訪問客の多いスラム街の倉庫
襲撃計画がなくなって時間の空いた私たちは、夜の港でバーベキューや釣りなんかをしちゃいつつ、完全に旅行者気分の夜を過ごした。
初めての海は気分を高揚させ、ちょっとした休暇のような気持ちがなかなか抜けてくれない。
明くる朝は昨日と同じくランニングから始まり、砂浜ダッシュとついでに格闘訓練までやってから倉庫に戻る。なんだか合宿のような感じだ。
運動後の優雅な朝食としゃれこんでると、昨夜に続いて訪問者がやってきた。
「今度は誰だった?」
「また自警団長の使いでした」
連絡が頻繁にあるのは協力関係が上手く行ってる証とでも思えばいいのかな。まだまだ浅い関係だと思ってたけど、ここは肯定的に捉えとこう。
でも朝っぱらから伝言を寄越すとは何事か。さっそく裏切りでもあったのかと若干の期待を込めて内容を聞いてみるも、事件があったわけじゃないらしい。
一緒に朝食中のみんなも、どこかがっかりしたような雰囲気だ。
「歓楽街にデイジーってカフェがあるじゃないですか」
「オープンテラスのあったカフェよね? 婆さんが店主の」
「そうです。その婆さんがウチにケツ持ちやって欲しいって言ってるらしいんですよ」
ふーむ、謎の展開だ。
「あの界隈はまとめて自警団長の縄張りになったのよね? 勢力同士の争いなんかはもう起こらないはずなのに何でまた? しかもウチに」
「ユカリさん、縄張りと言ってもエクセンブラなどとはちょっと状況が違います。この町では特定の有力者の系列店でもなけば、一般のお店がどこかの庇護下に入ることはないみたいですよ。自警団を気に食わないと思って突っ走る奴はいるかもしれないですし、用心棒を欲しがるのは理解できる気はします」
「そういうこと?」
「あの店は騒動の中心でもありましたし、もしもの時に自警団に通報しても、駆け付けるには時間がかかりますからね」
考えてみればリガハイムは悪徳商人の町であって、スジモンが幅を利かせてるのとは違う状況だ。その証に用心棒とか、みかじめ料とかいった制度はこれまでになかったらしい。普通に考えて問題が起これば自警団が出るんだから、そりゃそうでもある。
ただ、そうなるとだ。ウチがケツ持ちなんかやったら、自警団のメンツが潰される感じになりそうなもんだけどね。
「自警団長の使いが言ってることですから、特に問題ないんじゃないですか?」
そういやジークルーネが言ってたっけ。先制攻撃された際に、ガラスが首に刺さって死にかけてた婆さんを助けてやったとか。
副長の凛々しさとカッコよさに騒ぐ若い女子じゃあるまいし、婆さんがねえ。どういうつもりなんだか。
自警団長の思惑のほうとしては色々と想像できそうな感じはするけど、メンツの問題は向こうが気にしないならこっちが気にすることじゃないかな。捨て置こう。
「うーん、でもケツ持ちって言ってもね。港からはちょっと離れてるし面倒じゃない? 常に誰か置いとくのも現状じゃ人手が少なくてもったいないし、用心棒代も大して取れないだろうし」
せっかくの申し出でも、こっちにとってのメリットがあんまりないように思えてしまう。
「思ったんですが、あそこを町のほうの拠点に使ったらどうですかね。ずっとじゃなくても仮の拠点にはちょうど良くないですか?」
話を聞きながら思案顔だった情報局の娘が提案した。
「仮の拠点か。町のほうにもあったら便利とは思うけど、専用の部屋くらいはないと不便じゃない? 他人の家の軒先で好き勝手するのもね」
「結構広い店でしたし、店の奥とか地下とかで一室くらいなら間借りできそうな気はします。即答するんじゃなく、一度話をしに行ってみましょうか。町に出る用事もありますし、良ければわたしが聞いてきますよ」
「そんじゃ、話を聞いてみて良さそうなら受けてもいいわよ。判断は情報局に任せるわ」
その後、食後のお茶を飲みながらよく考えてみると、間借り拠点の話は悪くないかもと思えてきた。
