イチから始める町攻略
大きな野望と希望を胸に抱いてやってきた海の町。
ここは港町リガハイム。
地方としてはそこそこ発展してる町と評価できる。
崩壊国家に属するが故に現時点での信憑性は薄いけど、資料によればちょっとした地方都市レベルの人口が住んでるらしい。
ただ、旧レトナーク王国が崩壊してからは、この町に限らず同地域一帯の人口は減少の一途をたどってる。
主に治安と経済の面で大きな不安を抱えてるから、人々は広く難民を受け入れてるブレナーク王国を中心に、どんどん出て行ってしまった経緯がある。状況を鑑みれば特に不思議じゃない流れだ。
そんな人口減少のせいなのか、リガハイムは割合に大きな港町のはずなのに、ひどく寂れた印象を受ける。
町の中心部はまだ活気があるらしいとも聞いてはいるけど、町はずれの寂れ具合は顕著だ。
放棄されてぼろくなった民家や閉まったままの商店が目立ち、人通りは少なく乞食のような連中がそこかしこに寝そべるか、だらしなく座ってる。外から訪れた旅人を迎える町の入り口にしては最悪の雰囲気だ。
全体的に寂れてて静かで、明るい要素なんかどこにも見当たらない、そんな印象を抱かせる町。
これが港町リガハイムの現状らしい。
そこはかとない絶望感と静けさが支配する港町を我が物顔で進むのは、どんよりとした雰囲気をものともしない派手な一行だ。
空気を読むどころか空間ごと千切って投げ捨てるか如き横暴な集団は、静寂を爆音轟く走行音に塗り替えてひた進む。
初めて思ったけど「パラリラ、パラリラ」と鳴るあの意味不明な装置をこんなに欲したことはない。
この港町全体を覆い尽くすような暗い雰囲気を、完膚なきまでにぶち壊してやりたくて仕方がない衝動に駆られる。あれがあれば一発で、どんな雰囲気だってぶち壊せる気がするのに。
まあ傍若無人な集団の走行音だけで十分かもしれないけど、ド派手にやりたい精神がもっともっとと疼いてしまう。
ちなみにこの騒音は決して無意味に立ててるわけじゃなく、一応のもっともらしい理由がある。
第一に、新参者のキキョウ会をド派手に印象付ける目的だ。こんな派手な事を堂々とやらかす奴らは、相当にヤバいと思われるのは確実。なんかヤバい奴らがきたと思われれば、掴みはオッケー。
第二に、話題の独占。きっと私たちが気になって気になって、話題にせずにはいられない。話題の少ないだろう田舎じゃ特にそうだ。
いつの間にか妙な女の集団がいるくらいの認識じゃ、インパクトが弱すぎる。
人の第一印象ってすごく大事。墨色と月白の外套にキキョウ紋、派手な車両のヤバい集団だと誰もが噂程度でも知る状態になれば、自己紹介の手間がちょっとだけ省けるってもんだ。
第三に、これは報せでもある。すでに現地入りしてるメンバーに、私たちがきたぞと高らかに謳い上げ教えてやるんだ。きっと喜ぶに違いない。
町の外側に広がる畑や果樹園を通りすぎ、外壁や門などのない町に入り込んで寂れた区画を進むことしばらく。
無駄に広い道を塞ぐように陣取る集団が前方に姿を見せた。
不揃いの安っぽい武装と決して精強には見えない集団は、それでもきっと町を守ろうとする連中なんだろう。
そいつらはなんか喚いてるらしいけど、まだ距離もあるし爆音のせいでまったく聞き取れない。まあ身振り手振りを解釈するに、単純に止まれと言ってるんだろうけど。
「こちらジークルーネ、あれがリガハイムの自警団だろう。想定したとおりだな、ユカリ殿」
「うん、このまま無視して突っ切るわよ」
他人事ながら、自警団の困惑は相当なものだろう。この怪しい集団の正体は想像するのも難しいと思う。
盗賊の類かと思いきや、こっちの地方じゃ見かけないだろう立派な装甲車やバイクの集団だ。仕立ての良い軍服じみた外套をまとった集団でも、よく見れば女しかいないのが分かるはずだし、不揃いの外套やバイクじゃどこぞの正規軍とは決して思えないはず。
