歓楽街の乱闘
地元の馬鹿どもと一戦交える前に、やることをやっておく。
戦うばかりが能じゃないんだ。キキョウ会は暴力と恐怖だけをまき散らす存在じゃなく、共存共栄できる存在だってのをアピールしていかないといけない。
隣にいたメアリーに伝令を送ってもらうことにした。
「内容はそうね、こっちが誰かに先制攻撃受けたってことが重要ね。でもって刺激を受けたバカ共まで集まって、想像以上に騒ぎが大きくなりそうって言っとこうか。それと襲ってきた奴らはまとめてしばき倒しとくから、頃合い見計らって乗り込んでくるように言っといて」
第二戦闘団長は、ぱっとすぐ近くにいた娘を指名した。
「この娘に行かせます。聞いていた?」
「はい、復唱します。先制攻撃を受けたキキョウ会は、歓楽街の多数勢力と交戦状態に突入。予想されていた以上に歓楽街は危険地帯となりました。自警団には頃合いを見て駆け付けていただき、弱った敵勢力の処遇をお任せします」
簡略化した復唱はよくまとまってる。この娘は補佐の役職持ちだけあって優秀だ。
多数の勢力とか、ちょっと吹かしも入ってるけど、状況は随時変わっていくだろうから問題ない。
「暴れた現行犯なら、自警団として堂々と捕まえられるはずよ。そうすりゃ、自警団長の商売敵どもは手駒を失って勝手に自滅。手柄も自警団のもんにできるわ。そんな感じで伝えてやれば、向こうも気分よく乗り込んでくるわよ」
「了解です。委細お伝えし、戻ってきます」
伝令がバイクに飛び乗って行くのをみんなで見送り、次に備える。
さてと。思ったより派手で荒っぽい展開になったけど、これはこれでいい。歓楽街以外にも話は伝わって、町長や港関係の有力者をビビらせることができれば、今後はもっと楽に話が進められる。
「皆、客人の到着だ。丁重にもてなしてやるぞ」
通りの向こうからは足で走り寄ってくる奴らや、軽トラの荷台に何人も乗せた感じで近づいてくる奴らがいる。誰もが安っぽい革鎧や剣などで武装し、なんだか盗賊か貧乏な冒険者集団みたいに見える。
リガハイムのこうした非正規戦力は、プロでもなければスジモンでもない奴らで構成されてる。その中途半端さが武装にも表れてしまってる印象だ。
一方、私たちは自警団長の家を訪ねた関係で武器の類は持ってきてない。そんな非武装の女集団にボロ負けする屈辱を味わうがいい。
ウチが立てようと思ってる奴ら以外のメンツなんて、粉々に叩き潰してくれるわ!
「誰だが知らないけど、まずは気勢をそいでやる」
メインストリートの向こう、およそ五十メートル前方から迫る軽トラが目標だ。
手の中にソフトボール大の鉄球を生成。
肩をぐるりと回して軽くほぐす。
瞬間の集中。
鋭く腕を振って、ノーステップで真っ直ぐに投擲した。
空間に銀の線を引くような美しい軌道ですっ飛んだ鉄球は、寸分の狂いなく狙った所に命中する。
軽トラの運転席下にある魔石をぶち抜き、破壊の衝撃も合わさって車両を強制停止させた。
無様に荷台から転げ落ちる野郎どもの情けない姿には笑ってしまう。
「皆、連中は町の中でも構わず魔法を放つ馬鹿共だ! 周辺被害を最小限に抑えろ。特にバイクとカフェの守りは怠るな!」
「ついでに全面的に奴らが悪いってことにしたいわ。こっちは魔法攻撃禁止よ!」
どこの町だろうが、天下の往来で攻撃的な魔法をぶっ放すなんてあり得ない。でも、ついさっき警告のつもりとはいえ奴らの誰かはそれをやった。
そして私の投擲は奴らには魔法に見えたかもしれない。こうなれば遠慮などまったくしなくなるだろう。
「やはりか、愚か者め」
魔法が得意らしい敵勢力の数人が魔力を練り上げ始めたのはすぐに分かった。牽制で使うような軽い感じじゃなく、それなりに威力や範囲の大きな魔法っぽい。
こんな場所にいるうだつの上がらない奴らが使える魔法が上等なものとは思わないけど、第五級程度の中級魔法でも威力はそれなりだ。私たちキキョウ会の面々には通用しなくても、周囲に及ぼす被害は無視できない。
