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地味な地域活動、売人狩り

 自警団長を懐柔するための目標は定まった。

 要はタチの悪いドラッグを流通させてる誰かとその拠点を潰せばいい。

 町の自警団を率いる人物に無理なことを、余所者の私たちがやるなんて常識的にはおかしいことだ。でも傍若無人な余所者にだからこそできることがある。


 しがらみも義理も考えず、ただ暴力をもって邪魔者を排除する。シンプルで実にいい。

 この過程で色々いる自警団長の商売敵を潰してしまえば、物のついでで勢力争いも少しはスッキリする。余計な奴らにチョロチョロされるのは目障りだし、ちょうどいい機会でもある。


「薬局と目されてるクラブに行くには、ちょっと時間が早すぎるわね」

「夕方にならないと開かないらしいです。やっぱりそこら辺で適当に締め上げて情報集めますか」


 屋敷を出た後、道端で簡単に方針を確認しておく。

 やらなきゃいけないことは抱えておかずにさっさと片付けるに限るんだけどね。じゃないとタスクは溜まる一方だ。

 精神衛生のためにも、美容と健康のための適度な運動としても、ちゃちゃっと殴り込みに行きたいってのに。


「だったら手分けして歓楽街をうろついてみませんか? さっきの会話でもありましたが、ドラッグの売り買いはストリートでもされていますし、自警団長の系列以外でしたら誰かれ構わず潰してしまってもいいのでは? 上手くすれば本命を釣れるかもしれません」


 メアリーの言うことはもっともだ。

 本命とは別にして、邪魔な奴らは多い。ついでに片付けたい思いはみんな同じだろう。


「そうね。末端の売人を適当に締め上げまくってれば、必ず返しがあるはずよ。そのことごとくを返り討ちにしてやれば、自警団長の商売敵は勝手に自滅するかもね。少なくとも戦力的には大打撃よ。それに向こうからやってきてくれるなら、いちいち本拠地みたいのを探す手間が省けるわ」


 自警団長が扱ってるドラッグの種類は決まってる。それ以外を売ってる奴らは全部潰してしまって構わない。

 なんやかんやと因縁付けて相手を挑発し、抗争のきっかけをでっち上げる。これは鉄砲玉を送り込む伝統的な手法と同じだ。


 釣られた馬鹿どもを撃退してれば、いい感じに余計な勢力を弱らせることができる。自警団長の勢力にとって、非常にうま味のある話だ。

 あくまでも本命はクラックってブツを捌いてる奴らだけど、この際まとめて排除できる奴らは排除するのがいい。


 ただ、よく考えてみればウチがなにもかもを片付けるのは、自警団にとって好ましくない結果になる恐れがある。

 いくらヤバいドラッグを排除したいからって、ウチの力を借りるどころか肩代わりをさせたとあっちゃ、自警団はうだつの上がらない連中とのイメージが一生付いて回る可能性が出てしまう。そうなれば自警団のメンツは地に落ちる。

 段取りは別にしても、最後くらいは自分でケジメ取らなきゃいけない場面だ。つまりは面倒でも自警団には見せ場を用意してやらないといけない。


 ウチは敵を適当に弱らせて、あとは自警団に任せる流れでいいかな。これから手を組んでやってく以上は、その辺のメンツが立つように気を使ってやるのも重要なことだ。残党まで虱潰しに探すような手間が省けるのはこっちにとっても楽でいいし。


 本命の敵もそれ以外の商売敵も扱いは同じで構わない。ウチはトドメまでは刺さず、痛打を与えてあとの処遇は任せたらいい。


「たしか商売敵の戦力は、多く見積もっても各々が数十人程度にしかならない。比較的大きな組織でも五十から六十程度、小さな組織なら数人程度だ。手荒く撃退してやれば壊滅したも同然に追い込める。メアリーとユカリ殿の意見はもっともだ。自警団長が特に懸念している誰かについては、店が開いてから念入りに追い込むとしよう」

