死神の報復
深夜の道を中型ジープが軽快に走る。
歓楽街でもない道には人っ子ひとり見かけない。田舎だとそういうもんだけどね。
時折入るナビに従ってジープが走り、黒幕を追いかける。
黒幕の目的地は自警団長が待ってるはずの、歓楽街外れにある飲み屋だ。本来使うはずの最短ルートは先回りしたメンバーが通行止めなどにしてしまい、私たちが追い付けるように誘導する。
「いま、二本右の路地を並走してます。次で右折して後方に付けてください。間もなく袋小路に追い込めますんで」
屋根の上を身軽に移動し、俯瞰してるメンバーからの報告だ。
誘導に従って少しすると、前方からバックしてくる車両とかち合った。Uターンもできない狭い道で、バック中の車に詰め寄る。
普通だったら文句の一つも付けてきそうな場面だけど、停止した黒幕は異様な雰囲気を感じたらしい。逃げるように前方に移動し、結局は行き止まりでまた停止した。
墨色の外套にスカルマスクを装着した私とジークルーネは、ジープを降りて歩み寄る。
自棄を起こして騒がれる前に事を済ませよう。
二人で運転席側に回り込むと、ジークルーネが力任せにドアをこじ開ける。
すさかず私が車内を覗き込むように身を乗り出し、腕を突き出して殴る。恐怖に顔を歪める初老の強面に構わず無言で攻撃だ。
脇腹と顔面を軽く殴って抵抗力を奪うと、車から引きずり降ろしてジープに連れ戻った。
「目撃者はおそらくない。上手くいったな」
「誘導が完璧だったお陰ね。さて、始末する前に尋問しとこう。どっかいい場所ない?」
「磯のほうに目を付けてた洞窟があります。あそこなら騒がしくしても問題ないです」
運転役の娘に任せて移動する。ついでにナビをやってくれてた娘には、残された車両の処分を命じておいた。
町を出て少し進み、ランニングコースにもなってる磯の辺りに出た。ここから岸壁のほうに回り込むと、洞窟がいくつかあるらしい。
車両を降りて、気を失った黒幕のベルトを掴んで持ち上げながら洞窟まで歩く。
深夜の磯だ。視界や足場は非常に悪く、波しぶきが鬱陶しい。今夜は少しばかり風が強く波は高い。
「こんな場所、良く見つけたわね」
「町の住民たちには有名ですよ。ありふれた浅い洞窟ですから、観光資源にもなりませんが」
到着した洞窟内で光魔法を放ち明かりを確保。潮だまりに黒幕を放り込んだ。
顔面から突っ込んだ黒幕は痛みで目を覚まし、状況に理解が追い付かずに狼狽する。でもさすがは一勢力のボスだ。取り乱しても喚き散らしたりはせず、隠しきれない恐怖を顔に出しながらも押し黙った。
「騒いでも無駄なことは分かっているようだな」
「だ、誰だ」
「寝ぼけたこと抜かすわね。誰? 心当たりがないとでも?」
私たちはスカルマスクを被ったままだけど、声や体格で女だってことは分かる。それに町の女が人さらいなんてしないことは、こいつのほうがよく分かってるだろう。
となれば、悪の巣窟からやってきた新参者、キキョウ会。それしかありえない。
「まあいいわ。お前には訊きたいことがある。その前に言っておくから、よく聞いときなさい。よーくね」
私の言葉に数秒の沈黙を置いて、ジークルーネが続ける。
「……いいか、お前はここで死ぬ。苦しんで死ぬか、楽に死ぬか、どちらかだけだ。好きなほうを選ばせてやる」
「私たちの問いに嘘はつかないほうがいいわよ。嘘一つにつき、家族を一人殺す」
「大家族らしいな。娘と息子が三人ずつに、孫も複数、少し前に生まれたばかりの孫もいるな? たくさん嘘がつけるぞ」
「やめろ!」
単なる脅し文句でも、こいつに真実は分からない。エクセンブラに長くいてウチをよく分かってる連中なら、この脅し文句がハッタリだと思うだろうけどね。
広く対外的に向けた脅しも含めて考えれば、家族もまとめて本当に始末したほうが高い効果は見込める。でもそれをやってしまえば、ウチは完全に恐怖の対象になって誰とも仲良くできなくなる。
それにメンバーの精神的な負担を考えれば、外道すぎる作戦は悪い影響しか残さない。
我がキキョウ会としては、総合的に下策どころか愚策だ。
敵は倒す。殺すべきと判断すれば殺しもする。場合によっちゃ、皆殺しにだってする。
でもなるべく殺しは最小限に。無関係な家族、それも無垢な子供に手を出すなんて論外だ。
「問答無用に爆殺を指示したお前がよくも言えたものだ。あの場所に非戦闘員がいたか、確認など取っていないだろう?」
「やったら、やり返される。当たり前の理屈よ。お前の家も含めたヤサの全部に爆弾仕掛けてやろうか?」
「キキョウ会を舐めたツケを払え。もう一度言うが、お前には訊きたいことがある。嘘が通用すると思うなよ」
受けて当然の報いを返答次第によっては、お前の死だけで勘弁してやる。こんな好条件はない。
スカルマスクを被った死神のような見た目も、不穏当な脅しの真実性にひと役買ってるはずだ。
「……分かった。その代わりに家族には手を出すな」
潔く死ぬ決断とは違う。血の気の引いた顔で絞り出した、生涯最後の強がりだ。
悪党でも人の親ってことなんだろう。嘘も方便とはいえ、やっぱりこういうのは気分が良くない。
