新参者のご挨拶
海の町は空気が違う。特に朝は清々しい。
流れる湿った風と大海原が照り返す日の光。
目の前に広がるいつもとは違った光景に、しばし目を奪われる。
「……ふう、気持ちのいい天気ね」
早起きのみんなと一緒に海を眺めてると、綺麗な光景にテンションも上がる。
移動続きで鈍った身体をほぐすためと非日常感を払拭するため、日常に近い行動を今日から始める。
日の出直後の時間帯からスラムを出て景色を堪能し、みんなで海沿いをランニングした。
ずっと走ってるとやがて町を出て、さらに進むと低い岸壁から岩場、そして白い砂浜へと変わる。
海で遊ぶならこの辺りかなと思いながら、砂浜ダッシュをひたすら繰り返すことにした。適当な岩と流木を目印に何度も砂を巻き上げて往復する。
疲労が足腰にたまった頃になると、全員が汗みどろになって砂にも汚れる。ちなみに私たちは軽装じゃなくフル装備だ。
「はぁ、はぁ、こんなもんにしとこうか」
「す、少し張り切り過ぎてしまったか」
私やジークルーネでも、結構疲れるくらいにやってしまった。膝に手をついて呼吸を整える。
「お姉さま! 身体を洗ってきます!」
「あ、あたしも行きます!」
「お供します!」
「きゃー、わたしもわたしも!」
疲れててもテンションの高いみんなは、分かり易い行動に走った。
ヴァレリアが外套とブーツを脱ぎ棄てて、疲れなど知らないとばかりに猛ダッシュで波打ち際に向かって突っ走ると、雪崩を打ったようにみんなも続く。
私とジークルーネも一瞬だけ目を合わせると同じように外套とブーツだけを脱ぎ棄て、追い抜けとばかりに全力ダッシュで海に突っ込んだ。
――三十分ほどのち。我に返って砂浜に上がると、みんなもそれに続いた。
服はまだしも、ベルトやポケットに仕込んでた装備まで海水まみれになったのはいただけない。
水魔法でざっと海水を洗い流して風魔法で乾かし、各々が浄化魔法も使って汚れを入念に落とす。
服と装備の汚れは落とせても、ゴワゴワになった髪の毛はケアできないから風呂に入ることは必要だ。我がキキョウ会は身だしなみにも厳しい。
軽いランニングでスラムの倉庫に戻ると、寝坊組がようやく活動を始めたタイミングだったらしい。
「朝っぱらからよくやるのう」
ローザベルさんの呟きを聞き流し、先行組が急造した風呂でシャワーを浴びた。
ひと段落ついて朝食も済ませると、いよいよ仕事の時間だ。
「さっそくアポなし訪問といこうか。最初のターゲットは自警団長だったわね。案内よろしく」
隠し撮りした写真を見る限り、自警団長は遊んでそうな感じの派手なおじさんだ。
胸元をはだけさせたシャツにネックレスや指輪が目立つチョイ悪風オヤジに自警団トップの印象はまったく抱けない。
こんな派手な奴を情報局が間違えるなんてありえないんだけど、夜の町で遊び歩いてるだけの別人かと思ってしまう。
「それはいいのですが、全員で行くつもりですか? それにユカリ会長も行くんですか?」
「私は行くけど、そうね。行くのはローザベルさん以外の幹部と、あとは戦闘団から十人くらいでいいかな。少人数すぎてもナメられそうだし」
会長の私はエクセンブラだと勿体ぶって、あんまり軽々しく人に会ってやらない。
よく知ってる人とかそこらのおばちゃんとかなら別にいいんだけど、多少なりとも権力とか財力を持ってる奴は妙な勘違いをしかねないし、会った事実そのものを利用されかねないんだ。単に面倒って理由もあるけど。
でも遠方の土地では実際に立ち会ってみないと分からないことも多いはずだから、フットワーク軽く行く。
それと、まさか六十人くらいにもなる大所帯での訪問はさすがにない。そっちの味方になるよと言いに行くつもりが、圧力一辺倒だと思われちゃ逆効果だ。
「十数人でもちょっと多い気はしますが、車両で待機して周辺警戒するメンバーも含むと思えばちょうどいい感じですかね」
「わしは行かんでいいのか?」
「ローザベルさんは顔が割れてるかもしれないしね。これから行く先々でいちいち治癒してくれとか言われたら面倒なんじゃない?」
