冷静な殺意
妹分と二人、全身を塵まみれにさせながらも、これで終わりじゃないと思い直した。
屋根はまだ一部が崩落しただけで、細かな落下物は断続的に続いてる。これだけでも非常に危険な状況は変わってない。
「げほっ、げほっ……ヴァレリア、壁伝いに全部丸ごと塵にして。まだ崩れるわよ!」
目を薄く開けて悲惨な状況を確認し、追加のオーダーを飛ばした。塵を吸い込まないよう息を止めたヴァレリアが走り出す。
退避したジークルーネたちがこっちに戻ろうとするのは、身振りでストップをかける。
いざって時には私とヴァレリアだけのほうが、逃げるのも守るのも対処しやすい。気持ちとは別に理性でみんなも状況判断できる。必要に応じて離れた場所からでも、魔法で支援もしてくれるだろう。
ヴァレリアが塵を舞い上げながら壁際に走り、多大な魔力を消費して倉庫全体を塵に変えていく。
この間にも落下物は降り注ぎ、ヴァレリアの頭上や車両群の上に落ちそうなものは、鉄球の投擲を次々に放って粉砕する。
自由落下するいくつもの小石程度の的だって、私が外すことは決してない。これが投擲術ってもんだ。
数秒の魔法行使の結果、雪崩を打つようにして石壁や残りの天井も塵と化して崩れ去る。
大量の塵に物資が埋もれ、ヴァレリアに駆け寄った私は辛うじて砂のような塵を盾で凌ぐのだった。
「……どうしたんですか、これ」
戻ったメアリーやヴィオランテたちが目を丸くしてる。
彼女たちが爆弾野郎どもを無事に捕えて戻ってみればこの有様だ。壁に穴が開いてるどころじゃないんだから、困惑するのは無理もない。その引き金を引いた下手人どもも、この惨事には驚いてるらしい。
ただのお手軽な爆弾でここまでにはならないからね、自分たちのせいじゃないと主張したいのかもしれない。
「倒壊を避けるために、やむなくよ」
倉庫だった建物は跡形もなく塵の山と化し、私とヴァレリアは砂みたいな塵で全身まっ白け。強力な浄化フィールドを展開したらしきジークルーネとその近くにいたメンバー以外は、舞った塵をかぶって薄汚れた状態になってしまってる。
身体や服の汚れは洗えばいいとして、この惨状をどうしたものか……。
「片付けるにしても、どうにか手っ取り早くできないですかね?」
いち早く立ち直ったメンバーが副長に期待の視線を込めながら言った。
「さすがに、これは浄化魔法でどうにかできる範囲ではないな」
「はあ……ジークルーネの魔法でもお手上げなんじゃ、地道に片付けるしかないわね」
問題はそのあとで、塵を片したところで建物は無くなったままだ。
私が適当に壁と屋根くらいはでっち上げられるとしても、水回りや配管などを考慮した建物を作るのは無理だ。生活拠点として使える物にはならない。業者を呼んでどうのこうのと、色々と面倒が発生する。せっかくいい感じに使える倉庫だったのに。
なんにしても、まずは塵の掃除なんだけど……。
「やろうと思えば風で吹き飛ばせますが、それをやってしまうと周囲への影響が大きそうですね」
「それもあるわね。スラムには小汚い野郎ばっかじゃなく子供たちもいると思えば、あんまり無体なことはしにくいわ」
他者に厳しい私たちのような悪党でも、幼い子供には比較的優しい。
そもそも崩れそうな倉庫を魔法でぶっ飛ばしてれば、こうはなってない。塵の処理も似たようなもんで、周辺への被害を考えると手っ取り早くとはいかないんだ。
「もうここはこのまま放棄して、荷物だけ取って場所変えますか? 似たような大きさの倉庫ならまだありますし」
「この場所にこだわる理由はないか?」
「特にはないですね、副長。移動先はちょっと手入れが必要ですが、ここを立て直すよりはよっぽど早いです」
「では移動だな」
「代わりがあるならそれにするしかないわね。埋もれた車両と荷物の回収、さっさと始めるわよ」
壁際に置いてあった物資や資料の一部は吹っ飛ばされてるから、その辺の確認にも骨が折れるだろう。
