本格始動前
超絶スタイリッシュにして究極の外套。これを作るための採寸とデザインの相談に訪れたキキョウ会一同。みんなテンション上がって、子供みたいにはしゃいでる。
各々が理想の外套にすべく、トーリエッタさんの弟子たちと細かくも熱の入った話し合いを繰り広げた。
師匠が作った渾身の力作を私とヴァレリアが身に纏ってるから、弟子たちにはいい刺激になったらしい。
今日の午前中は私たちが大勢で押しかける上に、貴重品を持参するってことで、気を利かせて貸し切りにもしてくれた。
貴族やなんかの一部の上客には、こうした特別対応をする場合があるらしい。なんにしても、ありがたいことだ。
どっさりと追加で超レア金属糸を惜しげもなく提供する私に、無表情になる服飾店ブリオンヴェストスタッフたち。
ちなみに前回の報酬である月白の金属糸で女性物のシャツを作ってみたところ、大店のご婦人に目玉が飛び出るほどの大金で売れたらしい。
それが今回の報酬は、墨色と月白の金属糸をそれぞれ二十六束ずつだからね。店主のトーリエッタさんはもう開き直ったみたいだけど、会計担当の人は顔が引きつってる。
「まだ先の話だけどさ、予備の外套も作ってもらうつもりだから」
「はははっ……そんなにぽんぽん持ってこられると、感覚がおかしくなっちゃうな。あのね、ものすっごく貴重な素材のはずなんだけど……貴重だよね? こっちが間違ってるわけじゃないよね? 一体どうなってるのさ」
「秘密の入手ルートがあんのよ。別にヤバい橋渡ってるわけじゃないから心配無用よ」
「ならいいけど。こっちにとっては貴重な素材に触れるし、お金も稼げるしで有難い事しかないわけだからさ」
疑ってるのか信じたのか判然としないにしても、トーリエッタさんはやっぱり開き直ったようだ。
「そうそう、ポジティブに考えればいいのよ。今後は入手ルートなんかを聞かれることもあると思うけど、その時は正直に答えて構わないわ。客の女が持ってくるってね。あとはこっちで対処しとくから」
金のにおいがするところには悪い奴が集まってくるもんだ。
下手に秘密を守ろうとして、ブリオンヴェストに被害が出たら最悪だ。こんなに優秀な店はなかなかないと思うからね、今後も付き合って行くなら配慮は必要だ。
それにまだ明らかにはしてないけど、ここ六番通りは我がキキョウ会のシマなわけだしね。
「この目立ちまくる商品をウチが作って提供してるなんて、調べればすぐにバレちゃうか。でも、簡単に教えちゃっていいの?」
「問題ないわ。もちろん言いふらすのはダメだし、基本的には秘密だけどね。しつこく聞かれたらキキョウ会からの提供だって答えちゃって」
「キキョウ会? あのー、それって」
「ま、その内に分かるわよ、その内にね。それより今回の注文分を頼んだわよ」
「任せておいてよ。ウチの弟子は妥協なんてしない連中だからさ」
貸し切りにしてくれた時間いっぱいを使って、なんとか全員分の話がまとまった。
あとは任せておけば、こっちは出来上がりを待つだけだ。今度は完成次第、キキョウ会まで持ってきてもらうよう手配しておいた。
店から出た直後に、トーリエッタさんだけには先にキキョウ会のことを伝えておこうかと思い直した。
組織の名前も紋も出してるんだから、なんとなく想像はついてるだろうし、彼女になら構わないだろう。
「先に戻ってて。ちょっと、ここの店主と話してから帰るわ」
「そうですか? では先に帰りますね」
みんなを見送って店に戻ると、店員さんが不思議そうに寄ってきた。
「どうかされましたか?」
「ちょっと忘れ物。あ、いいからいいから。すぐ帰るし、お構いなく」
エスコートを断って奥に入る。開店準備に忙しそうだったし、勝手知ったる他人の店だ。一人で行けるからお構いなくと言えば、食い下がることなく奥へ通してくれた。
作業中の音が聞こえるでもなく、妙に静かだったせいで思わず気配を消して歩いて行くと、ドア越しの会話が聞こえてしまった。私は耳がいいからね。
盗み聞きなんてする気はなかったのに、つい足を止めて聞いてしまう。
「師匠、あの人たち何者なんです? こんな上物をほいほい持ってくるなんて、普通じゃないですよね」
「そうですよ。素材も普通じゃなければ、金属糸の品質だって普通じゃない。全然歪みがないし、太さも均一で乱れがないんですよ? こんな精度、ありえない」
「少なくともブレナークや近隣諸国に、こんな金属糸を作れる職人がいるなんて聞いたことがないです」
「みんな気にしすぎじゃない? あたしはこれ使って仕事ができるだけで満足だけど。報酬だって凄いんだし、給金にも期待できるじゃん」