エクセンブラだとよく変装の魔道具を使うローザベルさんだけど、ここでは使ってない。海賊相手の交渉時にはネームバリューを活かしてもらう予定だから、姿をチラ見せしてリガハイムにいるって噂くらいは立つようにしとく作戦だ。
ただ、噂を積極的に流すなら町の有力者を味方につけた後のほうが有効だし、一方で当代一の治癒魔法使いの力を易々と利用させたくない気持ちもある。
私にとっては気楽な相手だけど、常識的にローザベルさんの権威は軽くない。
「それは面倒じゃが、交渉材料にはせんのか?」
「うーん、それも手ではあるんだけどね。違う方向性で行こうと思ってるから、とりあえずはいいわ。悪いけどしばらくは暇にさせるかもしれないから、ローザベルさんは休暇のつもりでいいわよ」
「なるほどのう。なら暇つぶしに治癒師ギルドにでも顔を出してみるか」
「町のごたごたが片付くまでは自由にしてて。メアリーは戦闘団から同行者を選抜してくれる?」
「でしたらバイクに乗ってきたメンバーは全員参加で行きましょうか? ちょうどいい人数です」
「おおっ、それいいわね」
ナイスな提案だ。派手に行ってやろうじゃないの。
アポなし訪問にしても、近づいて行ってることだけは音で教えてやれる。怒涛のエンジン音が近づけば、嫌でも心構えくらいはできるだろう。
威圧感はあっても敵対する気がないことは伝えないといけないから、物々しい武装は控え、武器の類は投げナイフも持っていかずに準備を整える。
私の場合には戦闘服じゃないラフなシャツとパンツルックに、外套を羽織っただけの格好とした。これに埃と風、日除けのためにサングラスをかける。
みんなも同じような感じで、普段着に外套を羽織っただけの身軽な姿でバイクにまたがる。
新装備のベレー帽も着用せず、共通して身に着けてるのは外套と個々で愛用してる非攻撃型魔道具とサングラスやゴーグル、標準装備になった通信用魔道具のイヤリングくらいのものだ。
いざとなれば魔法でも素手だけでも、どうとでもできる。
もし非武装と侮り下手に出てると勘違いするようなら、挨拶代わりにご立派な屋敷は解体してやるとしよう。多少なりとも『キキョウ会』を理解してくれるはずだ。
午前。町に活気が出てくる時間帯に、非日常を知らせる爆音が轟く。
スラムの寝坊助を叩き起こし、港近くの市場を行き来する人々をビビらせ、無遠慮に我が物顔で町の中心地に向かってのろのろと進んだ。
リガハイムにおいてキキョウ会は『裏方』として君臨したい思惑だけど、それは陰に潜むなんて意味じゃなく、黒幕的な存在として収まることだ。
見えてる黒幕で構わない。港湾荷役の仕切りをやりつつ、安定した商売のため基盤となる町のほうにも睨みを利かせる。
どうしたって目立つ私たちなんだから、存在を秘匿するなんて初めからする気はない。だから堂々としょっぱなからこれでもかと目立ちにいってる。インパクトで機先を制するんだ。
港を背にするような方角に向かってると、直線距離にして五百メートルほど先に集団の魔力反応を捉えた。おそらく駆り出された自警団だろう。このまま進んで角を二回か三回も曲がれば見えるはずだ。
わざわざ騒がしくしながらゆっくりと進んでるのは、目立つのとは別にお前がいる方向に向かってるぞと親切に教えてやるためでもあったけど、自警団が仕事する時間を与えることにも繋がったらしい。職務に忠実で真面目な奴らじゃないか。
ただ不思議に思うのは、こっちの目的地が分かってるわけでもあるまいに、どうしてその場所に陣取ってるのかが謎だ。
「……ああ、誘導してるつもりだったわけね」
前だけ見て移動してるから気にしてなかったけど、細い路地や別方向に行こうとする通路には、簡易的に木箱などを積み上げたバリケードが築かれてるらしい。私たちにとっちゃ吹けば飛ぶようなもんだけど、あれが防御陣地に誘い込む手のようだ。
バリケードを突破してやるのも面白そうではあるけど、ここはあえて誘いに乗ってやる。堂々とぶち破ってやることが一番のインパクトになる。
