乗り込んできた災厄
倉庫の中で適当な輪になった私たちは、まずは情報と状況を整理した。
色々と町のことを聞いたうえで、目的を明確にしておく。
この港町リガハイムでやりたいことは、ズバリ港の利権確保だ。利権が何かと単純に言えば、それは港湾荷役を仕切ることにある。
港を出入りする全ての荷物にキキョウ会が関わることになれば、正業として大きな仕事の受け口になるし、密輸関連もやりたい放題だ。ウチが主体的に密輸をやるんじゃなくても、やりたい奴らの相談に乗ってやるだけで金が舞い込む。デカいシノギになることは間違いない。
港湾荷役の仕切り役を盤石とすることこそが最重要で、それ以外はどうでもいいと言ってしまっても構わないくらいだ。
ただしだ。大前提としてロスメルタからの注文を達成しないといけないのは当然として、偉い人たちのお墨付きを得たからといって、それだけで上手く回るほど世の中は甘くない。
どのみち海賊対策のためにも町での拠点は必要だったんだし、これからやるのは仕事を成功に終わらせた先の未来を見据えた準備になる。
港の利権を確保し盤石とするためには、戦後この領地を治める貴族だけじゃなく、港町に顔の利く現地の人間を味方につけるか従える必要がある。
余所者のキキョウ会が今日からここは私たちのもんだ強弁したところで、きっと上手くはやっていけない。貴族のほうは心配無用だとしても、町の有力者への対策はどうしたって必要になる。現場サイドで話をつけなきゃならない。
特に港湾荷役の仕切りをやるなら、海運事業者を味方につけることは非常に重要だ。
なんせ、ウチは船を持ってなければ動かせる人員もない。海運についての知見もないしコネもない。能力のある事業者と組んでやらないと全てが成り立たないんだ。
当然ながら暴力だけで従えるなんて方法じゃ、先々きっと破綻する。
関係の構築は双方にとって利益があり、また気持ちよく仕事ができるようにしないと、下らない問題に奔走する羽目に陥るだけだ。新参者としては慎重に事を進めないといけない。
全員でこれらの前提を共有したうえで、どのように町に浸透するかが課題になる。
「先行組として、なにか意見はないか?」
いつものようにジークルーネが進行役として、ひと足先に現地で活動中のメンバーに意見を求める。
「そうですねえ。さっきも言いましたけど、大雑把に町の状況は海からの鞍替え組と、元から陸をメインに商売してる連中の対立構造があると言っていいです。ここにどう関わるか、だと思います」
「二つを煽りぶつけ合わせて弱らせるか、どっちかに加担するか。でもどちらの陣営にも過激に敵対するのがいれば、逆に融和派もいて、単純に切り分けるのも乱暴に思いますね」
「そうそう。どっちの側でも積極的な人たちと消極的な人たちがいますし。まあバラバラですよ」
「お陰で決定的に町を二分する形になってないのかもしれないですけどね」
大雑把に海と陸の陣営に分けて考えることはできても、実際にはそれぞれ一枚岩どころか、てんでバラバラの状態らしい。
「混沌としているわけだな。しかし、それは我々にとって決して不利な状況ではない」
「そんな状況でまとめ上げることができれば、誰もが認めざるを得ない実績になりますね」
理屈ではそうなる。ただし、私たちキキョウ会は余所者であり、女の集団だ。合理的な理屈がまかり通ると考えるのは早計だろう。
「ヴァレリア、難しそうな顔をしているな」
「色々いるのは分かりましたが、結局のところ一番偉いのは誰ですか?」
常に頭をターゲットにするヴァレリアらしい質問だ。
「たしかに。有力者と呼ばれる人物が複数いることは承知しているが、最も重要と考えられるのは誰か分かるか?」
「あー、一番となるとなかなか難しいですね。リガハイム町長と言いたいところなんですけど、町をまとめきれてない現状から求心力なんて無いも同然ですし。あとは海と陸の陣営それぞれに、顔役と呼べる人が三人か四人ずつはいる感じです」