町のほうに拠点を持つにしても、キキョウの看板掲げて事務所をこさえるとなれば大変だ。
なんといっても金看板のつもりだからね、しょぼい事務所を構えるわけにはいかない。
新事務所の立地選定から建屋を新築にするか中古を改築するかから始まって、諸々を考えて実行するには時間がかかるし、場所が定まった後でもきっと内装にまでこだわってしまうだろう。警備用魔道具なんかも取り寄せることになる。
こだわりは別としても、それなりの体裁ってもんが必要になるから、事務所作りは色々大変なんだ。時間も金もかかる。
そして町のほうで商売するわけでもない私たちにとって、そこまでする意味は薄い。
どうせやるなら、この港の倉庫をもっと使い勝手よく改築したほうがいい。あくまでもここは仮の拠点でしかないけど、港で仕事するなら事務所は港にあったほうが効率的だ。
だったら町のほうはカフェを隠れ蓑にして、知る人ぞ知る拠点として活用したらちょうどいいんじゃないか。
裏で町を牛耳るって意味において、ウチには有力者から色々と相談も舞い込むだろう。こっちからだって用事を頼むことはあるかもしれない。
その時に町の中心部から離れた倉庫が拠点じゃ、双方にとって連絡を付けづらい。ウチはともかく、町の有力者がスラムのなかにあるここを訪ね易くはないだろうしね。
たしかに、町のほうにも拠点はあったほうが何かと都合が良さそうだ。面倒のない形で拠点ができるならベストとも思える。
物資の保管なんかをするわけじゃないから、応接スペースや待機所としての機能があれば十分でもある。そしてカフェなら、普通にカフェスペースで話をすればいい。しかも他人の店だから、建物の管理などは考えなくてもいいのが楽だ。
リガハイムには今後も常にまとまった人数を置いとく予定だから、用心棒役や相談役として数人程度を町のほうにやっとくのは問題ない範囲だろう。
現時点でも自警団長とその傘下に加わることを決めたトップ層はいいとして、下っ端連中は跳ねっ返るかもしれない。
睨みを利かせ荒事が起これば即座に対応できるようにしとくってのも、支配者としては必要な措置になる。その場合には見せしめとしても機能する。何かと良い面が多そうに思えた。
「また誰かきましたね、見てきます」
思い思いに過ごす食後の休憩中にまたの訪問者だ。
第二戦闘団のメンバーが表に出て戻ってくると、面倒くさそうに言う。
「物乞いでした。昨日の炊き出しで味をしめたんですかね、とりあえず追っ払っときました」
「毎日来られても迷惑だ。常態化すれば文句まで言い出すのが人間だからな、それでいい」
「うん、たまにやるからありがたさも感じるってもんよ」
その後も立て続けに二度も物乞いがやってきて、追い返す羽目になった。
私たち追加メンバーがやってくる前までは、先行組が周囲を威圧してた影響でかなり恐れられてたはずなんだけどね。たった一度の炊き出しで態度を変えるとは随分たくましい。
不意の訪問者が何度もあった影響で雑談が長引き、結局は昼食まで済ませてから今日の行動開始となった。
「さーてと、そろそろ出かける準備しようか」
「次は町長ですね、お姉さま。これは難物ではなさそうです」
「荒事には強くないから殺伐とした昨今じゃ、有力者連中にナメられてるらしいわね。でも住民には意外と評判いいみたいだけど」
資料によれば町長は昔から領地貴族の代官として、リガハイムを治める家系の主だ。信心深く気の優しい人物ってことで一定の良い評判がある一方、独自の戦力となるはずの手下、つまりは自警団長などの独断を許してることからも統治者としては不合格だろう。
町長は代々町を治めてきた立派な家柄で住民からの支持があり、そして出しゃばらない姿勢が各勢力にとって都合が良いことから、今もその地位を追われてないのが実情と思われる。もちろんウチにとっても、そのままでいてくれるのが都合いい。
