知らない土地では仲間を作ろう!
隠れてる奴を倒せと命じると、メアリーが緊張も見せずに平然と動く。
人様の家と考えれば、酷く傍若無人な振舞いだ。
そして勝手に奥の部屋に行こうとするのを、家の主人が黙って見過ごすはずもない。
怒りの形相で何か言おうとした自警団長には、ジークルーネが絶妙なタイミングで機先を制した。
「御仁、静かに願おう」
落ち着いた口調に込められた言葉には、決して無視できない強い魔力が込められてる。
別に何かしたわけじゃない。ただ、強い魔力を放出しただけだ。言葉をかけて注意を引き、睨むだけで相手の言葉も動きも制する。極めて強い魔力と場慣れした堂々たる振る舞いが、そうしたことを可能とする。
やられた側の自警団長は想像を絶する印象を叩き込まれたはずだ。
張りつめた空気のなか、メアリーは何事もないように動く。
なにげない足取りは不気味なほど静かで、目で歩いてるところを見てなければ、すぐ近くにいても気づかないほど気配を感じられない。客観的に見て凄まじい身のこなしだ。
ただ『歩く』という行為に秘められた尋常ならざる実力の高さは、分かる奴にしか分からない。自警団長はたぶん多少なりとも理解できる奴だろう。
そうして奥の部屋に消えたメアリーは、十秒程度でまた姿を現した。この間、声も物音も一切しなかった。
宣言通りに三十秒程度で元の位置に戻ったメアリーは無言だ。分かり切った結果を言う必要はない。
自警団長にとってみれば、何も言わないことが不安を煽り、嫌な想像を掻き立てプレッシャーとなる。
無言の私たち四人の視線を受ける自警団長は硬直したまま数秒の時間を過ごすと、はっとして我に返った。
「おいっ、返事をしろ!」
脂汗を浮かべた顔を奥の部屋に向け、のどをこじ開けるような声を出す。
しかしその呼びかけに応じる声はなく、驚愕と焦燥が混じった感情を怒りに変えてこっちを睨んだ。
「……何をしやがった」
殺したんじゃないかと最悪の想像を頭に浮かべながらも、まさかそこまではしないだろうとも思ってる顔だ。
脅しは私たちの仕事の一部だからね、不安と恐怖を抱かせることには慣れたもんだ。
やられた側にしてみれば悲鳴も倒れる音もなく、あっという間に倒されたって事実は驚愕を通り越して信じ難い出来事だろう。
信じられない気持ちと返事のない事実で、頭の理解が追い付かずに若干の混乱も見受けられる。
目の前にいる私たちが何者か。
少なくとも、只者じゃないと実感として理解しただろう。
「優しく寝かしつけてやっただけよ。気になるなら見てきたら?」
「クソッ!」
乱暴な動作で立ち上がった自警団長は奥の部屋に行き、仲間に呼びかけて無事を確認してる。
圧倒的に格上のメアリーが下手を打つことはない。嘘も誇張もなく、綺麗に気絶させて寝かせてやっただけだ。
ところが、ちょっとした間を覆いて戻った自警団長は剣を持ってるじゃないか。
「言っとくけど、こっちは話し合いにきただけのつもりだから丸腰よ? どうしても不安だってんなら、別に剣でも槍でも持ってていいけどさ」
「先に手ぇ出したのはそっちだろうが!」
大きな剣は手にしてるけど鞘から抜き放ったわけじゃない。怒ってはいてもブチ切れてまでいないわね。
見込んだとおり、こいつには冷静さもある。だったら話し合いは可能だろう。
「こんなもん軽い自己紹介よ。大口を叩くな、なんて抜かすからこうなったんじゃない。ちょっとは実力見せないと、話も聞く気になれないって言うんじゃ、しょうがないでしょ? これで気が済んだんなら、そろそろ話を始めてもいい? それとも追い返す? 言っとくけど、斬りかかってくるなら覚悟することね」
私たちは土産話を持って挨拶に参上したわけだけど、決して下手に出るわけじゃない。
物事は最初が肝心だからね、互いの立場は明確にしておくのがいい。キキョウ会は自警団なんかまったく恐れてない、恐れる必要がないって理解するには、ここまでのやり取りで十分のはずだ。
「ユカリ殿、立ったままでは話もなにもない。自警団長、あなたも取り乱してなどいないだろう? 武器を持つことは構わないが、まずは座ってくれないか」
ジークルーネが場をとりなし、私を誘って一緒にソファーに腰かける。ヴァレリアとメアリーは後ろに立ったままだ。