「そこまで多いと一人に絞るのは難しいか」
船頭多くして船山に上るが如しだ。そんなんじゃ、仮に私たちが間に入って神憑り的な交渉能力でまとめ上げたとしても、誰かにひっくり返されて終わる未来しか見えない。
新たな町での新たな出発なんだから、スマートに行きたい気持ちはあったんだけど、綺麗事を抜かすつもりもない。
もし力技で押し通るのが、もっとも効率的で最良の手段なら遠慮なく使う。ただの暴力だけとしなければいい。スマートな作戦なんて甘い考えを改め、口を出す。
「ちょっといい? そいつらの中でウチと相容れない商売に手を付けてる奴とか、気が合わなそうなのを排除すると、残りはどれくらいになる?」
「えーっと、そうすると女を食い物にしてるタイプと人身売買系に積極的なのは外しましょう。でも薬物売買に手を付けてない有力者は両陣営にほぼいないですね。まあウチから見てマシなのが二人か三人いるかどうかってところでしょうか。資産家の町長だけは不動産関係の商売しかやってないようですけど」
ふーむ。ろくでもないのが多数派を占めるらしい。
とはいえ、港町全体のことなんか考える気がない身としては、ろくでなしを全部倒して町の経済や治安、その他諸々まで面倒見るなんて無理な話だ。
エクセンブラみたいな感じで町を仕切るには人手がかかりすぎるから、こんな田舎でそれをやる気はない。港に関する事以外は、町の奴ら自身に仕切らせる方向で済ませたい思惑がある。
ウチが港を使った商売を始めるにしても、町の状況が安定してないと上手く軌道に乗せることは難しいだろう。なんとか争いのある状況を上手く収めたい。
んでもって、その実績を持ってキキョウ会を有力者どもに認めさせる流れを作りたい。それが最もウチにとって負担を少なくできる。
手を組める奴らはどうしたって必要だ。
「少しは妥協しないと泥沼にハマるわね。だったらそのマシな奴と手を組む方向で行こう。情報局で適当な奴をピックアップしてくれる? こっちで勝手に決めてそいつらを軸に町を仕切らせる方向で行きたいわ」
「地域の安定は商売にも欠かせない。なるべく我々の手を煩わせない人選を頼むぞ」
「では海と陸の陣営から一人ずつと町長を巻き込んで、三人体制にさせるのがいいですかね。多少の妥協は入ると思いますがやってみますんで、ちょっと時間ください」
加担するべき人物の選定だ。
私たちがそいつらをバックアップし、町を牛耳らせる。その過程でキキョウ会の実行力を思い知ることになるだろう。
運命の女神に選ばれし、幸運な奴らが今日決まる!
情報局が選定作業してくれてる間、私たちは休憩する間もなくそれぞれの仕事を行う。
メアリーたち第二戦闘団は、周辺確認プラス示威行動を目的にスラム街を一周してくるらしい。
戦闘支援団は車両の点検や先行組の物資確認など細々としたことをやってくれてる。
残りの私を含めた高級幹部は、これまでに情報局メンバーが調べ上げてくれたレポートを読み漁ることにした。
ジークルーネ、ヴァレリア、ローザベルさんと一緒に真面目な顔して書類に目を通す。
「なんじゃ、漁業は普通にやっとるようじゃのう」
「海賊も漁船を襲う旨味は感じないのだろう。神出鬼没に商船か客船を襲うようだ」
レトナーク近海を荒らしまわる海賊はもう有名になってるから、頻繁にそれらの船が通ることはない。それでも遠洋を迂回する船や、夜間や嵐に紛れて通過しようとする船はそれなりにあるらしい。無駄に練度の高い海賊はそうした船まで結構な割合で見逃さないのだとか。
あとは南のほうまで出張って、小国家群の近海でも海賊行為に勤しんでるらしい。北のドンディッチを刺激するような真似は避けるあたり、海賊のくせになかなか小賢しいところもある。