「うん、そんな感じでいってみようか。とりあえず現地に行くわよ」


 みんなでバイクに乗って、昼間から歓楽街に向かって走り出した。



 爽やかな朝、海の町を騒がせる私たちは迷惑そうな視線も興味深そうな視線も意に介さない。堂々と我が物顔で進み、町の一画を占める歓楽街に至る。

 歓楽街はなんとなくそれっぽい店がひしめき合うだけじゃなく、分かり易くメインストリートにアーチが架けられてた。ここからが歓楽街だぞと主張してるらしい。


 そんな界隈に入ってすぐ思うのは、昼間でも人通りが意外と多いってことだ。こんな時間からでもやってる店はそれなりにあるのかな。


「こちらジークルーネ。あそこのカフェを仮の本部としよう。ちょうど隣の空き地が駐車場に使えそうだ」


 見つけたのは歓楽街に似つかわしくない、爽やかな雰囲気のカフェだ。なんとオープンテラスまである。

 狭い路地がある界隈で喧嘩を売って回るのに、バイクに乗ったままじゃやりにくい。乗り物を停めておく場所が欲しかったところだから、ちょうど良かった。


 空き地に勝手に駐輪すると、とりあえずどうするか決めてしまう。


「二人一組になって散開でいいわね。売人を見かけたら扱ってるブツだけ確認後、適当に喧嘩売って痛めつけてやりなさい。その際、ドラッグは必ず奪ってくること。こっちは奴らの返しが目的だからね、喧嘩だけならまだしもブツまで奪われちゃ背後にいる奴らが黙ってないはずよ」

「もう一つ。文句があるなら、カフェ・デイジーまでやってこいと言ってくれ。場所が明確なほうがいいだろう」


 ジークルーネがカフェの看板を見ながら追加した。


「それもそうね。じゃあ、ジークルーネはここにやってくる奴らを迎え撃って。私は町を歩きたいから喧嘩売る班として動くわ」

「わたしはお姉さまと行きます」

「うん。メアリーは戦闘団を割り振って。迎撃班はカフェとバイクの守りも兼ねるから、余裕をみた戦力にしといたほうがいいかな」

「では幹部と補佐がここに残ります」


 一時的な本部としたカフェに残るのは、ジークルーネとメアリー、第二戦闘団伍長が二人に補佐が三人だ。この戦力なら、守りと迎撃を同時にやっても十分釣りがくる。


「お姉さま、こんな目立つ場所で喧嘩してたら通報されませんか?」

「されるわね。でも自警団長は歓楽街でなにが起こるか理解してるはずだから、通報が行っても多少のことは流してくれるわよ。たぶん、団員たちにも上手いこと説明だってするはずよ」

「ここの店主には騒がしくする詫びだとでも言って、わたしから袖の下を握らせておこう」

「金を掴ませるのはカフェの店主だけでいいわね。周りにも店はあるけど、積極的に関わるわけないから無視でいいわ」


 私たちがくるずっと前から勢力争いがある関係で、多少の小競り合いはこの町でも珍しくない。

 歓楽街に店を構えるような人物なら喧嘩くらい慣れっこだろうし、トラブルに関与したい店などない。このカフェだって迷惑に思うのは確実だけど、十分な対価があれば黙るだろう。こっちが勝手に居座るだけだし、店が無関係なのは地元の奴らなら変な勘違いすることもない。


「じゃあ散開して始めよう。状況は逐次、通信の魔道具で報告すること。以上よ」


 通信の魔道具は範囲内にいるすべてのキキョウ会メンバーに聞こえてしまうけど、ここからだと港のアジトまでは距離があって届かない。もし用事で町中に出てるメンバーに聞こえても、状況を察するか気になるなら訊いてくるだろう。

 第二戦闘団のメンバーがさっそく動き、私とヴァレリアのペアもカフェの近くから始めることにした。



 探すまでもなく、売人ぽい奴はそこらの路地に突っ立ってる。

 まだ昼間だってのに、酒臭い奴や客引きの女までいるってことは、夜になればもっと賑わいを見せるんだろう。やっぱり想像よりも人が多い。


 メインストリートから路地に一本入って様子を見てると、チャラそうな若者と目が合った。

 商魂たくましいのか、馴れ馴れしいだけか、ゆっくりと歩く私たちに近づいてきた。ちなみに威圧感のあるサングラスは外し、胸元の技能徽章を並べたリボンラックも今はポケットに仕舞ってる。