「わたしだって職人として、こんな素材を扱えるのは嬉しいのですが、得体が知れなくて少し怖いです」
「こう言っちゃなんですが、はっきり言って怪しいです。この金属糸を持って街の上層部に相談してみたらどうですか?」
おーおー、言ってくれるわね。さっきまであんなにノリノリだったのに。私たちが帰って冷静になったのかな。
まあ、少々やりすぎてる感は否めないし、言いたいことは分かる。
だけどね、上層部に相談? もしそんなことをされたら凄く面倒なことになるわね。面倒なことになれば、私だって怒っちゃうかもしれない。
なんか文句あるなら、初めから断って欲しいんだけどな。面倒を避けたいなら、なおさらだ。
「――いいかい? お前たちが言うように、得体が知れないのはたしかに怖い。だけどね。それよりも、あのお客さんを怒らせるほうが、わたしはもっと怖いよ。怖いんだけど、わたしはあのお客さんのこと好きなんだよね。だって普通に接している分には良い人だし、金払いだって半端じゃない。職人としてやりがいのある仕事まで持ってきてくれる。お客として最も歓迎すべき人さ」
さすが店主。分かってるわね。
「師匠、それはそうなんですが……」
「お前たちも一端の職人なら覚えておきな。ただ物を作ってりゃ良いってもんじゃない。もっと人を見る目を養いな。あのお客さんは、お前たちが言ったとおり普通じゃない。長年、職人やりながら商売してる、わたしでさえ想像できないくらいに。だけどね、これだけは言える。絶対に敵に回しちゃいけない人だよ、あの人は」
「そのくらい分かってますって」
「いいや、分かってないよ。全然、甘い。そうでなきゃ、こんな事は絶対に口に出せない。いいかい? あの人は絶対に敵に回しちゃならない。それこそ何があっても、絶対に。今後、迂闊な事は口にするんじゃないよ。そんな事をすれば、わたしだって許さない。いいね?」
「……そこまでですか?」
「そうだよ。少しでもあの人の不興を買えば、どうなるか分からないくらいのつもりでいな」
そこまでは言いすぎだ。私は理不尽なことはしないつもりだ。たぶん。
あー、いや。うーん、どうだろう。本気でムカついたらどうなるか分かんないか。
とにかく人の胸の内なんて簡単に分かるもんじゃないから、そこまで言われるのもしょうがないと理解しよう。
なんにしたって悪口くらいでどうこうするつもりなんて、さすがにない。代わり具体的な不利益を被ったら、きっと容赦しない。だからトーリエッタさんの言い分はある程度は正しい。
「なにより、わたしはあの人を気に入ってる。だから仕事を受ける。文句ある? ないよね。この話はこれでおしまい。二度と口にするなよ? さあ、さっさと仕事にかかるよ!」
「は、はい!」
そういや、ちょっと話をするつもりでこっちにきたんだった。いまは話しかけに行ける雰囲気じゃないと思うんだけど、このまま黙って帰るのもおかしい。
店員さんは私が店の奥に行ったのが分かってるんだし、ここで話しかけずに帰れば不信感を持たれるだろう。
知らん顔して暢気な感じに話しかけるしかないか。でも真面目な話をする気も失せてしまった。どうしたもんか。ま、適当な話でお茶を濁そう。
あーあ、聞くんじゃなかった。
トーリエッタさんは私たちに肯定的みたいだから良いんだけど、弟子どもは必要以上に警戒してるみたいだからね。ちょっと話しにくい。
いや、私が気にしてもしょうがない。開き直ればいい。
注文した外套が仕上がるまでの間にも、やることはいくらだってある。
業者任せだけど地下訓練場の追加改装、訓練用武器の調達、備蓄回復薬の生成、鉱物魔法での訓練場の補強、事務所の家具や調度品の調達、ついでに私の部屋の家具や調度品の調達も。そしてブルーノ組との調整などなど盛りだくさんだ。
たくさんあっても私たちは組織だから、分担してやれるのがいい。
地下の追加改装の発注や経過の管理はフレデリカにお任せ。
訓練用武器の調達はアンジェリーナにお任せ。
ブルーノ組との調整はジークルーネにお任せ。
家具や調度品の調達はジョセフィンにまるっとお任せ。
稲妻通りの見回りや揉め事の解決は他のメンバーにお任せ。
戦闘力に不安のあるメンバーは訓練漬け。
酒場や賭博場の経営や仕切りを任せたいメンバーには、ブルーノ組の助けを借りてそっち方面の勉強漬け。
サラちゃんには勉強のノルマも課して将来に備える。
残った回復薬の生成と秘密の補強工事が私の担当。
補強工事は改装後にやるから、それが終わるまでは回復薬の備蓄くらいしかやることがない。というわけで毎日、魔力が枯渇するまで各級、各種類の回復薬を作りまくってる。能力強化系の魔法薬もお試しで少々やってみる。