「海とは違って陸地は平和そうな土地です」
「魔獣の温床となる場所が近くにはないんじゃな。規模の大きな町なら盗賊も手出しできんじゃろうしのう」
「戦略的に重要な町でもないっぽいしね。コストのかかる外壁を造ってない理由がその辺にあったわけね」
ほか近隣の町や村、主要な島などの情報も頭に入れつつ、リガハイムの有力者リストをざっと確認していった。
港町の有力者と呼べるのは町長のほかに何人もいて、地元の名士みたいな奴らが主だったところだ。そいつらは大体が何らかの役職みたいなものを持ってる。
海側なら貿易商会の会長や海運事業の商会長だったり、漁船を多数所有する網元、海産物市場の経営者だったり、そういうのが数人はいる感じだ。
陸側も似たような業種にプラスして、自警団のトップや町長のライバル的存在がぼちぼちってところか。
これらの有力者と呼ばれる奴らが、入り乱れて主導権争いをしてるイメージだ。
ちなみに冒険者ギルドのような主要ギルドもリガハイムには存在してるし、ギルド長は町の人間が務めてるらしいけど、互助機関としてのギルドには様々な立場の人が所属してる。だからギルド長がどういった思惑を持ってるにせよ、組織として誰か個人と協力関係になることはないと思われる。
「……ごちゃごちゃしとるのう」
「面倒です」
「有力者全員と交渉していたのでは、時間がいくらあっても足りないな」
「やっぱり絞っていくしかないわね。協力できそうにない邪魔者には、この際退場してもらうわ」
「それはそれで厄介な事になりそうじゃがのう」
ローザベルさんの懸念は理解できる。暴力を使うにしても、やり方に工夫が必要だ。
余所者がいきなり襲撃を繰り返したんじゃ、リガハイム側に一致団結される可能性が出てしまう。邪魔者を排除する行為が、誰かにとっての得になると理解させ喜ばれるように仕向けないといけない。
「ま、最初だし丁寧に進めていこう。新参者らしくお歴々を立てて行けば、ウチにかかる労力は最小限で済むわ」
面倒なことはしたくない。私たちは港を使った商売が上手くいけばいいだけなんだ。
治安維持も町の経済を回すことも、キキョウ会にとって余分なことでしかない。その辺は町で威張り散らしたい奴らが勝手にやりたがるんだから、存分にやればいい。だからウチは裏方でいいんだ。
テーマは初心と定めよう。
初心に帰って仕事を始めるとしようじゃないか。
丁寧に、入念に、人の嫌がる仕事をしよう。ふふっ。
それぞれの雑事を済ませたり資料を読んだりしてると、夕方近くになって全員が倉庫に戻った。このタイミングで情報局のメンバーから声がかかる。
キキョウ会として、バックアップしても良いと思える人物の選定が済んだらしい。これらの人物とその詳細、分かる限りの商売敵なんかも含めた総合的な資料が配られた。
「短い期間でよくこれだけ調べてくれた。ユカリ殿、いつから動く?」
「早いに越したことはないんだけど、今日のところは様子を見ようか。あれだけ派手に町に入ったんだから、もしかしたら誰か接触を試みてくるかも」
「メアリー、スラムの様子をうかがうような奴らはいなかったか?」
「あれだけ目立つ登場でしたから、そういうのはたくさんいました。様子を見るどころかスラムに出入りしていたのも多かったですし、わたしたちのことを誰かに告げに行った密偵か、情報屋は相当数いたと思います」
まあね、なにもせず放置するなんてありえない。
「現状、方々で我々の事を調査しているといったところか」
「キキョウ会もちっとは知れてきた組織じゃからのう。誰も知らんということはないじゃろ」
「でしたら誰か接触してきても良さそうです」
まだ探りつつ様子見してるか、牽制しあってる状況かな。なんにしても接触してこないならしょうがない。