一部の車両に積んだままだった私物以外についても、塵の中から回収しないといけない。面倒だし腹も立つ。回収するのは大事なものだけで、日用品やそこらで買い直せる物はもう破棄でいい。
片付けを始める前から襲いくる、うんざりとした気持ちを押し込めて作業に取りかかることにした。
「あの、こいつらはどうしますか?」
メアリーがこの期に及んで抵抗しようとした男を塵の山に突き飛ばして言う。その落ち着いた声音には、底知れない殺意が感じられる。
もちろんメアリーだけじゃなく、全員の怒りが馬鹿どもに向けられてる。爆殺なんぞをやらかそうとしたんだからね、当然だ。
私としても気持ちは同じだ。過激なことを言いたくなる。
ただし、ケジメ取りにしてもやり方には工夫が必要だ。ここはエクセンブラじゃないんだと、認識を強く持たないといけない。特に会長の私は。
「生まれてきたことを後悔させてやりたいところだけどね……そいつらは自警団まで連行しなさい」
「突き出すのですか?」
いつもだったら、誰かに任せるような真似はしない。やられたことはきっちり、この手でやり返す。そのための手段として、いつもならまずは指示した黒幕を暴くのに厳しい尋問をやる場面だ。
私の連行命令にはメアリーだけじゃなく、多くのメンバーが疑問を露わにした顔になる。
「皆、いつもと同じようにはいかないぞ。ユカリ殿の話を聞け」
血気盛んなみんなをたしなめる副長とは、事前に相談して決めてた方針でもある。
「そうよ。舐められたら終いの稼業とはいえ、爆弾騒動の返しを私たちがやったんじゃ結局は皆殺しになっちゃうわ。エクセンブラだったらそれでいいんだけど、ここはリガハイムよ。この町で新参者のウチがいきなりそんなことをやらかしてみなさい。まず間違いなく誰も関わろうとしなくなるわよ。そんなことになったら、今後の仕事に支障が出るわ」
「でも、それでいいのですか?」
もちろん見逃すわけじゃない。建前があり、やり方を変えるだけだ。
元々なにかトラブルに巻き込まれることは想定済みだ。そうした時には地元の奴らの顔を立てると決めてた。ここは崩壊国家に属する町でも自警団が機能してるだけ比較的に優良な町だ。
報復でも短絡的に凶悪犯罪をやらかせば、キキョウ会はこの町の住民全てを敵に回すことにもなってしまいかねない。
キキョウ会は単なる被害者として自警団のメンツを立ててやったほうが、町に溶け込んで仕事をする上ではいい関係性を構築できる。
自警団長を筆頭にウチとは手を組める相手だと、口先だけじゃなく地元の連中は実感できるようにもなるだろう。
それに私は派手好きではあるけど、のどかな田舎町にやってきた皆殺しの首謀者として目立つ気はない。
当然ながら弱腰と受け止めてふざけた態度を取るようなのがいれば、即座にぶちのめす。殺しじゃなければ、大した問題にはならない。
補足として、副長がその辺のことをみんなにも話してくれた。
そして、ただ突き出すだけで終わらせたりなんかしない。
「あくまでも表向きにはってことよ。そいつらみたいな雑魚でも、本来なら地獄送りにしてやりたいところだけどね。今後の商売を考えれば自警団に預けるのがいいと思うわ。もちろん、それだけじゃ済まさない。ウチの流儀で、最低限のやるべきことはやるわ」
実行犯を突き出して終わり、なんてのは表向きのパフォーマンスに過ぎない。
「あはっ、そういうことですか。黒幕のほうは別ってことですね」
「そうだ。それに自警団長なら黒幕が誰かなど、我々がわざわざ調べるまでもなく分かるはずだ。その程度の当たりが付けられなくて、自警団長や繁華街の顔役など勤まるまい」
「うん、自警団を立ててやりつつ、自警団長を巻き込む意味もあるわ。そんでもって黒幕には消えてもらう。忽然とね」
死体を残すような真似をすれば、表向きだけでも自警団が働かないといけなくなる。そんな手間はかけさせない。
そしてだ。黒幕を気取るような人物は、当然ながら町の有力者の一人だろう。その有力者が突然、行方不明になるなんてどう考えたっておかしい。
消されたんだと、ほかの有力者どもは勝手に想像するだろう。ウチがやったなんて、わざわざ主張するまでもない。