どう考えても普通じゃないけど、女の集団で高価そうな装備と車両群とくれば、盗賊の類と断ずるのは無理がある。そもそも人口の多い町を少数の盗賊が襲ったところで返り討ちに遭うんだから、そんな事は常識的に起こるはずもない。
謎の女集団は何者か。
なんの目的があってやってきたのか。
この派手な行為には意味があるのか。
考えても答えなど出るわけがなく、困惑だけが深まるだろう。こんなバイクや装甲車で爆音を轟かせる奴らがまともなわけがないことを加味すれば、自警団の困惑と警戒心は相当なものだと想像できる。
そんな普通じゃない私たちは、それ『らしい』行動を選択する。
ぶっ飛んだヤバい奴らだと、決定的に認識させてやる。挨拶代わりに教えてやるんだ。これが親切でなくて、なんだというのか。
「こちらメアリー、第二戦闘団は左右に展開して防御態勢。手筈通り、こちらからは手出し無用」
第二戦闘団長の命令によってバイクに乗った団員たちが一行の左右に陣取って、中を走るジープや随行する戦闘支援団のメンバーを守る布陣に変わる。
先頭を私、ジークルーネとヴァレリアとメアリー、最後尾には変わらずローザベルさんがハンドルを握ったデルタ号が続く。
速度を少しだけ落とす代わりにエンジン音は威嚇するように高く上げる。
必死の呼びかけを無視して、私たちは横に広がって道を塞ぐ自警団に突っ込んだ。
当然、そのまま轢かれる奴はいない。慌てて退避し、よく聞こえないけど怒鳴り声を上げてくる。
ずらずらと続く車両群には、危機感からか義務からか自警団が繰り出す剣や槍の攻撃に加えて魔法攻撃まで放たれたけど、私たちはそのことごとくを羽虫を払うように凌いで見せた。
外套や車両の防御力に任せて無視するか、武器や魔法を使って漏れなく攻撃を防ぐ。
キキョウ会が誇る戦闘団なら、目をつぶっててもどうにかできる実力差だ。先頭を行く私はちらりと後ろを見ながら、分かり切った結果を見届けた。
そのまま町の中心に入っても、堂々たる進行は変えずに突き進む。
サングラス越しに目をあちこちにさまよわせ、事前に地図や書面で見た情報とのギャップを実際にこの目で見て少しずつ埋めてしまう。
人々の集まる注目を当然だと思って浴びながら町を突っ切り、港のほうに向かって行った。
大きな建物を目印に曲がり角を曲がると、遠目には青く広がる海が視界に入る。
空の青と海の青が、まっすぐ伸びる道の先に切り取られたように鎮座するのが非常に絵になってる。
吹き付ける風が潮のにおいを顔に叩きつけ、目にも鼻にも海にきたことを実感させた。
なんだろうね、やっぱりテンション上がる。内陸に住む私たちにとっちゃ、非日常感が強いからだろう。海を初めて見るメンバーは多いから、はしゃぐ娘は多そうだ。
爆音轟く状況になければ、きっと黄色い歓声が聞こえたに違いない。
王者の凱旋のような堂々たる進行を続け、海と埠頭を望む港に到着すると、今度は高く打ち上げられた光魔法のサインを目印に海沿いを移動した。
南に向かって進み、倉庫が立ち並ぶエリアに入る。
光魔法が導くのは倉庫街の奥まった方みたいで、まだまだ先に向かって進む。
しかし進むにつれ、どんどん雰囲気が怪しくなってきた。
港で普段使いされてるっぽい倉庫街を通り過ぎると、明らかに痛みの激しい古びた倉庫街へと変わっていく。
人けの少なかった港と倉庫街はそれでもまだ通常の生活感と呼べる雰囲気があったけど、奥まった所は町の入り口に似た寂れた感じが強くなる。そしてまた乞食のような連中を多く見かける景色へと変わり始めた。
立ち並ぶぼろい倉庫は素人仕事で改造され、勝手気ままに使われてるらしい。
ストリートはゴミや汚物等で汚れ放題、壁の落書きや破損も目立つし、とにかく汚くて無秩序だ。
瘦せこけた不潔な子供や年寄り、麻薬中毒者らしきキマってる奴もちらほら見かける。完全にスラム街の様相を呈してる。