「初めて見る顔だな、姉ちゃん。『ロマンス』が欲しいならあるぜ」


 ハズレか。その名前のドラッグは自警団長が扱ってるブツだ。こいつは敵じゃない。

 無視してヴァレリアと通り過ぎようとしたら、狭い路地のちょっと離れた場所にいたガタイのいい男からも声がかかった。


「おっと、イカした姉ちゃん。もっとぶっ飛べるのがあるぜ。こっちのにしときな」


 チャラそうな若者に喧嘩を売るような態度だ。扱ってるドラッグも別物のようだし、これは敵と考えていい。


「けっ、やめときな。どんな混ぜ物がされてるか分かったもんじゃねえ」

「なんだと!」

「やんのか、こらっ」


 うるさい奴らだ。他人様を真ん中に挟んでガミガミと。

 とにかく排除すべき対象が現れた以上、さっさとやってしまおう。

 口汚い言い合いを続け、顔面を突き合わせるようにし始めたガタイのいい男には、横手から無造作に前蹴りを食らわせた。


 軽く二メートルほど吹っ飛んで転げた男にはヴァレリアが近寄って、これも無造作に横腹を蹴っ飛ばす。

 なにげない攻撃だけど、かなりの痛打だ。ちょこっと空中に浮かんでから落下した男は痛みにあえぎながら大口を開け、それでも上手く呼吸できないらしく、苦しそうに身体を折り曲げて悶絶してる。そうした男には目もくれず周辺に意識を向けるヴァレリアだ。


 私は苦しむ男の膨らんだ内ポケットを強引に漁り、紙袋を引っ張り出す。その中には小さな紙包みがたくさん入ってて、まず間違いなくこれがドラッグだ。紙包みの中を確認するまでもない。


「聞こえてるわね? 返して欲しけりゃ、カフェ・デイジーまでくることね」


 苦しくても聞こえてはいるだろう。

 突然の蛮行に動揺するチャラい男には、一瞥もくれずに立ち去った。あれに用はない。


 こんな調子で蛮行を繰り返す。

 売人っぽい奴が声をかけてきたら何を持ってるのか確認し、排除対象ならぶん殴ってドラッグを奪い取る。

 声をかけてこなくてもこっちから訊いて、排除対象なら同じく強奪だ。


 手間はかからない。ちょっとした会話後に殴って奪うだけの簡単な作業だ。こんな事を六、七人に対して繰り返した直後。歓楽街を騒々しくさせる破壊音が聞こえた。たぶん魔法だろう。


「お姉さま、カフェのほうです」

「そうみたいね」


 売人狩りの報復にしては、いくらなんでも早すぎる。一人目をぶっ倒してからまだ三十分も経ってないし、歓楽街の奥のほうに向かったメンバーたちだって作業を始めたばかりだ。