こっちが何も言わなくたって、証拠なんかなくたって理解する。キキョウ会の報復で消されたんだと。
実行犯は突き出され、黒幕は文字通りに消されるとなれば、誰もキキョウ会を敵に回したいとは思わなくなる。裏で勝手にそう広まる。
手駒を失うだけなら黒幕は痛くもかゆくもないだろうけど、自身に最も厳しい返しがくると分かってれば馬鹿な真似はしない。我が身だけが可愛いのが偉ぶってる奴らなんだ。
「まさか会長が弱腰なんて、そんな馬鹿なと思いましたよ」
「どこに行っても誰が相手でも、お姉さまはお姉さまです」
冒険者ギルド相手に正面から喧嘩するような我がキキョウ会が、いまさら誰かに遠慮なんてするはずがない。住民感情と効率を考えただけだ。なにも正面切って暴れるだけが能じゃない。必要に応じてやり方は変える。
みんなも納得してくれたところで、目の前の面倒事を片付けよう。
「引っ越し先はどの辺?」
「近いのだと、歩きで五分くらいです。どこを選んでも大差ないですし、そこにしましょう」
「それでいいわ。ジークルーネとメアリーたちは自警団長のところに行ってきて。引っ越しはこっちでやっとくから」
「了解した。黒幕の情報は必ず持って帰ろう」
「頼むわ。ああ、ついでにローザベルさんにも経緯を説明しとして欲しいわね」
まずは車両を動かして洗浄。大型ジープに捕えた馬鹿どもを放り込んで、ジークルーネやメアリーたちが出ていく。
まだ状況を知らない外に出てた情報局のメンバーに召集をかけつつ、塵の山に向き合った。
軽く悪態つきながら荷物を掘り起こし、塵を払って車両に積む。
腹立たしくも面倒極まりない作業だったけど、人数が多いから時間は大してかからなかった。
短い距離を移動して新たな倉庫に到着すると、私が最初にやることは決まってる。
「二度目はないと思いますが、よろしくお願いします」
「爆弾どころか暴走トラックが突っ込んできたって、受け止めるようにしてやるわ」
安全面の配慮と特に集めた資料を吹っ飛ばされた情報局メンバーからの要望が強かった。
こうなっちゃ仕方ない。引っ越し先の倉庫の防御力を超強化するんだ。
薄い石壁に手をついて、魔力を浸透させながら構造把握、全体を掌握する。
キキョウ会本部の外壁と同じように、耐物理耐魔法耐衝撃性能を限界まで引き上げる複合装甲仕様に変換。回復中の魔力を全投入しながら薄壁を分厚くさせ、窓まで含めて納得のいく耐久力を実現させる。
たっぷりと時間をかけながら地味な大魔法を行使してる間には、みんなが引っ越し先を快適にする作業をやってくれてる。
人海戦術のおかげで当初思ったより時間はかかってないにしろ、完全に余計な仕事をする羽目になってしまった。なんだか精神的な疲労がすごい。
夕方ごろになると各作業がひと段落ついて、お茶の準備を始めた。このタイミングでジークルーネとメアリーたちが戻る。
引っ越し作業の愚痴や感謝を言い合いながら休憩の準備を済ませ、全員集合でジークルーネの報告を聞くことにした。
「奴らの正体はすぐに割れた。我々に対し攻撃指示した黒幕は、自警団長に下った例の『クラック』を捌いていた元締めだ」
予想はしてた。あんまり関係ない奴らがいきなり爆殺なんかやるほど殺伐とした町じゃないはずだ。そうすると、私たちが潰した歓楽街の連中が関わってると考えるのが妥当な線だった。
なかでも被害が無かったくせにあっさりと自警団長に下った例の奴らは、どうにも怪しいと思ってた。
「ふーん。自警団長は話を付けたから手出し無用とか言ってたわよね?」
「ああ、その時の奴らは必死に詫びを入れてきたらしい。騙されたようだな」
「騙されたんじゃしょうがない、なんてことにはならない自覚くらいあるわよね。当然、不始末の責任は自警団長に行くわけだけど、なんか言ってた?」
客観的に考えれば、自警団長だってこれまで敵だった奴を全面的に信用してたはずはない。それとなくでも注意は払ってたはずだ。でもいきなり爆弾騒動をやらかすとまでは想像してなかったに違いない。それでもトップには責任はある。