もし町長が欲得にまみれた人物に交代したなら、リガハイムはより深い混沌に突き進むはずだ。
そして私たちが排除認定してるのは、そんな町長の側近中の側近。副町長をしてる人物こそが、非常によくない輩なんだ。
「優しいだけが取り柄というのも、だいぶ悲しい話ですね」
「取り柄がないよりはマシじゃない?」
基本的に権力を握ってる奴で『いい人』なんてのはあまりいない。町長はそのレアなケースに相当するんだろう。
「問題は町長を引きずり落とそうとしている男だ。表向きボロを出してはいないようだが、資料を読んだだけでも腹に据えかねるクズだ。この輩はどうしてくれようか」
「問答無用です。抹殺しましょう」
メアリーがきっぱりと言い放ち、ジークルーネまでもが苦々しく言うには訳がある。副町長ってのは、それほどの酷い奴なんだ。
私としては誰かに頼まれたわけでも、知り合いがどうこうされたわけでもないからね。あんまり深入りしたくないのが正直なところだ。でも町長をバックアップするとなれば、副町長は必ず邪魔してくるだろう。
最悪を想像すれば、ウチの介入をきっかけに町長は暗殺されるかもしれない。むしろ今までよくしなかったもんだとすら思う。
「まあ何をするにしても、その前に町長の話を聞いてみたいわ。出かけ……」
出かけようと言おうとして、この倉庫に徒歩で接近する何者かを感知した。
また物乞い連中かと思いきや、どうにも様子がおかしい。
「ユカリ殿、招かれざる客かもしれない」
ジークルーネも気づいたらしい。倉庫の正面じゃなく、横手や裏手に回った奴らがいる。連携した複数人の動きは、どう考えてもスラムの物乞いとは違う。
「なんだ? どうやら去っていくようだが……」
怪しい奴らは建物の周囲を取り囲むように動いたと思ったら、それぞれ数秒もすると離れていった。ただし、その場に残された魔力反応がある。
「なんか仕掛けたわね。監視でもするつもり?」
「見てきます」
メアリーが小走りで倉庫入り口に向かった時だ。急激な魔力の膨張が起こった。それも正面以外の三方から、計六か所も!
瞬間、鍛えられたメンバーは全員がそれを察知する。
椅子を吹っ飛ばす勢いで身体を低く投げ出し、外套やベレー帽、あるいは手近にあった物で頭をかばい、さらには防御用の魔法や魔道具も発動した。
みんなが防御態勢をとるなか、仁王立ちの私は刹那のなかで魔法を行使する。
かつての自分はもういない。
昨日の私と今日の私ですら、ほんの少しはレベルが上がった状態なんだ。
ほんの少しを積み重ねる毎日が、隔絶した能力の違いを生み出す。
難しいことはしない。想定したいくつものケースは、焦りや迷いとも無縁でいさせてくれる。
とっさに放出した高密度の魔力は、超高速で広がりそのまま障壁と化した。これは魔法適性なんか無関係の膨大な魔力を使った力技。
直後に起こる轟音と爆発。さっき仕掛けられた爆弾だ。
爆発によって吹っ飛んだ石壁の破片が、広い倉庫内の壁近くですべてがストップする。私が何もしなくても、みんなは無事だったと思うけど、危険にさらす必要はない。それにだ。
「ふー、危なかった。ブルームスターギャラクシー号に傷でもついたら最悪よ、まったく」
「爆弾ですか!」
「追えっ、逃がすな!」
外に出ようとしてたメアリーや第二戦闘団の面々も伏せて防御姿勢をとってたけど、跳ね上がるように起きて飛び出していった。
「誰だか知らないけど躾のなってない奴は始末に負えないわ。修繕費と迷惑料どころじゃ済まさないわよ」
「お姉さま、大丈夫ですか?」
「警戒してたからね、余裕よ」
一見すると秩序ある町の生活に見えても、ここは崩壊国家に存在する町だ。どんなことをしようが、町や村などのコミュニティの中で力のある奴ならだれも裁くことはできない。それが権力者の強みだ。
場所はスラム、相手は余所者の女、おまけに到着早々問題を起こしまくりの厄介者だ。気に食わないとか邪魔に思う奴はいくらだっている。