ただ、拷問のような余計な手間をかける必要もなく、爆殺指令の詳細を引き出せたのは良かった。言い逃れを許さない雰囲気作りが上手くいった。
指示したのは間違いなく、こいつ自身。さらなる黒幕のような存在はおらず、でも爆弾集めやウチの動向調査に加担した協力者の存在が発覚した。これも共犯として許すことはない。
知りたいことは知れた。用済みとなった黒幕には退場してもらう。この世からね。
「これで、げひっ――」
最後の命乞いが始まる前に、私は何も告げずにいきなり殴り殺した。頭蓋骨が陥没した死体を海まで引きずっていく。
波打ち際で死体を空中に放り投げると、ジークルーネの剣閃が幾条も走る。こんな場面で使うにはもったいない剣捌きだ。
瞬きする間にバラバラになった物体を私が風で海に押し流し、副長が強力な火を浴びせて衣服を燃やし尽くす。ここまでやれば、魚や小型の水棲魔獣が跡形もなく食べ尽くす。
後に残るのは靴とアクセサリーの残骸くらいか。それも浅いとはいえ海の底だ。もし誰かが見つけたとしても、黒焦げのそれを持ち帰ろうとは思わないだろう。
爆殺未遂のケジメ取りは済んだ。気分晴れやかとはいかないけど、一つ終わったと思いながらジープに戻った。
客観的に考えて相手がウチじゃなければ、問答無用の爆殺は悪くない作戦だ。格上の相手に確実に勝とうとするなら、手段を選んでる場合じゃない。
ただ、裏の世界にどっぷりと浸かってる気合入った武闘派でもなければ、あんな思い切りの良い方法はそう実行できるもんじゃない。その点、奴らは中途半端な組織のくせに実際にやってしまう決断力、あるいは馬鹿さ加減は恐ろしいほどにあった。
これを教訓に雑魚の集団が相手でも、気を引き締めてかかる必要があると心得よう。
普通ならあの六発の爆弾から身を守るのは無理だ。全滅は免れたとしても壊滅状態には追い込まれるはず。多くが死亡、もしくは重傷を負って仕事どころじゃない。
エクセンブラから応援が駆け付けたとしたって、証拠がなければ誰に報復すればいいのかも分からない。
ウチが相手じゃなきゃ、大勝利を収めてたのかもね。
結果は奴らの想定と真逆になった。こっちに人的被害はなく、黒幕は死亡。組織も自警団長が瓦解させるだろう。
爆殺なんてやらかそうとした黒幕には死あるのみ。
さて、済んだことはもういい。気分を変えて明るく行くとしよう。
「実は自警団長がさらなる黒幕だった! みたいな、とんでも展開はなかったわね」
「可能性がないではなかったからな、わたしもその展開が無くてほっとしている」
「でも自警団長は、あれが先走る可能性を考えなかったんですかね? あえて放置してたなら、同罪みたいなもんだと思いますけど」
「それはないだろう。奴と自警団長はクラックの流通を巡って敵対する間柄だった。我々が示した実力とこれまでの不仲を考えれば、リスクは取らないと思える」
疑えばキリがない。もし、あえて見逃してたんだとしても、今夜の展開を見れば考えを改めるはずだ。
「次に会った時、その可能性を指摘して釘だけ刺しとこう。今後は先走った奴らの責任もトップには取らせるってね。今日のところは貸しにしとくわ」
「しばらく監視には力を入れておきます。それはそうと、爆弾の調達に協力した二つの組織のほうです。奴らは情報局で処理しときますんで、会長と副長は休んでください」
新たに訊き出した二人については、情報局でも基本的なところは調査済みの奴らだったみたいだ。
「最後までやるわよ?」
「ありがたいですけど、標的の二人はのこのこ出歩くタイプじゃないです。たぶん自警団長に呼び出させても、理由を付けて籠るんじゃなかいと思います。今夜で一人消えましたからね、それが伝わればなおさらですよ」
「秘密裏に消すには隠密行動が必要か。それも今夜のうちにやるのが最も警戒されていない」
できなくはないけど、私も副長も隠密行動は得意分野じゃない。餅は餅屋に任せるのが賢明だ。
「はい。警戒される前に片付けたいので、拠点に戻ったらすぐ取りかかります」
「そういうことなら悪いけど、そっちに任せるわ」
「ついでに自警団長にもわたしのほうで報告と警告をやっときます。会長と副長が出張ると、向こうにはとんでもないプレッシャーでしょうし」
「味方と定めた人物を追い込みすぎるのも良くないな。上手くやってくれ」
この夜、小勢力のボス三人が姿を消した。
一人は屋敷から出た後で足取りが掴めなくなり、二人は自宅での就寝中に部屋からいなくなった。痕跡も残さずに、忽然と。
夜中に仕事をしても朝の早い私は、いつもどおりの日課を欠かさない。
すっと目覚めて顔を洗ったら、ストレッチして身だしなみを整える。朝が苦手なメンバー以外は、みんな同じような感じだ。
特に号令をかけるでもなく、倉庫前に集まった一同とランニングに出発した。
身体をほぐし温めながらのランニングの後では、恒例となりつつある砂浜ダッシュをしつこいくらいに繰り返し、疲れ切った状態から格闘訓練に移行する。
朝日を浴びながらの海辺での訓練は結構テンション上がる。なんか、青春というか部活動的な感じ?