そんな一画の突き当りにあったのは、デルタ号が余裕で入れそうな大きさの古い倉庫だった。周辺のカオスな倉庫に比べれば、古いだけでまだマシな外観をしてる。あれが私たちの目的地らしい。
その倉庫の開かれた大扉の横には、墨色と月白の外套をまとった数人のメンバーが並んで出迎えてくれてる。
倉庫前の開けた空間を横切って近づき、誘導に従ってバイクに乗ったまま倉庫に入ってみると、内部の広さは思った以上にある。車両群を丸々収容できるほどの空間だ。
なるほど。常識的には最悪の立地だけど、私たちのような外からやってきた暴力組織がひとまずの拠点とするには色々と都合が良さそうに思えた。
倉庫の奥に進む私に続いて最後のデルタ号まで無事に中に入って停車し、迎えてくれたみんなと軽く挨拶を交わしあう。
先行して町に入ってた情報局のメンバーは、今回の仕事の重要性からしてベテラン勢で固めてる。下準備は入念に進んでると考えて間違いない。
「ふー、腰が痛いわい」
「なにババ臭いこと言ってんですか、顧問」
「誰がババアじゃ!」
「いや、そういうことじゃなくて……」
婆さんが若い衆をからかってるらしい。きっと海にきてテンション上がってるんだろう。
「皆さん、遠路はるばるお疲れさまでした。寝床は用意してますんで、まずは土地の酒や海の幸でも楽しみますか?」
せっかくの海だけど遊ぶには早い時間だ。空腹でもないし、ローザベルさんも本格的な腰痛に悩まされてるわけじゃなく、腰に疲労が溜まっただけだろう。
無事に全部をやり遂げたら、少しは羽目を外すのもいいけどね。一瞬、目を合わせたジークルーネが答える。
「まだ日は高いぞ? 食事と酒は今夜の楽しみにしておこう。おっつけ、自警団もやってくるはずだ」
「それなら問題ありません。自警団どころか、町の連中は誰もこの界隈には近づきませんよ」
ほう? と遅れてやってきた私たち一同は顔を見合わせる。
「通りがてら気づいたと思いますが、この辺りはスラムになってます。居座ってるのはほとんどが他所からやってきた連中なんで、なにが起ころうが町の連中は知らん顔ですよ。自警団もこの辺りには干渉しません」
「危険と同時に見捨てられたような場所ということか」
「そんな感じですね。まあ、危険と言ってもひと昔前のエクセンブラに比べればぬるいもんです。それにここらの連中よりも、ウチが断トツで危険なのは確実ですし、理解もさせてます」
理解させてる? またもや私たちは顔を見合わせた。
「つまりスラムの連中がキキョウ紋を見て手を出すことはないわけね?」
「はい。先手必勝、最初が肝心とは会長がいつも言ってることですからね。自己紹介がてら、でかい顔した奴らはすでに全員、まとめてシメときました。キキョウ紋を見て逃げる奴はいても、襲ってくるバカはいないでしょうね」
いい仕事だ。何事も足場を固めてからじゃないと物事は始められない。
「ちなみにこの港町リガハイムを一言で表すとですね」
急に思わせぶりなことを言い始めた。
そもそも別に一言じゃなくていいんだけど、言いたいならそうさせてやろう。
「表すと?」
「悪徳商人の町、ですかね」
なんか、海の町のイメージにそぐわない感じだ。
先に町にきてたメンバーは頷いてるけど、たった今きたばっかりの私たちには想像しにくい。
「おもろい所じゃのう」
「うん。意外には思うけど、たしかに面白そうではあるわね。悪徳ってのはどういう意味で?」
よくぞ訊いてくれましたとばかりに、おしゃべり娘が答える。
「海賊のせいで海路を使った商いがほとんどできない状況がずっと続いてますからね。陸での商売が主流になってるんですが、パイの大きさはそう変わらない事情もあって大変です。取り合いですよ。他人を騙し、蹴落とし、そうしないと生きれ残れなかったのかもしれませんが、悪どい奴らがのさばってます。典型的な裏の商売にも手を出してるみたいですしね」