統治機構が十分に機能してない場所なら、爆弾くらい使う奴は平気で使う。特に驚きはしない。旧レトナークの町ではそうした武器を持ってる連中はどこにだっているはずだ。前例だってある。
まさか、いきなり爆弾仕掛けられるとまでは思ってなかったけどね。
「あれで我々を殲滅できたつもりなのだろうな。馬鹿のやることはどこでも変わらん」
「もし全滅してなくても常識的にはあんなものを使われたら被害甚大です。たとえ留守だったとしても、拠点が吹っ飛んでたら誰だってビビりますからね。まあ効果的ではあります」
「でもウチに対して爆弾使うなんて、下策もいいところです」
メンバーそれぞれが警戒を解かないまま感想を言い合ってる。
しっかし、下策か。まさにそのとおり。
あんな無差別に破壊をまき散らす危険物を使う奴らを私たちは許さないし、見逃さない。今日だって客人がいないとは限らなかったんだ。私が不在だったら車両や物資には確実に被害が出た。
「売られた喧嘩よ。誰がやったか必ず暴き立てて、ケジメ取ってやるわ」
「おうっ!」
喧嘩上等。いつでも買ってやる。爆弾なんか使う奴はどんな詫びを入れたって許すことはない。
これがもし自警団長が配下に収めた奴らの仕業だとしたら、ちょっとだけ面倒な話になるかもしれないけど、何もなかったことには決してできない。さて、どうなるかな。
「あ…………これ、不味くないですか?」
誰かの呟きの意味は、問うまでもなくみんなの知るところになった。
みしみしとした嫌な音は倉庫自体が放つ異音だ。
「崩れるぞ、退避!」
六か所も壁に大穴が開いたこともあるし、元から古い倉庫には全体的にヒビが走ってたこともある。倉庫自体が崩壊しそうな感じだ。壁の一部が崩れるだけならともかく、この分だと屋根まで落っこちる。
どこか一か所だけが崩れそうなら対処できると思うけど、ここまでになると退避するのがいい場面だ。
「あー、もうっ!」
嫌な予想や想像ほどよく当たる。バキバキ鳴る音が大きくなって、いままさに屋根の一部が崩落しようとしてるじゃないか。
さっき使った魔力障壁は瞬間的な発動が可能で、しかも広範囲を面で受け止められる優れ技だけど、短い時間に特化したものだ。
落下物の衝撃を受けることは可能でも、継続的に受け止め続けることは魔力消費的に無理があるし、同時にほかの魔法を発動する余力もない。あれは完全に緊急時用の魔法で、応用が利くもんじゃない。
かといって防御シールドを展開するにしても、倉庫は広すぎて物資やバイクまでは――。
「お姉さま、わたしがやります!」
「え、あ。崩壊魔法! フォローするから頼むわよ!」
さすがは妹分だ。バイクを守りたいとする私の気持ちが分かってる。
ジークルーネが発した至極まともな判断と命令によって退避中のみんなに構わず、二人でチャレンジだ。
気合を高めて落下する屋根に集中。一部とはいえ巨大な構造物が落下する様には、それなりの迫力がある。この際、細かな落下物までは気にしない。でっかいのに潰されるよりは、多少の傷程度なら許容範囲と思っておく。
「ヴァレリア、いま!」
タイミングを見計らって魔力障壁を発動した。ガクンと魔力が減って頭が痛む。
やっぱり技術よりも力押しの技なんて、立て続けに使うもんじゃない。雑に範囲が広くて強力だから使い勝手はいいんだけどね。
力任せの魔法で落下物を受け止めると同時の完璧なタイミングで、飛び上がったヴァレリアが屋根だったものに触れる。
崩壊魔法が発動し、巨大な落下物は瞬時に大量の細かな塵と化した。安心すると共に、急減する魔力と頭痛を気にして障壁を解除。
「あっ」
着地を決めるヴァレリアに気を取られてたら、気づいた時にはもう遅い。
大量の塵が頭から降り注ぐ。つい気を抜いてしまった己には呆れて笑うしかない。
まあブルームスターギャラクシー号は守られたんだ。良しとしよう。