余裕綽々で爆音を轟かせながら角を曲がると、待ち構える奴らの姿が目に入った。
異様なバイク集団を見るのも奴らにとっては二度目だ。驚きはないだろう。防御陣地らしく、土嚢を積み上げたり設置型の魔道具まで配置したりで待ち受けてるらしい。
前の時はほぼ無視するように押し通ったけど、今回はちょっとだけ構ってやる。
「こちら紫乃上。ジークルーネとヴァレリアは風魔法を私に合わせて発動、進路上の障害物を排除するわよ。ヴィオランテはフォローしなさい、いい感じに頼むわね」
ざっくりとした命令をイヤリング型魔道具を通じて伝える。
第二戦闘団伍長のヴィオランテは風魔法適正所持者で、以前までは風を使って声を届けるなど、細かい技能に秀でるメンバーだ。通信用魔道具を手に入れたことで、ヴィオランテはこれまでよりも戦闘団の伍長らしい役割に専念できるだろう。
命令に対しすぐ返ってきた応諾の直後、私は単純極まる風魔法をバイクに乗ったまま前方に放った。何の工夫もない、膨大な魔力を持って放つただ強い風。
工夫はなくても威力抜群の突風は、左右から放たれた同じような突風と一束になって猛然と前方に襲いかかる。
道端の砂埃どころか石まで引き連れて流れる風は、自警団員たちが発したであろう悲鳴まで一緒に遥か後方の壁まで押し流した。
嵐どころじゃない空気の塊のような突風の激突は、積み上げた土嚢まで押し退けて道を作ってしまう。
ヴィオランテにぶん投げたフォローは完璧で周辺への被害はほとんどなく、前方の障害物を片付けただけで収めてくれた。
「やるわね、ヴィオランテ」
「リリアーヌ団長に比べればまだまだです」
思わず通信をオンにして言ったら謙遜が返ってきた。
第九戦闘団長のリリアーヌは風魔法使いとしてスペシャルな存在だと思うけど、あれは攻撃にこそ真価を発揮するタイプだ。サポートを主体とした魔法の制御に関しては、むしろヴィオランテのほうが上だろう。
障害物を排除した道を悠々と通り抜けて進んでいくと、その後は特に問題なく目的地に到着できた。
道中にはちらほらと武装した奴らも見かけたけど、通りすがりの冒険者かなんかだったんだろう。なんにせよ、謎のバイク集団に戦いを仕掛けるほど無謀な奴らはいなかったらしい。
自警団長が住まう邸宅は町並みの景観に溶け込む、オレンジ色の尖った屋根が特徴的な造りをした広い家だ。田舎だからね、広さはどこの家でもそこそこはある。
騒音に気づかないはずもないだろうに、屋敷からのリアクションはない。呼びかけるまでもなく、てっきり誰か出てくると思ったのに期待外れだ。
どうしようかなと思ってたら、ジークルーネが青いバイクを降りてインターフォンの前に立った。これだけ騒いで出てこないなら、普通に訪問を告げるしかない。用があるのはお前の家だってね。
ジークルーネが話す邪魔にならないよう、みんなにエンジンを切るよう促すと、静かになってから小さな呼び鈴を押した。
「…………ど、どなた様でしょう」
少々長めの間を空けた後、女の声がインターフォンから聞こえた。たぶん使用人だろう。
「わたしはエクセンブラからやってきた、キキョウ会の者だ。不躾で申し訳ないが、ご主人に挨拶賜りたい」
騒音をまき散らし、朝からアポなしで訪れる集団がまともなはずはない。キキョウ会を知ってても知らなくても、そうした認識は持つだろう。果たして回答やいかに。
「ご、ご用件をお伺いしても、よろしいでしょうか?」
「良い話を持ってきた、そうご主人にお伝え願いたい。これで会っていただけないなら、話はこれまでともお伝え願う」
「……かしこまりました」
三顧の礼みたいな真似をする気はない。対話を拒否するなら、それまでだ。別の協力者候補に話を持っていく。
「さて、どう出るだろうな」
「ほかの所に行くの面倒だし、ここで一人決めちゃいたいわね」
対話に持ち込めれば向こうにとってもいい話ができるはずだ。こっちの見込み違いでもし門前払いされるなら、その時はしょうがない。