「ほら、なにボーっと突っ立ってんのよ。座ったら?」
「……お前な、ここは俺の家だぞ」
私はソファーに深く腰かけて足を組む。この堂々たる振る舞いと緊張感のない態度に呆れたのか、真面目に怒るのがバカバカしいと思ったような様子を見せた後、諦めたように自警団長もやっと座った。
向き合って座るまでの時間を無駄とは思わない。よくあることだからこそ、キキョウの看板に対する宣伝の時間と思うことにしてる。
「わたしはキキョウ会副長、ジークルーネだ。まずは昨日の詫びを入れさせてもらう。第四級の複合回復薬を持参したゆえ、もし怪我人が出ているなら使ってくれ」
話のとっかかりとして、ダースで用意した薬ビンをジークルーネが差し出した。
贈り物をされて気を悪くする奴は少ない。しかも第四級の複合回復薬は常識的には凄い高級品だ。コネがないと金があってもまず手に入らない希少な品でもある。第四級回復薬、それも複合回復薬ってのはそれだけ価値の高い代物だ。これをポンとダースで贈り物にするなんて、この行為だけでとんでもない財力とコネクションを示すことにもなる。
まあウチには私とローザベルさんを筆頭にした治癒局のメンバーがいるから、湯水のようにいくらでも用意できるんだけどね。それとローザベルさんがキキョウ会に身を寄せてることは結構知れてきてるから、レアな回復薬を贈り物にできることを不思議にも思われないはずだ。ましてや偽物なんか人にあげようもんなら、ローザベルさんの評判に傷が付く。疑われる心配はない。
ちなみにこの贈り物は朝の道中やさっきの出来事じゃなく、昨日の強行突破に対する詫びとして持ってきた。別に詫びる気なんてこれっぽっちもないわけだけど、一緒にやっていこうって相手だからね。少しは立ててやる必要がある。社交辞令だ。
「…………第四級複合回復薬だと……わ、分かった。ありがたく受け取ろう」
あの時のやり取りだとこっちからは手を出してないから、怪我をした奴はいないと思う。もしいたとしても、せいぜい転んで足を捻ったとか腰を打ったとかその程度のはずだ。
こうした贈り物一つで、こっちが殴り込みにきたわけじゃないと実感できるだろう。前置きが随分と長くなってしまった。
ジークルーネの名乗りへの返答して、自警団長の名乗りも受けると話が進む。
「改めて訊くが、用件はなんだ。ただの挨拶ではないだろう?」
「挨拶代わりにあんたの困りごとを解決してやるって言ったつもりだけど。最初にね」
「どういう話の繋がりだ。色々と俺のことを嗅ぎまわったみたいだが、こっちは頼んでない」
「だから挨拶代わりの手土産よ。ウチは新参者だからね、地元の有力者とは仲良くやっていこうって気を回してるわけ」
事前の調査によると、自警団長はかなり困ってることがある。単に商売敵がどうのっていうレベルじゃなく、自力で解決できない問題を抱えてると情報局は睨んでる。
だからこっちの提案を怪しいとは思っても、興味を抱かずにはいられない。
「抜かせ。エクセンブラでの噂がどこまで本当か知らないが、あんたらみたいな世界の人間が挨拶程度でそんな面倒事に首突っ込むはずがない。見返りに何を要求するつもりだ」
「話が早いわね」
「そら見ろ! 俺の問題より、あんたらが言い出す見返りのほうがよっぽど厄介に違いねえ!」
あー、とんでもない実力を見せた私たちが言い出す要求って考えると、そりゃあ相手からしたら嫌な予感もするか。
「心配無用……なんて言っても信じられないか。別に対価を要求するつもりじゃないんだけどね」
「だったら何なんだ」
はっきりしてやらないと話がこじれそうだ。こいつが海賊と繋がってる線はないはずだけど、その辺は伏せて話せば問題ないかな。
一応、私たちのような裏社会の組織の人間が自分の都合で海賊退治をするならともかく、王国に取り込むために動いてると明かすのは良くない。王国のメンツが立たなくなるし、こっちとしても国のために動いてるとか思われたくない。
「んー、そうね。こっちの要求は黙認、それだけよ。ウチは夏以降、港を使ったビジネスを始めるつもりだから、その時に文句を言わないこと。あんたに頼みたいのはそれだけね」