「それなんだが、激高して自分でケジメを付けると言い出した。しかし下手をすれば逆に殺され、無用な混乱を招く恐れがある。却下した代わりに段取りを付けさせた」
「許し難い落ち度には、どこかで埋め合わせさせないといけないわね……それで、段取りってのは?」
ウチに対する勝手な所業をトップの自警団長が事情聴取するって名目で、黒幕を呼びつけさせる段取りを指示したらしい。
放った手下どもが戻ってこない状況を考えれば、黒幕も状況のヤバさは認識してるだろうしね。どう出てくるかな。
「歓楽街外れの店まで一人でやってこいと指定させたが、素直に言うこと聞くとは思えないな」
「とっとと逃げ出すか、無視するか。もしかしたら大勢で乗り込んで、自警団長を始末しようと考えるかもね」
「思い切りの良さだけはある敵だ、その線は濃いと思える。指定の時間にはまだ時間があるな。我々は動きがあるまで様子を見よう。自警団が黒幕の動きを見張ると言っているが信用はできない、すまないが情報局も出てくれ」
「了解です。では黒幕だけではなく、自警団長にも見張りを付けます。動きがあり次第、通信圏内から連絡しましょう」
約束の時間は夜中らしい。それまで私は魔力の回復に専念した。
一応の目安の時間はあっても、敵が逃げようとした場合に備えて待機する必要がある。
各々が待ち時間で読書や手芸、カードゲームなどに興じてると、指定時間近くになって連絡が入った。黒幕の家を見張ってたメンバーからだ。
「こちら紫乃上、聞こえてるわ。状況は?」
「標的が小型車に乗って屋敷を出ました。指示通りに一人と見せかけてますが、別ルートで怪しい奴らが複数動いてます。自警団の見張りはおそらくそっちには気づいてませんね」
「見張りを誤魔化すためとはいえ、一人で移動? 好都合ね」
副長と頷きあう。想定したいくつものパターンの一つだ。
「こちらジークルーネ。標的の移動を妨害できるか? 自警団の見張りも邪魔だ」
「先回りして道を塞いどきます。標的は迂回するでしょうけど、かなり遠回りになるよう仕向けるので十分に追いつけると思います。その過程で自警団は振り切れるはずです」
「よし、それで頼む」
発信をカットし、状況に合わせた出動を指示する。
「ヴァレリアとメアリーは、第二戦闘団から何人か選抜して自警団長の支援に向かいなさい。基本的には手出ししなくていいけど、もしもの時には助けてやって。たぶん、なにも起こらないと思うけどね」
黒幕の別動隊が自警団長を襲撃するのは見え見えだ。でも親玉の合流か合図がなければ勝手な襲撃は始めないと思う。一応、もしもの備えはあったほうがいい。ここは最悪に備える。
「はい。第一班は戦闘準備急いで――」
メアリーが指示し、出動メンバーは整然と準備を始める。
「お姉さまは?」
「たまには立場が上のモンが汚れ仕事しないとね」
「そういうことだ。ユカリ殿とわたしで標的を始末する」
「あっ、だったらせめて追加で一人、わたしも同行します! 会長と副長だけに任せましたなんて報告したら、ジョセフィン局長に怒られちゃいますよ」
妹分が素直に引き下がった代わりに、情報局のメンバーが名乗り出た。
軽いノリで私とジークルーネが行くと言ったけど、これはメンバーみんなの感情を考えてのことでもある。結果的に無事でも爆殺されかけた事実は重い。
でも会長と副長が自らケジメ取りに動くとなれば、雑魚を放置するもやもや感も少しは緩和できるだろうって目論見だ。
地元に配慮し、みんなの気持ちを汲んでやるためにも、トップがケジメを付けるのが最良と思う。
「じゃあ運転役よろしく。スカルマスク被ってくわよ」
「さっそく新装備の出番ですね」
「急ぐぞ」
中型ジープに乗り込みながら、ベレー帽をいじってスカルマスクを装着する。
黒のマスクに描かれた白いドクロは、まるで地獄の底への案内人――死神の顔だ。
魂を刈り取るなんて上品な真似はできないけど、きっちり地獄には送り届けてやる。