魔法は所持する適性によって使い勝手は全然違うし、汎用魔法だって実戦レベルで使えるほどの奴はなかなかいない。こう考えると、ほいほい魔法攻撃を放てる奴ってのは案外少ない。あれはその貴重な攻撃に使える魔法適性持ちなんだと考えられる。
「下手な魔法だと返って防ぐのが難しいわね」
「第二戦闘団は前に出ます。最優先で魔法使いは潰してきましょう」
「うん、頼むわ。もし流れ弾があっても、こっちでなんとかする」
鉄球の一発で勢いは殺したけど、それだけで逃げ散るほど奴らも弱腰じゃない。
気合の声を上げて奴らは残りの距離を走り寄り、メアリーたちも飛ぶような速度で迫って殴りかかる。
奴らの威勢のよさもここまでだ。
先陣切ったメアリーが段違いの速度で敵の奥まで一気に食い込む。その拳が魔法詠唱中だった男の喉を打ち、一拍遅れて別のメンバーたちも魔法使いを最優先で叩きのめした。あっという間に下手な魔法が放たれる危機は去る。
血の雨が降らないのはちょっと寂しい気はしたけど、もちろんそこで止まったりしない。
手当たり次第に戦闘不能に追い込むダメージを与え、そいつが倒れる前には別の奴にも痛打を与えてしまう。
敵には攻撃の隙さえ与えることはない。
超速で不規則に動き、多数の敵の体を目くらましにまで使って、訳も分からないうちに一方的な攻撃を繰り返す。
殴り、蹴り、投げ、折り砕き、一撃加えた相手が倒れる前には、すでに別の奴を戦闘不能に追い込んでる。格闘戦に秀でる第二戦闘団らしい戦いは見事なものだ。
あの戦闘団の拳や投げ技を前に、安物の革鎧なんて防具としての機能を果たさない。
威力が違う。狙いも鋭さも判断も的確だ。
その気になれば簡単に殺せる死の攻撃を、超絶技巧によって加減し戦闘不能にだけ追い込み続ける。
「これを自警団長や有力者どもに見せてやればよかったわね」
「ああ、まったくだ。なによりも雄弁にキキョウ会の存在を語ってくれる」
ホントはもっと地味にやる予定だったからね、しょうがない。
一人頭、二人か三人程度も倒せば終わる戦闘にさしたる時間もかからない。
ところがだ。全部終わる前にわらわらと、その他の勢力っぽい奴らが集まりつつある。
「こちら紫乃上。いい感じに追加が集まってきてるわ。なるべく戦線が広がらないよう、誘き寄せてから各自対応しなさい」
「おうっ!」
「お姉さま、どうせならこちらからも仕掛けませんか。参戦していない人の集まりを感知して、それらしい集団に火種を投げ込んできます」
「いいわね。分かってると思うけど、敵の見極めだけは慎重にね」
「はい、行ってきます!」
集まってこい、集まってこい。邪魔者はここでまとめて蹴散らしてやる。
ああ、そういやあのなかに自警団長の手下がいないとは限らない……けどいいか。殺すわけじゃないんだ。もしもの時にはサービスで治癒してやろう。自警団長の縄張りは分かってるから、そっち方面にヴァレリアが手出ししに行くわけじゃないし、たぶん大丈夫かな。
途中、降伏を申し出てきたっぽい奴らもいたけど、話を聞かずに無視した。
そんなもんは求めてないし、大挙して襲いかかってきた側がなに言ってんだとしか思わない。都合がいいにもほどがある。
わらわらと集まってきた奴らはウチとは無関係なぶつかり合いもやり始め、完全に混沌とした状況に陥った。
伝令に行ってくれた娘が戻り、そこから一時間程度が経過した頃になって自警団長はやってきた。七十人ほどの団員を率いてのご到着だ。
騒がしかった歓楽街は、もうとっくに静かになってる。本来なら今頃なにしにやってきたって感じだろう。
「遅かったわね」
オープンテラスの椅子に座りながら、手を上げて呼びかけた。
ボケっと待ってても暇だからね。怪我から復活した店主の婆さんにお茶とケーキを注文して、雑談しながら待ってたところだ。
「団長……こ、これはいったい」
累々と転がってるのは、地元の人間ならどういう筋の奴らかすぐに分かるだろう。