リガハイムにおこぼれの利益をもたらすことはあっても、不利益を被らせることはたぶんない。余所者がなんかやってると不審に思われても、自警団が文句を言わないなら黙ってる奴は多いだろう。
「港だと? 海賊のクソどものせいで商船は出せない。魚が獲りたいなら俺じゃなく網元のところに行け」
「そっち方面には後で行くわ。ただ、ウチは漁業に手を出すわけじゃないし、いつまでも海賊がのさばった状況が続くわけじゃない。そのくらい分かるわね?」
「……ひょっとして戦争がらみの話か? ブレナークが近々攻め込んでくるとかなんとか噂が立っちゃいるが、まさかあんたら、それ絡みか?」
戦争の準備をどっかが始めれば、物流に聡く噂話にも敏感な商人なら必ず気づく。商売人じゃなくても顔の広い人間なら、そうした話をどこからか聞いててもおかしくない。
実際、戦争の始まりは近いんだ。特別に状況を察知するのが早い商人以外にも、そうした情報は伝わる。新聞ギルドなどメディアを通じて、噂レベルじゃなく具体的なところまで情報は広がってる頃合いかもしれないし。
たぶんだけど、あと百数十日程度も経てば進軍は始まる予定だ。もうそんな時期になってる。
「さすがは有力者、話の筋が見えてるわね。そう、ブレナーク王国が旧レトナーク王国領を占領するのは時間の問題よ。その時にはこのリガハイムだって、ブレナーク王国貴族が治める領地になるわ。領地の線引きがどうなるかは知らないけど海賊が放置されるなんてあり得ないし、権利関係だって一新される。これまでどおりなんて、地元の人間にだけ都合のいい話が続くことには絶対ならないわよ」
支配者が変わるんだから当然だ。上澄みが変わるだけじゃなく、取り巻き連中だって参入してくる。そのくらいのことは馬鹿でも分かるだろう。
「……ブレナーク貴族とは話がついてやがるってわけか」
利権が絡めば権力者と組んだウチのような組織が出てくる場面だと、有力者なら想像は容易い。こいつもそうした局面に入ったんだと理解したようだ。
「想像に任せるわ。誰かの思惑があったとしても、ウチが欲しいのは港を自由に使える環境だけよ。別に自警団やあんたの商売に興味ないから」
「先のことを考えれば、そっちと仲良くしといたほうが得ってわけか。だが港だろうが町中だろうが、余所者がデカい顔するなんざ許さねえ……って奴は多いだろうな」
「当然ね。だからこそ挨拶回りなんてやってんのよ。全部と喧嘩したってウチが負ける要素はないけど、仲たがいすると色々面倒だからね。仲良くしといたほうがウチにとっても得になるわ」
双方の利益というのが重要なポイントだ。ウチだけが得をするんじゃ相手は納得できないし、逆でも怪しまれる。
「……けっ、やっぱりデカい口叩きやがる。だが国が変わっちまったら、このままで行けるはずもねえ。ちっ、分かった分かった。どうせそっちとやり合えば自警団が潰されちまう。だったら嫌も応もない。俺のところはいいとして、ほかの奴らはどうするつもりだ? うるさいのは大勢いやがるし、物分かりのいい連中ばかりじゃないぞ」
こいつは受け入れたようなことを言ってるけど、まだ本音とは思えない。ただ少なくとも話ができる関係にはなった。今はこれでいい。
幸先のいいスタートだと思うことにしても問題はまだまだある。多くの有力者と呼ばれる連中が争ってる状況じゃ、自警団長が懸念するのは当然。これにはジークルーネが答える。
「なにも全員と仲良くするつもりはない。その一環として、そちらの困りごとを解決しようと提案している」
話が通じない奴はいるし、脅しが通用しない奴だっている。だったら実力行使で押し通すしかない場面はいくらでもある。
こっちが話をする気になれない連中だっているんだ。邪魔なのはどんどこ潰して、自警団長のような奴らには恩まで押し売りしてやる。
「解決、か。抗争でもおっぱじめようってのか?」
「有り体に言ってしまえばそうだ。そちらの敵は小細工を弄せず潰しに行く」
「まあ、あんたらなら腕っぷしは問題ないだろうが……」
「そこで詳しい事情を確認しておきたい。こちらでも調べてはいるが、間違いがあっては遺恨となってしまう恐れもあるのでな」
もし間違いがあれば、とばっちりを食うのはお前だぞと言っておく。