 早々に敵対勢力の上役まで話が伝わってたとしても、即断即決でいきなり魔法攻撃をぶっ放すほど荒れた状況じゃなかったはずだけどね。


「こちら紫乃上。ジークルーネ、状況は?」

「……こちらジークルーネ。店の裏手で爆発が起こったようだが詳細は不明。様子を見てくる」

「私もすぐに戻るわ。散らばってるみんなも、ひとまず戻ってきなさい」


 イヤリング型魔道具から伝わる返事を聞きながら、走ってカフェ・デイジーに向かった。



 カフェに戻ると周囲は閑散としてる。野次馬が集まったりはしておらず、カフェにいたはずの客も逃げたみたいだ。

 第二戦闘団のメンバーが周囲に目を光らせ、カフェの裏手のほうからジークルーネが歩いてきた。どうやら実行犯は通行人に紛れて逃げたみたいね。


「ジークルーネ、怪我人は?」

「ウチのメンバーを直接狙うような攻撃ではなかったようだが、店主のお婆さんが怪我を負わされた」

「店主が? 狙われたのはその婆さんってこと?」

「いや、運悪く飛んできたガラス片が首に刺さったみたいだ。手持ちの回復薬が間に合ったので使った。今はメアリーが店内で落ち着かせている」


 それはまた運が悪い。しかし妙な話だ。

 状況からして魔法攻撃は一発のみで、しかもキキョウ会メンバーを狙った攻撃じゃなかった。ドラッグ強奪の返しにしてはしょぼすぎるし、タイミングも早すぎる。

 頼れる副長に浮かんだ疑問を投げかけつつ訊いてみる。


「なにが狙いの攻撃だと思う?」

「……ウチが無関係の攻撃ということはないだろう。すると警告のつもりかもしれないな」

「警告? こっちはガンガン喧嘩売ってるつもりなのに、警告なんて悠長な……いや、なんかおかしいわね」


 ジークルーネもおかしいと思ってるらしく、少し考えてから口を開いた。


「おそらくだが、売人狩りの返しとは別に計画されたことだろう。我々は『キキョウ会』だからな、リガハイムの連中も座視してはいなかったということではないか?」


 そういうことか。なら警告というか、牽制になるのかな?

 きっと攻撃の目的は『キキョウ会』がリガハイムに進出してきたと思ったからだろう。

 悪の巣窟エクセンブラから、先兵がやってきた。シマを荒らして町を牛耳るつもりだ。そう考えるに至るには十分なほど、エクセンブラからの来客ってのは意味が大きい。


「たまたまウチが喧嘩売り始めたタイミングで、向こうからも警告の一撃が飛んでたってわけね。間抜けな話だけど、それなら噛み合わなさが納得できるわ」


 常識的に世の中、大抵の場所はすでに仕切ってる奴らがいる。新しく縄張りを作れる場所なんて、そうそうない。だけど崩壊国家で、権力者の入れ替わり起ころうとしてる場所なら話は変わる。

 つまり旧レトナーク王国の町々を仕切ってる奴ら、もしくは仕切ろうと争ってる連中は戦々恐々としてるわけだ。


 いつ、ブレナークやドンディッチ、あるいは南部から裏の勢力が足を延ばしてくるかってね。

 そこにとうとう、キキョウの看板背負った私たちが現れた。よりにもよって、悪名高いエクセンブラからの刺客だ。先に一発かましてやろうって奴らがいてもなんら不思議じゃない。


「会長! なにがどうなってんです?」


 戻ってきたメンバーには副長から状況の推測が伝えられる。推測が当たってるかどうは別として、攻撃してきた奴は敵と見做す。

 たとえウチはまったく関係なく、実はカフェに対する嫌がらせだったとしてもだ。なんせ都合がいい。向こうから喧嘩売ってきたことにできるんだからね。


「上等! 喧嘩売りにきたつもりが、売られたってわけよ。せいぜい高く買ってやろうじゃないの。淀んだ田舎の空気に新鮮な風、吹かせてやるわよ!」

「そのとおりだ! 皆が倒した売人、その背後からのリアクションもそろそろあるはずだ。思い切り歓迎してやろうではないか。どでかい花火、ぶち上げてやれ!」


 ふふっ、私のノリに乗ってくれるのも副長のいいところだ。

 喧嘩売られて嬉しいなんて、私たちも随分と変わってる。でも、自然とノリノリになってしまうんだから仕方ない。


 そして噂をすればだ。四十人程度の集団がこっちに向かってきてる。

 港町リガハイムに我がキキョウ会の足跡を刻む時だ。これをもってして、ようやく奴らもウチがどういう存在が知ることになる。その身をもって教えてやる。

 踏んだ場数も、乗り越えてきた修羅場のヤバさも、段違いどころか次元が違うんだってことを身をもって知るがいい。

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[良い点] >傍若無人な余所者にだからこそできることがある 今回アウェーなのが良い感じにwww 仕返し、反撃を恐れる必要ないですからねぇ ぶっちゃけ守る物の無い風来坊状態なのでヤリたい放題!? >…
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