訓練するみんなにも活気がある。
爆弾騒動が起ころうとダーティな仕事をしようと、普段通りのことや楽しいことをやるのが心身の健康を保つにはいい。
短時間でも激しい訓練によって、天変地異が起こったかのように荒れた砂浜をみんなで整地し、倉庫に戻った。
運動の後は食事だ。新鮮な魚介類をこれでもかと放り込んだ具沢山スープで腹を満たした後では、優雅なティータイムとしゃれ込む。これも乙女の嗜みだ。荒んだことばっかやってちゃいけない。
お茶とお菓子を堪能しながら昨夜の事後処理の報告をさらっと聞き流してると、訪問客の接近を感知した。小型車両での接近は、スラムの住人じゃないことは明らかだ。
引っ越したばかりだってのに、よくも場所を把握してるもんだ。別に場所を隠してるわけじゃないから、どこからか広まってるんだろうけど。
強化した複合装甲の外壁は、安物の爆弾如きじゃ吹き飛ばせない。そういった意味でも、接近する奴に過剰な警戒を向ける必要はない。
最悪のパターンは中に入り込んで自爆されることだけど、それはないと思いたい。いざとなれば気合で乗り切るしかない、本当に最悪のパターンだ。
「今度は誰だろうね」
「また自警団長の使いじゃないですか」
そこらのみんなと雑談してると、外まで応対に出た娘は客を追い返さずに招き入れたみたいだ。
「これはこれは、噂に名高いキキョウ会の皆様。話には聞いていましたが、大所帯ですね」
じろじろと倉庫内を見ながら言ったのは、小太りの商人風の男だった。護衛にしては武装してない屈強な男を二人連れてる。敵意がないことを示してるつもりなんだろうか。
なんでこんなのを中に入れたのかと、応対に出た娘に視線が集まる。
すると、てへっみたいなお茶目な仕草をしながら、銀貨っぽいコインを見せてきた。賄賂をもらったってことらしい。うーん、まあ話を聞くくらいいいか。
「きょ、今日はほんのご挨拶です。そうです、土産を持って参りました!」
いきなり始まった自己紹介を完全にスルーしてたら、焦ったのか大声でアピールし始めた。
「ほれ、お前らこっちにきて顔を皆様にお見せしろ。どうです? 美形でいい体もしてるでしょう? 護衛に使えるよう鍛えさせてますし、雑用でも何でもこなします。高価な魔道具を使っていますから、逆らうこともありません。あっ、そうそう。ぐへへ、あっちのほうも大変元気で――」
こいつは奴隷商人らしく、私たちに売り込みにきたみたいだ。
吹き荒れる冷たい空気をものともしない図々しさだけは大したものだと感心する。
改めてなんでこんなのを中に入れたんだと、みんなの視線が集中した娘はわざとらしく知らないふりをしてた。
まったく興味の湧かないセールストークが空しく倉庫内に流れるのをどうしようかと思ってると、またもや小型車両の接近を感知した。
ここぞとばかりに招き入れた元凶が外に出ると、懲りない娘は二枚目の銀貨を見せながら新たな客人を招き入れやがった。
「お初にお目に……って、お前っ! この詐欺野郎!」
「だ、誰が詐欺野郎だ!」
なんか知らないけど取っ組み合いの喧嘩が始まった……。
私たちは止めたり追い出したりする気力も湧かず、しょぼい殴り合いの様子を見るでもなく無視した。代わりに元凶のバカ娘に、お前が何とかしろと一同揃って冷たい目を向けるのだった。
それにしても微妙な商人連中とはいえ、急にお近づきなろうとしてくるのは、自警団長と手を組んだ影響なんだろう。
歓楽街の乱闘を制した武力は、武闘派としてのキキョウ会の実力を証明する効果があったんだとも思う。
たぶんこいつらだけじゃなく、色々と売り込みにくる奴らが出てくるはずだ。まだ接触してない町の勢力は多い。
今日から数日はそういうのを相手するだけで忙しくなるかもしれない。
今回は前半ちょっとだけハードに、後半はゆるい感じとなりました。
リガハイム攻略は自警団長周りをようやく終えたところです。
たった一つの田舎町を制するだけでも大変です。完全攻略まではまだもう少し!
次話「典型的ゴシップ!」に続きます。