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ごちそう!

 収容所ライフの日課、トレーニング中のひととき。

 休憩中、お日様に向かってぼーっとしてると、おばさん職員が慌てた様子で走ってきたのに気が付いた。


「ユカリノーウェはいるか! ジャイアント・レンカクだ!」


 ジャイアント・レンカクとは、翼を含めた全長は十五メートルを超える怪鳥だ。渡り鳥で年に一度、秋頃になるとこの辺りで目撃される。

 そして何より、肉が美味しい。すごく美味しい。

 私には去年、飛行中のジャイアント・レンカクを狩った実績があるんだ。


 鑑定にかけられた私は魔法適性の他に、いくつかのスキルを獲得してることが判明した。

 スキルとは簡単にいえば、天賦の才ってこと。魔法とは別に先天的に生まれ持った特殊能力や、後天的にでも異常なレベルで突出した能力に至った場合にスキルとして鑑定結果に現れるらしい。なんだろう、高度な技術や素養について名称が付くって感じなのかな。

 スキルは魔法封じの腕輪じゃ封じることができないから、職員にとっては要注意で、私は当然マークされてる。


 この狩りで役立つ私のスキルは、投擲術と呼ばれるものだ。

 もう昔の話だけど、女だてらに少年野球チームでエースを張ってたのが原因だと思う。大会でも奪三振記録を作るくらいには活躍もした。色々あって長くは続けられなかったけど、それでも才能の一端は示したといってもバチはあたらないだろう。


 そして、私のピッチングはスキルという、この世界特有の技術に昇華されて、驚くべき威力と精度を与えられたんだ。


「獲物はどこにいるの!? 投擲用の石も用意して!」


 周りにいた収容者たちが、久しぶりの鳥肉に期待してざわつく。

 去年は一匹しか仕留められなかったけど、仲良く全員に行き渡るように分けた。今回は最低でも三匹は仕留める!


 あの鳥一匹で食べられる肉は約三百キログラム。施設の収容者と職員を合わせると百名弱。すると、一匹でひとり当たり約三キログラム。

 これじゃ日常的に粗食で美味しい物に飢えた私たちは、一日で食べきってしまう。せめて三日分は確保したいところだ。

 投擲術の使い手は私だけ。久々の肉のため、何としてもやってやる。


「ユカリノーウェ、こっちだ! 付いてこい! 今日は特別に見張り台に上がらせてやる。絶対に仕留めろよ!」


 おばさん職員がニヤリと笑いかけ、トレードマークの髑髏の髪留めがキラリと光った。

 私は見張り台に向かって走りながらサムズアップ。


「任せなさい!」



 職員の誘導にしたがって見張り台の上に到着すると、ご丁寧に投擲用の手頃な石が山と準備されてあった。

 外側に目を向ければ、意外と貧弱そうな塀があって、その向こうには傾斜の緩い斜面が遥か遠くまで続いてる。木々もまばらで見通しがいい。さらに結構広い範囲で青紫色の花々が見事に咲き誇ってる。雄大な自然に色を添える美しい光景だ。

 逆側には、ロマリエル山脈が壁のように大きく存在を主張してる。そこに山があれば登りたくなると聞くけど、山脈が圧倒的に大きすぎて、とてもそんな気にはならない。


 そして北の空を見れば、怪鳥が群れを成して少しずつこっちに近づきつつある。いいタイミングね。


「おーい! 頼んだよー」

「お前にあたしらの全てを託したぞー」

「獲れなかったらマジ殺す!」

「絶対獲れ! なにがなんでも獲れよ!」


 収容所の連中だ。下から好き放題言ってくれる。

 まったく、言われなくても絶対獲るっての。貴重な肉を逃してなるもんか。


 ソフトボール大の硬くて丸っぽい石を掴み取り、静かに構えて時を待つ。

 この世界にきてから大幅に強化された握力でもって握り締め、怪鳥が射程に入ると投擲モーションに移行する。


「逃がさないわよ!」


 獲物を正面に見据え、右足を後ろに引く。高く両腕を上げると、左足も上げて背中が正面を向くほどに体を思い切り捻る。上げた左足で下ろして踏み込みながら、体重移動と体の捻りをパワーに変え、渾身の力で投げ放つ。


 かつて憧れたスターの投法で放られた剛球は、唸りを上げる凄まじい速度で先頭の少し後を飛ぶ怪鳥に向かって、糸を引くように一直線に突き進む。

 弓矢でも簡単には貫けない分厚い羽毛もなんのその。剛球が怪鳥の体にめり込み、一撃で打ち落とす。さすがに一石二鳥とはいかない。


「まだまだっ!」


 怪鳥の群れが通りすぎるまで、まだ時間はある。

 第二投。先ほどのリプレイでも流すかのように、一切のぶれなく、まったく同じモーションで同じ結果を導き出す。

 第三投、四投。ここまでか。


「あとは頼んだわよ」


 結果、四匹の撃墜に成功。

 私は塀の外に出られないから、職員にジャイアント・レンカクを中まで運んでもらう。

 うん、完璧な投球だった。気持ちいい!