怪我の具合まではぱっと見じゃ分からないだろうけど、こっちも完璧だ。殺さず半殺しというほどにもせず、でも下級の回復魔法じゃ復帰できないくらいの絶妙な怪我の具合だ。ウチとは関係ない奴ら同士の争いで深刻なダメージを負ってるのはいるかもしれないど、そこまでは知らない。
「いいから寝てる馬鹿共を全員叩き起こしてひっ捕らえろ! 目撃者もいるだろうから探して同行願え! いいなっ!」
「は、はいっ!」
自警団長はつべこべ言わずに団員を動かしてから、こっちに近づいてきた。部下への命令は乱暴だったけど、表情は上機嫌に見える。
「悪いが事情聴取の体裁は必要だ。あんたらにも少し付き合ってもらうぞ」
「いいけど、その前に例のクラックってブツ捌いてる奴らよ。倒れてるなかにいる?」
「そうだな待ってろ、すぐにブツを持ってる奴がいないか調べさせる。おい、ちょっと見てこい」
自警団長の隣にいた副官っぽいポジションの奴が確認しに行った。
「受け取った伝令で、おおよその状況は理解できるがな。まさかこうまで一網打尽にするとは思わなかった。さすがエクセンブラ三大ファミリーってのは伊達じゃないな」
「それよりあんたの商売敵は、これでほとんど潰せたも同然よね」
「ああ、これだけ手駒を失えば俺に逆らえる奴はいないだろうな」
「そいつは良かった。手土産は喜んでもらえたみたいね」
戦闘の経緯などをもう少し詳しく話してると、副官みたいな男が戻って報告した。
「分かった。ちっ、肝心要の奴らは居なかったようだ。これまでにも尻尾を掴ませない慎重な奴らだけに、ここでも挑発には乗らなかったんだろうな」
そいつは残念。火種を投げ込むヴァレリアの挑発にも乗らなかったってことかな?
とすると、主だった無事な勢力は自警団長とクラックを捌く連中ってことになる。標的にとっても邪魔な商売敵が消えたと解釈することも可能な状況だ。どうせすぐに潰すけど。
「あっそ。じゃあ、例の奴らの店には開店次第、予定通り乗り込むわ。この騒ぎで逃げ出してなけりゃいいけどね。向こうを油断させるためにも、あんたたちは仕事を終えたって感じで引き揚げなさい。私たちが連中を上手いこと追い込んだら、またそっちに引き継ぐから」
「いや、こっちも休んでる暇はない。俺は手勢を失った親分衆に挨拶回りしてくるぜ。下らん争いを降りるなら、今しかないぞってな」
「そうね、いいじゃない。追い込みかけるには、混乱して弱気になってる時が一番よ」
この流れでいくつもの勢力を傘下に収めれば、自警団長は歓楽街をほぼ手中に収めることができる。急いで追い込みをかけたいんだろう。
「しかし、本当に今日一日でカタが付きそうだ。まさかこんなことになるとはな」
「仕事が早いのもウチの売りよ。覚えときなさい」
もし裏切ったら、お前たちも一日で終わる。これを理解できないほど、自警団長はアホじゃないだろう。
皮肉なもんだけど裏稼業だからこそ信用が大事だ。ウチは看板に信用がかかってるし、相手にだって誠実さを求める。裏切りが横行してたら商売が成り立たないからね。
仕事はきっちりと誠実に! 互いの信頼で成り立つんだ。
「あまり脅かすな。じゃあまたな」
弛んだ表情を引き締めた自警団長は副官を引き連れて忙しそうに去って行った。
自警団が後始末するのを見守る意味はなく、だからといって薬局と目されてるクラブに行くのも時間が早い。
ヴァレリアの話によれば、火種を放り込みに様子を見に行った時は、その店には誰もいなかったらしい。元から昼間は誰もいないとは聞いてたけど、怪しい奴らが集まってる場所にはヴァレリアが容赦なく先制攻撃したはずだ。
自警団によればそいつら一党の姿は倒れてるなかにはいないらしいし、たまたま歓楽街に不在だったのかもしれない。運のいい奴らだ。
「ここに留まっててもしょうがないわ。一旦戻ろっか」
横にいたジークルーネが撤収の号令をかけ、またもや騒音を奏でながらの移動となった。
港の倉庫に戻り、私たちが出かけてる間にほかのメンバーもただ待機してたわけじゃない。
