極的に動く奴。色々といるだろう。

 フットワークの軽い悪徳商人が大勢接触してきたように、目を付けてる有力者が接触してくる可能性もある。

 私たちが接近したい相手の事情もあり、しばらくは待つことにした。



 ――後日。麗らかとは言い難い、日差しの強い初夏の午後。

 ボケっとするんじゃなく、暇な時間に情報の整理でもしとこう。情勢は随時動くから、目的を見失わないようにしておくことも立場が上の者には必要だ。

 みんなが休暇で羽を伸ばすなかでも、私とジークルーネの二人はカフェ・デイジーで用心棒をやりながら話をする。


「ここのケーキ、どれもイケるわね」

「食事も質がいい。カフェではなく、レストランでもやって行けそうだ」


 用心棒と言っても暇なものだ。自警団長の睨みが効いてるし、昼間じゃ酔っぱらって喧嘩を始めるのもいない。


「美味しいものにありつけるのはいいんだけど、いつまで待てばいいのか。さすがにこれから十日も二十日も待ってられないわ」

「たしかに。数日程度の休暇と思えばまだいいが、長引けば皆も飽きる。十日を目安に交渉相手を乗り換えるのも手か」


 リガハイムを掌握するうえで、我がキキョウ会は三つの勢力に絞ってバックアップすると決めた。

 一つはすでに完了した陸側の勢力である自警団長。そしてこれから取り込む予定の海側の勢力と町長だ。


 リガハイムにおける有力者同士の入り乱れた争いは、今後この町を拠点として新たなシノギを始めるウチにとってマイナスにしかならない。

 陸の仕切り役、海の仕切り役、そして双方の中間に位置する町長の三人体制の元で、安定した状態を作り出させる事が目標になる。それを片付けてから海賊対策に乗り出したい。


「海運のシノギがまったくダメになって、手を出した陸運の新規事業も赤字続き。これじゃ、町を出て親戚筋を頼りたいと考えるのもしょうがないわ」

「レトナークの現状を思えば、簡単に助けてもらえるとは思えないがな。それでも頼らざるを得なかったのだろう」

「たぶん商会が潰れるのは時間の問題ね。トップと話さえできれば、明るい未来の絵図を語ってやれるんだけど」


 海側の有力者でバックアップしたいのは、もちろん海運で儲けてた実績のある商会だ。

 現状の海運事業は休業中でも、ノウハウはあるし人材もまだ辛うじて残ってるらしい。これと手を組んでこそ、港湾荷役としてのシノギが成り立つんだ。手を組む候補に問題はあっても、多少の事なら目をつぶる。


 そこで邪魔になるかもしれない海運事業のライバル的存在には、傘下に加わってもらう方向で進める。まあそいつらだって、ほとんど潰れかけだけどね。

 とにかく歓楽街の顛末を見れば、キキョウ会がバックについた状態の有力者を敵に回そうとは誰だって思わない。少なくとも交渉の席には引きずり出せるはずだ。よっぽど頑固な奴以外は、潰されるぐらいなら傘下に下るはずと想像できる。


 こっちとしても手駒となる存在を潰すのは惜しい。どうしてもダメな場合でも、トップを潰すのみで手下や組織自体はそのまま残す方針でいい。そのままというか吸収合併になるかもしれないけどね。


 会話ができれば海運について今後の話をしてやれるし、現状で上手くいってない陸運についてもバックアップしてやれる。

 向こうに取っちゃ、降って湧いたありがたい話になると思ってるんだけど、話をする機会が得られないんじゃどうにもならない。


「交渉さえできれば、上手く行く見込みはある。しかし、いつまでも連絡が取れないとなると、次の候補に替えることもやむなしか」

「今のとこ次の候補は網元ね。実際、今の港を仕切ってるのはこいつみたいだし、順当といえば順当なんだけど」


 海運事業がストップしてる影響で、現状の海側で一番デカい顔をしてるのは漁業を仕切る網元だ。

 海側での一大勢力として君臨する網元は無視できない。こいつは漁師を束ねる存在として、非常に大きな存在感がある。商船は出せなくても漁船は普通に活動してるから、必然的に海側で一番の影響力を持つに至ってる。


 港湾荷役の仕切りをやる事情で、海運事業の商会長をバックアップしたい思惑があったから網元は外そうとしてたんだけど、このままだと考えを変える必要が出てきそうだ。

 海側での仕切りを海運事業の商会長にやらせたいウチにとって、網元の影響力の大きさは厄介でしかなかったんだけどね。


「問題は網元と港湾事業の商会長が不仲ということにある。どちらかの傘下に加わるなど、話し合いでは難しいだろうな」


 だから網元には退場してもらうつもりだった。


「そうね。こうなると、ちょっと面倒ね」


 一番仲良くしたいのは海運事業の商会長だ。

 これは港湾荷役の仕事上でどうしても必要な商会だから、ウチにとっては当然の選択になる。それでも無条件にこいつをバックアップすると決めることはできない。


 第三者の評判じゃなく、直接話してみないと見えないものはある。それをやらずに決めてしまって、後悔する羽目に陥りたくはない。

 かと言って、両者を立てれば陸側との勢力バランスが悪くなる。自警団長は不満に思うだろうね。ここは予定どおりに、どちらかをバックアップして海側の仕切り役を決めておきたい。