 今日の夕食は収容所職員の計らいによって、外でバーベキューが開催された。

 なんというか、ゆるーい収容所よね。


「ユカリ、ナイス!」

「ユカリ様、あなたのお陰で今年も鳥肉にありつけます!」

「一生付いていきます!」

「お姉さま、ステキです」

「あたしはお礼なんて言わないんだからねっ!」


 次々に声をかけてくる知り合いや、ならず者たちを適当にやりすごす。


「感謝しなくてもいいけど、残さず食べなさいよ」


 食べ物を粗末にする奴は万死に値する。

 肉が苦手な人もいるだろうけど、そういう人は無理して食べなくていい。


 捕獲者特典として、好きな部位を最初に選んで食べて良いと言われたから、遠慮なくハツとセセリ、モモを選択して切り分けてもらう。焼鳥は好物だったんだ。

 ハツといえば心臓のことだけど、これを選んだときには、みんなに妙な顔をされた。でも一口だけ味見させたフレデリカとゼノビアが即座にハツを希望したため、他のみんなも一斉に希望して争いになったのには笑った。この世界じゃ基本的に内臓は食べないはずなのに、現金なもんよね。


 しばらく食べて騒いだ後、お花を摘みに行って戻る途中で呼び止められた。


「ユカリさん、だよね。あなた大したもんだね」

「そりゃどうも。あんたは?」

「これは失礼。あたしはカロリーヌってもんでね、売春婦の元締めなんてやってたケチな女だよ」


 色気の欠片も無い作業着みたいな収容所の制服だってのに、やたらと色気の漂う美人だ。

 最近見かけるようになった新人ね。実は他の収容者とは、雰囲気が大分違うから少し気になってた女だ。


「で、なに?」


 あえて素っ気無く応える。

 自分でやっててなんだけど、ツンデレみたいでげんなりした。まったく。


「あなたは他の人とは、ちょいと雰囲気が全然違うからね。気になっていたんだよ。たまたま近くにいたんで、話しかけさせて貰ったのさ」


 考えてることが私と同じじゃないか。


「あははっ! 実は私もあんたのことが気になってのよ。いいわ、少し話そうか」



 ちょっと話してみた感想としては、カロリーヌはかなり頭のいい女なんだと思う。

 持ってる話題や情報も豊富だったけど、いつも図書館にいる私に国際情勢の話を特に聞きたがった。この手の話ができる人は他にいなかったらしく、熱心に話して意見を求めてきたんだ。


 さらに私自身についても色々と探りを入れてきたけど、語れることはあんまりないからね。普通にド田舎の流民と答えておいた。これ以外に答えようもないし、どう調べられたところで何も出ないはずだしね。

 真剣な様子の相手に適当な嘘を吐くってのは悪い気はしたけど、まあしょうがない。


「やっぱりユカリさんも、この国の危機については気が付いてるんだね」

「新聞と雑誌を読んでるだけでも、それくらいは何となく分かるわよ」

「まだ先のことだけど、かなりマズイ事態になるだろうね。ここもきっと無関係ではいられない。覚悟はしておいたほうがいいと思ってるんだけど……」


 いまいち当事者意識の低い私よりも、よっぽど心配してるみたいね。かなり深刻な様子だ。


「あんたはきっと正しいと思うわ。でも私たちは塀の中。できることは少ないけど、でもまあ、あんたが言ってるように覚悟を決めるってことは大事なことかもね」

「ユカリさん、あなたはどうするんだい?」

「私ひとりでできることなんて高が知れてるわ。あんたは新入りだからまだ声はかけてなかったけど、実は今、仲間を集めてるところでね。いざって時に、一緒に行動できる仲間をね」


 ちょうどいい。カロリーヌの知識と情報は私たちにとって間違いなく有益だ。

 なんせ、娼婦の元締めだからね。普通では知り得ないことをたくさん知ってるに違いない。特にお偉いさんが客にいた場合には、重要な情報も色々と掴んでるはず。それもカロリーヌ自身が危機感を覚えるほどに。


 そんでもって収容所にぶち込まれるくらいには危険な存在として扱われてるって可能性も。すぐに殺されなかったのは温情かもね。なんでここに放り込まれたのかは、後でじっくり聞いてみよう。

 貴重な情報源、そして彼女自身に感じる不思議な魅力。うん、ここはぜひ仲間にしておきたい。


「急な話だけど、カロリーヌ。あんたも私たちの話を聞きにくる?」

「本当かい!? 良かった、この危機を共有できる人と一緒にいたかったんだ。ぜひ、色々聞かせてくれないかい」

「よし、じゃあ後で仲間に紹介するわね。これからよろしく、カロリーヌ」

「こちらこそよろしく、ユカリ」


 話が早い奴は好きだ。よっぽど切羽詰ってたのかな。話の通じる相手ってのは貴重だからね。

 まだ新入りの彼女じゃ、跳ねっ返りばかりの収容者に話しかけまくるってのも難しかっただろうし、慎重に相手を選んでたんだろう。

 勝手に勧誘しちゃったけどフレデリカたちにはあとで話しておこう。


「話してたら、またお腹空いてきた。まだまだ鳥肉はあるから食べに行くわよ!」

「そうだね。鳥肉が食べられる機会なんて、他にはそうないんだろう?」


 新入りらしい疑問だ。それがどれほど恐ろしいか、まだ彼女は理解できてない。


「まったくないわよ! 今食べなきゃ後悔する。一人当たりの取り分はまだまだあるんだから、限界までいっといたほうがいいわよ」

「まだまだって、あたしはそんなには無理だよ」

「なに言ってんの。後悔しても遅いのよ?」


 カロリーヌが初めて呆れたような視線を向けても私は気にしない。

 今日は鳥肉のバーベキュー。こんな機会は少なくとも来年までは絶対にないんだ。お腹を壊さない程度に食べまくらないと。



 ――結局、食い意地の張った連中が総がかりでも、さすがに食べ尽くすのは無理な肉の量で、一匹分を消化するので精一杯だった。

 残り三匹分の肉は、冷凍室で保管して冬になってから夕食時に毎回振舞われることに決まった。

 そうそう、あの巨漢の女も今夜は楽しそうにしてたのが印象的だったな。


 ちなみに鳥類は魔力に敏感で、魔法攻撃がなかなか当たらない。そのため、収容所職員の魔法攻撃だと撃墜に期待が持てないから、私にお鉢が回ってくる事情があったらしい。

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