裏社会の組織がどうのこうのってよりは、商売人たちがそっち寄りになってしまった感じらしい。細かく調べると、社会不適合者を体よく利用しつつ、今となっては一緒になって発展したみたいだ。
事業者とスジモンが協力してるんじゃなく、一体になって裏と表の顔を持ってる。つまり私たちと似たようなもんだ。
「そういうこと。でもそれがリガハイム掌握のカギってわけね?」
「はい、まさにそういうことです」
ひと足先に活動してたメンバーは、この港町自体の情報収集と海賊関連の情報収集とを密にやってくれてる。徹底的にね。まさに情報局の得意とするところで、本来の業務だ。
夏の戦争開始までに向けた海賊対策を進める一方で、春もまだ半ばの早めに私たちが移動した理由は、港町に足場を築くことにある。このスラムの中に構えた拠点はその一環ということだ。
雑談がてらの挨拶と第一印象で気になったことを聞くと、本格的な状況説明を受けるために話を再開する。
いったん、私たちの宿泊用に準備してくれた寝床に荷物を置いてから、倉庫の角にセッティングされてる談話スペースに集合した。
「何をどこまで進めたのか、改めて説明してくれ」
全員で適当に椅子や木箱などを持ち寄って腰かけるとジークルーネが話を促す。答えるのはさっきまでと同じ情報局のベテランメンバーだ。
「海賊についてはまだまだ不確定なところが多いので、報告は後日にさせてください」
現時点じゃ、まだ報告するに値しないってことだろう。ジークルーネと一緒に分かったと返す。
「その代わりと言ってはなんですが、リガハイムの情報収集は進んでます。いい感じに出揃ってきてますよ」
求めたのは主に町の有力者についてだ。
どこの誰がどんな理由で有力者の立場にあって、それぞれの仕事内容や財務状況がどうなってるか、家族構成はもちろんこと、基本的なプロフィールから可能限りのディープな趣味嗜好まで、徹底的に調査させた。
これによって弱みを握るだけじゃなく、何に興味を示し、何を喜びありがたがるかってことが見えてくる。こういったことが必ず役に立つ。これらの情報をもとにして、この町を攻略していくつもりだ。
「さっきも言いましたけど、この町は少ないパイを巡っての奪い合いが激しいです。ここが付け入る隙でしょうね」
「元凶は海から陸へと商売を替えざるを得なかった商人が大勢いるという状況だな」
「はい、有力者と呼ばれる人物はやっぱり海での利権を握ってる大船主や海運事業者、輸出入で儲けてた貿易商会なんですけど、元から陸での商売メインにしてた連中もいて、その対立が大きな問題になってます。陸で商売してた連中は横やりが入って、以前からのシノギが削られてますからね。そのせいで真っ黒い商売にも手を出しまくってますよ。とにかく、大雑把にですが各分野ごとに二つの勢力が対立してる構図と考えていいです」
ずっと陸で頑張ってた奴らと、海から鞍替えした奴らのいがみ合い。海賊さえいなくなれば、元の鞘に収まるって状況じゃとうになくなってるのも争いの要因だ。
海賊が跋扈し始めてから、かなりの時間が経過してる。三年以上ともなれば、私の昔の感覚で十年以上になるんだ。簡単に元に戻るなんて不可能と言っていい。
「少ないパイをどうやって分け合うか、などといった生ぬるい話では双方納得などすまい」
「そう思います。この町を牛耳ろうと考えるなら、先に海賊をなんとかするか、根本的に町の勢力図を変えるように手を突っ込むしかないですね」
海賊を何とかするのにはまだ時間がかかる。それにこの町でデカい顔をするつもりの私たちなら、対立構造やらトラブルは非常に都合がいい。付け入る隙がそこら中に転がってるようなもんだ。
「一つ一つの詳細を聞きたいわ。有力者個人や町の状況をね。そんでもって、ウチが具体的にどうやってくかを決めるわよ」
「では腰を据えて話しましょうかね」
新しい町での仕事なんだ。雑にはやらない。
事前の調査を基に作戦を立て、じっくりと浸透して行ってやる。