「網元とも素直に手を組めるかどうか問題があるが……とにかく十日を目安にそこまで待ってみよう。可能であれば、やはり海運事業の商会長と組みたい」

「できればね。念のため、さらに次の候補までは考えとこうか。その間に町長とは接触できると思うし」


 暇な用心棒や情報収集、あとは海や浜辺での訓練を繰り返しながら、私もちょっとした休暇に近い日々を送ることにした。



 ――さらに後日。

 ジークルーネとの会話から数日しても、まだ動きはない。

 海運事業の商会長やその息子も町には戻らず、町長との接触もできずに時間が過ぎる。


「こっちの仕事に大した進展はないってのに、なんか妙なことになってない?」


 私は歓楽街のカフェと浜辺に行くくらいしかしてないけど、それでも異変を感じた。

 情報収集担当に具体的なところを訊いてみる。


「わたしも気になって調べてるところです。ここ二、三日、売人の動きが活発なんですよ」

「やっぱり?」

「どうやら、かなりでかい取引があったっぽいです。大量のブツを仕入れないと、目立つほど活発にはならないでしょうし」

「他の町からも買い付けにきてる連中がいましたよ。誰がどのくらい仕入れたのか、ちょっと気になりますね」

「麻薬王を気取る新たなバカの出現ですかね? まったく、しょうもない」


 余計な仕事だとは思うけど、ジャンキーだらけの町になってもらっちゃウチも困る。ある程度はしょうがないにしても、程度ってもんがある。

 自警団長の統制は厳しくなってるはずだから、配下にない勢力の仕業だろうけど。まったく、誰がやらかしてんのか。


「ユカリ殿! 今日の地元の新聞だ、見てくれ!」


 買い物に出てたジークルーネが珍しく慌てて戻ってきた。

 よっぽどのことなんだろうと思いつつ新聞を受け取ると、倉庫内にいるみんなも集まってきた。


「どうしたってのよ」

「これだ」


 強い口調に押されて、指差された個所に目を向ける。


「わたしにも見せてください。えー、『麻薬密売組織が大量放出! 裏には悪名高いキキョウ会の影?』……なんですか、これ」

「え、ウチが薬局開いてることになっちゃってる?」

「ガセにしても気安くやってくれますね。一応はローカル新聞ですよね、これ」


 ローカル新聞が三流ゴシップ誌の真似事とは恐れ入る。取材もせずにこんなふざけた記事を載せるなんて、ウチも舐められたもんだ。

 誰だか知らないけど、売られた喧嘩は買ってやるのがキキョウ会の流儀。


「お姉さま、懐かしいです」

「そうね。昔はエクセンブラでも似たようなことがあったっけ」


 あの時は新聞じゃなくて雑誌社だった。

 よし、どうせ暇だったんだ。いっちょ、やってやろうじゃないか。


「ユカリ殿、なんとしても取り下げさせよう。町長まで含めて有力者の取り込みを図っている状況だ、放置はできない。自警団長のメンツにも関わる」

「分かってるわ。腐ってもローカル新聞ってことは、発行は地元の新聞ギルドよね? 殴り込むわよ」

「記者を締め上げて情報元を吐かせよう。まさか記者の妄想記事ということはないだろう」


 ギルドの看板に守られてると勘違いしたアホには、相応の仕置きをしてやる。

 こっちは売られた喧嘩だ。せいぜい、高く買ってやるとも。

 ちょうど暇だったし!

二〇二二年、あけましたね。新年一発目の投稿です!

ちなみに今話でちょうど三百話でした。もはや話数がどうこうという感じもありませんが、キリが良いとなんとなく気分もいいです。

今年は明るい年になるといいなーと漠然と思っています。ボケっとせずに、頑張っていきましょう!

次話「傍若無人のギルド襲撃」に続きます。ことよろです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 悪徳商人の実例が笑えるw 盗品はエクセンブラでも取り扱ってたと思うけど 奴隷とクスリはキキョウ会じゃあNGですしねぇ。 まぁ風俗に借金まみれの女性を送り込んだり 店に酒類を卸したりって感じ…
[一言] 歓楽街の顛末をみても自分は大丈夫と思ってるアホがまだいるみたいですね そういうのは往々にして大したことない三下なのが常である
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