情報局はいつものように情報収集に出てたけど、戦闘団や戦争支援団のメンバーはスラムでの聞き込みをやってくれてた。
新参者の余所者が何か聞いたところでまともに答えてくれるほど甘くないし、暴力を使うのも場合によっちゃ効率的とはならない。
そこで彼女たちがやってたのは炊き出しだ。
スラムの奴らに昼食を振る舞い、仲良くなって話を引き出す。時にはこういったやり方もいい。それにスラムで燻ぶってる奴らは、仕事さえあれば働きたいと思ってる奴も結構多い。
私たちキキョウ会が港湾荷役の仕事を始める時には、どんどこ働き手を集めたい思惑もあるし、ここらにいる連中と多少の繋がりを持っとくことはきっと利点になる。そういった思惑もあっての炊き出しだ。
ちなみにローザベルさんは海賊関連の話が動くまでは出番が無さそうなことから、地元の治癒師ギルドに行って情報収集してくれるらしい。
もしかしたら昔の知り合いがいるかもってことで、上手く行けばその人の家に厄介になるかもしれないそうだ。自由なあの人らしい。もし用事ができれば呼び出すから全然構わない。
夕方からはみんなで買い出しに出かけて、夕食タイム。ちょっと楽しい。
メンバー自作の海鮮鍋や揚げ物などに舌鼓を打ってると、倉庫に訪問客があった。車両の接近を感知して、呼び出される前にメンバーが応対に出る。
少しして戻った娘は客人を連れてなく、車両が遠ざかっていくのを感知した。
「なんだったの?」
「自警団長からの使いでした。伝言だけ言って帰っちゃいましたけど」
「へえ、なんだって?」
「例の薬局の主が自警団長に詫び入れにきたそうです。そのまま傘下に加わるみたいで、だからウチにはこれ以上の手出しは無用だそうです」
無駄な抵抗はしない主義ってことか。賢明ではあるけど、こっちとしてはちょっとつまらない。
「あっけないな。むしろ寝首を掻くか、頃合いを見て裏切るつもりで下ったようにも思えるが……」
「うーん、どうだろうね。ま、自警団長が手出し無用ってんなら、勝手に突っ走るわけにもいかないわ」
面倒な事には関与したくない。基本はこれだ。当事者同時で話を付けたなら、それはそれでいいんだ。
心配だと思っても自警団長の警護なんてやってられないし、裏切られて簡単に死ぬほど情けなくもないだろう。向こうから手を出すなって言ってんだしね。普通に裏切りくらいは予想してるだろうし、自分の身くらい自分でなんとかするはずだ。
むしろ今日中に話をまとめまくって、敵を下に付けて見せた自警団長の手腕を称えるべきだろう。
最悪の事態が起こってしまって、もしウチと敵対する道を選ぶようなアホが現れた場合には、その時に考えればいい。
「あー、収まっちゃいましたか。薬局潰しやりたかったです」
「因縁付けて暴れたかったね」
「ホント、ちょっと残念だよなあ」
たしかに尻切れトンボみたいな感じは否めないっちゃそうだ。
「そんな機会、これからいくらだってあるわ。切り替えてくわよ!」
「はーい、お次は誰がターゲットですか?」
気楽な調子のメンバー一同が平常通りで頼もしい。
よし、宣言通りに私も切り替えていこう。
次に取り込むのは町長の予定だ。歓楽街の騒ぎは町の中心人物の一人である町長をも動揺させてるのは間違いない。だから話を持ってくなら早いほうがいい。混乱に付け込んで強引に話をまとめ上げるのは悪党の常套手段だ。
歓楽街を片付け、お次は町の政治の中心に切り込む。こいつを片付けたら、今度は海方面の有力者が待ってる。
やるべき仕事は多い。手早く行きたいところだ。
予告です。
世の中そんなに甘くない。簡単には行きません。
次話「訪問客の多いスラム街の倉庫」に続きます。
本作とはまったく関係ありませんが、エッセイをひとつアップしました。
お時間ありましたら、どうぞチェックしてみてください!
と言いつつ。どうにもカッコ悪い内容ですので、チェックしないほうが良いかもしれません。笑!