地下に新設する保管庫には傷回復薬だけじゃなく、各種回復薬と魔法薬もまとめて保管するつもりだから、玄関と同じように鍵がかかるようにしてもらう。貴重品だからね、部外者に盗まれたら大変だ。
なんでか地下の入り口は表に晒されてるガレージにある。その入り口にも鍵がかかってるとは言え、セキュリティにはできる限り気を配っておきたい。
そうして数日の忙しい日々を送り、片づけ終わるか、片づけの目途が立ち始めた。
地下の追加改装は小規模だったから、大した期間をかけずに完了。私は黙々と地下訓練場にこれでもかと、補強を施していく。
武器の保管庫には、これって誰が使うの? といったマイナー武器まで揃えてしまった。種類、量も十分あるから保管庫の中を見物するだけでも面白い。予算の無駄遣いとは言うまい。どれもきっと出番はあると思っておく。
回復薬の保管庫もまた、これでもかと作りまくったせいで、美しい水晶ビンがみっちりと棚に並べられてる。種類と等級によって、ビンの色と濃淡を変えてあるから分かりやすいはず。なかなか壮観だ。
薬の保管庫の一角には冷蔵庫型魔道具も設置してもらって、中には常飲できるように体力回復薬と魔力回復薬を大量に作り置きしておいた。これは訓練中、遠慮なく活用してもらいたい。
「ユカリ、薬屋でも始めるつもりですか?」
「多すぎた?」
「体力回復薬はともかく、こんなにあっても使い切れないと思いますよ」
家具や調度品もビシッと格好がつく感じに揃えられた。ジョセフィンの抜群のセンスが光るチョイスと思う。私の部屋までやってもらっちゃったから、その内にお礼はしておかねば。
「私の部屋までやってもらって悪いわね。助かるわ」
「いえいえ、仕事というよりも趣味みたいなものですし」
「なんかあったら個人的にでも相談に乗るから言ってよ?」
「その時には存分に頼らせてもらいますよ」
こうは言ったものの、ジョセフィンの個人的なお願いがもしあったとしたら、ちょっと怖いかもしれない。
ブルーノ組には情報操作ってほど大したもんじゃないけど、裏社会に噂話を流してもらった。
六番通りの管理は表向きというか今のところブルーノ組が仕切ってるけど、新参と手を組んで今後はそこが仕切るらしいって感じで微妙にぼかしつつ、情報収集には時間がかかるように。そして迂闊に手を出せないよう巧妙に。キキョウ会デビューまでの時間稼ぎに徹してもらう。
さらには色々と面倒を見てくれてるブルーノ組から、予想外の賞賛を受けてしまってる。
聞いたところによれば、賭場の回し方やら酒場の経営やら、そうした勉強に対してみんなやる気がみなぎってて、想定以上に教育が捗ってるらしい。
なんかブルーノ組にはだんだん頭が上がらなくなってる気がする。
「早くしやがれ! お前らが思ってる以上に、こっちは苦労してんだぞ!」
たまたま会った中年魔導士の嘆きは、さらっと聞き流した。
着々と準備が進んで、少しずつキキョウ会の中にも緊張感と高揚感が生まれてきた。
六番通りでの本格的な活動は近い。注文した外套が届いたら、ブルーノ組と最終調整をしてからド派手に行く。
これでやっと大っぴらに金稼ぎができるってもんだ。
喧嘩だって絶えないだろうし、強くて面白い奴にだって会えるはず。楽しみでしょうがないわね。
準備万端、新たな展開に向けてやる気もたぎってきた頃、服飾店ブリオンヴェストの使いから待望の届け物が到着した。
「おおっ、これが!」
「なんと見事な」
「こんないい物を本当にもらってしまっていいんでしょうか……」
「やべえ、これ着て早く出かけようぜ!」
いつも以上に大はしゃぎの面々だ。
一日千秋と待ちわびた、自らの理想の具現とも呼ぶべき一品が届いたのだから無理もない。
黒と白。墨色と月白の見るも美しい外套に身を包んだ一同のインパクトは絶大だ。
我ながら壮観。なんだか誇らしい気持ちにさせてくれる。
それにしても各々が好き勝手なデザインにしたみたいで、かなり個性的で面白い。
口元まで覆うような大きな襟の付いたものから、鋭角的なシルエットのもの、やたらとファスナーが付いてたり、チェーンが付いてたり、リボンが付いてたり。
個性的ではあるけど、意外と似合ってて悪くない。幸いにもトゲトゲを付けるようなセンスの持ち主はいなかったらしい。
「この外套と背中のキキョウ紋に恥じない仕事を期待してるわよ!」
「おうっ!」
ブルーノ組への本格始動開始の連絡と、服飾店への見事な仕事の礼をしておかないとね。
これから、いよいよ始まるんだ。