こうしておけば勝手なことをされるよりはと詳細な話をせざるを得なくなるし、巻き込んでしまえばもう一蓮托生だ。裏切る確率は低くなる。
「そういうことか。だが中途半端はしてくれるなよ?」
「言われるまでもない」
旧レトナーク領はどこの町だろうが、新たな権力闘争に突入する。支配者が変わるんだから、これはリガハイムに限った話じゃない。
自警団長はこの瞬間にも悩んでるみたいだけど、腹を決めたのか居住まいを正して話し始めた。
「……俺の困りごとってのは、簡単に言えばドラッグだ。あんたらには馴染み深いもんだろうがな」
港のスラムで見かけたジャンキーが一瞬だけ脳裏をよぎる。
「ここらじゃ『クラック』って呼ばれてる。火で炙って煙を吸うのが流行りの使い方だが知ってるか?」
「使い方は珍しくもないが、その名前のドラッグはエクセンブラでは聞かないな」
俗称かな。同じ物でも呼び名が違ったりするし、良くわからない。
「そうか。これがまたタチの悪い代物でな、中毒性が異常に強い。クラックを買うために体まで売る素人女が何人も出るし、極めつけの馬鹿は殺しまでやる始末だ。あれのせいで歓楽街は滅茶苦茶だ。あんたらみたいな世界の奴らに言ってもしょうがないが、とんでもない物を持ち込んでくれたもんだぜ。クソが」
自身が破滅するだけならまだしも、他人にまで迷惑かけるのが麻薬の特徴だ。その手の奴らの末路なんて、どこの場所だって似たようなもんだけどね。はっきり言って珍しい話でもなんでもない。愚痴りたく気持ちは理解できるけど。
「知らないだろうから言っておくが、キキョウ会では麻薬の類は御法度だ。まあいい、薬局に心当たりはあるのか?」
「薬局? 売人なら何人捕まえても無駄だぞ」
「その売人に卸している奴らの手がかりは? 鍵になりそうな人か場所、本命でなく枝でもいい」
元から断たなきゃ意味がない。大元が分かってるなら今日にも解決してやる。
「正直なところ怪しい奴はいるが証拠がない。目をつけてる場所もあるが、自警団の動きは筒抜けのはずだ。踏み込んでもどうせ何も見つからないだろうぜ」
「何も出なければ、そちらの失態になるということか」
「むしろそれを狙ってるやがる節まである。小賢しい奴らだ」
ふーむ。リガハイムでドラッグを取り扱ってるのは情報局の調べによると、それこそ何人もいる。かくいう自警団長だって、ドラッグを流通させてる張本人の一人だ。
自警団長は歓楽街の顔役らしく、快楽目的のいわゆる『エクスタシー』系のドラッグを扱ってて、中毒性や後遺症の程度に差はあっても私からしてみれば同じ穴の狢だ。一応はこの町じゃグレーゾーンの範囲らしいけどね。
キキョウ会としては合法非合法問わず、シマ内じゃない場所で誰がどんなブツを捌いてても興味ない。冷たいようだけど私たちは正義の使者でもなければ世直しにも一切の興味がない。
気に食わないことが目の前で起こらなければ、所詮は世界のどこででも起こってる日常の一幕に過ぎないんだ。無理やりじゃなければ、ドラッグなんて自業自得でもあるし知ったこっちゃない。
「ユカリ殿、どうする? それらしい奴らに片っ端から喧嘩を吹っかけて回るのも手だと思うが。歓楽街はどうせ自警団長の商売敵ばかりだ」
情報局の調査でもその辺の詳しいことは調べて切れてなかった。ここで慎重になる意味は薄いし、景気よくやったほうがいいとも思える。
「そうね。証拠がなくたって、因縁付けてぶん殴れるのがウチのいいところだし。いつもどおり手っ取り早くいこう」
「おいっ、町中で暴れられちゃ自警団の出番になっちまうだろうが」
「心配しなくても用事は手早く済ませるつもりだ。自警団と鉢合わせることがないよう配慮するが、そちらも理由を付けて出動を見合わせるなど配慮はしてくれ。さて、では心当たりをすべて教えてもらおうか」
ぬるま湯に浸かりながら遊んでるワルどもには、悪の巣窟からやってきた暴力組織が相手になってやる。
裏社会が仕切る大都市エクセンブラ。その三大ファミリーが伊達じゃないってところを見せてやろうじゃないか。
喧嘩だ喧嘩!
派手にいこう。歓楽街をちょっとだけ賑やかにしてやる。
自警団長から話を聞くと、足取りも軽く部屋を出た。
次話「地味な地域活動、売人狩り」に続きます!