自警団長はまだ寝ぼけてるのか、急な訪問者への対応協議中か、混乱中なのか、返事はしばらく返ってこなかった。
雑談しながら体感で十分程度待ってると、門の向こうの扉が開く。
使用人の格好をした若い女がおっかなびっくりした様子で歩くのを見て私はサングラスを外し、みんなもそれにならう。
「お、お待たせしました。代表者の方をご案内するよう申し付かっています。あの、お連れの皆様は申し訳ないのですが……」
「じゃあ、こっちは四人で。ジークルーネ、ヴァレリア、メアリー、行くわよ。ほかはここで待機、なにかあれば臨機応変に」
第二戦闘団の伍長以下には、周囲の迷惑を顧みず路上に陣取っててもらう。
道中、蹴散らした自警団が根性見せて集まってこないとも限らないし、ブルームスターギャラクシー号のためにも見張りは必要だ。
代表者としては四人でも多いと思ったのか、使用人は少し迷った素振りを見せたけど、こっちの平然とした様子を見て諦めたのか屋敷の中に案内してくれた。
玄関から近い応接間に入ると、そこには写真で見た派手な印象のおじさんが不機嫌な様子で腕を組んでソファーに座ってる。写真で見るよりも実物のほうが貫録はあるかな。
それもそのはず。こいつは傭兵上がりらしく、現役のころは小さな傭兵団を率いてた過去があるそうだ。
腕に自信があるなら、初対面の女たちにビビるわけがない。私たちはいつものように力を漏らさないようにしてるし。
「……いきなり何の用だ。あんたらキキョウ会のことは噂じゃ聞いてるが、ずいぶんと派手にやらかしてくれてるじゃねえか。ここはエクセンブラとは違うんだぜ?」
こっちはまだ座ってもいないのに随分なご挨拶だ。
昨日の自警団スルーに加えて、ついさっき蹴散らしたことも知ってるのかなんか怒ってる。
まあ、自警団長にしてみれば喧嘩売られたようなもんだし、朝からいきなり押しかけた側が文句言えた義理じゃないか。
「派手? やらかすのはこれからだってのに、今から驚いてるようじゃ話にならないわね」
おっと、こっちまで喧嘩腰じゃ対話にならない。
んんっと一度わざとらしい咳払いを挟んで仕切り直した。
「つまんない話はいらないわ。今日は自警団長さんに、とってもいい話を持ってきたのよ」
「なんだと?」
「聞くところによると自警団長、あんた困ってることがあるらしいわね? こっちじゃキキョウ会は新参者、挨拶代わりに困りごとをどうにかしてやろうと思ってね、今日は馳せ参じたってわけよ」
「……ふざけやがって。余所者が大層な口叩くんじゃねえ!」
おお、さすがの迫力だ。元傭兵団長にして現役の自警団長、そして夜の町の顔役ともなれば、このくらいの迫力はあって当然かもしれない。簡単にはいかないか。
そっちの事情は調べてあるぞ、ウチならささっと解決までしてやれるぞと言ったつもりなんだけど、口先だけじゃ納得できないらしい。だったら力を示すまで。この辺の前振りは手っ取り早く終わらせよう。
「話の前に喧嘩が必要ってんなら、それでもいいわ。メアリー」
「はい」
「奥の部屋で様子見してる二人、片付けてきて」
「三十秒で戻ります」
移動時間含めてだ。護衛か腹心か知らないけど、それなりに腕の立つ戦力が様子見してるのは部屋に入る前から分かってた。なんで隠れる必要があるのか不明だけどね。
数々の修羅場をくぐり抜けたキキョウ会が、噂だけで大した力のない組織だと思ったら大間違いだ。手っ取り早く証明してやる。
それにこの自警団長はなかなかの人物と思える。こいつを最初に味方に付けることができれば、有利に事を進めて行ける気がする。
頑張りどころだ、気合入れて行こう。
菓子折り持って、顔見せの御挨拶。互いに軽く自己紹介。これからよろしくね、とはいきません。
怪しい話の提案と短絡的な暴力!
殴り合いから始めないと仲良くできないのが、キキョウ会の相場でしょうか。
次回以降、自警団長取り込みフェーズがちょっと続きます! たぶん、ややこしくなります。