もし友好的な感じで対話を求めてくる奴がいれば、多少は考慮するつもりだったんだけどね。そう上手くはいかないようだ。
「……案外、怖がっているのかもしれないな」
ジークルーネの呟きに、みんなが考え込んだ。たしかに、あり得ないとは言い切れない。
大都市エクセンブラを支配する三大ファミリーのひとつにして、最大の成り上がりが我がキキョウ会だ。
細かいエピソードは除いても、旧五大ファミリーの一部を血祭りに上げた抗争や、冒険者ギルド支部を壊滅に追いやったことは、三流ゴシップ誌を中心に当時大きく取り上げられた。私の首は大陸西部の覇権国家に賞金だってかけられてるし。
三流雑誌を賑わせるウソもホントも、第三者からしてみれば突き抜けすぎてて得体が知れない。
初めて見る現物は異様な車両群で自警団を強行突破、勝手にスラムに入って拠点を築いてるとなれば、もう訳が分からないだろう。もしかしたら侵略しにきた敵だと思われてるかもしれない。ナメてかかって痛い目見たくもないだろう。
そりゃあ気軽に声をかけられる存在じゃないかもね。
ただ、イケイケドンドンな奴らだっているはずだ。そいつらが敵対的に出るか友好的に出るかって違いはあるにもしても、近々何かしらの行動を起こすとは想定しとくべきだろう。
「怖がって警戒されてるなら、それはそれでいいわ。こっちから動くまでよ。で、絞ってくれた有力者三人のうち、誰から手を付けよっか。情報局のお勧めは?」
「自警団のトップですかね。ウチから見て大した戦力ではないにしても、やっぱり町では一番戦力持ってる組織ですから。ここを押さえておけば、ほかに与える影響も大きいかと」
「お姉さま、自警団を味方にするためにそのトップをバックアップ? するとはどういうことですか?」
資料によると、自警団のトップは事業者として夜の町で大きなシノギを上げてるらしい。胡散臭い奴に違いないんだけど、そこも併せてこいつはリガハイムの大物に該当する。
でもって、そんな奴には当然ながら商売敵が何人もいる。その商売敵の中にはややこしいのもいるみたいだしね。
自警団云々ってよりバックアップしてやるのはそっち方面で、商売敵って奴がまたウチとは相容れそうもない人物ばかりだからだ。
「敵の敵を倒してやれば、手を組める相手だって思ってくれるでしょ。そうやって食い込むのよ」
これこそがウチが渡せる最大の手土産だ。『おたくに協力します券』ってところかな。
ただ、まだ大雑把に奴らの関係性を把握してるだけで、細かな事情までは短期間じゃ情報局も調べ切れてない。調べる対象の人数も多いし、薄く広くだ。細かい事は本人と直に会って確認しておきたい。
そうしてから素早く丁寧に、裏の組織らしい本職の仕事をする。
敵にするのは裏稼業に片足どころか腰や胸まで浸かった連中になる想定だ。遠慮はまったくいらない。
「余計な奴らを潰して潰して潰しまくってやれば、少しは風通しのいい町になるってもんよ」
最近のエクセンブラだと、ぽっと湧いて出る小さいのを叩き潰すだけだった。ここだと地元に根を張るどっしりとしたいくつもの奴らが相手になる。戦力的には敵にならないにしても、少しは手応えがあると期待しよう。
「楽しくなってきましたね、お姉さま」
「うん、敵がたくさんいる状況は久々よ」
「しかも倒して感謝される仕事になりそうというのがいいのう」
「盗賊紛いの商人は許しません」
「皆、気合入れるのはいいが、今夜のところは身体を休めてくれ」
様々なことを新鮮に感じる旅先の海の町。
有り余る力を少しは発散できそうな予感。
稼げそうな未来に向かっての仕事。
私たちにとって、ポジティブな要素が多い。
ジークルーネの言うように、今夜は飲んで食べてゆっくり休むとしよう。
明日からはきっと忙しい。
前置きが長くなりましたが、次回より行動を開始します。
次話「新参者のご挨拶」に続きます!




